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第19話 -侵入-

更新ペース、ぼちぼち上げていけそうです。

最低限、毎週土曜日の夜20時は必ず更新するようにする予定です。

「では、準備はいいかな少年?」


 ブラド・ルシオルが玉座を降りてくる。

 大剣を下ろし、無造作な足取りで、一歩、一歩。

 それは、幾人かの本物の武人を目にした悠にとって、隙だらけの姿に見えた。


 すでに<斯戒の十刃>の具象は完了し、その切っ先を銀髪の美丈夫へと向けている。

 即座に射ち出すことが可能な状態だ。

 カミラとの訓練の経て、悠の魔法の制御は大きく精度を増している。この状態からなら、確実に数本の刃を命中させ、その身を多少なりとも停滞させる自信はあった。


 今が、好機――


「……っ」


 ――なのだろうか。


 敵手は、“アルス・マグナ”と渡り合ったことのある稀代の武人である。

 悠とはまさしく、天と地ほどの力の開きがあるだろう。

 自分の認識した隙とは、果たして本当に隙なのか……じっとりと滲んできた脂汗が、頬を伝う。


 ただその一挙一動を見逃さぬように、極限の集中力で超動体視力を用いた観察を行っていた。


「ふむ、慎重だね」


 ブラドが言う。

 10mは離れた高みから。

 涼やかな笑みを浮かべながら、穏やかな声色で、


「だが――」


 突如、その神像の如き美貌が、目の前にあった。

 その大剣を、右腕だけで大上段に構えながら、


「……っ!?」


 いつの間に、

 ずっと見てたのに、

 何故、どうして、

 答えを得る暇など無い。


 瞠目どうもくした悠は慌てて回避の体勢を取るが、


「慎重も過ぎれば毒だよ、少年」


 苦笑の滲む声、

 大剣が振り下ろされ、


「あ――」


 悠の視界は、真っ二つに両断されていた。






「……無事かしら、悠……二人も……ああ、もうっ!」


 朱音は、焦燥まじりの唸りを漏らす。 

 苛立ちに荒れる声は、広々とした空間に溶けて行った。

 

