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モナザの悪夢

 モナザを襲撃した魔族は総勢千人を超えた。


 それは過去に遡っても記録にないものであり、新たに歴史に刻まれることとなる。


 その夜、魔族達は食料として人間を喰らうためではなく、殺人を目的とした。


 唯一、自分達の王である魔王(玲奈)の命に忠実に、彼らは己が得る快楽を捨て去り、ただただ、命を奪うためだけに残虐非道に己の能力を最大限に発揮した。


 本来ならば新たな砦となるバーランド国に足留めを仕掛けるはずだったが、厳戒態勢が引かれている中、最早もはやそれは叶わない。


 ならば帝国から離れ、勇者ミナトもいないこの絶好の機会に駒を殺してしまえばいい。


 襲撃を受けた魔導士達も、ただ黙ってやられたわけではなかった。


 だが数の差と、警戒心のなかった所への奇襲攻撃は、魔族達の勢いを怒涛の如く押し上げ、無詠唱で魔術を行使出来る魔族にとって、慌てて詠唱を始める人間など、赤子と等しい無力なものだった。


 そうして一方的な蹂躪を繰り返し、モナザの宿泊施設周辺には、自然豊かな爽やかな空気を打ち消す、血なまぐさい臭いが立ち込めた。


 あちらこちらに出来た血溜まりが炎を反射しながらその不気味さを増し、施設内には人間の身体の一部が無残に散乱し、恐怖に顔を歪めたままのおぞましい死体が無数に転がっていた。


 家屋は燃え上がり、大気の熱を上昇させながら、所かしこで発生した炎と炎が結び付き、轟轟と音を立ててその勢いを増しながらモナザの街並みを呑み込もうとしている。


「一体どういうことなんだ……」


 炎に包まれ地獄絵図と化したモナザを呆然と見つめ、ミナトは呟いた。


 今まで魔族が集団となって人間を襲ったことなどない。


 偶然などあり得ない。


 これは、紛れもなく魔王(玲奈)の指示だと誰しもが推し量る。


 一体、なぜ。


 ジャスパーが最後に飛ばした思念伝達コンサインでは、魔王はバーランド国王を狙いに来るということだった。


 玲奈を無事に保護するために、魔絶サーバーまでバンガイム王から借り受けて罠を仕掛けたのにも関わらず、待てど暮らせど魔王は来ず、突然バーランド国に伝達が届いたと思えば、モナザが襲撃に遭っているという報告だった。


