欲望から生まれしもの
驚愕に目が零れ落ちるほど見開かれる。
なぜ、ここに。
そんな想いと同時に瞬時に憎悪と怒りが湧きあがり、歯を噛みしめて睨みつける。
そんなわたしの前で、ガシャン……とミナトの手から持っていた剣が力なく滑り落ちて、床に転がった。
「玲奈……何を……してるの?」
青年の下に組み敷かれたわたしを空虚な瞳で見つめ、ミナトがぽつりと呟く。
震え出した唇を手で抑え込みながら、それでもその瞳は真っすぐにわたしへと向けられ、揺れ動いた。
「あなたに関係ないわ」
身の内から湧き上がる憎悪をなんとか押し殺しながらそう言うと、瞬時にその瞳が怒りに満ち、弾かれたように身を乗り出して、唾を吐き散らしながら吠えるように叫んだ。
「関係ないわけないだろうっ!!」
目を血走らせて身体を震わせ、わたしを睨みつけると、ずかずかと歩み寄って、覆いかぶさる青年を力一杯蹴り飛ばす。
「玲奈は俺のモノだから」
煮えたぎる憎悪を瞳に宿し、気を失ったままの青年に向けてそう吐き捨て、ぎしっとベッドをしならせてわたしの上に跨ると、勢い任せに顔を近づけ、荒々しく唇に食らいついた。
「ん……っ」
驚愕に目を見開き、嫌がるわたしに構わずに口を無理やりこじ開けて、逃がさないとでも言うように頭ごと抱きしめ、その舌を奥へと差し込んで咥内を搔き乱す、ミナトの生暖かい舌触りに吐き気を覚える。
「んんっ」
一方的に口内をまさぐり、荒い息を吐き出してはまた塞いで、水音を立てながら、わたしを喰らうようにミナトは貪り続けた。
一体どれほどの時間、そうされたのか。
なされるがままに延々と口内を犯されて、憎さのあまり、目は熱をもって煮えたぎり、その熱に溶かされたような一筋の涙が頬を伝った。
「おーい、こっちは大概終わったけど、そっちはどうだ……」
不意に入口から男が覗き込み、その有様を見て思わず言葉を失い立ち尽くす。
くちゃ……
糸を引いて口を離したミナトの顔には、恍惚とした表情が浮かんでいた。
狂ったように艶めかしい瞳でわたしを見つめ、嗤う。
「ミナト……おまえ、何やってんだ……?」
「玲奈は俺の物だ」
「は……?」
「他の奴になんか渡さない」
「おまえ、何言って……?」
不審な顔をして近づいた男がミナトの身体で隠れていたわたしの顔を見つけた。
驚愕に目を見開き、その身体が怒り露わにわなわなと震え出す。
「魔王っ……」
こいつは、勇者の仲間だ。
魔王城で殺した女を助けようとしていた男!
