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第29話 ―神殻武装―

活動報告にて、ラウロと粕谷のキャラデザ公開しています。

 ――後を頼むよ、少年……いや、ユウ。



 現実へと帰還した悠は、玉座の間を見渡した。


「悠……」


 皆の視線が、集まっている。

 誰も彼もが、消耗し、あるいはボロボロになっていた。

 悠の妨害をさせないために、戦ってくれたのだ。


「……ごめんね、みんな」


 そして、この場にいない仲間に気付く。

 大切な友達と、尊敬している先輩がいない。


「朱音と、省吾先輩は……?」


 ルルが即答した。

 深い疲労を滲ませながらも、その声は明瞭である。


「お二人とも、ご無事です。できるだけ早く、治療が必要な状態ではありますが……今は、信頼できる者に任せてありますので、ご安心ください」


「うん、ありがとうルルさん……そっか、良かった」


 深い安堵の吐息をもらす悠。


 その時、ピシリと金属がひび割れるような渇いた音が響く。

 聞き慣れたその音は、<斯戒の十刃>が時間の流れの抵抗を受け、負荷に耐えられなくなった音だ。

 美丈夫の骸へと突き刺さった魔法の刃は次々に軋み、ひびが入っていく。


「みんな……あとは、僕に任せて」


 パキン、と甲高い音が鳴った。


 十の刃が砕け散り、銀片が舞う。

 その向こうには、慣れ親しんだ美貌の男の、変わり果てた姿。 

 青白い唇が、ブラドと同じ声で、しかし似ても似つかぬ口調で唸る。


「小僧……なんだ貴様は」


「その声で喋るな」


 その声は、自分でも驚くほど冷たかった。

 だがそうしなければ、激して喚き立ててしまいそうだったのだ。

 目の前の何もかもが、ブラドを侮辱されているような気になる。



 ――恐らく、現実あちらでも“僕”と戦うことになるだろう……止めてやってくれ。



 ブラドの言葉を思い出す。

 彼の……“夢幻”の仇を真っ向から睨み上げ、堂々とした声を上げた。


「ユギル・エトーン。ブラドさんのために、“夢幻ファンタズム”の人たちのために、そして僕の友達のために……お前を、倒す」



 ――君に託そう。君ならば、耐えられると信じている。



 手を掲げ、その銘を呼ぶ。

 彼から託された、剣の銘を。

 

「――神殻武装テスタメント――」


 変化は、すぐに起こった。


 全身が、沸騰して崩れていく。

 身体が、内側から引き裂かれる。 

 そんな錯覚を覚えるほどの、破壊の感覚。


 魂が歪み、軋んで悲鳴を上げていた。

 再生成していた<斯戒の十刃>が、崩れ落ちていく。 


「あ、あああああぁぁぁあぁぁあああ!」


 叫び、叫び、叫びながら、悠は引き出す。

 己のうちに宿った、神代の兵器を。

 魂が引き剥がされるような絶痛と苦悶、常人ならば発狂するであろう精神への負荷を吐き出すように、悠は叫ぶ。


「来い――煌星剣サジタリウス!」


 閃光が、玉座の間を塗り潰す。 

 そして、それはあらわれた。 


 馬鹿馬鹿しいほどに巨大な、光輝を纏った大剣である。

 その刀身は、青みがかった銀。

 禍々しさと神々しさを併せ持ったような、芸術的に剣呑なフォルム。

 極小の流星群をまとべる、神代かみよの剣だ。


 全長2mにも及ぼうかというその威容は、小柄で華奢な悠には、あまりにも不釣合いであった。

 

