第4話 ―帝都の日常・その4(レミル・新しい“道”)―
更新空いてしまって申し訳ありません。
今回はレミルの現状についての話です。
レミル・ルシオルは、父との別れを二度経験している。
一つ目は、自責と絶望とともに。
そして二つ目は、決意と希望とともに。
二度目の別れ、それはあの仮想領域に作られた玉座の間だ。
頭を深々と下げたまま悠が消え、残されるのはアリエスとレミル、そして光の粒となって消えゆく父。
ブラド・ルシオルが遺した最後の言葉は、いまだ鮮明に胸に刻まれている。
――レミル。我々“夢幻”は終わろうとも、君の人生は続いていく。ここから先は、君の“道”を作っていくんだ。いいかい? 僕になろうとするな。セリルになろうとするな。他の誰にもできない、君にしかやれないことが、きっとあるはずだ。
父はいない、カミラもいない、“夢幻”の皆はみんな、遠いところに逝ってしまった。
だが彼らによって未来へと繋がれたレミルの道は、今日も続いている。
父との別れから、5日目の朝が来た。
「おはようなのだ!」
「おはようございます、レミル様」
がばっとベッドから起き上がったレミルに、仕立ての良い侍女服を着こなしたメイドが恭しく一礼する。ルルやティオのような奴隷ではなく、高い出自と教養を備えたプロのメイドだ。
慇懃丁寧であるが、温度を感じさせない振る舞い。
丁重に扱われるのは悪い気はしないが、同時に居心地の悪さも感じていた。
レミルは帝国の来賓として扱われている。
つまりは、要人待遇だ。
その行動にはそれなりの自由が認められながらも、その身の安全を守るためという名目で、ある程度の制限が課せられていた。
帝城の敷地内を歩き回るにも、基本的に護衛兼監視が付けられる。
腕は立つらしいが、融通の利かない男だ。ラウロが手配した護衛であり、あまり悠たちに近付けたくない。
その日は結局、悠たちとは会うことなく、天才魔道科学者であるブラドの知識を受け継いだ遺児として、魔道省側からの要請を受けていくつかの研究について意見を述べ、余った時間で私用を果たして終わった。
時刻はまだ21時を回った頃であるが、まだ10歳、育ち盛りのレミルである。もう眠かった。
「もう寝るのだ!」
「はっ、畏まりましたレミル様」
睡眠時は、専用の豪奢な寝室で眠ることを義務付けられており、入口にはやはり護衛付きだ。
部屋の中は、侍女が完璧にセッティング済みである。着替えや歯磨きも、手早く丁寧にやってくれる。ベッドはふかふかだ。
快適といえば快適なのだが、これはこれで窮屈でもあった。
「おやすみなのだ!」
「おやすみなさいませ、レミル様」
レミルの就寝の挨拶に、侍女が応える。
流麗な、聞き心地の良い言葉遣い。だがレミルには、抑揚のないあのカミラの声よりも、ずっと平坦に聞こえていた。
……また、あの棒読み声が聞きたくなった。
胸がきゅっと締まる。
ちょっと泣きそうになったが、我慢である。
部屋の照明が落とされ、扉が静かに閉まる音が聞こえるころには、レミルの意識は夢の中へと落ちつつあった。
ちなみに、レミルは夢人だ。
その、能力は――
――悠は、ゆらりと双刃を構える。
「じゃあ、行くよ朱音」
「……いつでも」
悠と朱音は、真剣な表情で向かい合っていた。
悠は十の魔刃を従えて、朱音はその指先から虹色の糸を紡いでいる。
互いに魔法を具象しての相対。
帝国の戦闘服で武装した二人の間の空気はぴりっと張りつめ、弾ける寸前だ。
