訪問者
隣に立つシエラは息を呑んで顔を強ばらせているけど、ミナトの表情はわたしから視線を離さず、穏やかなものだった。
なぜそんな顔が出来るの。
覚悟?
なんのために?
理解の出来ないミナトの思惑に苛々する。
「そう。そこまで言うならば話を聞いてあげるわ。命を捨てる覚悟までして、何を言いに来たというの」
「ジャスパーを返して欲しい」
「はあ? 」
隣に佇むジャスパーがその言葉に素っ頓狂な声を上げた。
わたしも思わぬ言葉に少し驚きつつも眉を寄せ、すっと目を細めてミナトを見つめる。
どういうつもりなの。
ジャスパーと決別した時、ミナトは引き留めなかった。
それは様子を見ていたロンザから報告を受けている。
ジャスパーはその瞳に怒りを乗せて、ミナトを睨みつけた。
あの夜あっさりと自分達を裏切ったことを認め、別れ際も引き止めることすらしなかったくせに、なにを今更。
「俺はおまえの仲間には戻らねえ。分かってんだろうが」
「分かってる。仲間に戻れと言っているんじゃない。人間側に来いと言ってるんだ」
「嫌だね、俺は魔王様と一緒にいる。今はそれが最高に幸せだからな」
ミナトの視線がわたしから外れ、そっと床に向けて伏せられた。
腹心の三人の背中に隠れて、その表情はよく見えなくなる。
「そうか。俺は君に対して取り返しの付かない酷いことをした。その君が、ここに居ることが幸せだというなら、最後に渡したいものがある」
「渡したい物? 」
胡散臭そうに顔を歪め、ジャスパーは首を捻った。
まさか、また魔絶でも仕込んで来たのか。
先の記憶を思い出して身構えたわたしの警戒を折るように、シエラの透き通る声が発せられる。
「わたし達の思い出の品よ。わたし達はいつでもあなたの帰りを待っているから……それまで持っていて欲しいの」
初めてシエラが心を決めたように顔を上げて、ジャスパーを見つめた。
その視線を受け止め、何か思い当たる物でもあったのか、ジャスパーが無言になる。
そんなジャスパーを視界の端に捉えながら、目を細めてサシャールの背に隠れたミナトに向けて視線を放つ。
違和感があった。
三回目のループの時、わたしにキスをしたジャスパーに殺すほどの憤りを見せたミナトが、ここに残ると言ったジャスパーの意思をあっさりと認めるなんて。
その小さな違和感が、不気味だった。
ミナトを睨み付けながら、わたしの中で更に警戒心が高まる。
「……サシャール」
身体に禍々しいオーラを纏わせて威圧するサシャールに声を掛けると、わたしの意図を察し無言でミナトに向けて手を差し伸ばした。
ミナトが懐から何かを取り出し、サシャールに手渡したのが見えた。
遠目には何か、小さな袋のような物に見えた。
サシャールが紐で閉じられた口を開くと、シャラリ……と小さな音を立てて何かが滑り出た。
手のひらに乗せたそれを注意深く見つめ、サシャールはミナトに問いかける。
「これはなんだ」
「ジャスパーに渡せば分かる」
サシャールはわたしを振り返り、無言で許可を求めた。その視線に小さく頷いて応える。
魔絶は服薬する飲み薬で、それを気体化出来ることも分かっている。
手に取ったサシャールが無事なら、恐らくあれは魔絶ではない。
サシャールが確認を求めるなら、一見して危険な物ではないと判断したということだ。
あの金属音……何かしら。
決して警戒は緩めず、緊張感を漂わせたままサシャールはミナトから離れて壇上を上がると、わたしの目の前に手のひらを差し出した。
「……ネックレス? 」
差し出された手のひらの中には、銀細工のチェーンの先に、複雑にカットの入ったクリスタルが七色の輝きを放ち、凛としてその存在を主張していた。
目を凝らして見てみても、おかしな魔力は感じない。
命をかけて、これをわざわざジャスパーに届けに来たというの?
どうも、腑に落ちない。
だけど、そっとそれに指で触れてみても、何の変哲もないクリスタルのネックレスでしかなかった。
眼下でサシャール達に威圧されているふたりに、ちらりと視線を流す。
何がしたいのか、さっぱり分からない。
思い出の品?
そんなくだらない物のために、のうのうとここへやって来るなんて。
死ぬことは覚悟して来たというのだから、死んでもらう!
答えの出ない苛立ちを乗せて、サシャールの手のひらからネックレスを摘み上げると、ジャスパーに向かって放り投げた。
ジャスパーが慌てて宙に浮いたネックレスに手を伸ばし、わたしは視線をふたりに戻すと、敵意を持って睨みつけ、己の中にある魔力に干渉しようと意識を集中しようとした。
そのコンマ数秒の間、サシャール達の背中に隠れたふたりの唇が小さく動いたことに、わたしは気付くことが出来なかった。
ふたりが同時呪文を紡ぐ。
それを合図に宙を舞う七色の煌めきを放つクリスタルは、突然弾けてキラキラとした粒子となって空を舞い、辺りを包み込んだ。




