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第25話 ―屍兵―

2章の1話にティオサイドのエピをちょっと、設定集の方に亜人関連の説明を追加しました。

見なくても支障はないですが、気が向いたらどうぞ。

 玉座の間に、ユギル・エトーンの詠唱が虚ろに響く。



「死とは救済、死とは祝福、死とは聖なる福音である――」



 かつて、連続猟奇殺人犯、通称“ザ・コフィン”としてある大国を震え上がらせた男がいた。

 その犠牲者、約3年の間におよそ500人超。その多さもだが、何よりも人々を戦慄させたのは、彼に害された遺体にあった。 


 善悪も老若男女の区別もなく、この男は死体を棺に入れて美しく飾り立てるのだ。

 花で、衣装で、装飾で、化粧で――神経質なほどに清潔かつ丁寧に、欠片の妥協もなく芸術的に。

 その死体には、いつも『ここに新たなる永久とこしえの聖者が生まれり』というメッセージが添えられていた。

 己の手で命を奪っておきながらのこの所業、万人の理解など及ぶべくもない。


 この男は信じている。

 我が行為さつじんは善行なり、我は崇高なる執行者である、と。

 この狂人を御せる者が、果たして“覇天”の他にいるだろうか。



「死者は裏切らず、罪を犯さず、何人たりとも害することなし――」



 生きる限り、人は間違える。人は命を喰らう。罪を犯す。

 生きることそのものが、負の連鎖なり。



「見よ、その在り方、まさに永久とこしえの聖者のごとく――」



 死者は裏切らない。

 死者は罪を犯さない。

 何も喰らわず、ゆえに何も殺さず。

 これこそまさしく、聖者の在り方。

 死したる者こそが美しい。


 我が行為さつじんは、永久とこしえの聖者を生み出す偉業なり。



「集え死者せいじゃよ、我が饗宴きょうえんへ――」



 聖者ししゃたちよ、ともにこう。

 我が理想を果たすともがらとならん。 



「――魔法具象ゼノスフィア――」



 それが、ユギル・エトーンのゼノスフィア

 禍々しき凶念せいぎに衝き動かされる、死者せいじゃの舞踏。 



「<仮面饗宴・屍骸舞踏マスカレイド・ダンスマカブル>!」


 




 ユギル・エトーンの魔法の具象に、伊織は唾を飲み込んだ。

 その具象形は知っている、その能力も知っている。

 だから、駆けた。

 <玻璃殿・剣神神楽>はすでに具象している。

 が、神楽舞を行う余裕はない。


くろがねっ、防御を――」


「――分かってる、行けっ!」


 <拷問台の鋼乙女>を具象した美虎が、仲間たちに加護を与える。

 先陣を切る伊織に、怖気づいていた他のメンバーも続いていた。

 といっても、接近戦ができるのは、自分のほかには美虎の取り巻きである安達百花あだち ももかぐらいなのだが。


「無理はするなよ、安達!」


「ッス!」


 他のメンバーは遠距離型の能力だ。

 突っ込む二人の援護射撃を懸命に行っていた。


(無駄かもしれないが……!)


 伊織の視線の先に、禿頭の巨漢の姿。

 その周囲の床に波紋が広がり、せり出すものがあった。

  

 ひつぎである。

 死者をとむらうための、長方形の容器。

 その中で眠る者の尊厳を損なぬよう施された装飾の美しさは、芸術的ですらある。

 八つの棺が、ユギルを囲んでいた。 


 棺が、開く――


「せぃっ!」


 歩法により、一気に距離を詰める。

 間合いに入った瞬間に、伊織は袈裟に刀を振り下ろす。

 肩口から斜めに一刀両断する軌道。

 狙いは、もっとも手近な位置に出現した棺である。


 その棺の中身に思いを馳せ、ぞくりと嫌悪感と罪悪感が胸を襲ったが、気合と共に振り払った。


 ――棺から、土気色の腕が伸びて、


「ぬっ……!」


 刀を、掴まれていた。

 棺の隙間から伸びるのは人間の腕。血が通っているとは思えない、変色した肌。

 漂う不愉快な臭気は、死臭と呼ばれるものか。


「貧乳先輩っ、退くッスよ!」


 百花が、伊織の刀を掴む腕へと飛びかかった。

 まるで特撮ヒーローのような、飛び蹴りの体勢。

 

