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第26話 ―レミル・ルシオル―

 おぼろげに残る母の腕の温かさ、そして父と母の語らいの声。

 それは、まだ赤ん坊だったレミル・ルシオルの原初の記憶である。


「ふっ、赤子ながら綺麗な顔立ちだ……やはり、僕に似たのだろうね、セリル」

「あら、何を言うかと思えば……わたくしに決まってますわ、ブラド」


「いやいや、僕だよ」

「どうみても私です」


「僕だね」

「私よ」


「…………」

「…………」


 いつもそんなやり取りをしていた夫婦であったと聞いている。

 続くのは、父のぽつりとした言葉。


「今更だが……本当に、後悔はしていないのかい?」


 夢人サキュバスは、女性だけの特異な亜人種である。

 その生涯で産める子も、ただ一人。

 子を産んだ夢人は、そこで己が命と力を使い果たすのだ。

 母の余命は、この時点でもう半年ももたないであろうと言われていた。


「あらぁ? 寂しいのかしら?」


「……そうかもしれないね。君がいなくなるのは、寂しいと思う」


 母の悪戯っぽくからかうような声色が、途端に上擦った。


「あう、あ……あ、あなたらしくないわね! いつもの気持ち悪いナルシストっぷりはどうしたのよ! い、いいじゃない……私がいなくなっても、リージュ達が喜んで相手をしてくれますわ!」


「確かに彼女たちは魅力的だけど……僕の妻は、君だけだよ。一人の男を一途に愛する夢人サキュバスの夫なのだから、当然だろう?」


「うぅぅ~~……! 調子狂いますわ……!」


「嬉しくないかい?」


「嬉しい! 嬉しいけど、持て余しますのよ! いっつも屁理屈ばっかり言ってる癖に!」


 しばしの母の甘ったるい呻き声。

 やがて、こほんと咳払いをして、気を取り直した母が口を開く。


「後悔など、ありません」


「……セリル」


「だって、心に決めた男とこの身で交わり、その子を産むのが、夢人サキュバスとしての務めであり、私の夢だったのですから。それに、あなた言っていたじゃないの……家族が欲しいって」


「ああ……そうだね」


 父は、天涯孤独の身だったと聞いている。

 家族というものを、ずっと知らなかったのだと。

 “夢幻ファンタズム”の皆もまた家族同然の存在ではあるが、血の繋がった家族というものに、憧れていたそうだ。

 そして父は、普通の人間ではなく――亜人でも無かった。


「ふふんっ、感謝して欲しいですわね! あなたの子供を生めるのは、人種を問わずに子を成せる夢人サキュバスの私ぐらいですわよ? リージュたちにはぜーったいにできませんわ!」

 

 得意気に言う母に、父は小さな笑みを漏らしながら、


「うん……ありがとう、セリル。君に逢えて、本当に良かった」


 優しい声で、応えるのだった――






 ――それから、およそ1年後、母は亡くなった。 

 安らかに、眠るように逝ったと聞いている。


「あなたが何を隠しているかは聞きませんけど……レミルのためにも、負けないで」


 それが、母の最期の言葉だった。

 そう、父はある異変を母に隠していた。悟らせていないつもりであったが、衰弱していく母は夫の変化をおぼろげながらも見抜いていたようだ。

 父は、自らの切り札である神殻武装テスタメントを扱えなくなっていたのだ。同時に、その身体能力も大きく弱体化していった。

 

 だが、それ自体は大きな問題にはならなかった。

 世界中を飛び回りながら行き場の無い無辜むこの人々を救っていた父であるが、もともと神殻武装テスタメントを使うことは極めて稀であった。

 あまりに殺傷能力が高く、無益な殺生を好まない父にとって望ましくない結果を生むことが多かったからだ。そもそも、父は神殻武装に頼らずとも並の第三位階なら歯牙にもかけない達人であった。弱体化した状態でなお、父に敵う相手など滅多にいなかったのだ。