「あ、ぐっ……」


 身体が、けるように熱かった。

 心臓の中に、臨界寸前の原子炉があるような錯覚。

 <斯戒の十刃>の再生成など、とうてい不可能だった。   


 ふらつく悠を案じて、伊織と美虎が声を上げる。


「悠っ!? 大丈夫と!?」


「お、おい、周り……!」


 目の前の少年が、神殻武装テスタメントの主である。

 そう判断したユギル・エトーンの判断は、迅速であった。

 悠が煌星剣を抜き放つのはわずかな時間であったが、その間に倒れ伏していた屍兵をふたたび起き上らせている。

 八体の骸が、悠を取り囲んでいた。


「潰せ」


 屍兵たちが、悠へと襲いかかる。

 ブラド・ルシオルの死体操作に相当な負担があるのか、他の屍兵たちの動きはかなりぎこちないものであった。

 だがそれでも、魔法ゼノスフィア残滓ざんしを用いたその連携攻撃は、一つ一つが脅威である。


「…………」


 だが、悠の思考は微塵みじんも揺れず、澄み切っていた。

 時間の流れが停滞しているような知覚の中、己と八屍兵の位置関係を冷静に把握する。


(まず爬人グラジオさん、次に鳥人エストさん、その次に半魔族セリオンくん血人ベイルさん魚人ミルフィさん汚染者リザレッタさんの射撃が届くまでには――)


 思考を整理し、行動に移した。

 迎え撃つのではなく、自ら連携を潰しに行く。

 かつての悠では、取りえなかった選択肢であった。


 その動きは軽く、力強い。

 魔道による強化と同時に、神殻武装からも力が流れ込んでいる。


「……ふっ!」


 爬人リザードマンの幻惑の槍撃。穂先が消えた一瞬の隙に間合いの内側に入り、斬り伏せる。

 鳥人ハーピーの急降下の斬撃を最小限の動きで回避して、叩き落した。

 半魔族の大爪と、血人ヴァンパイアの大鎌を、大剣で同時に受け止めて、強引に押し返した。


「す、すごか……」


 伊織が、呆然と呟いた。

 悠が屍兵たちの攻撃を易々と凌いでいるという事実だけではない。

 熟練すら感じさせる、戦い慣れした身のこなしと判断力に驚いていたのだ。


(次、来る……!)


 二人の屍兵を巻き込みながらの水弾の掃射、多少の被弾は覚悟の上で突っ込んだ。

 視界の端に、奇怪きっかいな軌道を描きながら迫る汚染者スティグマの放った矢。

 相手の迎撃や防御を避けながら飛来する魔性の矢を、構わず受ける。

 その矢じりは、心臓へと突き刺さった。

 

「ぐ、あっ……!」 


 血に濡れた呻きが漏れるが、構わずに駆ける。

 矢を抜いてる暇はない。

 緑人ドライアドの動きを奪う毒の花粉と、豚人オークの歪みを纏った破壊の大槌が迫っていた――が、悠は動かない。


 動く必要が無かった。

 そこはすでに、悠の狙っていた立ち位置だったから。

 悠は、大剣を腰だめに構え、

   

