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第17話 -ブラド・ルシオル-

ギリギリ1月中間に合わなかった……大変お待たせして申し訳ありません。

2月上旬中には更新ペースは大幅に上げられそうです。

 そこは、夢幻城の玉座の間――

 ――を模した、仮想の世界。


 広々とした豪奢な空間に、剣戟の音が響いている。


 十の白刃を操る少年と、

 馬鹿げた大剣を振るう青年、

 二人の戦いは、もはや虐殺の様相を呈していた。


「――遅いよ。動きも、判断も、覚悟も」


「あぐっ……!」


 ほとばしる剣閃。

 空間を引き裂かんばかりの唸りを置き去りにした超音速の剛剣が、十の刃を砕きながら悠の胸を深々と抉っていく。

 心臓を轢き潰され、悠は口から滂沱の血反吐を吐き出した。


「さて、詰みだ少年」


 気障ったらしい男の声。

 口調は穏やかであるが、圧倒的な自負心が滲み出ている。


 たまらず膝を折る悠は、歯噛みしながら自らの胴体の半ばを両断した男を見上げていた。


「そう悔しがることはない。君の才能は大したものだが、僕の方が凄いというだけの話だよ。負けたところで恥ではないさ」


 銀の長髪を靡かせた、美貌の青年。

 すらりとした長身の、色白な優男である。 

 同性の自分が見てすらドキリとする耽美な容貌は、芸術品めいた幻想感すら漂わせていた。

 その人間離れした容姿の完成度は、あのアリエスを思い出す。


 ブラド・ルシオル。

 死した“夢幻”の王、レミルの父、そして――


「勝ちます……最後に勝つのは、僕です……!」


「ふむ、結構」


 ――悠が勝たなければならない、敵手。


 ブラドは2mを超える大剣を軽々と持ちあげて、まだ起き上がれない悠の首を、 


「だが、この程度の男には、娘は渡せないな――うん、一度言ってみたかった。実に重畳ちょうじょう


 刎ねた。


 




 約6時間前――






 悠が暴走したレミルに襲われた、夢幻城下層の紫光の間。その最奥に一つの部屋がある。

 乳白色の石材が剥き出しになっている、慎ましい広さの部屋である。

 一見すると無骨な内装であるが、同時に神経質なまでの清潔感がその部屋から感じられる。雑菌の一つの存在すら許さない、ひたすらに汚れなき部屋。


 ――手術室。


 悠にとっては馴染み深い雰囲気を思い出させるその一室は、その通りの用途を成していた。

 今、この部屋では阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられている。

 

 レミルが、手術台のような台座に寝かされていた。

 先ほどから意識は戻らず、仰向けで力無くその身を投げ出している。

 その傍らにはカミラが立ち、多腕のロボットを思わせる魔道装置を操作していた。


 阿修羅めいたその装置は、レミルの伏す台座を見下ろすように配置され、その4対の多腕を忙しなく動かしている。

 その腕が伸びる先は、褐色の少女――


 ――その、開いた腹部と胸部であった。


 その切開部から除くのは、まさしく地獄絵図。

 夢人サキュバスである彼女も、普通の人間と同じように骨があり、内臓がある。

 だが、それらを覆い、あるいは同化するように、肉の腫瘍が蠢いていた。


 まるで別個の生物のように、その表面にはレミルの血の紅からすれば有り得ない、紫の血管が脈動している。その表面の質感は、どこか石膏像を思わせる無機質なものだった。

 

 魔族を思い起こさせる、異形の腫瘍。

 そしてそれを、多脚の装置は次々と切除していた。同時に傷口には治癒が施され、彼女の体を必要以上に消耗させないようにしている。


 それを、悠たちは見せられていた。


 切り取られた腫瘍が悠の足元まで飛んできた。

 巨大な蛆虫のようなそれは、陸に揚げられた魚のように床を跳ね回っている。


「……っ」


 伊織が、口元を押さえて顔を青ざめさせていた。

 美虎は大怪我をした経験から伊織よりは慣れているのだろう、だがそれでも震える唇は、彼女が決して平静ではないことを示している。


(……レミル)