 他の主力戦闘要員が優秀であり、父が本気を出すまでもない状況が多かったという理由もある。

 豚人オークのラグル、

 血人ヴァンパイアのベイル、

 爬人リザードマンのグラジオ、

 鳥人ハーピーのエスト、

 魚人マーメイドのミルフィ、

 緑人ドライアドのリージュ、

 汚染者スティグマのリザレッタ、

 半魔族のセリオン、

 皆、第三位階の優秀な魔道師であり、“夢幻ファンタズム”に救われ、その理想のために戦った父の戦友であった。


 問題は、当時まだ2歳に満たない娘のレミルである。

 父が自らの身体に違和感を得たのは、母と本当の意味で結ばれ――母がレミルを胎内に宿した時期と一致していた。確信を得たのは、レミルが生まれた後である。


 ブラドの中にあり、その魂と同化していたはずの神殻武装は、娘であるレミルの中に転移していた。

 まさかと思ったが、神殻武装は天才的な魔道科学者である父にとっても未知の要素の塊である。

 何が起こるか分からない以上、目の前の現実を受け入れ、どう対処するかを考えるしかない。

 幸いにして、この時点ではレミルの身体に目立った異常は起こっていなかった。

 引き剥がす方法を模索しながらも、油断せずに経過を観察し続けるしかないという結論に達し、年月は経過していく。


 ごく稀に、神殻武装の負荷により体調を崩すことはあったが、レミルは健やかに成長したといえる。


 父と母から受け継いだ流麗な美貌、

 生来の屈託のない快活な覇気カリスマ

 “夢幻”の皆との生活で培われた鷹揚な価値観、

 幼いながらも利発な才気と旺盛な好奇心は、父の持つ知識をスポンジのように吸収していった。

 皆から愛され、彼女もまた皆を愛し、レミルの人生は確かな幸福と共にあったのだ。




 そんな彼女が5歳の時、




「やっ」


 蒼穹の少女が、“夢幻”を訪れた。

 当時はまだ無名であった、アリエスである。

 5年後の今とまったく変わらない姿と、天真爛漫な笑顔。

 次元潜航する夢幻城にあっさりと侵入した彼女に城内は混乱に陥ったが、


「やあ」


 父が、気楽な様子で片手をあげ、彼女を迎えた。

 レミルは、父の衣服の裾をちょんちょんと引っ張って問う。


「とうさまの知り合いなのか?」


「うん、知り合いだ。会うのは初めてだけどね」


「……?」


 知り合いなのに、会うのははじめて?

 意味が分からず、小鳥のように首を傾げるレミルに、アリエスはえへんと胸を張りながら、


「ふふーん、聞いて驚かないでよー。ボクはね、サジタリ――ああっと、ブラドの、お姉さんなのです!」


『…………は?』


 その場の“夢幻”の皆は、呆気に取られていた。

 この少女が、我らの王の姉?

 ブラドの見た目の年齢は20代の半ばほど。“夢幻”が生まれてから20年ほどの間、まったく外見は変わっていない。年齢不詳の身ではあるが、少なくとも40歳は超えているはずなのだ。

 対して、このアリエスという少女の年齢は、どう見ても10代である。


 そもそも、彼は天涯孤独の身ではなかったのか?


「いやあ、僕が兄だろう」


 ブラドの言ったそんな言葉が、ますます皆を混乱させた。


「ボクだよぅ」

「僕だね」


「ボクだもん!」

「僕に決まっている」


 少なくとも、似た者同士であった。

 ブラドが言うには、存在することは知っていたが、会えるかどうかも分からなかった縁者、ということらしい。


 アリエスは馴れ馴れしすぎるほどに人懐っこい態度で、すぐに“夢幻”の皆と打ち解けていく。

 レミルとも、すぐに仲良くなった。

 何故かアリエスは、レミルと――それに、母であるセリルのことを、会ったことも無いのにずっと知っていたような素振りである。


「どうしてアリエスは、我のことまで知ってたのだ?」


 一緒にお風呂に入った時に、聞いてみたことがあった。

 アリエスは、人間とは思えないほどに美しい白い裸身に湯をしたたらせ、神代の芸術品めいた精緻な美貌に自慢げな笑みを浮かべながら、


「ボクはブラドのおねーさんだからねー。ブラドの知ってることは、ボクもぜんぶ知ってるのだ」


「そうなのか! じゃあだな、魔石の魔素含有率と構成元素のバランスについて――」


「人間の言葉で喋ろうね!」 


「喋ってるもん! お前が父様の知ってることはぜんぶ知ってるってドヤ顔して言ったのだ! 機械魔道科学のちょー基礎なのだ!」


「知ってるかどうかと理解できるかは別ですぅー!」


「アリエスのバカ!」

 