 大広間、なのだろうか。

 窓一つ無い、半球状の空間だ。

 にも関わらず、淡い月明かりが広間を満たし、幻想的な情緒を演出している。


 突如として帝国領の一角に出現した夢幻城。

 即座に急行した朱音たちは、その正門を破壊して、内部へと侵入していた。

 警戒していた妨害もなく順調に進んでいたが、ここで待機を命じられ、苛立ちも露わにつま先で床を叩いている。


「ユウ様の反応もちゃんとあったそうデス、大丈夫ですヨ、アカネ」


 傍らのティオが、朱音の手をぎゅっと握って笑いかけてくれる。

 だがその笑みは、少し無理をしているぎこちなさがあった。

 彼女もまた、悠たちが心配で心配で仕方ないのだ。


 まったく、この娘は。年下の癖に自分よりよっぽど大人である。

 朱音は罰の悪さから苦笑を漏らし、こちらを見上げる森人エルフの少女を優しく撫でた。


「そうね……ごめんね、ティオ」


「んにゃっ……」


 心地良さそうに、子猫みたいな可愛い声を漏らすティオ。

 長い耳が、ピクピクと動く。思わず触れてたくなるが、森人エルフの耳はかなり敏感な部位のようで、ティオの身体は更に敏感だ。触れると大変なことになる。


 朱音もティオも黒を基調とした帝国の戦闘服を着ているが、今までの装いとは微妙に異なっている。

 共に第三位階へと至り、それぞれの特性に合わせて調整された個別の戦闘服が与えられたためである。 


「……おい、まだ行かねえのかよ」


 ぶっきらぼうな、しかし実直な響きを持つ男の声。 

 武田省吾たけだ しょうごが、腕組みしながら声を上げていた。

 そして彼の周りには、


「ああくそ……来たはいいけど足引っ張らないだろうな……」

「今更過ぎるっつーの。腹くくりなよ、壬生」


 悠のクラスメートである壬生冬馬みぶ とうま柚木澪ゆずき みお


「うぉぉ……! もう待ちきれないッスよぉっ!」

「モモ、うるさい」


 美虎の取り巻きである安達百花あだち ももかや、来栖くるすざくろの姿もある。

 省吾が言葉を投げた先には、二人の人物が立っていた。


「そうですね……とりあえず、待ち伏せと思しき音や匂いは感じられません」


 悠の奴隷であるルルと、


「魔道的な罠の反応もないようだ。まあ、魔道の気配が濃すぎてそもそも判別困難なのだがね……進むしかないか」


 その監視・統括を行うラウロ・レッジオ。

 能面めいた、うすら寒い笑みを浮かべた、金髪をオールバックにした男だ。

 朱音たちが最初に見た異世界人、忌まわしき魔道省の大幹部の姿がそこにあった。


 朱音たち地球人にとって、怨敵として最も印象深い男である。

 おかげで移動中は、最悪の空気であった。

 当のラウロが凪のように平気な顔をしていたのが業腹この上ない。 


「いや、素晴らしい……これがあの夢幻城か……くくっ」


 彼は先ほどから、機嫌の良さを隠そうともしていない。

 あの爬虫類の舌を思わせる陰湿な声も、どこか上擦っているように聞こえた。

 

 夢幻城がどういうものかというのは聞いている。

 魔道科学者であるラウロにとっては、唾涎ものの存在なのだろう。


 そんなこと、どうでもいい……!


「……ア、アカネっ。ちょっと手が痛いデス」


「あ……ご、ごめん……!」


 早く、早く悠たちを助けに行かせて欲しいのに。

 そんな朱音の焦りを恐らくは知ってのことだろう、ルルが恭しい態度でラウロに進言した。


「ラウロ様。よろしければ、先導はわたくしめに任せてはいただけないでしょうか」


「構わんよ、私は戦闘は専門ではないのでね。君の方が適任だろう。せいぜい励みたまえ」


「畏ま――っ!?」


 頭を下げようとしたルルが、何かに気付いたように頭上を見上げる。

 朱音も、皆も、ルルに釣られて上を見上げていた。


「……何だ?」

「なんも無いッスよ?」


 球体上の天井があるだけである。

 朱音から見ても何か異常があるようには思えなかった。

 だが、


「ほう? なるほど、これは――」


 ラウロの感心したような声。


「えっ?」


 閃光。

 天上より降り注ぐ光が視界と意識を塗り潰したのは、次の瞬間だった。






「ちっ……なん、だよっ……!」


 省吾は、頭痛に顔をしかめながら立ち上がった。

 視界はまだ真っ白に染まっており、耳鳴りが聴覚をかき乱している。

 頼りになるのは、触覚と嗅覚だけである。


 ……懐かしい感触と、匂い。


 年季の入った板目の手触り、

 漂うのは時を経て変化した独特の木の匂いだ。


 懐かしい。本当に懐かしい。

 それは児童施設で暮らしていた頃、足しげく通った藤堂家の道場の――


「な、んだと……!?」


 驚愕が、知覚を一気に覚醒させる。

 

 目の前に広がるのは、板張りの道場であった。

 藤堂家の一角にある、震災や大空襲をも耐え抜いた100年以上の歴史を持つ由緒ある道場だ。

 省吾が、藤堂流礼法を学んだ場所である。 


「おい、どうなってやがる……」


 馬鹿な、先ほどまで夢幻城の大広間にいたはずだ。

 唸る省吾の背に、静水のような響きを持つ少女の声がかかる。


「……省吾」


「――――」


 省吾は、絶句していた。

 グループの副リーダーという立場の手前、滅多に見せない狼狽の表情。

 油の切れた機械のような動きで、振り向く。


 一人の少女が立っている。

 年齢は15歳頃、穏やかな笑みを浮かべた美少女だ。年齢不相応な抜群のスタイルの良さが、道着の上からでも良く分かる。

 その面影は、朱音によく似ていた。


「……紅理あかり


 藤堂紅理とうどう あかり

 藤堂家の長女、朱音の姉。

 4年前に、不治の病で死んだ少女。


 そして、省吾の――


「久しぶりね、省吾。大きくなったわ」


 にこりと微笑む紅理を、省吾は息をするのも忘れて見つめていた。






「これは、精神干渉……」


 ルルは、何らかの魔道攻撃をいち早く察知し、自らの置かれている状況を冷静に分析していた。

 

 そこは、市街の中に開けた広場である。

 とある小国の――今はもう存在しない小国の、演説のためのスペース。

 フォーゼルハウト帝国の帝都アディーラには比べるべくもない規模の都市だ。


 そこは、ルルの故郷だった場所。


夢人サキュバスの能力の応用……帰りたい過去、あるいは願望への没入……というところでしょうか。だとすればなかなかに――」


 瞬きした、次の瞬間だった。


「――悪趣味な、ことで」


 この場所に立っていた時点で、予想し、覚悟をしていたことであった。

 それでも、ルルは声が震えてくるのを抑えられなかった。

 

