馳せる想い
部屋の四隅にゆらゆらと揺れる蝋燭の灯が、漆黒のシーツの上に横たわる白い肌を撫でるように照らす。
長い睫毛を閉じてうつ伏せになり、微睡みの中にいたわたしの背筋に指を這わせ、つと撫であげる感覚に小さく身悶えた。
「ん……」
「これからどうすんだよ。帝国の国王を上手く殺せたのは良かったけどよ、おかげでバーランド国は厳戒態勢に入ったぜ。いくら魔族が優位だって言ってもあれじゃラクには落とせねぇ」
肌を重ね合わせて横たわり、ジャスパーは後ろからわたしの腰に腕を回して引き寄せると、近づいたその肌に、蝋燭の灯に照らされて小さな赤い痕が浮かぶのを見つけ、薄い笑みを浮かべて重ねるようにそっとキスを落とした。
モナザ襲撃の後、魔王城に戻って来たジャスパーは褒美にわたしをくれとせがみ、三人の腹心達はそんなジャスパーを咎めたけれど、わたしはその申し出を受けることにした。
ジャスパーに何度も痛い目にあわされているわたしは、彼に対してもミナトと同様の憎しみが芽生えていた。
だけどジャスパーにはまだ利用価値がある。
殺すのはまだ早い。
だから、内に湧き上がる憎悪を抑えジャスパーの望みを叶えることにした。
部屋に二人きりになった途端、ジャスパーは目の色を変えて獣のように襲いかかり、貪るように一晩中わたしの身体の隅々まで愛し続けた。
わたし達は甘い蜜の味を互いに心ゆくまで味わい続け、今もまだ、覚めやらぬ夢心地の中にいる。
「そうね……帝国がガタついてる今、帝国を落とすのも手かもしれないわ。あそこにはミナトもいることだし」
「おい……あいつの話なんかすんじゃねーよ」
苛立つように舌打ちすると、ジャスパーはわたしの上に勢い良く覆いかぶさり、荒々しく唇を重ねて舌を押し込んだ。
「ん……」
何度となく交えたジャスパーの温かい舌がわたしの咥内を掻き乱し、熱をもって水音を立てながら弄り始める。
そんな彼の動きに応じ、背中に腕を回して抱き締めながら、意識は少しだけ違う場所に傾いた。
__他の男の物にならないでよ。
二度目の死に戻りの時、ミナトが言った言葉。
わたしの上に跨り、身体に剣を突き立てて泣きながらそう言った。
三度目のバーランド国の夜も。
死ぬ間際、泣きながらわたしに駆け寄って手を握り締めた、ミナトの手のぬくもりはまだ記憶の中にある。
熱い吐息を吐きながら唇を離し、わたしの身体に頭を埋めて再び快楽の世界へと誘うジャスパーの髪を撫でながら、そんなことを考える。
「あ……」
魔導士達に取り囲まれた中、ジャスパーの挑発的な問いかけに躊躇いもなく、何よりもわたしを大事だと言ったミナトの言葉に、嘲りと呆れを通り越して驚きが勝ったあの瞬間の気持ちを思い出す。
あの時、ミナトは勇者としての存在意義を捨てて全てを投げ打ち、ただただ真っ直ぐにわたしを求めた。
『愛』にそんな価値はない。
だけど、ミナトにはそれほどの価値があるということなんだろうか。
「愛してる……」
ジャスパーの熱を帯びた言葉が、生前わたしの身体を求めた男達から何度も聞いた言葉と重なる。
だけど、その言葉は決して胸の内には届かない。
それが、紛い物の感情だと分かっているから。
「ああっ……! 」
一晩かけてわたしを知ったジャスパーに愛されて、身体は悦ぶように熱を帯びていくのに、頭は冷静にあの夜のことを思い出していた。
視界いっぱいに広がったベッドライト。
お腹に広がった痛み。
わたしの胸にうずくまって肩を震わせた、あいつ。
小さく、聞こえた言葉。
__俺は本当に君のことが好きだったんだ。
死に戻る時はいつも、最後はあの男の姿が目に焼き付いている。
泣きながら、わたしを求めるあの男の姿が。
__本当にどこまでも愚かで、バカな男。
「……魔王様、楽しんでるとこ悪いけどよ、客が来たらしい」
身体中が火照り始め、熱い吐息を漏らしながら甘い快楽へ身を投じようとしていたわたしの耳にガイアの冷え切った声が届く。
わたしの身体を食らうように弄っていたジャスパーもふと顔を上げ、乱れた髪をかき上げて身体を起こすと、深くため息をついた。
「いいとこだったのに、誰だよ」
「勇者だ」
「なんだって? 」
思わず大きく見開かれたわたしとジャスパーの視線が交錯する。
ミナトが魔王城に来た?
なぜ。
慌ててベッドから飛び降りると、手早く薄手のガウンを羽織り部屋から飛び出す。
抜けた先にある玉座の間。
そこにサシャールとロンザに睨まれながら、ふたりの人間が佇む姿が目に入る。
ミナトと、もうひとりは__
「シエラ、おまえも来たのか。何しに来た」
わたしの後を追いかけて来たジャスパーも、顔を顰めてふたりを睨みつけた。
ふたりから視線を外さず壇上を上り、玉座へと腰を下ろす。
その隣にジャスパーが立ち、そんなジャスパーを睨み付けながらガイアはサシャール達の元へと歩みを進めて肩を並べ、ミナト達の行く手を阻むように対峙した。
「今日は戦いに来たんじゃない。話をしに来たんだよ」
顔を上げて真っ直ぐにわたしを見つめてそう言ったミナトの言葉に嘲りの笑みが浮かび、同時にため息が漏れた。
「それでたったふたりでここへ来たというわけ? あなた達の目的が何か知らないけれど、殺されても文句は言えないわよ」
色々と思う所はあっても、この男がわたしの命を奪い取ったことは変わらない。
この男への憎しみも恨みも、変わらずにわたしの中にはまだ黒い業火となって存在する。
「覚悟はして来たよ」
恐れも淀みもない透き通った瞳が、静かにわたしを見つめていた。