 父の才覚を受け継いだのか、レミルは魔道科学について桁外れの才覚を有していた。

 その時点ですでに、レミルと魔道科学について語れる技術者は、“夢幻”ではブラドしかいなくなっていたほどだ。

 相手にもある程度の素養がなければ自慢のし甲斐もないので、いつしか他者に語るようなことも無くなっていたが。


 その後もアリエスはたびたび“夢幻”を訪れるようになっていた。

 後に、彼女は世界を滅ぼすと宣言することとなるが、その事情についてレミルは知らない。本人に聞いても、はぐらかすばかりなのだ。

 ただ、父はそれを知った時、


「……不器用なだ」


 と、何かを理解している表情で目を細めていた。

 微笑んでいるようにも、哀しんでいるようにも見える、複雑な表情だった。




 そしてその3年後、レミルが8歳の時、“夢幻”に新たなる住人が現れる。

 否、生まれたと言った方が正しいか。




 褐色の美貌を持つ女性が、“夢幻”の皆の前で一礼する。

 その顔立ちは、どことなく母に似ていた。


「皆様、お初にお目にかかります。私はこの夢幻城の制御を行う人工知性体です。我が王にいただいた名はカミラ、以後そのようにお呼びくださいませ」


 夢幻城の制御を、人工知性を用いて自動化する。

 城内における様々な雑事について、夢幻城の制御を一手に担うブラドを介さずとも即時に対応できるシステムの構築は、“夢幻”が勢力を増していくに連れて必要不可欠となっていた。

 その魔道的システムを構築するにあたり、ブラドは、 


「僕は天才だからね。作るだけならさほど難しいことではないけど……それでは浪漫がない。詰まらないな」


 その結果として生まれたのが、この人間の形をした人工知性体カミラである。

 多くの知識と高い知性を有しているが、生まれたての赤ん坊のようなものだった。


 つまりは、レミルより年下。

 自分が“お姉さん”なのだ。

 レミルはえへんと胸を張り、


「うむ、お前は我の妹のようなものだからな! これからは我の言うことをしっかり聞くのだぞ!」


 カミラは無表情のまま、レミルを見下ろした。

 平坦な口調は、しかし揺るがぬ自負に満ち溢れている。


「お言葉ですがレミル様。私のスペックはすでに貴方を凌駕しているかと。レミル様のお世話も任されていますので、これからは私の言うことを良く聞かれますように」


「なっ……」


 いくつかの、吹きだすような笑いが漏れる。

 父が、肩を竦めて他人事のように口を開いた。


「まったく我の強い子だ、誰に似たんだろうね」


 あんただよ、とその場の皆が思っていた。


 確かに、カミラは大したものであった。

 夢幻城を完璧に制御し、城内の生活の利便性・効率性を大幅に向上させて、戦闘行動中のあわやという局面においても驚くべき判断力を見せていた。

 世話係のメイドとしても、超有能であった。食事以外は。

 次代の“夢幻”の王として、レミルに求めるハードルがやたらと高いのは困りものだったが。 

 そんな彼女にも、苦悩はあった。 


「……私には、“感情”というものが分かりません。そういう概念が存在している、という知識はありますが」


 ある日、カミラは自分の無表情な美貌を撫でながら言う。


「感情とは、心から生まれるもの。心とは、魂に付随する一要素。感情の分からない私には、レミル様方のような魂は、存在しないということでしょうか。人造の知性体であるゆえに、当然のことかもしれませんが」


「……カミラは、それが悲しいのか?」


「それも分かりません。ただ……私はそれを、“欠けているもの”だと判断します。私は自らに完璧を求めます。欠けているならば、埋めなければいけません」


「んー、んー……」


 レミルは、自分の少ない人生経験で一生懸命に考える。

 今ここにいるのは、夢幻城を総べる魔道科学の最高峰ではなく、道に迷った自分の妹分だ。

 何か、ためになることを言ってやりたかった。


 だが高度な魔道理論は理解できても、こういった人間としての機微きびについては9歳のレミルには荷が重い。

 レミルはまとまらない思考のまま、思い付いたことを口にする。


「あのな、カミラ。今の我は笑ってるのだ」


「はい。先ほど、ずぶ濡れできゃんきゃん吠えてらした時よりもリラックスされています」


「お前のせいなんだけど! お前が落とし穴に落としたからなんだけど!