 思うように呼吸ができない。

 鼓動は乱れて、脂汗が浮いてくる。

 手足が震え、いまにもくずおれそうになるのを、ルルは懸命に耐えていた。


「――――」

「――――!」

「――――? ――――!」


 広場は、人と声に満たされていた。

 老若男女を問わず、数えきれないほどの人々が、ルルを見つめている。

 みな一様に、狼のような耳と尻尾を生やしていた。全身が体毛に覆われた、顔の形が狼の者もいる。


 誰もが笑顔だった。

 友を見るような、

 姉を見るような、

 妹を見るような、

 娘を見るような、

 孫を見るような――親愛、そして敬意と忠誠の交じり合った暖かな眼差し。


 かつてはこの都市で暮らしていた、無辜の人々。


「ああ、本当に……本当に懐かしい」


 ルルもまた苦しげに喘ぎながらも、友、あるいは家族を見るような優しい表情を浮かべている。


 それはルルにとって、陽だまりの光景。

 いつまでも、永遠に浸っていたい……浸れるとかつては信じていた優しい空気。 

 そして――


「でも……貴方たちはもう、どこにもいない」


 ――二度と還らぬ、失われた光景。


 ぴしり、と。

 世界がひび割れはじめた。

 

「もう私は、そこには帰れません……帰る資格もありません」


 ルルが言葉を重ねるごとに、偽りの世界は崩壊していく。


 この光景は、恐らくは夢幻城の防衛機構であろう精神攻撃だ。

 受けた者の精神を、自らの意思では抜け出し難い甘く幸福な世界へと叩き込み、停滞させる。

 故に、本人がこの世界を明確に否定することで、夢の世界は自壊していく。


「さようなら。また逢いましょう――」


 それが、止めの一言。

 

 世界ごと、大切な人々が砕け散っていく。

 それはまるで、ルルが彼らを葬り去ったような、皮肉な光景であった。


 さもありなん、とルルの唇が歪む。

 本物の彼らもまた、自分の手によって命を奪われたのだから。


「あと少しで、私もそちらに参れそうです」


 虚ろに響く言葉と共に、ルルは夢の世界から弾き出された。






「……悪ぃな、紅理」


 この世界がどういうものか、省吾はおぼろげに理解しつつあった。

 理解した上で、藤堂紅理の頬に手を触れる。

 紅理は、嬉しそうに受け入れて、自分の手を重ねた。


「俺は行くよ。守らなきゃならない連中がいる」


「……私が行かないでって言っても? ずっと一緒にいてって言っても、ダメ?」


 はっ、と省吾が苦笑を漏らす。

 後ろ髪を引かれるような名残惜しさを切り捨てるように、きっぱりと言い放った。


「馬ぁ鹿! 紅理は――俺の惚れた女はな、そういう可愛げのあることは言わねえんだよ!」


 ぴしり。

 道場と、紅理が罅割れる。 

 懐かしい世界が、崩壊していく。


「だが、顔を見れて嬉しかった。いつになるか分からねえが……待っててくれよ、紅理」


 止まらない終焉の中、省吾は崩れゆく想い人に語りかける。


「話したいことが山ほどあるんだ。朱音が男に惚れた話なんて、大喜びで食いつくよな」


 くっくっ、と省吾は笑みを漏らす。

 どこか幼さのある、悠たちの前では決して見せない笑顔だった。


 そして、省吾は偽りの紅理に背を向けて、


 ――うん、ゆっくり待ってる。のんびり来てね。


 そんな声が、聞こえた気がして、


「……またな」


 省吾は、追憶の世界を後にした。






 そして、省吾は現実に帰還する。

 水面から浮上するように、知覚が一気に切り替わった。


「……おっと」


 前につんのめりながらも踏み止まり、周囲を見渡す。

 広々とした半球状の空間。

 夢幻城の大広間である。


「おや、自力で帰られたのですか、ショウゴ様」


「お前もか、ルル」


 ルルが、静かな笑みを浮かべて立っていた。

 いつもの柔和な笑顔とは違う、どこか仮面めいた笑みである。

 その下に、別種の感情を隠している表情だった。


 だが詮索はすまい。

 そもそも、自分も似たような表情をしているのかもしれないのだ。


「さすがは異界兵最強というとことでしょうか? 心強く思います」


 省吾は顔をしかめ、鬱陶しげに手を振った。


「その言い方はやめてくれ、小っ恥ずかしい。」


 世界は広い。

 帝都においてすら、身近にベアトリス・アルドシュタインという明らかな格上と認めざるを得ない人物がいる。

 そんな彼女もまた、世界に名の通った豪傑の一人に過ぎないのだ。

 更にその上には、“偽天”マダラのような怪物もいる。


 そして、あるいは、根拠の薄い勘であるがルルを名乗る目の前の女も――


 そんな狭い枠組みの中での――それも相対的な意味に過ぎない最強に、何の意味があるというのか。

 

