third
ゆっくりと体温を失うあの感覚には恐怖を感じる。
とめどなく溢れる自分の血液と一緒に命が流れ落ちていくようで。
最後に意識が闇へと堕ちるあの感覚は何度経験しても、ただひとりでその恐怖に身を委ねるしかないあの侘しさは、慣れない。
冷たくなり始めた指先に、ミナトの温かな手が触れて、少しだけほっとしたのを覚えている。
あれほど憎んでいたのに、死に際にもなると相手がミナトでも心は穏やかになったりするのだろうか。
それとも今回はミナトがわたしを救おうとしていたのが、分かったからなのか。
ジャスパーに嵌られた事が悔しかったからなのか。
ジャスパーの行動に驚きながらも、あっという間に命を失うことになってしまったからなのか。
理由は数多あり過ぎて、どれが正しい答えなのか、分からない。
それでもあの瞬間、わたしはあの温かさに救われた。
だから、なぜだかいつもよりもほんの少しだけ心は穏やかで、わたしの意識を包み込む周りの温度も冷たいとは感じなかった。
春風にでも吹かれたように、心地良い柔らかなものに包まれて巻き上がり、意識は浮上する。
「おい、聞いてんのかよ」
「魔王様? 」
瞳を開けば、足元には銀狼と化したロンザの姿が見えた。
足元に触れる柔らかな毛並みが揺れて顔が動き、普段は獰猛なその瞳を心配そうに細めてわたしへと向ける。
指先には少し冷たい漆黒の滑らかな肌触りの肘置き。
微睡みから目覚めたばかりのわたしの頭はまだ夢心地で、ぼんやりする。
「いかがなさいましたか」
隣に佇むサシャールの蒼い瞳が、揺れながらわたしを覗き込み、呆然と見つめ返して、やっと状況を飲み込む。
「……なんでもないわ」
一度目にループした時は驚きの方が勝っていた。
二度目にループした時は恐怖が勝った。
わたしの身に一体何が起きているのだろう。
なぜ何度も殺されなければならず、なぜ何度もあの男の涙を見ることになるのか。
そっと握り締めた指先には、もうあの温かさは残っていなかった。
「で、どうすんだよ。国王を殺るのか、殺らねぇのか」
眼下に佇むジャスパーが訝しむように顔を顰め、答えを急かす。
__君がバーランド国王を狙うと決めた瞬間、ジャスパーは思念伝達で警告を促した。
そう、この瞬間だったのね。
あなたが心の中でほくそ笑んだのは。
「……いいわ、バーランド国王を頂くことにしましょう」
すっと目を細め、無言になったジャスパーの体内の魔力の流れを見つめる。
微弱だけど、やはり、動いた。
「ご褒美をあげるわ、こちらにいらっしゃい」
ゆっくりと歩み寄るジャスパーを見つめながら、思い出す。
バーランド国にジャスパーは警告を促した。
だけどサシャールの偵察では、バンガイム帝国にはミナトだけではなく、他の魔導士の姿もなかったということだった。
まだきっと何かある。
バーランド国でわたしを囲んだ人間の中に、バンガイム帝国の魔導士はいなかった。
ジャスパーの瞳を紅く染め上げて、その頬をそっと撫でる。
「あなたに教えて貰いたいことがあるの。バンガイム帝国の魔導士たちは、どこへ行ったのかしら? バーランド国へ移動しているというのは、嘘でしょう? 」
「バンガイム帝国にいた魔導士は、魔王……様が偵察を出すことを見込んで、近隣の街に待機させてあ、る。遠征していると、偽装するために、必要、だった」
虚な瞳でたどたどしく、ジャスパーはそう告げた。
「なんだと? 」
それを聞いたサシャールも目を細めてジャスパーを睨みつける。
「そう。では、その街の名前を教えてくれるかしら」
「帝国の西にある、モナザという、街だ」
「そこにいる魔導士の人数は? 」
「おおよそ、700人」
誘いの罠が完全にジャスパーを支配し、虚な瞳が潤んで輝きを生み出し、口調も徐々に滑らかになり始める。
恍惚の表情でわたしを見つめるジャスパーを抱き締めながら、新たな目標を見定め、目を細める。
ジャスパーは既にバーランド国に思念伝達を飛ばした。
それならば、ミナトとシエラはバーランド国に行く。
「……では、まずはモナザに行きましょうか」