「いっ……けえええええええええ!」


 大剣にまとわせていた光輝の粒子が、咆哮めいた轟音と共に解放された。

 煌星剣の、砲撃状態。

 そのまま、薙ぎ払う。


 大剣は超大な光の剣と化し、玉座の間を削り取っていく。

 狙うは、八つの屍兵。 


 そのどれもが、回避できる状態に無かった。

 屍兵たちが、光の剣に次々と薙ぎ払われていく。


「わっ、わっ、ちょっ……!」

「な、なななな、な……!?」


 突然の大破壊に澪や百花が悲鳴を上げた。

 光刃は、彼らを巻き込まないよう気を払いながらも玉座の間を蹂躙する。

 大槌を振り下ろそうとしていた豚人の骸が、光に消えた。


「……ごめんなさい」


 ぽつりと、呻くような震えた声が漏れた。

 レミルから流れ込んだ記憶を介して、彼らの生前の姿が想起された。

 八人の英雄の、冥福を祈る。

 八体目の屍兵の停止と、破壊粒子の消失はほぼ同時。

 大剣のまとう光輝の波動が、かげっていく。

 次の瞬間、


「その程度、やってのけるだろうなぁ!」


 大剣を振り切った悠の隙を見逃さず、光刃を回避していたユギルが大剣を振り下ろした。


「だが、その破壊の粒子、しばし使えまい!」


 屍兵たちを使い捨ての囮にして、煌星剣の粒子を消耗させる。

 悠の行動は、ユギルの予測のうちにあった。

 しかし悠に、動揺はない。


「だからっ……どうしたっていうんだ!」


 悠がくるりと身体を廻す。

 踊るような足捌き。

 煌星剣を薙いだ勢いを殺さずに、次の斬撃へと。


「あ……」


 伊織が、声を漏らす。

 それは、自分が得意とする動きだったから。

 

