七色の煌めき
パァァァン……と音を立てて弾けたクリスタル。
目の端に粒子となったクリスタルの七色の光が映るのと、反射的にその場から飛び退いたのは、ほぼ同時だった。
「な……」
反応出来ずにその粒子に包まれたジャスパーが、驚愕に目を見開いて絶句した様子を捉える。
ジャスパーを包み込んだ粒子は渦を巻いて唸りながら、彼の周りを二周ほどすると、まるで生き物のように滑らかに宙を動きながら、そのままサシャール達へと標的を変え、蜂の集団の如く勢いを付けて突き進んだ。
「なんだ!? 」
腹心の三人が慌てて障壁を展開するも、粒子の動きはそれよりも速く、完成前に障壁を通り抜けて三人を捉えて覆い隠し、かろうじて張られた障壁の一部を七色の光が端から侵食するように、じりじりと削り取って行く。
それを目にした瞬間、どこか見覚えのあるその光景に、背筋に虫が這い上がったような感覚が走り、血の気が引く思いがした。
「あ、あれは……」
弧を描き、サシャール達の姿をかき消すように渦巻いていた七色の粒子は、不意に飽きたようにサシャール達から離れると、緩やかに一丸の蝶の群れのように纏まりながらミナトの前に移動すると、急速に収束しながら一段と輝きを増して、最後に細い縦長の形を型どった。
「あれはっ……! やりやがったな、ミナト! 」
それを見たジャスパーが叫ぶ。
けれどその声は悔しさや憎しみが上乗せされたものではなく、嬉々とした色が鮮やかに彩られたものだった。
ジャスパーの声色に、驚きと焦りを感じながら、わたしの大きく見開いた視線はミナトの前で収束する七色の光に捉われる。
そうして完全に収縮したそれは、途端にその輝きを失いあるべき形へと変化した。
それは、何度もわたしの身体を貫き命を奪った、目に焼き付いて離れない物。
「聖剣……」
愕然として、宙に浮かぶそれに手を伸ばすミナトを見つめる。
カチャン、と小さな音を立てて柄を握り、聖剣を持ち構えたミナトの表情は敵意など微塵も感じない、無表情に近いものだった。
「なぜ俺が勇者と呼ばれるか知っているかい、玲奈」
すっと視線を上げて、サシャール達の肩越しにわたしを見つめるミナトが静かに声を発する。
大体生前でわたしを殺したこの男が勇者を名乗る自体冗談のような話なのに、なぜそう呼ばれるか、ですって?
「知らないわよ」
「聖剣はね、ジャスパーやシエラでも持つことは出来るし、これを使って戦うことだって出来る。だけど、俺がこの聖剣を携え、勇者と呼ばれるその由縁は」
ミナトが構えた聖剣の一部が、形を崩して七色の粒子となって煌めきを放ち、聖剣の周りを螺旋を描きながら舞い上がる。
「聖剣を自由自在に操れるからなんだよ」
自由自在……
あの、サシャール達の障壁を削り取った動きを見た時、確かにわたしは既視感を覚えた。
まるでわたしの中に刺し込まれた聖剣が、じわじわと魔力を喰らい、打ち消すあの感覚に似ていると思ったから。
「でも……わたしはちゃんと確かめたわ! それにも触った。クリスタルには魔力を打ち消す力などなかったのに! 」
「そう。君なら見抜く可能性があると思ったよ。だから、シエラに協力を頼んだんだ。聖剣は魔力を打ち消し、相殺する力が備わっている。だから、その性質を隠すためにシエラにはずっとクリスタルと変化させた聖剣の周りに封印をかけて貰っていたんだよ」
「封印ですって……? 」
「聖剣の力は凄まじい。だから並の魔導士にそんなことは出来ないよ。シエラの力をもってしても、数分が限界だ。だけどその数分があれば、十分だ__」
ミナトの視線が動いた。
わたしからゆっくりと横に動いたその先。
聖剣をなんの変哲もないクリスタルだと誤魔化した理由。
それを渡したかった者、聖剣をその者に渡したかった理由、それは。
ハッとして振り返る。
さっきの嬉々とした声、あれは……
「サシャー……! 」
慌てて叫ぶ、よりも早くミナトの口が動く。
それは長年培われた、阿吽の呼吸。
「ジャスパー」
「拘束魔術」
キーンとした甲高い耳鳴りのような音が頭に響き、振り返ったわたしの身体がびくともしなくなる。
「ジャスパー! 」
娼館を包み込んだのと同じ蒼白いオーラを身に纏い、真剣な眼差しでわたしを睨み付けるジャスパーに、怒りを乗せて叫ぶ。
聖剣は魔力を喰らい消滅させる。
クリスタルと化した聖剣が、粒子となってジャスパーの身を包み、サシャール達を覆った。
それはつまり、彼らから魔力を喰らい弱体化を引き起こすということ。
ジャスパーの身体に掛けられたわたしの魔力は相殺され、その瞳から赤眼は既に消え去って、いつか見た柔らかな土色の瞳が、強い意志を乗せてそこに在った。