「とぉぉぉぉぉぉぉ!」


 迸る気合と共に、百花の蹴りが炸裂し、

 爆発したような衝撃が、弾けた。

 棺の腕がびくりと震え、その指の拘束が緩む。

 その隙に、伊織は刀を掴む指を振りほどいて離脱した。

 突っ込みたいセリフがあったが、とりあえずは並走して礼を言う。


「……助かった安達!」


「ッス! 美虎姉さんの敵でも、今は味方ッスよ!」


 衝撃増幅。

 第二位階の異界兵、安達百花の魔術ゼノグラシア

 自らの与えた衝撃を、本来の何倍もの威力として増幅することが出来る。

 魔術ゆえに中位魔族の装甲は抜けないが、純粋な物理的破壊力のみならば、第三位階にすら匹敵する前衛要員アタッカーである。防御面に多分に不安を残すが、美虎の魔法ゼノスフィアが綺麗にそれを補っていた。


「せめて、一体だけでもと思ったが……!」


 伊織は、悔しさを噛み締めながら唸った。


 八つの棺は、いずれも健在である。

 冬馬たちの援護射撃もあったはずだが、どれも効果が無かったようだ。

 カミラは、玉座の高みから黙して状況を見守っていた。


 全ての棺が開き――その中に眠るモノが姿を現した。


 聖者の仮面を付けた、八つの人影。

 皆、聖職者が身に着けるような礼装を纏っている。


 2m近い筋骨隆々の豚顔の巨漢――豚人オークの、

 色白の牙持つ細見の青年――血人ヴァンパイアの、

 鱗を纏った偉丈夫――爬人リザードマンの、

 両手が翼となった女性――鳥人ハーピーの、

 下半身が魚の娘――魚人マーメイドの、

 豊満な肢体につたを纏わせた妖艶な美女――緑人ドライアドの、

 肌を面妖な紫の紋様に覆われた少女――汚染者スティグマ

 片腕から異形の大爪を生やした少年――半魔族の、


 それは、八つの聖者したい

 命の無い、魂の抜け殻。

 だが、しかし――


「さあ小娘、これで9対7だ」


 ――死体が、動く。


 生気の感じられない、しかし淀みのない動き。

 剣、槍、斧、弓矢などの得物を手に、各々の構えを取る。

 その身に帯びるは、魔道の気配。


 死体を操る。

 それが、ユギル・エトーンの魔法ゼノスフィア、<仮面饗宴・屍骸舞踏マスカレイド・ダンスマカブル>の能力。

 そしてその全てに第三位階ゼノスフィアたる彼の力が流れ込んでいる。

 一人にして、一つの部隊。

 “覇軍”の特殊部隊“ザ・コフィン”の隊長たる所以ゆえんである。


 更に、その操られている死体は――美虎が、八の骸に表情を強張こわばらせながら口を開く。


「なあ、おい……カミラ。あの死体って、やっぱり……」


「はい」


 カミラは頷き、事実を口にする。


「“夢幻ファンタズム”の主力戦闘員の……遺体です」


「外道が……!」


 かつての仲間の亡骸を用いて、その命と引き換えに救った少女を害する。

 その所業に吐き捨てる伊織に、しかしユギルは、


「さあ、我がともがらたる死者せいじゃたちよ」


 誇らしげに、堂々とした虚声を響かせる。


「我が崇高なる使命を阻む罪人たちを救済し、聖者ししゃの列へと加えるのだ」


『……罪人に、救済を』


 八つの虚ろな声が唱和する。

 そして響くのは、八つの詠唱。

 八つの魔法ゼノスフィアの具象であった――






「――これで、何度目かな?」


 銀髪の美丈夫が、典雅な動作で大剣を振るい、尋ねる。


 死の淵より這い上がった悠は、その少女のような容貌を悔しさと焦燥に歪めながら返答した。

 その言葉には、深い消耗の色が滲んでいた。


「2927回目、です……」


 全ての“死”を、悠の瞬間記憶は把握していた。

 その原因を分析し、反省し、改善して幾度も挑むが、いまだ勝利は遠い。

 だがブラドは満足げに頷いて、感嘆の声を漏らした。


「ふむ、大したものだよ少年。常人であれば、とうに魂が朽ちるか発狂しているだろうね。少なくともその精神の強靭さには、僕は敬意を表する」


「……臆病者な、だけですよ。死ぬのが、友達を失うのが、怖いだけです」


「心の強靭つよさとは、強い感情に鍛えられることで生まれるものだよ。それが何であれ、ね……アリエスも、そう思うだろう?」


「――――」


 アリエスの声はない。

 代わりに、心配そうな気配が伝わってきた。

 今の彼女は、その意識と力のほとんどをこの戦闘の舞台を作り出すために割いている。

 状況は把握しているのだろうが、言葉を発する余裕はないようだ。


 ブラドが、どこか遠い目をしながら呟くように口を開く。


「さて、随分と時が経ったが……現実あちらでは、どれぐらい経ったろうね」


「さあ……あまり経ってはいないと思いますけど」


 20日間。

 悠の体感時間にして、すでに20日が経過していた。その間、ずっとこの夢幻の王と戦い続けている。

 勿論、この仮想の世界だからこそ可能な芸当だ。

 さしもの悠の特異な肉体といえど、現実で20日間もぶっ通しで戦える訳はない。


 この夢想の世界に流れる時間は、悠の超動体視力の認識に引きずられる形で、異常に引き伸ばされていた。

 恐らくは、現実の方では数時間といったところではないだろうか。

 外部からの些細ささいな妨害で崩されるこの状況が維持されていることが、何よりの証拠である。


(朱音、ティオ、ルルさん……みんな)