それはまさしく、武の立ち会いの光景であった。
二人が立っているのは、不思議な空間である。
例えるなら、眼隠しして完成したジグソーパズル。
地球の市街地、
石畳の建物、
森林、
廃墟の街、
板張りの道場、
それらの写真をバラバラにして、パズルのように組み合わせたような混沌とした景観が広がっていた。
悠の足元は、草木の生い茂る地面と、板張りの床のちょうど境目である。
「……ふっ!」
異常極まりない空間の中で、悠が動いた。
一片の油断もなく、流れるような足捌きで距離を詰める。
縮地法による接近、朱音の反応はわずかに遅れていた。
が、朱音は落ち着いている。
「……っ」
その指が、妖しく踊る。
虹糸が蠢いて、悠を絡め取ろうとうねりを見せた。
朱音の魔法、<絢爛虹糸>。
今現在、悠たちのグループにおける第三位階の実力の序列としては、朱音とティオは総合力で一歩以上は劣ると言われている。
異界兵最強と目されている省吾、そして夢幻城にて大幅に実力を伸ばした悠、美虎、伊織と比較すれば見劣りすると判断されるのも仕方ないことではあるのだろう。
だが、悠のような決め手を接近戦に大きく依存する者にとっては、朱音の操る<絢爛虹糸>は非常に厄介な存在である。
触れれば繋がれ、引き寄せられる魔法の糸。
最大の強度と牽引力を維持できる射程距離は2m程度だが、それ以上伸ばすことも可能だ。
指先から伸びる10本の虹糸の全てに対処することは、強力な“眼”を持つ悠にとっても困難であると言わざるを得なかった。
(2本……いや、3本は覚悟しないと……!)
超動体視力を駆使して動きを読み、回避するが、予想していた通りに虹糸が繋がれてしまう。
右手、左肩、右太ももの、計3本。
白刃の間合いまで接近した悠であるが、その身を途端に強力な牽引力が襲う。
「ぐっ……」
同じ第三位階として、抵抗は可能である。
問答無用で引き寄せられる、ということは無いのだが、どうしても剣術としての動きは乱れてしまう。
剣士としても格段に進歩した悠であるが、その技はベアトリスのような達人からは「綺麗過ぎる」と指摘されることもあった。すなわち、決まった型から外れると途端に技が雑になるのだ。
乱れた歯車を立て直しながら、悠は何とか剣を――
「――遅い!」
「……あ」
悠の腕に、朱音の腕が絡みついていた。
あっという間に、関節を極められる。
そこからは一瞬である。
「――っ!」
朱音の身が疾風のように躍り、悠に密着する。
流水のごとく滑らかな術理。
気付けば、悠は地面に組み伏せられ、朱音のお尻に敷かれながら右腕を完全に極められていた。左手も朱音の足に押さえ込まれている。
人体の構造上、抵抗のしようが無い。
詰みである。
悠は、悔しげに呻きながら、白旗を上げた。
「……参りました」
「ん」
朱音は小さく頷いた。
勝負は決した。朱音の勝ちで、悠の負けだ。
なのに、朱音は悠の腕を離してくれなかった。
悠の腕を、ぎゅぅぅっと抱き締めるようにしている。
指先に、朱音の吐息がかかっていた。
「あ、あのぅ……朱音? 僕の腕がね? こうぎちぎちって……けっこう痛いんだけど……!」
「……そう」
朱音はどこか、心ここにあらずといった感じに見えた。
頬はほんのり上気していて、表情は微妙にうっとりしているのは、悠の気のせいなのだろうか。
くんくん鼻を鳴らしているのは、匂いを嗅いでいるのかもしれない。
だが何の? まさか悠の手の?
