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序話 ―聖天―

 そこは、広々とした石畳の街道であった。

 帝都アディーラへをはじめとした幾つもの主要都市へと繋がる大街道。

 帝国の人流・物流の大動脈であるその道は、十分な幅員ふくいんが確保され、馬車などの通行も考慮して高度な整備が行われていた。治安維持のための兵士の詰め所も一定間隔で配置されており、商人や旅人たちは野盗を警戒して“鋼翼ギルド”を頼ることなく、安心して道を歩くことができている。

 だが彼らは今、見慣れない一つの光景に足を止め、驚きに目を見張っていた。


「お、おい……あれ」


 燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光の下、その街道を一つの集団が闊歩かっぽしていた。


 白装束しろしょうぞくの集団である。

 馬車があった、僧侶がいた、騎士がいた、修道女がいて、荷物を運ぶ人足もいる。

 その全ての服や鎧、車体は清らかなまでの白を基調としたこしらえで統一されていた。

 馬車を引き、あるいは騎乗される馬ですら、全てが純白の毛並みという徹底ぶりである。


 多くの人々が行き交う街道において、その姿はとにかく浮き、目立っていたが、その集団に向けられる眼差しには胡乱うろんげなものはほとんど無い。

 その大半が畏怖、あるいは敬意を含んだ目を向けていた。

 うやうやしく頭を垂れる者や、ひざまづいて祈りを捧げる者すらいる。


「おお……さぞや徳の高い聖人がおわすに違いない」

「偉大なるアーゼスフィールよ……」


 アーゼスフィール聖教会。

 アーゼス教、あるいは単に“教会”とも称される、人類最古にして最大の宗教。

 精鋭揃いとして知られるアーゼス聖騎士団が、ある人物を護衛しながら堂々と国道を進んでいる。


「楽しみですねえ」


 そんな集団の中央、聖騎士団かれらに守護される人物が、馬車の中からぱたぱたと手を振りながら、ふんわりとした暢気のんきな声を出す。


 白い少女である。

 歳の頃は15,6歳ほど。

 けがれを知らぬ天使のような、清らかな美貌。

 腰まで伸ばした白髪が、新雪のようにさらりと肌を滑っていく。

 ほっそりとした肢体に純白の薄手の衣装をまとい、真白い肌の胸元や太ももがやや大胆に除いていたが、不思議とその清楚な雰囲気は微塵みじんも損なわれていない。

 ただひたすらに清らかさを漂わせるその姿には、おごそかな神聖さすら感じさせた。

 おっとりと微笑むその様子は、まるで慈愛の女神である。


 彼女は馬車の中であり、道行く人々からは彼女の姿をわずかにしか見ることができない。

 だがそれでも、彼らは感じ入ったような様子を見せていた。


「帝都アディーラも久しぶりですね。アリスリーゼ様は、息災でいらっしゃるかしら」


 傍に控えていた聖騎士の一人が、朴訥ぼくとつとした声色で応える。


「息災ではあるでしょう。アリスリーゼ陛下の安否は、あの御方の補佐を大義名分としたファーレンハイト政権の正当性を揺るがします。相当に窮屈なお思いをされているでしょうな」


「そうですねえ、お可哀想に……ブリス商会のエリーゼさんにもお会いしたいわ、また何か面白いものを見せてもらえるかもしれないですよ」


「まずは帝都内の教会支部を慰問することをお忘れなきように。信徒たちが待ちわびています」


「分かってますよう。皆様のことだって忘れる訳ないじゃないですか……5日後が待ち遠しいですね」


 少女はふと目を細めて、遥か遠い帝都アディーラに想いを馳せる。

 その瞳は、恋人との逢瀬を待つ乙女のように爛々(らんらん)と輝いていた。


「……“彼”に逢うのも、楽しみです」


 真白の髪を指先で弄びながら、ぽつりと呟いた。

 





 “アーゼスの聖女”ファースティ。

 ファースティ・アーゼスフィール。


 それが、その少女の名である。

 “教会アーゼスフィール”の中でも革新的・過激的で知られる一大派閥“聖女派”の筆頭。

 そして、彼女について重要な肩書がもう一つ。


 魔道の第四位階に達した、神威の担い手。

 その率いる勢力“教会”の規模と影響力から、世界最大の軍勢を率いる“覇天”と並びおそれられる“アルス・マグナ”が一角。

 

 “聖天”ファースティの来訪が、近付いていた――

そこまで長くならない予定なので、3.5章としようかと思いましたが、ひとまとめに4章とされていただきました。

シリアス要素はちょっとだけ、日常要素メインになる予定です。

次話についても、活動報告にあげた通り書籍の発売日までにアップしたいと思っています。

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