 今頃は、夢幻城に辿り着いているだろうか。

 現実での自分の姿を見たら、きっと心配するだろう。

 起こそうとせずに、自分の帰りを待ってくれるといいのだけど。


「さて、次だ――」


 ブラドの耽美な声。

 その右腕が、閃光のごとくきらめき――


(来るっ……!)


 ――刹那、悠は横っ飛びにその場から逃れていた。


 まばゆい灼光。異形の轟音。

 ブラドの大剣が纏っていた禍々しい光輝が、破壊の奔流ほんりゅうと化し、悠のいた空間を呑み込む。

 玉座の間を震わせながら、蹂躙じゅうりんの爪痕を刻んでいく。


 それは、あの紫光の間で暴走したレミルが放った、“砲”による一撃に酷似しており、そして遥かに凌駕りょうがしていた。

 危ういところで避けたが、その余波は悠の横顔に軋むような痛みを与えている。 

 背筋が凍りつくような悪寒。


 だが止まらず、駆ける。

 前へ、前へ、刹那でも早く。

 ブラドとの距離を詰めるために。

 銀髪の美貌が、薄く笑う。


「ふむ、見事」


 ブラドの持つ大剣――神殻武装テスタメントは、その禍々しい光輝のオーラにかげりを見せていた。

 見た目だけではなく、その圧倒的な存在感も薄れているのが分かる。

 明らかに、彼の大剣は弱体化していた。


「はああああああああ!」


 猛り、双つの剣閃をはしらせる悠。

 同時に、八刃を射ち出す。


「浅いよ」


 ブラドが大剣を振るう。

 無造作に見え、しかし一切の無駄の無い我流の妙剣。

 一挙一動が、まるで盤上の王を詰ませるような、もはや演算と呼ぶべき人間離れした精緻さの上に成り立っている。


 神殻武装の力の状態など、夢幻の王にはさほど大きな問題ではない。

 ブラド・ルシオルの剣技は、それ自体が魔剣の領域に達していた。

 流麗なる剛剣が、悠を迎え撃つ。 


 迫りくる八刃を打ち砕き、その先にいる悠をも――


「――っ!」

「っ!?」


 悠が、一気にその懐に潜り込んでいた。

 瞬間的な急加速。瞬く間に、大剣の軌道の内側へと逃れている。


 予想していなかった異物わざ

 悠を詰ませんと精緻に回っていた術理の歯車が、軋みを上げる。

 ブラドの目が、驚愕に見開かれた。


 小柄な身体は、大剣の間合いの内側に。

 そこは、悠の間合いである。


「せああああああああ!」


 ほとばしる気合。

 はしる二つの剣閃。

 渾身を込めて放たれた、会心の斬撃。


 ブラドは、


「……くはっ!」


 笑い、

 前へと踏み込み、


「ぐっ……!」


 体当たりの要領で、悠の双刃の間合いの更に内側へと侵入していた。

 意表を付かれ、驚いた直後に導き出された最適解。

 驚異的な戦闘センスである。


 圧倒的な身体能力と体重差により、悠の身体は軽々と吹っ飛ばされ、玉座の間を転がった。

 悔しさに唸りながら受け身を取るが、


「あ……」


 ブラドの持つ大剣は、ふたたび神々しくも不吉な光輝を纏っていた。

 それは、あの長大な刀身が纏う魔道の粒子りゅうしである。

 超高速で飛び交う粒子に触れたものはことごとくが破壊され、纏いて振るえば無双の剛剣に、指向性を持たせて放てば強力無比なビームとなる。

 それが、あの神殻武装テスタメントが有する機能なのだ。

 