いやいや、まさか。
悠は胸中でかぶりを振り、言おうか迷っていた言葉を、口にした。
「あ、あとね……その、朱音の……あの、おっぱいが……僕の腕に、押し付けられてて……」
早熟過ぎる豊満な肢体を持つ朱音が、相手と密着する組み技の才能に恵まれていたのは、いったいどんな運命の嫌がらせなのだろうか。
朱音に関節を極められた者は、高確率でその胸の柔らかさを身体のどこかで感じることになる。
だが今の朱音は、それを自ら押し付けているような力みようであった。
丸みを帯びた弾力感が、悠の腕を包み込んでいる。
ああ、やっぱり同じおっきくても美虎先輩とは感触が全然違うんだなあ、などと暢気なことを考えていると――ぎちぎちぎち、と悠の関節が悲鳴を上げはじめた。
「朱音! 朱音ぇっ! ほんと痛い! すごく痛いから!」
朱音はぽわんとした表情のまま、よりいっそう強く、悠の腕を抱き締めている。
「痛たたたたっ! みしみし言ってる! 朱音っ! お願い、離してっ!」
悠は痛みに慣れている反面、神経は人一倍過敏である。
我慢しなくていい状況なら、我慢などしたくないのだ。
「……はっ」
そこでようやく、朱音は我に返ったようである。
がばっと悠から離れて、口元をごしごしこすっている。
……よだれ?
「ああ、こ、これはっ……! と、とにかく、あたしの勝ちよね!」
「う、うん……でも酷いよ。降参してるのに、あんなに強くするなんて……折れるかと思った」
悠は拗ねるように、腕をさすっていた。
朱音はしゅんとした、うなだれる。
「だって……こういう時ぐらいしか自然に密着できないし……」
「えっ?」
「なっ、何でもないわよっ!」
朱音はふんっ、と鼻を鳴らしながら腕組みする。
しゅるしゅると、虹糸が縮んで指先へと戻っていた。
あまり長くした状態で展開していると、負担が大きいらしい。
二人の会話が途切れた、その時だった。
ぱちぱちぱち、とその場に軽妙な拍手の音。
「アカネ様、お見事でございました」
ルルが、にこりと笑みを見せながら手を叩いている。
そして拍手の音は、それだけではなかった。
「すごいデス! わたし、なんかよく分からなかったデス!」
「やるではないかアカネ!」
ティオとレミルである。
この奇異な空間にいるのは、この5人だけであった。
「……ふんっ」
観戦していた3人からの賞賛に、しかし朱音は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
じろっと、悠を半眼で睨みつける。
悠はびくっと肩を震わせた。
「あんな舐めた戦い方されて勝ったって、ちっとも嬉しくないわよ……この、馬鹿」
舐めた戦い方。
ルルはそれに気づいていたのか、小さく苦笑を漏らしていた。
ティオとレミルは、揃ってこてんと小首を傾げている。
「あぅっ……ち、違うんだよお。別に手加減しようとした訳じゃ……」
「同じことじゃないの! わざわざ、あたしの得意な間合いに付き合って……あっ! そうそう、さっき痛くしたのは、それにムカいてたからなんだからね!」
「取って付けたような言い方ですね……」
「アカネ……あっ、テ……」
「ちょう後付けくさいのだー」
周囲の突っ込みは無視して、朱音は言葉を続ける。
「そのぷかぷか浮いてる剣を飛ばしたりとか、もっと戦い方はあったでしょうが! 何のために10本も剣を出してるのよ! それに、間合いに入ってからも、あたしを斬るのちょっとためらったじゃないの!」
「ひぅぅ……」
ぐうの音の出ないほどの指摘であった。
体勢を立て直し、剣を振るおうとした刹那、悠は動きを鈍らせたのだ。
武道を歩む者の一人である朱音としては、かなり不愉快だったのかもしれない。
悠は、朱音を上目遣いで見つめながら、しょんぼりした声で謝った。
「ごめんなさい……」
朱音は、はぅっ、と頬を赤らめる。すぐに誤魔化すように咳払い。
「まあ、あんたが凄く強くなったのは認めるわよ。本当にガチでやったら、今はもうあんたの方がずっと強いわ。ねえ、だから手加減したの? そういうのを舐めてるって――」
