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迎えるもの

 もやがかかったように真っ白な頭を抱えて、ジャスパーは自室へ戻り、必要最低限の荷物だけをバッグに詰めた。


 ぐるりと部屋を見渡して、うまく働かない頭で忘れ物がないかを考え、何か忘れていても後で取りに戻れば良いと考える。


 とにかく今は、あいつと一緒の場所にいることだけは耐えられなかった。


 どこでもいい。

 早くここから抜け出したい。


 口早に詠唱を初めて魔力を纏い、空間移動を試みようとしたが、乱れた心を現すように、途中で何度も魔力が途切れ、上手く行えなかった。


 そんな自分に苛立ちながらも呆れ、仕方なく徒歩で城内を抜けて外に繰り出した。


 遠くに行きたい。


 ただひたすら、ミナトから離れたくて、よそ見もせずに突き進む。


 繁華街を抜けて、店先もまばらになり、深夜も回った帝国郊外には、ちらほらとしか人が見えなくなった。


 どことなしか、人気ひとけのない所まで辿り着いたことに、ほっとしたジャスパーの視線の先に、一人の男が行く手を阻むように姿を現した。


 魔族。


 その気配から何者なのか、すぐに察知出来たものの、今は戦う気力など残っていなかった。


 もう自分は勇者ミナトの仲間ではない。

 魔族なんて目を凝らせばどこにでもひそんでいるものだ。


 知らない振りを決め込むことにして、ジャスパーは男から視線を逸らし、その横を通り過ぎようとした。


「待たれよ」


 男の低い声が、そんなジャスパーを呼び止める。


 ピクリと思わず身体が反応して足を止めたジャスパーの視線と、黄金色の瞳が交わった。


「なんか用かよ。俺は今機嫌が悪りぃんだ」


あるじがおまえをお呼びだ」


 武人のような佇まいに黄金色の瞳に燃えるような紅い瞳孔を鋭く尖らせて、そう言った男の言葉にジャスパーは顔をしかめた。


 魔族が言うあるじが誰かなんて、考えるまでもない。


 なんでこうなっちまったんだろうな。


 少し前までは憎くて仕方なかったアリアのかたきだったのに。

 今ではその矛先が、ミナトへと向いてしまった。


 俺の大事なアリアを見殺しにしたミナト。


『最初から玲奈に勝るものなど、何もない』


 あの言葉を思い出し、仲間のフリをしながら、初めから俺たちを裏切っていたんだと思い知る。


 そんなミナトをジャスパーは許せなかった。


 何よりも大事だと言ったあの女を奪ったら、あいつはどう思うんだ。


 悔しがって泣き喚くのか?

 あの女を……俺が殺したら、どう思う?

 そしたら俺の気持ちも少しは分かるのかよ。


 そうやって俺はあいつに一番最悪で最高の復讐を思い付き、再び男を見据えた。


「連れてけよ、あの女(魔王)の元にな」


 男は何もいわず、ジャスパーに手を伸ばし、肩に軽く触れると一瞬視界が揺らぎ、次の瞬間には見覚えのある空間が目の前に広がっていた。


 見上げる程に高い背もたれの漆黒の椅子には、紅く長い髪の妖艶な女が、スリットの入ったドレスから白い太腿をあらわにして足を組み、身を預けていた。


 その両脇を挟むように男がふたり佇んでいる。


 長い睫毛の下でルビーのような輝きを持つその瞳がジャスパーを捉え、濡れたように艶めいた唇が薄く笑う。


「いらっしゃい、ジャスパー」

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