 彼はゆるりと立ちながら、涼やかな笑みを浮かべていた。

 自分の二の腕を見下ろして、感嘆の言葉を漏らす。


「今のは見事だったよ、少年」


 ブラド・ルシオルの腕に、二つの傷が付いていた。

 悠の二つの刃によって付けられた裂傷である。

 この夢幻の王との立ち会いにおいて、悠がはじめて与えた手傷であった。


「双躯式の骨子を、ようやく掴んだようだ」


「……はい」


 先ほどの急加速の正体。

 カミラから受けた訓練の成果が、ここにきて結実した。 

 一瞬ではあるが、悠は双躯式を移動に用いた高速戦術を可能としたのだ。

 今度はマグレではなく、完全にその感覚を得ていた。


「だが、それだけではないね?」


 ブラドの眼差しは、悠の足元に向けられていた。


「……歩法、かい?」


「伊織先輩の……僕の仲間の技です」


 縮地しゅくち、という歩法ほほうの一種である。

 それは、島津伊織に見せてもらった、武道の足運びだ。

 武器を用いた戦いにおいて特に重要となる、間合いを支配するための術理である。

 基本的な足捌きは身に付けていたが、悠の用いたそれはより高度な、それ自体が一種の奥義と呼べるものだ。


「やっと……トレースできました」


 自分の脳裏には、今まで見聞きした全てが残らず在る。

 その中には、朱音や伊織、省吾やベアトリスといった武の先達たちの術理を扱う姿も含まれていた。

 今も鮮明に思い出せるそれらの動きをトレースすることで、彼女たちの精妙な技を再現できないだろうか。

 それは、ずっと考えていたことであった。


 そして、同じ剣士として戦闘訓練の時間をもっとも長く過ごした相手が、伊織である。

 彼女の様々な術理のパターンは、悠の脳裏に特に多く焼き付いており、模倣するのに最も適した人物だった。

 無論、見ただけで簡単に真似ができるようなものではない。

 それほど、武道の術理とは甘いものではないが――


「20日間も時間があったんですから……僕が鈍臭どんくさくたって、少しはものになりますよ」


 ブラドと戦いながら、記憶の中の彼女の足運びを何度も何度もトレースしていた。

 何回“殺され”ても、愚直に、ひたむきに……およそ20日間、ずっと。

 そしてようやく、悠の足運びは記憶にある伊織の姿と重なっていた。


 双躯式と縮地。

 魔道と武道の二つの術理が組み合わさり、ブラドの予想を超えた動きを実現させていた。


 悠は、深い魂の疲弊ひへいをにじませながらも、折れぬ闘志を瞳に燃やして構えを取る。

 八刃が、主に従い切っ先をブラドに向けていた。


「さっきまでの僕とは違います。もう簡単には、やられません……!」


 いまだブラドには“殺され”続けている。

 だがその内容は、いつしか一方的な血肉を撒き散らす虐殺から、剣戟を響かせる剣士と剣士の果たし合いへと近付きつつあった。

 初手で瞬殺されることも、もう滅多にない。

 慣れもある、ブラドの大剣の特性を理解したこともある。


 だが何よりも、悠が見違えるほどに強くなっていた。


 20日間もの間、休みなく続く達人との立ち会いによる経験の蓄積。

 記憶の中で精密に焼き付いた、武の先人たちの姿という教本。

 それは常人であれば有り得ない濃密にして大量の鍛錬として昇華され、悠は剣士としての高みを急速に登りつつある。


 すでに伊織から指摘された待ち癖もすっかり消えていた。 

 超再生を有する肉体を活かして積極的に攻め、敵の選択肢を制限しながら超動体視力で対応し、瞬間記憶によってそのパターンを記憶し、敵を追い詰める。

 己の肉体の特性を活かしたしたたかな戦術を、悠は完成させつつあった。


「……面白い。君は本当に面白いな、少年」


 微笑むブラドは、ちらりと虚空を一瞥し、


「なあ、そうは思わないかい――――レミル」


 どこか罰の悪そうな苦笑を滲ませながら、自らの娘の名を呼ぶ。

 しばしの沈黙の後、


「……とう、さま」


 レミルが、応える。

 そして、彼女の想いと記憶が、流れ込んできた――

次話はレミルの回想、そこからVSブラド、VSユギルとの決着まで一直線です。

更新は土曜の20時予定です。


魔法 玻璃殿はりでん剣神神楽けんじんかぐら

使い手 島津伊織


変性型。自身の来ている衣服を、魔力を織り込んだ巫女装束へと変える。

一つ、伊織の神楽舞が一定時間続いており、

二つ、その舞を認識している相手に対して、

三つ、伊織が攻撃している状態に在る。

これらの条件を満たしている時に真の能力が発現し、彼女の身体能力に大幅な強化がかかり、更には知覚を介して届く、回避不能の斬撃が可能となる。

剣舞が止まってしまえば能力も消えてしまうという欠点があり、常に攻め手にいなければ真価は発揮できず、守勢に回ってしまうとかなり脆い。

発動条件に制限は多いものの、型に嵌れば強力な魔法である。


通常時

攻撃力:A

防御力:D

機動力:B

持続力:C

特殊能力:C

射程距離:C


能力発現時

攻撃力:S

防御力:D

機動力:S

持続力:C

特殊能力:A

射程距離:C

※魔法単体ではなく、本人のスペックも含めた評価

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