 悠は、驚きはあっても動揺はあまり無かった。

 見覚えのある光景であった。

 いまだ脳裏に鮮明に残る、研究所時代の数多の記憶の中にそれはある。


 ――人を、神へと造り変える。


 そのために実験体である悠たちに移植されたある“組織”、それに適応できなかった犠牲者が、全身をこのように異形の腫瘍に変えながら、悶え苦しんで絶命したのを目の前で見たことがあった。


「……あと数日は、大丈夫なはずだったんだけどね」


 足元をのたうち回る腫瘍を踏み潰し、アリエスが問うた。


神殻武装テスタメントって聞いたことある?」


 首を振る悠たちにアリエスは苦笑を浮かべた。


「だよねえ、まあ詳しく話と長くなるしボクもあんまり理解してる訳じゃないからさ、昔の時代のすごい武器って覚えててくれたらいいよ。それでね、レミルのお父さんのブラドが、その所有者だったんだけど」

 

 そしてアリエスは、ぽつりぽつりと語り始める。





 

 “夢幻”の王、ブラド・ルシオル。

 もう一つの名を、サジタリウス。


 夢幻城を生み出した魔道科学者にして、“アルス・マグナ”と矛を交えたこともある達人。

 彼は己の生み出した移動城塞で世界各地を放浪し、安息の居場所を得られない希少亜人種や汚染者、半魔族などを成り行きから保護していくうちに、己と夢幻城の在り様を定める。


 即ち、世界に溶け込めない異端者たちに、安息の地を。

 “夢幻ファンタズム”の誕生であった。


 そして仲間たちと共に旅をする中、ブラドは一人の夢人サキュバスの女性――セリルと出会う。

 二人の出会いは、ブラドの夢の中であった。

 夢人として、ブラドの夢から“食事”をしようとしたセリルは、何というか、こう、女として、夢人として、口にするには憚られるたいそう屈辱的な目に遭わされたそうだ。


 涙ぐみながらセリルは、ブラドにリベンジを決意。

 彼を追いかけ、幾度も幾度も夢の中で返り討ちに合い、いつの間にやら“夢幻”に馴染んでいたという。


 そして時は経ち、ブラドとセリルの距離はだんだんと縮まり――レミルが生まれた。

 母となったセリルは、夢人の運命通りにそれから長くは生きられなかったが、それでも幸せそうであったという。


 レミルは、父と母の秀麗な容貌を受け継いだ、美しい娘であった。

 母からは、夢人としての能力を。

 父からは、


 ……神殻武装テスタメントの中枢を。


 ブラドと一体化していた畢竟ひっきょうの武装を、その小さな身体に宿していたのだ。

 幼く、ブラドほどの資質は持っていないレミルにはあまりに過ぎた力であった。

 制御などできるはずもない。


 その代償は、悠たちが目にしている通りである。


 一つ目は暴走。

 忘我の状態に陥った彼女は、不完全に形を成した神殻武装を振るい、第三位階の魔道師でも対処が困難な殺戮人形と化す。


 二つ目は臓器の浸食。

 彼女の身体は、定期的に臓器が異形の腫瘍に浸食され、その機能が著しく低下する。この浸食が重度に至れば、高確率でレミルは暴走するのだ。


 それが顕著になったのは、およそ一ヶ月前、事態は加速度的に悪化し、すでに臓器の浸食は対応困難なほどに速度と頻度を増しており、あと10日もすれば命の保証はできない状態に陥る――


 ――はずだったが、事態の悪化はその予想を更に上回った。

 レミルの腫瘍の切除のためにこの部屋に向かう途中の、突然の暴走。

 それが先ほどの戦いの顛末であった。





「見えるよね? こうしてカミラが腫瘍を切り取ってる間にも、新しい腫瘍が生まれてきてるの。そのうち、カミラでも間に合わなくなる。何よりもレミルの身体が耐えられないよ」