「――ち、違うよぅっ!」
悠は、決して実力差から朱音を舐めてかかった訳ではない。
お互いに強くなるための、模擬戦闘である。真剣にやるつもりであった。
たとえ実力差があろうとそうするのが礼儀であるとは、悠も学習している。
だが、出来なかったのだ。
何故なら、
「やっぱり僕、朱音に剣を向けるのは、嫌なんだよ……」
朱音は、悠にとって一番近しい人である。家族のようなものだ。
そんな相手に剣を向け、ましてや斬り付けるなど悠には無理なことであった。
例え、ここが――
「……どうせ斬られても死なないんだから、遠慮しなくていいのに」
――夢の中であったとしても。
「そうだぞユウ、父様の時とは違って、仮でも死んじゃったりはしないのだ。夢人が見せる本来の夢の世界は、危ないことなんて何もないのだぞ!」
ここは、レミルの夢人としての能力によって生み出された、夢の世界である。
夢人は他者の夢の中に入り込み、そこで“食事”をすることができる。
だが、その能力はもっと深淵なのだ。
「夢の共有……仮想現実の構築。帝国でも研究が進められ、ある程度は実用化もされてはいますが。やはり本物は違いますね」
「すごいデス、眠りながらみんなと会えるなんテ……!」
悠、朱音、ルル、ティオ、そしてレミル。
この5人の夢を、同時に繋いだ仮想の世界。
それが、このパズルのような混沌とした情景の空間なのだ。
悠が、ブラドと戦った空間と原理は同じである。
もっとも、あちらと違って刺されたり斬られたりしても、痛みはあるが実際に怪我を負うようなことはない。
ルルがしゃがみ込み、石畳と板張りの境界線をなぞりながら、苦笑した。
「なかなか、こう……独特な趣にはなっていますが」
「つ、次はもっと上手くやってみせるのだ!」
アリエス、そして夢幻城の補助があった時のようにはいかないのだろう。
この空間は、5人の認識が混ざり合った状態で形成されてしまっていた。
ちょっとこう、気持ちが不安になってくる光景であるのは否めない。
「でも……すごいよレミル。ここなら、魔道が使えるんだ……訓練ができる」
それでも、この仮想世界の有用性は計り知れない。
現実では封印されている魔道を、自由に使うことができるのだ。
これは、悠たち異界兵にとっては凄まじい利点だった。
ネックであった魔道の訓練を、大量にこなすことが可能となる。
なんと、これでいて休息としての睡眠は損なわれないというのだから素晴らしい。
朱音は地面の草をむしったりしながら、問いかけた。
「……これ、もっとたくさんの人を呼んだりできないの?」
「んー……今は5人が限界なのだ。というかちょっとオーバーだから、こんなことになってるのだ。で、でもでも、これでもすごいのだからな! 夢人でもこれができるのは限られた天才なのだぞ!」
「分かってますヨ、レミル様。とてもすごいデス。よしよし」
「うむ、もっと撫でるがよい!」
ティオに頭を撫でられて機嫌を回復するレミル。チョロい。
二人は、割とすぐに打ち解けた。
家族を失ったことに自責を念を抱いていた二人。心の傷を共有するティオとレミルは、やはりどこか通じ合えるものがあるようだ。
「ただ、コツを掴めばもっと増やせそうな感じはあるのだ。何回かやっていれば、そのうちもっと増やせると思うぞ。母様は100人以上を繋げられたらしいしな!」
「そっか……今度は、違う人を連れ来てみようね」
「んっ、驚く顔が楽しみなのだ!」
これは、例えば玲子がラウロ達には聞かれたくない密談をする際にも使えるだろう。
当然、それを警戒しないラウロ達ではあるまい。
夢人の能力には射程距離があり、レミルの眠る部屋が遠く離されているのは、そういう能力を警戒してのこともあるはずだ。
平均的な夢人の能力の射程距離は50m程度と言われている。第一宿舎とレミルの寝室は、その十倍以上は離れていた。
……まさか、レミルの射程が帝都全域を包み込むほどだったとは、ラウロ達も予想はしていまい。
