表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

心を弄ぶもの

「誰なんだろう」


「知らねぇよ」


 端の欠けた月が淡い光を放ち、薄雲に輝きを吸い込まれながらも星々が夜空を彩る、そんな時間。


 中庭のカフェテラスを囲むように、橙色の灯火が幾つも優しい光を放ち、幻想的な空間を創り出す。


 既に誰も居なくなったその場所で、ジャスパーとシエラはテーブルを挟み、物憂げな表情を作っていた。


「ミナト……今まで女の子に興味なさそうだったのに」


「ああ、そうだな。全然検討つかねぇわ」


シエラの恋愛相談。

勘の良いジャスパーがシエラの気持ちに気付き、からかったのを初めとして、事あるごとにふたりはこうして、ため息混じりにミナトについて思いを馳せるのだった。



 __いるよ。



 あの時、そう言ったミナトの表情を思い出して、シエラは眉を下げる。


「あの顔、見た? すごく優しい顔をして、誰かのこと考えてたわ」


「ああ、あれはなぁ……あいつがあんな顔出来るなんて知らなかったぜ」


「わたし、どうしたらいいの? 」


 今にも泣き出しそうなシエラに、ジャスパーは困ったように肩をすくめて、ため息をつく。


「おまえ、もう告白しちゃえよ」


「えっ? 」


「別に婚約してるわけじゃねぇんだ。だったら、さっさと告白してミナトの気を引いとけばいいんだよ。どこにいるか分からねぇ女より、おまえの方がミナトの近くにいるし、ベッドに押し倒しさえすりゃ……」


「もうっ! 何言ってるのよっ! 」


 さっさと既成事実作っちまえよ、そう思ったがシエラは顔を真っ赤に染めて両手で頬を挟んだ。


「いや、おまえな。相手はミナトだぞ?遠回しなこと言ってこっちの気持ちに勘付けなんて、天地がひっくり返ってもありえねぇからな」


 そんなふたりに近付く影がひとつ。


 闇に紛れ、そこから生まれ出たように、ゆっくりと歩み寄ると、カフェテラスの淡い橙色の照らされ、徐々にその輪郭があらわになった。


 肩で切りそろえられた金髪に、そばかすが鼻骨を中心に横に広がる彼女もまた、魔王討伐のために集められた魔導士マジックキャスターのひとりだった。


 足音を立てず、真っ直ぐにふたりへと歩みを進める彼女の顔には表情がなく、遠いところを見ているような虚ろな視線が彼らを捉え、吸い込まれるように近付く。


 先に彼女に気付いたのはジャスパーだった。


 人気ひとけのない場所に現れたという理由ではない。

 彼女から、異質な魔力の気配を感じたためだ。


 背後から近付くその気配に無言で椅子から立ち上がり、振り返る。

 その瞳は警戒心を宿した鋭いものへと変わる。


「どうしたの、ジャスパー」


「シエラ、おまえも警戒しとけ。あの女、なんか変だ」


 ジャスパーに警戒を促され、シエラも立ち上がってその視線の先にいる彼女へと目を向ける。


『こんばんは、皆さん。今夜は良い夜ね』


 声が二重になって夜風に乗り、響いた。


「誰だ、おまえ」


 ジャスパーはすっと目を細める。

 魅力チャーム

 いや、同調シンパシーか?


『魔王城でアリアという女を殺した者だと言えば、お分かりになるかしら』


 女は表情を消したまま、口だけを動かし、そう言った。


「アリアを殺した……? 魔王か……っ!! 」


「ジャスパー! ダメよ、乗っ取られてるだけだわ! 」


「分かってる! 」


 驚愕に目を見開き、込み上げた怒りに乗せて魔力が膨れ上がったジャスパーを見て、慌てて制止すると、シエラもまた彼女に鋭い視線を送る。


「魔王がなんの御用なの?」


『ふふふ。とても楽しいお話をしていたようだから、わたしも混ぜてもらおうと思って。あなた達が知りたがっている、ミナトの想い人が誰なのか、教えてあげるわ』


「え……? 」


 ミナトの想い人。


 思いがけない魔王の言葉に、シエラは胸の痛みを覚えながら言葉を失った。


「なんで、てめぇがそんなこと知ってんだよ」


 一切自身の魔力を纏わずに佇む彼女を訝しげに見つめ、ジャスパーは問いかける。


『だってわたし達は、あなた達よりも付き合いが長いんだもの』


「どういう意味だよ」


勇者ミナトが転生者なのは知ってるわね? わたしもまた、転生者なのよ』


 ミナトが転生者なのは、周知の事実だ。

 魔力という異質な力が干渉するこの世界では、異世界からの転生というのは、決して多くはないが起こり得ることだった。


 魔王も転生者。

 そんな話は聞いたことがないが、可能性としてならあり得る出来事だ。


「それで? 」


『わたしとミナトは元の世界で……男女の関係にあった仲なのよ』


「はっ? 」

「男女の……関係? 」


 思いもよらないその言葉に、シエラは愕然とし、ジャスパーはただ絶句する。


ミナトと魔王が男女の関係だった?

そんなの嘘だろう?


あまりの衝撃に思考が停止し、動揺するふたりに構わず、女は更に言葉を重ねた。


『そうよ。ミナトの気持ちは今でも変わってないわ。元の世界にいた時と同じように、わたしだけを今も尚、愛してくれている』


無表情の女が語るその言葉は、うっとりとした艶めかしい色香を乗せて耳に届いた。


『あの人も忘れていないでしょう。わたしとの口づけも、互いに身体を求め合ったあの夜のことも』


「やめて……! 」


『ミナトは何度もわたしを求めたわ。身体の隅々まで愛してくれた。それはそれは、とても、激しく、ね』


「聞きたくないっ! 」


 悲鳴のような声を上げて、シエラは涙の滲んだその顔で両手で耳を塞ぎ込み、その場にうずくまった。


『だから、あの時もミナトは私を殺せなかった。アリアよりも、わたしが大事だったから』


 次々と襲いかかる、魔王(玲奈)の言葉に酷く顔を歪めたジャスパーが、その言葉を聞いて呼吸を止め、目を見開いた。


『ミナトにとってアリアは、その程度の人間だったということよ。あなたの、かけがえのないヒトだったのにね』


 ジャスパーは忘れていなかった。

 魔王にその身を絡め取られながら、微動だにひとつせず、立ち尽くしていたミナトの姿を。


『ご愁傷さま。ぜひ、伝えてもらえるかしら。わたしも、愛しているわ、とね』


 ふふふ……


 魔王の笑い声が風に乗って空気に溶けた。


 ふいに、傀儡人間と化した金髪の魔導士は目を閉じると、どさっと音を立てて膝からその場に倒れ込み、動かなくなった。


 口を抑え、嗚咽を漏らしながらぼろぼろと泣き続けるシエラと、唇に血が滲むほど噛み締めてこぶしを握り、頬を震わせたジャスパー。


 そんなふたりをなだめるように、夜風が優しく頬を撫でていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