 先ほどまで綺麗だったレミル臓器から、うっすらと異変の兆候が見て取れる。

 それらに対処するカミラは、ずっと無言であった。黙々と、装置を人間離れした速度と精度で操っている。


「それでね、ユウ」


 アリエスが、こちらに振り向いてきた。

 表情は薄い笑みであるが、あまりにも虚ろな仮面めいた笑顔である。

 その下に満ちる感情は、決して正の感情などではない。


「レミルの中の神殻武装を、君に受け取って欲しいの。君なら、耐えられるかもしれない」


「ぼ、僕が……? どういうこと?」


「君の身体は、普通じゃないでしょ? どんなに傷つけられても再生する能力がある」


「え」


 何故、彼女がそれを知っているのだろうか。

 その疑問を、悠に代わって美虎と伊織が口にした。 


「おい、どうしてお前が知ってんだよ」


「悠の身体のことは、仲間にしか知らせていないはずだぞ。多少周りに漏れることはあっても、帝国の人間でもない部外者に知られる訳が――」


「――ずっと、見てたからね。ユウのこと」


「……はぁ?」


「まあ、正確には繋がってたっていうか――むー、そんなことは後々! ね、ユウ」


 アリエスがつかつかと歩みより、顔を近付ける。

 視界いっぱいに、アリエスの人間離れした美貌。その蒼穹の瞳が、ひたむきに悠を見つめている。


「君なら、レミルを助けられるかもしれない。

 ……でも、はっきり言って、可能性があるっていうだけ。失敗する可能性の方がずっと高いし、その場合、君はたぶん死ぬ。どっちにしても、すごく痛くて苦しい思いをすることになると思う……死んだ方がマシなぐらい」


 その声は、縋るような響きを伴っていた。

 アリエスの手が、悠の袖をぎゅっと摘む。


「だから、強制なんてできない。レミルに意識があったら、絶対に許さないって言うと思う。別に拒否しても何もしないよ、今すぐに城の外に出してあげる。ただ、レミルたちのことは忘れないであげて欲しいかな」


「アリエス……」


「ごめんね、こんなことに巻き込んで……ユウを攫ってきた理由もさ、本当はこのためなの。ユウがレミルを好きになってくれたら、ボクのお願いを聞いてくれるんじゃないかって。ずるいよね」


 悠の袖をつまむ指が、小さく震えていた。

 アリエスの表情は笑顔のまま。

 だが、幼い子供が袖をつまんで、涙を浮かべて必死に助けを求める姿を、悠はその下に確かに見ていた。


「ねえ、ユウ……ボクの友達を、助けてくれないかな?」


「…………」


 アリエスの言葉を、悠は厳しい表情で聞いていた。

 じっと噛み締めるように吟味し……そして、飲み込む。ひどく苦々しい味がした。


「おい、悠……外で朱音たちが待ってること、忘れんなよ」


「……断っていいんだ。お前に責任も義務もない」


 美虎と伊織が、気遣わしげに声をかけてくれる。

 だが同時に、ひどく悔しげでもあった。自分の口にした言葉が、間接的にレミルを見捨てろという意味を含んでいることに、忸怩たる思いを抱いているのだ。


「僕は……」


 死ぬのは怖い。

 もっとみんなと一緒にいたい。もっと世界を広げたい。

 1分でも1秒でも長く、生きたい……!


 朱音、ティオ、ルル、冬馬、綾花、玲子、省吾、他にも、他にも――何人もの大切な人の顔が、脳裏をよぎっていく。

 悠が死ねば、きっと悲しむ人々だ。悲しませる訳にはいかない人々である。

 こんなところで、死ぬ訳にはいかない。 


 だから――


「僕は、何をすればいいの? 具体的に教えて」


 はじめから、答えは決まっていた。






 2時間後――





 帝都アディーラの探査装置が、領内に発生した異物を補足した。

 夢幻城の出現。

 そしてその内部からの、3人の異界兵――神護悠、鉄美虎、島津伊織の生体反応。


 その位置は得られたデータから魔道省で分析し、おおむねの当たりを付けていた範囲内であった。

 故に、即座に対応することができていた。

 その場に急行できるように、魔道戦力を予め配していたのだ。

 複数の第三位階の異界兵を含めた、強力な戦力である。


 志願者から編成された異界兵部隊が八名。


 藤堂朱音。

 ティオ。

 ルル。

 武田省吾。

 その他4名の第二位階の異界兵。


 そしてその行動の監視、監督を務める魔道省の職員が一名。


 ラウロ・レッジオ。


 総勢9名の魔道戦力を中心とした帝国軍の部隊が、夢幻城へと急行していた。

2月4日、深夜頃に1章の大幅改稿版をアップする予定です。すでにここまで読んでくれた方には読み直す必要はない改定ですので、ご安心ください。

本編の更新も、同じ時か近いうちにしたいと思います。


これまで更新が遅れた理由を含め、次話更新日にでも本作について一つご報告させていただきたいことがあります。

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