という訳で、レミルの存在は悠たちにとって、大きな福音であった。
さて、では悠たちがレミルにしてやれることは何か。
ルルがちょうど、その話題を振ってきた。
「レミル様……そろそろ、夢人としての“食事”が必要なのではないですか?」
「うん、そうであるな……普通は小っちゃいうちはあんまりいらないのだが、たくさん力使うからなー」
夢人の“食事”。
他者の夢の中で、その精神の昂ぶりから発せられるエネルギーを食らうこと。
物質の食事と異なり、取らないと死ぬというほどのものではないようだが、こういう風に夢の世界を繋げ、維持するには必要なエネルギーなのだという。
もっとも効率的な方法――精神の昂ぶりが容易に得られるのは、アレだ。男と女の、いやらしいアレである。
だから美しい女性ばかりの夢人は、男性の夢の中に入ることが多いのだ。
まあ、男からしか食べられない、という訳でもないようだが。
だがレミルは10歳。幼女である。
まだ早い、早過ぎる。
レミルも、そのことは分かっているようであった。
「うー……肉体変化だけはまだ苦手なのだ……」
「肉体変化?」
「見た目の年齢をな、変化させるのだ。我だったら、背が高くて胸も尻もばいんばいんな、えっちな身体になったりとかな! 胸の大きさ変えたりもできるぞ、相手の好みに合わせて調整ができるのだ!」
「そ、そう……伊織先輩には、内緒にね」
「知ったら発狂しますね……」
「ぜったいするデス……」
「あの人、レミルを最後の心の支えにしてるものね……」
レミルの成長後の姿というのは見てみたくもあるが、できたらできたで恐ろしくもあった。
褐色の童女は、人差し指をくわえながら、物欲しそうな上目遣いで悠を見上げている。
「変化できたら、毎晩のようにユウから搾り取ってやるのに……」
「は、ははは……あ、焦ることはないんじゃないかな……」
何せこの夢人の幼女、“食事”をするなら悠がいいと公言してはばからない。
恐らく、夢の中で積極的なアプローチをかけてくるだろう。
あまつさえ、大きくなったらいつか悠と子供を作りたいのだそうだ。まだ10歳であるから、周囲からは微笑ましく見られているが、夢人の生態を思えば重い言葉だ。
……まあ、それは悠の寿命に対する励ましなのかもしれないけど。つまりは、それまで生きろと、そういうことだろう。
レミルはきちんと、悠の余命のことを胸のうちにしまってくれている。
そんな彼女は、あっけらかんとした様子で言葉を続けた。
「あのな、別に我が“する”必要はないのだぞ。要はこの夢の中で、こういうエネルギーが生まれれば良いのだからな。“夢幻”の時は、リージュやエストたちが手伝ってくれたのだ。だから、例えば……」
ちらっ、とレミルが悠を一瞥した。
いや、彼女だけではない。
「……ほう」
「えっ……」
「……っ」
ルルの、ティオの、そして朱音の視線を感じる。
ルルは、くすりと笑みを漏らし、どこか悪戯っぽく。
ティオは、両手で口元を押さえながら、きらきらと瞳を輝かせて。
朱音は、真っ赤な顔をして、睨むような目付きで。
「あらあら、また口実が増えてしまいましたね?」
「理由があるなら仕方ないですよネ? 仕方ないですよネ? ルルさんいない時もありますよネ!? そしたら別の子がお相手しなきゃですよネ! アカネかわたしが――」
「なっ、ななな、何よ!? あたし関係ないし!?」
「もー! アカネのバカ!」
「ちょ、ちょっと待って! それしか方法が無い訳じゃないでしょ!?」
何となく、こういう流れを予想していた。
ここ最近、自分はそういう星の下に生まれてしまったのではないかという諦観じみた想いもある。
まあ、死が身近にある環境においては、人は子孫を残すためにそういう行為への精神的ハードルも低くなるという話も聞くし、この世界での価値観としては、そう特別なことではないのかもしれない。