 相当な足捌きや体重移動の訓練が必要な、高等技術だ。

 天賦の才があると言われた伊織は、身に付けるのに10年を要した。

 だが悠は、それを伊織に近いレベルでこなしていた。


 薙ぎ払いは、下から斜め上へと逆袈裟ぎゃくけさの軌道を描く。

 二つの剣閃が交差して――


「くっ……!」

「がっ……!」


 互角。

 相当ともに弾かれて、距離を取った。

 その隙に心臓に刺さった矢を抜く。

 対峙し、間合いと機会を図り、


「があああああああああああ!」


 ユギルが吼え、大剣をはしらせる。


「……!」


 悠は、目を見開いた。

 しくも、一致していたのだ。


 それは、あの夢の世界でブラド・ルシオルが最後に放った斬撃と酷似こくじしている。

 奔放ほんぽうにして精緻せいち、無造作にして芸術的な、ブラドの魔剣。


 だが、違う。

 見目は同じでも、決定的に、致命的に、違っている。 

 だから悠は、迷いなく前に出た。


っ――」


 双躯式そうくしき縮地しゅくち

 瞬く間よりもなおはやく、ユギルのかたわらを駆け抜ける。

 ユギルの大剣が、空を切った。


「……っ!?」


 驚愕の気配。

 すれ違いざまに、横腹を薙ぎ払う。

 美丈夫の身体に深々とした傷が刻まれるが、血は出なかった。

 当然のように、悠は言った。


「……形だけ真似たって、あの人の技になるもんか」


 あの夢の領域で、ひたすらに他者の技をトレースし続けた悠は、それを身をもって実感していた。

 物理的な過程と結果を追うだけでは、どうしても再現できない技というものがある。

 あの剣撃を放ったのが本物のブラドなら、こうも容易くしのげるはずは無いのだ。


戯言ざれごとをっ!」


 その動きには、傷によるかげりは見られない。

 悠の背に、大上段から振り下ろされる大剣が迫る。

 悠は振り返り、


「はあああああああああ!」


 真っ向から、迎え撃つ。

 重厚な剣戟かんげきが、玉座の間に響く。  


 鍔迫つばぜり合い。


 その体格の差は歴然であるが、しかし両者は拮抗して――


 ――否。


 悠が、押している。

 天秤は、次第に白の少年へと傾いていた。


「馬鹿なっ……この器を使った中継点で、押し負けるだと……!?」


 ユギルは、信じ難いといった様子で呻く。

 対する悠は、血反吐をこぼしながら口を開いた。

 喋る必要など無かったが、言わずにはいられなかったのだ。


「軽い……!」


「何をっ……」


「お前の剣は、軽いんだ! あの人はこんなものじゃなかった! あの人の剣は、今の僕でも受け止められるものじゃなかった!」


 悠は、ブラドに勝利した。彼を倒し、神殻武装を受け継いだ。

 ゆえに、ここにこうして立っている。

 だが、自分があの夢幻の王を超えたとは、思ってはいなかった。


 良くて1割、あるいはそれ以下。

 それほどの勝機による、薄氷を踏むような勝利だったのだ。

 例え神殻武装を手に入れた今の悠が挑んだとて、勝率はそう変わらないだろう。

 神殻武装が強かったのではなく、ブラド・ルシオルが強かったのだから。


 ユギルの魔法ゼノスフィアは、その死体が生前に有していた技術までも駆使する。

 だが、ブラドの肉体とその技術を操るこの男には、負ける気がしない。

 理屈を超えた部分で、そう確信していた。


「あの人の剣にあった重さが、お前には無い! 技を真似できても魂がこもって無い! お前の歪んだ狂気なんて、あの人から託された想いの足元にも及ぶもんか……!」


「何だ、何だそれは! 理に合わん、馬鹿げたことを……! 我が魔法ゼノスフィアは、あの男の力と技を――」


 お前が理を語るか、この狂人め。

 “ザ・コフィン”の殺戮の光景が脳裏に浮かぶ。


「――狂った殺人鬼に、あの人の剣の何が分かるんだよ!」


 猛りのままに、吼えた。 

 次第に、煌星剣が力を取り戻していく。

 恒星の周囲を飛び交う流星のように、破壊の粒子が大剣に集っていく。

 ユギルから、焦燥の気配がにじみはじめた。


「負ける訳には……負ける訳にはいかんのだ! あの御方にたまわった大命を果たす……デュオルグラム卿に、その神殻武装テスタメントを捧げねば……!」


 その剣の、“重さ”が増す。

 “覇天”への忠義が、ユギルの大剣に力を与える。

 だが、もう遅い。 


 ぎぎぎぎぎぃ、とひどく耳障りな音が、玉座の間に響きはじめた。

 大剣と大剣の間に、激しい火花が散っていく。


「おの、れっ……!」


 それは、煌星剣の粒子が、ユギルの大剣を削っていく音だった。

 その大剣は、恐らくは、ブラドが神殻武装テスタメントの代わりに用いていた大剣なのだろう。

 相当な名工の手によるもののようだが、その刀身は喰われるようにむしばまれていく。

 深く、深く、喰い込んで、


「おのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれええええええええ!」


 そして、ユギルの大剣は真っ二つにへし折れて、

 極小の星を纏う大刃が、どこか哀しげな唸りを上げ――


煌星剣サジタリウス……もう、あの人を休ませてあげよう」


 ――かつての主を、永遠に眠らせた。






「ぎがあああああああああああ!」


 帝国領の森林地帯。

 見上げれば、鎮座する夢幻城が見える。

 闇夜に包まれた森の中に、怨嗟えんさの叫びが上がった。


 ユギル・エトーン。

 その本体が、魔法たましいを切り裂かれた痛みに絶叫していた。

 <屍骸舞踏>に用いるための素体を、ユギルは全て失っていた。


 “夢幻”の八人の精鋭も、

 長年に渡り魔法ダンスマカブルの中継点として愛用し、改造を続けた特製の器も、

 “覇天”から特別に賜った、夢幻の王すらも。


 あの御方に申し訳がたたん。何と言ってお詫びすればいいのか。


「おのれ、おのれぇ……あの小僧めぇぇぇ! また、集めなおさねばならないではないか……!」


 我が魔法せいぎの器となるに相応しい死体を、一から探し、あるいは作らなければならない。

 当面は、軍人としての任務も、執行者としての使命も果たせまい。

 