 急遽バーランド国の魔導士の力を借りて慌ててモナザへと転移してみれば、そこに広がる光景に目を疑い、言葉を失って立ち尽くすしかない。


「魔族の姿がないわ……もう、みんな死んでしまったの……? 」


 肩を並べるシエラも、愕然と燃ゆるモナザを見つめた。


「まさか、ジャスパーに騙されたの? 」


「分からない。ジャスパーからは魔王から接触があってバーランドに誘導するという報告と、魔導士達を隠せという指示だけだった」


 自分に対して恨みを持つのは分かるが、各地から集った魔導士を皆殺しにする理由など、ジャスパーにはないはずだ。


 だけど__


 モナザに魔導士を集結させたのが、ジャスパーであることもまた事実だった。

 それを踏まえれば、シエラが騙されたと疑うのも分からなくもない。


 既に動き回る人影もなく、燃え尽きた家屋が音を立てて崩れ落ちる。


 そんな中、陽炎に包まれた街の奥から、不意にひとりの人間の姿が霞んで見えた。


「ねえ、あれ。誰かいるわ! 」


 シエラが嬉々とした声を上げ、ミナトもそちらに視線を流し目を細める。


 揺らぐ炎の中から、たったひとり、こちらに近付く人影。


 魔族かとも警戒したが、その緩やかな動きは変わらず、魔力を練り上げる様子もない。


 だけど、その人影が陽炎を抜けて目前と迫った時、ふたりは言葉を呑んで目を見開いた。


「よう、おふたりさん。お揃いで」


「ジャスパー……」


 炎の揺らめきを紅い瞳に映し出しながら、ジャスパーは口角を吊り上げた。


「君がなぜここにいるんだい。バーランド国に来るんじゃなかったのか」


「ああ。その予定だったけどな、少し予定が変わったんだ」


 腕を組み、つまらなさそうに燃える家屋に視線を流しながら、ジャスパーは答えた。


「これは、君が仕組んだことなのか」


「途中まではな。それはおまえらも知ってるだろ」


 隙を作って攻撃でも仕掛けて来るのではと警戒し、まだ魔族が潜んでいるのではないかと辺りを窺うも、その気配がないことにミナトは不審感を覚えた。


「途中までとは、どういうことなんだい」


「俺の計画を逆手に取られたってことだ」


 誰に。


 その言葉をミナトは飲み込んだ。

 この残虐非道な出来事を巻き起こした張本人。

 それが帝国に知れたら、もう魔力を断絶し無力化したところで、彼女を救うことは叶わなくなるだろう。


 それは、ミナトが一番恐れていたことだった。


「ジャスパーあなたのその瞳……魅了チャームにかけられているの? 」


 ミナトがあえて質問を回避したことに、シエラは気が付いた。

 だから自分もまたミナトを追い詰めないように、その質問を避ける。


 ジャスパーがミナトに恨みを抱いていることはシエラも百も承知のことだったが、それでも彼が大魔導師のランクを持つ戦力であることに変わりはない。


 しかし単なる魅了チャームならば、こうも生気を表情に宿しながら、悠々と行動しているのはおかしい。


 それでも魅了の一種であることは、その瞳を見れば一目瞭然だった。


 魅了にかけられた人間が術者を離れて行動する理由。


 それは__


「あなた、何か命令を受けてここにいるのね。そうでしょう? 」


「御明察。さすがシエラだな」


 紅い瞳をシエラに流し、ジャスパーはにやりと笑ってそう言った。


 その笑みを見てミナトは眉を顰め、理由のない不安が胸を締め付けるのを感じ取った。


「その命令が何か、教えてもらえるかい」


「ああ、別にいいぜ。もう十分時間は稼いだからな」


 そう言ってジャスパーは空を見上げる。


 自分たちがいるこの場所は未だに炎が勢いを増して熱を発し、無惨に斬り裂かれた山のような死体が、その炎の中に飲み込まれているというのに、空には柔らかな月明かりが薄雲を照らし、星々は今にも消えそうな輝きを最後の灯のように振り絞り、精一杯発しているように見えた。


 アリアに対する憎しみの炎は確かに身の内に巣食っているのに、なぜだか心はとても穏やかだ。


 きっと今頃、バンガイムの王様もあのような命の灯を精一杯発しているのだろう。


 我が(魔王様)に向けて__


 ◇


 バンガイム帝国、国王居室。


 遥か遠く、バーランド国にて魔王討伐が行われていると信じて疑わない国王は、寝ながら吉報を待つことにした。


 豪奢な家具が並び、天井には匠の細工が施された大きなシャンデリアが、橙色の蝋燭ろうそくの炎を反射しながら煌めくその部屋で、妖艶な女はベッドの上へ乗り上がり、ひとりの男を組み敷いていた。


 女の滑らかな肌を覆う、艶やかな赤髪に蝋燭の炎が色を添え、まるでそこに炎が命を宿して揺らめいているようだった。


 モナザを急襲したのは、一度目のループの時、魔王城に攻め込まれたあの恐怖を忘れていなかったからだ。

 わたしとサシャール達を皆殺しにした奴ら。


 その復讐はほぼ、果たせた。

 だけど、それだけじゃ終わらない。


 今頃、誘いの罠を仕掛けた伝達魔導士が飛ばした思念に応じて、ミナトはモナザに到着しているはず。


 そこでの足止めと時間稼ぎはジャスパーに任せた。

 元々ミナトの仲間だったジャスパーならば、()()()()()()()()()()()、ミナトだって手を出しかねるはず。


 あんな挑発に乗ってジャスパーを殺すなんて、本当にバカな男だわ……


 そっと男の頭を抱き締めて唇を重ね合わせながら、あの時の事に想いを馳せる。


 白髪に白髭を蓄えた老体は、大して生気を吸わずにさらりと塵と化した。


 まだ仄かに温かみが残るベッドに、ひとりでそっとうつ伏せになりながら、彼女はぽつりと呟く。


「本当にバカな男……」

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