身近でも、友人たちの価値観に変化が生じつつあるという実感はあった。吊り橋効果もあるのかカップル大増殖中であるし、単にストレス解消の手段としている者もいる。中にはもっと業の深いことになっている者も。
別にそれを否定するつもりはない。お互いが合意の上であれば、口を出せることではないと思う。
だがそれは、悠の理想とする生き方ではないのだ。
それに、そうそう気軽に女の子と関係を持ってしまっては、自分のまだ見つけられない、恋という感情を見失ってしまいそうな気がしていた。
「あのね、それについて、ちょっと考えてたことがあって――」
と、悠がかねてよりの提案を口にしようとした時。
「――む、そろそろ限界なのだ」
レミルの残念そうな声とともに、世界の輪郭がぼやけはじめた。
夢の世界に、終わりが近づいている。
持続時間は、およそ3時間ほどといったところだろうか。
今回は悠の知覚による体感時間の影響を受けることなく、現実の世界でも普通にその程度の時間が経過しているはずであった。
「じゃあ、この話は起きてからか……また、ここでだね」
頷く3人の娘、レミルはえへんと胸を張る。
「次はもっとすごい感じにするからな、楽しみにしているといいのだ!」
その言葉を最後に、夢の世界は解けるように消えていった――
――そして、翌日。
「おはようなのだ!」
「おはようございます、レミル様」
レミルは元気よく起床した。
やることはいっぱいある。
ごろごろ眠っている場合ではないのだ。
身を清め、着替えを済ませ、意気揚々と部屋を出る。
今日はまず、とある暇人に会いにいく予定であった。
帝城の最上層、厳重な警護の中を、堂々と歩いていく。亜人である彼女に胡乱げな眼差しを向ける者もいるが、そんなことはどうでもいい。
豪奢な装飾の扉を、勢いよく開け放った。
きらびやかな部屋の中に、侍女にかしずかれる一人の少女がいる。
「入るぞ穀潰し!」
「皇帝じゃたわけ!」
金髪碧眼、高貴な身なりの小柄な少女だ。
悠より年上とは思えない童顔で、そのお人形のようにちんまり可愛らしい姿には、威厳など微塵も感じられない。
彼女が列強に名を連ねる大国の最高権力者だと、初見で信じることのできる者はそれほどいるだろうか。
彼女の名は、アリスリーゼ・フォーゼルハウト。
フォーゼルハウト帝国、現皇帝。ファーレンハイト家やラウロらに実権を握られた、傀儡の皇帝、であるが。
レミルは、彼女をアリスと呼んでいた。
ふと脳裏に、いつも笑顔の蒼穹の少女――アリエスの姿が浮かんでくる。
「……我の友達と名前が似てるのだ。紛らわしいから改名を許すぞ」
「妾!? 改名するの皇帝の方!? どんだけ偉いのじゃそいつ!?」
きゃんきゃん吠えるアリスであるが、レミルを拒もうとはしていなかった。
アリスがついているテーブルには高級品のお茶とお菓子が、二人分用意されている。
レミルは遠慮なく、皇帝陛下の対面に腰掛けた。
間近で見ても、カリスマオーラゼロである。
このぽんこつ皇帝を盛り立てていかなければならないのだから、皇帝派も難儀な道を歩むものである。
そして、彼らに協力しようというユウ達も。
……まあ、個人的にはアリスは嫌いじゃないのだが。
傀儡とはいえ、皇帝陛下であることには違いない。
ユウ達の立場では、彼女においそれと会うことはできないだろう。
だが、自分の立場ならそれが出来るのだ。
(我は我にしかできない方法で、ユウ達の力になるのだ! 父様、母様、カミラ、皆……見ていろ!)
“夢幻”は無くなっても、彼らの夢は自分の中に。
そして今のレミルには、新たなる仲間たちがいる。
守られてばかりの日々は、もう終わったのだ。
レミルの“道”は、今日も続いている。
次話は、ティオメインの話、その次はブリス商会などが絡んだ帝都側の話でもと思っております。
更新予定の方は、活動報告に。
感想などいただけると、とても大きなモチベーションになります。気が向いたら、是非。
あと、レビューありがとうございました!
まさか2つ目をいただけるとは、夢にも思っておりませんでした。