「……まずは撤退だ」


 作戦は失敗した。

 腸が煮えくり返るような思いであるが、事実は認めなければならない。


 周辺には、あの夢人サキュバスの小娘たちが城外に逃走しようとした時のために、空間移動術に長けた“鋼翼ギルド”の序列者ランカーを雇い、待機させている。

 ユギルの中継点である禿頭の巨漢、カーレル、ガウラス、傭兵部隊らを、瞬時に城外へと転移させる役割を持っていたが、こうなってはすでに意味もない。


「奴に、私を帝国の領外まで運ばせ――」




「――それはもう、無理だと思うがね」




 突如、陰湿な声がユギルの鼓膜を撫でていた。

 爬虫類の舌に舐められたような、ぞくりとした悪寒。


「なにっ……」


 振り向けば、一人の男が立っていた。


「君はユギル・エトーンだね?」


 帝国の軍服に身を包んだ、金髪をオールバックにした男。

 能面めいた、温度を感じさせないうすら寒い笑顔を浮かべている。


「貴様は……」


 顔だけは、知っていた。

 帝国現政権の最高幹部の一人にして、特級の危険人物。


「ラウロ・レッジオ……!」


「おや、かの悪名高き“ザ・コフィン”に覚えていてもらえたとは、光栄だね。いや、しかし……」


 ラウロは、顎を撫でつけながら、目を細める。

 のぞく赤い瞳は、あざけるような色を浮かべていた。


「……興味深い姿だね?」


 風が吹き荒び、木々が揺れる。

 漏れる月明かりが、ユギル・エトーンの全貌を照らしていた。


 異形である。

 まぶたも、鼻も、唇もない髑髏どくろのような容貌。

 あばら骨の浮いた痩躯そうくには手足も性器も無く、その小さな身体は蜘蛛くものような形状の魔道機械装置に接続されていた。


 ラウロは得心がいったとばかりに頷く。


「なるほど、あながち噂も馬鹿にできないものだ……殺人鬼ユギル・エトーンの正体は、守ろうとした村人から手酷い裏切りに遭い、凄惨な拷問を受けながらも敵も村人も皆殺し、生き延びた神父であると」


「……っ」


「くくっ……当たらずとも遠からずといったところかね?」


 なぶるような口調。

 常人ならば絶句するであろうユギル本体の異形を見ても、何ら感情を動かしていない。

 見世物小屋でも冷やかしているような、酷薄な眼差しであった。

 ユギルは、唸るような声を出す。


「何故だ、何故、貴様がここにいる……!」


「ふむ、知りたいかね? 簡単なことだよ、君の魔法ゼノスフィアの能力が、特定物を起点として発現する、遠隔型の能力であることは察しが付いていた。後は、魔道の反応を探り、追跡して位置を特定するだけのことだよ。夢幻城で死骸とたわむれるより、いくぶんは建設的だろうさ」


「馬鹿なっ……隠蔽はしていたぞ!?」


 魔道の使用の際には、同じく魔道の使い手であれば感じることの出来る痕跡や反応が発生する。

 それを隠蔽し、魔道の発現を悟られないのも魔道の技術の一つである。

 本体が脆弱ぜいじゃくなユギルは、それを極めて高いレベルで修めていた。


 それを見破るなど、この男はどれほどの魔道の技量を……!


「残念だったね。私から完璧に魔道を隠蔽するなら、“偽天”でも連れて来ることだ」


 “偽天”マダラ。

 魔道の純粋な技量において、“アルス・マグナ”でも随一と称される男。

 生ける偉人であるあの男に次ぐと、この男は自分を評しているのだ。


「さて、」


 ラウロは笑みを深める。

 亀裂が入ったように口角を釣り上げると、パチン、と指を鳴らした。


「……!?」


 周囲の影が、蠢く。

 否、影ではない。

 それは、闇を凝縮したような漆黒、その内側には暗黒よりもドス黒い“何か”が潜んでいる。

 魔道により生み出された、異形。

 

 囲まれている。逃げられない。

 馬鹿な、いつの間に――


「本当の隠蔽とは、こういうものだよ」


「ぎっ……がぁぁっ……!」


 蛇のような漆黒が、ユギルに巻き付く。

 移動用の魔道装置を破壊し、骸骨のように痩せ細った四肢なき身体を締め上げていく。


「“覇軍レギオン”と、“覇天”について……知っていることを語ってもらおう」


「私がっ……あの御方のことを売るとでも……? 馬鹿めっ、誰が――ぎああああああああああ!?」


 漆黒に触れた皮膚が、腐っていく。

 その下の薄い肉がただれ、腐臭が漂う。骨すらもむしばまれていた。

 急速に腐らされながら、同時に蛆虫に貪り食われているような、地獄の苦しみ。

 ユギルの脳裏に、かつての悪夢が想起されていた。


 ラウロは、肩をすくめて言葉を続ける。


「口を割らないというのなら……可哀想だが、もう一度、拷問を味わっていただくとしよう。死人を聖者とたっとぶ執行者が、今度はどのような狂念の境地に至るのか……興味深いと思わないかね?」 