 ま……まあ、いいのだ。とにかく、我は笑ってるのだ。嬉しいからだぞ」


「何がでしょうか?」


「お前が我に相談してくれたからだ。ふふーん、やっぱりお前は我の妹分なのだな! 我がいないと駄目なんだなー!」


「はて、今朝のレミル様のおねしょを極秘に処理したのは誰だったでしょうか……」


「ぎゃー! 誰かに聞かれたらどうするのだ! と、とにかく!」


 レミルは、ぽんと自分の薄い胸を叩く。 

 胸の中に、ぽかぽかと温かいものが確かにあった。


「我のこのきもちは、きっと、はじめから持ってたものじゃないのだ。“夢幻”の皆とずっといっしょにいて、それで生まれたきもちなのだ」  


「……つまり、もっと時間が必要だと?」


「そう、それ! それが言いたかったのだ! まだお前は生まれて1年も経ってないんだから、急ぐ必要などない! ゆっくり心を育ててゆけば良いのだ。そのうち、我みたいに笑えるようになる!」


 にっ、と笑みを見せてカミラを見上げるレミル。

 カミラは、それをじっと見つめて、やがて無表情のまま頷いた。


「そうですね。レミル様とは一生涯のお付き合いになりましょう。ゆるりと学ばせていただきます」


「うむ、カミラとは、ずっと一緒だろうからな!」

 