瞬時に悟り、逃げようとするも、身体はピクリとも動かない。
そう、こいつだったのね。
ギラギラと憎々しい色を瞳に称えてわたしを睨み付ける男を、わたしもまた睨み返した。
「はっ、ここで生気貪って魔力補充してたってわけかよ。
単なる吸血鬼の館かと思えば、大物が潜んでたわけだ。
こりゃあ、ラッキーだったな」
皮肉げに口を吊り上げて男は嘲り、そして冷ややかにミナトに向けて言い放った。
「ミナト、こいつを殺せ」
「こいつの力はまだ完璧じゃねぇ。万が一の為と思って念を入れて拘束しといて良かったぜ。今なら殺れる。今しかねぇ!」
唾を吐き出しながら、最後はミナトを奮い立たせるように声を荒らげた。
今さっきまで恍惚の表情を浮かべていたミナトが、ゆっくりと首だけを動かし無言で男に視線を向けた。
「なぜ」
夢心地に微睡んだ瞳からすっと光が消え失せて、感情が見えなくなる。
「なぜ、そんな事を言うんだい。ジャスパー」
まるで生気を帯びない力の抜けた表情に虚ろな瞳を映し、ミナトは抑揚のない声でうわ言のようにそう言うと、壊れた玩具のように、首をこてりと傾げた。
「なぜっておまえ……そいつは魔王だぜ!? 魔王城で見たじゃねぇか。アリアを殺したのもこの女だっ、忘れたとでも言うつもりかよっ!? 」
「アリア……彼女の事は本当に残念だったよ。だけど、見てよ、ジャスパー。玲奈って、転生しても綺麗なんだ。そう思わないかい? 」
正気じゃない。
仲間を殺された事なんか些細な出来事だとでも言いたそうなミナトの発言に、わたしもジャスパーも顔を顰めた。
「転生……おまえだけじゃなくて、その女も転生者だって言いたいのか? 」
「そう……俺は彼女を知ってる」
「そうかよ。それで?知り合いだったから殺さねえって、そう言いたいのかよ」
転生。
それがこの世界で往々にして起きる事なのか、わたしは知らない。
だけどジャスパーはすんなりとその事実を受け入れ、ミナトを見据えた。
「いいや。それはないさ。だって俺は……生前の彼女を一度殺しているからね」
ミナトは悲し気にそっと目を伏せて、自嘲の笑みを浮かべ、そう告げた。
わたしはそんなミナトに冷めた視線を向ける。
そう、この男はきっと何度でもわたしを殺す。
何を求め、何がしたくて、何度もわたしの命を奪おうとするのか。
ミナトの気持ちなど知った事じゃない。
身体が微塵も動かない事に苛立ちながら、込み上げる嫌悪を瞳に宿してミナトを睨み付ける。
「……おまえが、殺した?」
驚いたように目を見張ったジャスパーに、ミナトは生気のこもらない虚ろな色をその瞳に宿し、小さく頷いた。
「玲奈が他の男と寝たりするから」
「あはっ……」
その子供じみた言い分に、思わず喉だけを震わせてわたしは嗤う。
他の男と寝る度に殺されなければいけないのなら、わたしは一体何度この男に殺されることになるのか。
「じゃあ、今回もその女が今、何をしていたか考えれば殺せるだろ。違うかよ」
全裸で横たわるわたしに侮蔑するような視線を向けてジャスパーがそう言うと、ゆっくりとミナトがわたしに視線を落とした。
感情が欠落したような濁った瞳が、負の感情を乗せてわたしに降り注ぐ。
わたしの首筋に指を這わせ、肩に向けてそっと髪を梳かすと、白く細いその首筋に薄らと赤く色付いた小さな痕跡を見つけ、ミナトの顔が苦し気に歪んだ。
ぎりぎりと歯を噛みしめて俯き、身体を震わせてわたしの肩を爪が食い込むほど力を込めて押さえつける。
暫く何かと葛藤するように身を震わせながら俯いたミナトの瞳から、ぽたぽたと涙が零れ落ち、わたしの胸を濡らした。
何がそんなに悲しいのか。
一度目の時も、そういえば泣いてたっけ。
泣くほど辛いのなら、もうやめてしまえばいいのに。
そうやって何度も傷ついて、耐え抜いて、その先に何を求めているの?
その答えがわたしだと言うのなら、きっと一生かかってもその願いは叶わない。
本当にバカな男__
嘲りさえ通り越して同情してしまう。
そんなわたしの視線に気づかず、ふと震えの収まったその身体を揺らめくように起こし、虚ろな表情でジャスパーに顔を向けると、力なく手のひらを差し向けた。
「剣を……」
「ああ」
男は床に落ちた剣を拾い上げ、ミナトに手渡す。
ミナトは受け取った聖剣を両手で握り締め、わたしの上に馬乗りになったまま、ゆっくりと高く持ち上げ、獲物を捉えて打ち震えるその剣先を、真っすぐにわたしへと差し向けた。