「あら、これは申し訳ありません」


 そんな省吾の内心を知ってか知らずか、ルルはくすりと笑いをこぼす。

 自然な笑みであった。

 くだらない話題であったが、彼女が落ち着きを取り戻すまでの間を繋げる程度の意味はあったらしい。


「さて……他の連中は、と……あん?」


 周囲を再び見渡しながら、省吾は眉をひそめた。

 省吾たちの周りには、朱音らが立ったまま眠るように目を閉じていた。


 だが一人、足りないのだ。

 ラウロ・レッジオの姿がない。

 まあ、あのいけ好かない男と同じ空気を吸わなくていいという事実そのものは、実に爽快なことではあるのだが。


「おい、あの野郎はどこに行った?」


「……ラウロ様でしたら、この場の指揮を私に委ねられて、夢幻城の探索に行かれました」


「一人でか」


 まあ、それで罠にでも引っかかって死んでくれるのなら、ある意味では喜ばしいことなのだが。

 せいぜい、あのニヤケ面を思いっきりぶん殴れないのが心残りなことぐらいか。


 省吾の顔を見て、ルルが苦笑をこぼす。


「ショウゴ様が何を考えられているのか、あえて聞きはしませんが……あのお方でしたら問題ないでしょう」


「そうかよ、じゃあ俺たちも……」


 省吾は、ふらふらと今にも倒れそうな、一人の少女へと歩み寄った。

 紅理の面影のある、知己の少女。

 朱音は、だらしのない表情で涎を垂らしていた。


「ふへへ……駄目よ悠、ここじゃ……まずはご飯とお風呂を……え、我慢できないの……? しょ、しょうがないわねぇ……」


 その隣には、彼女の親友である森人エルフの少女が涎を垂らしていた。


「えへへ……駄目デスぅ……ユウ様ぁ……でも望まれるのでしたラ、いつでもいいですヨぅ……え、そっちで……?」


 二人の夢の中で、悠がひどい風評被害に遭っている。


「……類友かよ」


「仲がよろしくて結構じゃありませんか。まあ……過去よりも今に幸せを見いだせていることは、喜ばしいことではないでしょうか?」


「まあ、な」


 朱音は当初、姉である紅理を嫌っていた。

 二人の関係が修復されたのは、紅理の病と余命が発覚した後、彼女が命を落とす1年ほど前のことだ。あまりにも短い、姉妹の時間であった。

 地球にいた省吾の見た朱音の最後の姿は、姉を失い後悔と悲しみに苛まれる痛ましい姿である。


 そんな彼女が、今は恋した男との甘い妄想に浸っている。

 ティオもまた、母の死に心の決着を付け、現在と未来を見つめているのだろう。


 ……いまだ過去を見ている、自分とは違うのだ。


「確かに、喜んでるかもな。紅理も、こいつのオフクロもよ」


 自嘲の笑みを漏らしながら、省吾は二人の少女の頭を軽く小突く。


「て、ティオ……こ、これはね、その――ひぁぁぁぁぁっ!?」

「あ、アカネぇ……良かったら、一緒に――にゃあああぁっ!?」


 二つの素っ頓狂な悲鳴。

 目を白黒させる二人の少女に、省吾は黙って肩を竦めて見せる。 

 そして、


「……やっぱり、お前らかよ! おい、モモ! クロ! 大丈夫か!?」


「す、すまんばい! カミラが念のために足止めするって……ああ、カミラっていうのはこの城の――」


 息を切らせた美虎と伊織が大広間に転がり込んで来た。

 無事そうで何よりである。

省吾と紅理の話は今回やろうかなとも思ったのですが、ストーリーを先に進めるのを優先しました。

3章と4章の間にでも朱音も交えたエピソードをちょっとやろうかなと思っています。


感想いただけると、とても嬉しいです。

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