「それまでに、レミル様のおねしょが治っているとよいのですが」


「どうして一言多いのだ! もう滅多にしてないし!」





 そんな日が、ずっと続くと思っていた。

 父と、カミラと、“夢幻”の皆に囲まれて、たまにアリエスが遊びに来て、行き場のない困っている無辜の人々に救いの手を差し伸べる。

 少なくともレミルにとって、すでにそこが安息の地。“夢幻”の目指す理想郷であった。


 ……その楽園を破壊した一人は、レミルである。


 それは今からひと月前、レミルの10歳の誕生日を目前に控えたある日のことだ。

 突如、レミルの神殻武装テスタメントが発現し、暴走した。

 考えられていた可能性ではあったが、それはあまりに突然の事態。

 皮肉にも、レミルから神殻武装を引き剥がすための魔道システムが、ようやく完成しようという矢先の出来事であった。


 第三位階の熟練した使い手ですらも圧倒する異常な戦闘力を発揮して、その異形と化した右腕を振るい、愛するべき仲間たちに襲いかかった。


 最悪だったのは、それがちょうど“覇軍レギオン”による襲撃を受けたタイミングだったということだ。

 “夢幻”に助けを求める無辜の人々を餌にして、出現した夢幻城を奇襲する。

 幾度も経験し、退けてきた状況であった。

 奇襲部隊の長は“覇軍”でも手練れで知られるユギル・エトーンであったが、それでも本来であれば十分に対処ができるはずであった。


 ……城内で暴れ回る、レミルがいなければ。


 突発の事態に対処し、レミルの手による犠牲者を出さなかっただけでも“夢幻”の皆は大したものであった。

 だがそれでも、城内は大混乱に陥っていた。


 その混乱は、城内への“覇軍”の侵入を許してしまう。

 ユギル・エトーン率いる死体の軍勢“ザ・コフィン”を尖兵とする“覇軍”の奇襲部隊は城内を蹂躙じゅうりんしていく。

 ある者は抵抗し、ある者は逃げまどい――虐殺されていった。


 その頃になってようやく、暴走するレミルはブラドによって止められた。

 大幅に弱体化した夢幻の王であるが、それでもレミルを殺さずに制圧することに成功していたのだ。

 その腹部に、致命傷寸前の深手を負って、であるが。


 正気に戻ったレミルが見たのは、敵の足止めを行っていたセリオンとミルフィの千切れた頭部と、それを見せつけるように両手に掴んだ禿頭の巨漢の姿。

 大量の仲間の返り血を浴びながら、ユギル・エトーンと死体の軍勢が迫る姿だった。


 重傷を負ったブラドと、傷を負いながらも生き延びた“夢幻”の皆は奮戦し、何とかこれを夢幻城の外まで押し返すことに成功する。


 そして、父と皆は言った。

 夢幻城の外で、ユギル・エトーンらを足止めし、城内に残る2人に向けて。


 ――行け、と。


 カミラは、その命令を即座に実行した。

 夢幻城の次元潜航。

 止めて、と泣き叫ぶレミルが見たのは、城を見上げる父や仲間たちの姿。


 皆、笑っていた。

 彼らに刃が付きたてられる瞬間が、最後に見た光景であった。


 そして、夢幻城は奇襲から逃れ、“覇軍”の勢力圏外であるフォーゼルハウト帝国の領内へと移動することとなる。

 無論、夢幻城や神殻武装テスタメントを欲するのは、帝国とて同様である。

 レミルも、カミラも、かつて世界全土を支配した大国の野心の犠牲となるは想像に難くない。

 姿を現す訳にはいかず、誰にも助けを呼べないまま時間が経過していた。


 レミルは、塞ぎ込んでいた。


 自分のせいで父が、皆が死んでしまった。

 父の夢を、楽園を、自分の手で破壊してしまった。

 その罪悪感に苛まれ、眠ることすらできない日々が続いた。


 加えて、神殻武装が幼いレミルの身体を蝕み続ける。

 臓腑への浸食と、その末の暴走。

 カミラの尽力により、その場しのぎの対処が続くが、レミルの死の命運はすでに決したようなものだった。


 ……それでいいと、レミルは思っていた。

 このまま苦しんで死ぬことが、自分に相応しい死に方だと。


「……レミル様のせいではありません。どうかご自分を責めないでください。ブラド様も、喜ばれないでしょう」


 父たちが、自分たちを逃がすために戦ってくれたことは分かっている。

 カミラは、自分を助けるために頑張っていることも分かっている。

 それでもレミルは、自分を許せなかったのだ。


 そうして10日ほどが経過した時、しばらく姿を見せていなかったアリエスが現れる。

 

「……大変、だったね」


 その表情は、透明な笑み。

 アリエスは、いつも笑っている。

 しかし、確かな驚愕と悲嘆が、その笑顔の下に澱んでいた。


 それから数日は、アリエスが一緒にいてくれた。

 レミルを何とか元気付かせようと語りかけるが、レミルの心は罪悪感の汚泥に沈んだままであった。

 分かってはいるのだ、そんなレミルの姿など、父たちは望んでなどいないと。


 その間にも神殻武装テスタメントの浸食は悪化し、レミルは刻々と死へと近付いていた。

 そして、恐らくはあとひと月ももたないであろうとカミラに宣告されたある日。


「……ね、レミル。会って欲しい人がいるの。ボクが連れて来るから、会ってくれないかな? 面白い子なんだ、きっとレミルの友達になってくれるよ」


 突然、そんなことを言ってきた。


「その間だけさ、頑張ってみようよ。“夢幻”の王様としてさ、元気なレミルを見せてあげよ? その子だけじゃなくて、ブラドにも、皆にも、さ。ブラドの……“夢幻”の理想を、その子の中に遺してあげようよ」


 父の、皆の……“夢幻”の理想。

 行き場の無い者たちに、安息の場を。

 それを誰かの胸の中に遺すというアリエスの言葉には、惹かれるものがあった。


 レミルは了承した。

 その数日間だけ、昔の自分に戻ろうと。

 涙を拭い、胸を張って、夢幻城への客人を迎え入れようと。

 翌日には、アリエスは件の人物を連れて来た。


「――よく来たな、異界の者どもよ」

 

 神護悠かみもり ゆう

 鉄美虎くろがね みこ

 島津伊織しまづ いおり


 彼らは、とても善良な者たちだった。

 レミルは、すぐに彼らのことが好きになる。

 特に悠には、どこか父に似た気配を感じていた。


 すごく、楽しかった。

 人生の最期に彼らと過ごせたことは、かけがえのない思い出である。

 少しでも“夢幻”のことを彼らの記憶に残してもらおうと、レミルは一生懸命に仲間たちのことを語り聞かせた。


 そして、自分と“夢幻”は彼らの思い出となり、消えていく。

 それで良かった。


 良かったはず、なのに――






「……とう、さま」


 目を覚ましたレミルは、父を呼ぶ。

 身体は無く、ただ意識だけが漂っているような不思議な状態。

 響く剣戟けんげき――悠と父との戦いが目の前に。

 そして、夢幻城と繋がっているゆえに、玉座の間で繰り広げられている、カミラ達とユギルとの戦いの光景までもが、脳裏に流れ込んでくる。


 レミルを助けるために命懸けの戦いをする、友達の姿。


「やめて……もう、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 臓腑ぞうふから絞り出すような絶叫が、仮初かりそめの玉座の間に、響いていた――

次話は、来週水曜の18時です。少し早めました。


魔法 拷問台の鋼乙女(アイアン・メイデン)

使い手 鉄 美虎


化身と同化の混合型。

本体である美虎の周囲に浮かぶ、幾つもの盾。


射程距離内の味方が受けたダメージを盾で肩代わりし、その痛みを美虎が引き受ける、身代わりの魔法。

ただし、盾の耐久力を超過したダメージは本体に及ぶ。

守護対象が多ければ多いほど、本体である美虎から離れるほどに防御能力は低下する。

加えて、盾に蓄えたダメージを、美虎との接触を介して跳ね返す能力を持つが、美虎自身が第三位階としては鈍重なので、使い所が難しい。

防御面に不安の残る攻撃特化の能力と極めて相性が良い。


攻撃力:D

防御力:S

機動力:E

持続力:A

特殊能力:A

射程距離:B

※魔法単体ではなく、本人のスペックも含めた評価

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