「なに゛、をざれようどっ……私、は、な゛にも……あ、ががが、がっ!?」


 “蛇”が、ユギルの耳の中へと侵入した。

 脳を掻き毟られている、と錯覚するほどのおぞましい絶痛に、芋虫めいた異形はビクビクと痙攣けいれんする。 

 白目を剥き、泡を吹き始めた。


「がっ、ががっ……あがあああああああ……!」


「いい反応だ。鼓膜こまくを破壊しないように微調整するのに、じゃっかん骨が折れるがね……では、質問を――……っ!?」


 突如とつじょ悠然ゆうぜんとしていたラウロの声が、驚愕きょうがくにこわばった。

 咄嗟とっさに身をよじり、飛びずさる。


 くれないが、うねりながらはしった。


 ラウロが刹那の前にいた空間をえぐるようにほとばしり、“蛇”から解放されたユギルの胸を突き刺した。


「ごっ……がっ、がが、あぎっ!?」


 ユギルが、赤く膨れ上がった。

 剥きだしの眼は血走って真紅に染まり、その全身も茹で上がったような朱を浮かべる。

 身体中の血管を、あの“紅”に浸食されているのだ。


 鮮血のような、紅の魔道に。


「ごっ、がっ、ごろ、じ、ぁ――――……」


 全身の血液が強酸と化し、全身を灼け溶かしていくような錯覚。

 己の救済すら願いながらも、それは許されない。この世のものとは思えない超絶の苦痛を与えながらも、その魔道は一切の怪我を与えていないのだ。

 ユギルは、生きながらにして地獄を味わい続けていた。

 

 ……が、それはもう、今はどうでもいいこと。




「ようラウロ。久しぶりじゃねぇか。どうやら鈍っちゃいねようだな?」




 ラウロは、すでにユギルなど見ていなかった。

 見ている場合では無かったのだ。

 

 若い男が立っていた。

 闇夜の中でも目立つ、血のような紅の髪。

 その顔立ちは端正であるが、同時に恐ろしく剣呑な兇の美貌。

 美しさと荒々しさが同居したその容姿は、まるで神話の狂獣である。


「おいおい、どうしたよ? 古い馴染みが顔を見せに来てんだ、つれねぇな。少しは喜べよ、おい」


 男は、にぃっ、と口の端を吊り上げる。

 親しげな笑みであった。

 だが同時に、奔流ほんりゅうのような禍々しい殺気が、飢える神獣の舌のごとくラウロを舐めつけている。

 常人なら、それだけで肉体が死を選ぶほどの、物理的圧力すら伴う殺気。


「……ああ、そうだね」

 

 ラウロは胸中であらゆる可能性を考え、そこから分岐する無数の状況への対処を組み立ていた。

 フォーゼルハウト帝国の滅亡すら、考慮した可能性の一つに入っている。

 この男を前にするならば、亡国程度は覚悟しなければなるまい。

 何故ならば、目の前に在るのは、人の形をした天なる災厄であるが故に。


 脳裏に幾つもの思考を走らせながら、ラウロは口を開いた。


「本当に久しい。顔を見るのは5年ぶりになるか。もっとも、その名前は胃が痛くなるほど聞いたがね」


 そしてラウロは、男の名を呼ぶ。  

 



「なあ、シド・ウォールダー」




 “獣天じゅうてん”の、名を。

3章もあと2,3話ぐらいで終わる予定なので、次話もできるだけ早くお届けしたいと思っています。

遅くとも水曜には……

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