「ぐ……っ」
慌てて最終形態に変化を遂げようとしたサシャール達も、その成りを潜めながらヒト形へと収縮し、同時に身動きを拘束される。
苛立ちと再び湧き上がる憎悪に身も心も業火の如く煮え上がり、あくまでも冷静に表情を変えないミナトに噛みつくように叫んだ。
「初めからこうするつもりだったのね! 」
「そう、初めからこうするつもりだった。だけどこれはあくまでも、ジャスパーと話をするためだよ。誘いの罠に掛けられたジャスパーと、まともな話なんか出来るはずがないからね」
ギリッと歯を食い縛り、視線だけをミナトに向けて睨み付けると、ミナトはその視線を真っ直ぐにジャスパーへと向けた。
「そうだろう、ジャスパー」
「ああ……まあな」
聖剣を粒子化させ敵を弱体させてからの拘束魔術は、もう何度もふたりがやってきた十八番芸だった。
「思い出の品なんて笑わせるぜ」
だけど、聖剣をこんな小さなクリスタルに変化させるなんてジャスパーは思いつきもしなかったし、今まで見たこともなかった。
そして、封印をかけたシエラのその技術に同時に舌を巻く。
ジャスパーもクリスタルが弾けるまでは気が付かなかった。
封印は一時的にその魔力の流れを打ち消すものだが、それを行使するにも当然魔力は必要となる。
封印の力が抑えつける物より強ければ、その力の流れは見て取れる。
だけど玲奈が目を凝らしてもその流れに気付かなかったということは、クリスタル自体が吸収する魔力量と同量の魔力を流し込み、魔力を拮抗させ、相殺させていたということ。
そんな神業のようなことは、ジャスパーでも難しい。
「随分と腕を上げたな、シエラ」
ジャスパーが小さく笑ってシエラに視線を流せば、シエラは真剣な眼差しで壇上にいるジャスパーを見上げた。
「大魔導であるあなたと、毎日切磋琢磨していたんだもの。当然よ」
魔力量はジャスパーの方が格段に上だ。
だけどこういった細かな調整や応用技はシエラの方が抜きん出ている。
「ジャスパー、君が俺を恨むのは分かってる。だけどアリアを殺した魔王の元へ下るのは、君の本意じゃないはずだ。これでは君も人間を裏切ることになる。戻って来るんだ」
当初立てたバーランド国の計画も頓挫した。
常に腹心が傍を固め、ましてや誘いの罠に掛けられ虜とされてしまっては、ジャスパーがここに来た意味はなくなったも同然だった。
全ては魔王の配下に下る前の、あの一瞬が勝負だった。
今思えばそれがなぜ、回避されてしまったのか。
誘いの罠をかける前は、バーランド国王を狙うと確かに魔王は言ったはず。
それなのに、その直後には魔道士がバーランド国に赴いていないことを確かめ、モナザでの奇襲に至った。
なぜ、わざわざバーランド国に行くフリなんかしたんだ?
はなからモナザを狙うつもりなら、あんな小芝居は必要ないはずだ。
なぜ、俺の言葉に一度は頷いた?
頷けば俺が何をするか、知っていたのか?
__バーランド国に罠を仕掛けると?
そうだ、だってモナザに潜ませた魔導士達がバーランド国に向かっていないことをどうやって知ったんだ。
靄の晴れたジャスパーの頭の中で、魔王が取った行動のひとつひとつに疑問が膨れ上がる。
だけど、それらの疑問に答えが出なくても、当初の計画が頓挫していても、現状は決して悪くない。
ジャスパーの当初の目的、それはミナトへの復讐。
ミナトは誘いの罠を解くために聖剣を変化させて弱体化を狙ったんだろうが、おかげで同時に魔王とその腹心を拘束出来た。
これは、ラッキーってゆーんだよ!
「ああ、俺はおまえと違って人間は裏切らねぇよ。だからな、ここでケリを付ける! 」
ぶわりと音を立ててジャスパーの魔力が跳ね上がる。
大気が震え、ジャスパーの身の内から膨れ上がった魔力が彼の身体を包み込んだ。
ゆらゆらと大気に揺らめきながら髪の毛が逆立ち、その茶色の瞳にうっすらと輝く蒼い光が上乗せられる。
「ジャスパー! やめろっ! おまえが憎いのは俺だろうっ! 」
ああそうだ、おまえが憎い。
眼下で叫ぶミナトの声に心で答えながら、標的を捉える。
身動きが取れず唇を噛み締めながら、視線だけで殺しそうな怒りをその紅い瞳に乗せて睨み付ける女。
おまえが、全ての元凶だ。
だから、あいつのためにも、おれのためにも、この世の中のためにも、死んでくれよ。
身を纏う蒼白い魔力が黒みを増して唸り上がり、手のひらに向かって収束したその膨大な魔力を、ジャスパーは一気に目の前の魔王へと向かって解き放った。




