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第16話 -魔人-

 死神の鎌が、首筋に触れている。

 体勢を崩しつつも着地した悠は、脳裏に浮かぶイメージに背筋を凍らせた。

 失った右手を気にしている場合ではない。どの道、部位の欠損は再生に時間がかかる。右手の再生を終える頃には、悠の命運は決しているはずであった。

 右手は無いものとして、目の前の脅威に対処する。


 そこに在るのは、紫光に包まれた空間に立つ褐色の少女。

 いつもの無垢な覇気は感じられず、ただひたすらに熱の無い殺意が小さな身体に渦巻いている。

 それは間違いなく悠に向けられていた。


(まず、い……!)


 異形の兵器と化したレミルの右腕が、悠へと真っ直ぐに向けられている。

 彼女の小さな身体の数倍の重量はあるであろうそれを軽々と操り、彼女は悠を照準していた。

 その腕から、禍々しい兇気が満ち溢れている。


 感じられるのは、魔道の気配。

 カミラからの訓練を受けた悠には、少なくとも第三位階ゼノスフィアに相当する高度な魔力が感じられた。

 彼女の金色の瞳に浮かぶ虚ろな殺意から、少なくともそれが攻撃であることは疑いようもない。


 とにかく凌がなければ。

 回避は――間に合わない。

 レミルの姿への驚愕から生まれた思考の停滞は、そのまま動きの停滞として致命的な隙を生み出している。


 超動体視力が、レミルの右腕から放たれる光を知覚し――


「――止めろ!」


 全刃に命ずる。

 時よ止まれ、と。


 前面に配されていた十刃が、悠の目の前、レミルとの間を遮るように空間の時間を停滞させる。

 時の止まった空間が、悠の眼前に凍りついたように展開されていた。

 空間内の時間の流れを限りなくゼロに近付けることで物理的干渉を阻む、時間凍結の障壁。 


 以前よりも迅速に、そして強固に障壁を展開できていた。

 魔力の制御が格段に上達しているのだ。カミラの訓練の賜物たまものなのだろう。


 光が視界を埋め付くし、身の毛のよだつ絶叫じみた轟音が鼓膜を掻き毟ったのは次の刹那。


 レミルの放った正体不明の攻撃が、障壁へと直撃し、


「――ッ!」


 障壁は――あっさりと消滅した。

 十刃が、薄氷のように砕け散る。


 停滞ゆう破壊レミル

 魔法ゼノスフィアの、ルールせめぎ合い。

 

 粕谷との戦いの時のような、拮抗と言えるほどのものすら起こらなかった。

 時間凍結の障壁がレミルの攻撃を防いだのは一瞬のこと。


(よしっ……!)


 そして、悠にはそれで十分であった。

 その一瞬の間に、悠は攻撃の射線から逃れている。


 短時間で最大限の移動を成す足捌きは、伊織たちとの訓練で教わったものだ。

 この夢幻城での鍛錬がなければ、自分は死んでいただろう。その認識に、感謝と共にぞっと冷たい汗が浮かぶ。


 先ほどまで自分のいた空間に目を向ければ、破壊の奔流に飲み込まれ、微塵と化す<斯戒の十刃>。

 目を凝らしてみても、その破壊の正体は分からなかった。

 悠は十刃の再生成を行いながら、レミルに目を向け、


「っ!?」


 眼前の褐色の美貌に目を見開いた。

 レミルの金色の瞳が、目の前にある。その眼差しに、虚ろな殺意を宿しながら。


 先ほどまで、少なくとも彼我の距離は20m程度は離れているはずであった。

 その間合いを一瞬で詰めたレミルは、右腕を大きく振りかぶっている。

 紛れもなく大剣の威容をもって、悠に切っ先を向けていた。


 砲か、剣か――そのどちらかではない。

 砲にして、剣。

 それがレミルの異形の右腕だったのだ。飛び道具であると認識した悠は、接近への警戒を緩めてしまっていた。


(無理だ! 避け切れない、防ぎ切れない……!)


 死神の鎌が、首に食い込む。

 眼前に迫る死に、悠の意識が恐怖に揺さぶられた。


(諦める、もんか……!)


 死にたくない。

 死ぬ訳にはいかない。

 自分の命が大切だから。自分を想ってくれる友達を悲しませたくないから。


 そして、レミルを人殺しにしたくないから。

 

 悠は、せめてもの抵抗として身を傾がせ、腕を上げた。

 レミルの大剣との位置を、調整したのだ。

 このまま胴体を両断されたとしても、少しでも臓器や四肢の損傷を減らそうと。ほんの僅かでも、生存の可能性を上げるために。

 輪切りにされる覚悟を決め、悠は歯を食いしばり――


 ――レミルの動きが、停止した。


 まさに悠を叩き斬らんとした寸前、その小さな身体に、何かが巻き付いたのだ。

 それは、鎖だった。

 四方八方から伸びた鎖が、レミルをがんじがらめに締め付けていた。


 拘束されたレミルは、全力で鎖を引き千切ろうとしているようだった。

 ぎちぎちぎち、と危うい軋んだ音を立てながらも、その鎖はレミルの動きを封じている。

 

「お下がりください、ユウ殿」


 足音と、平坦な女性の声。

 悠の傍らに、ボロボロのメイド服を着た女性が立つ。


「カミラさん……」


 相変わらずの満身創痍。

 人ならざる身であるが、悠のように自動的に再生する能力は持っていないようだ。

 しかし痛みは感じていないのか、その佇まいはしっかりとしたものである。


「ありがとうございます……大丈夫なんですか? その傷……」


「ご心配なく。この程度では活動に支障はありません」


 致命傷にも見えるその傷も、カミラの身体にとっては大した損傷ではないのかもしれない。

 悠は再生しつつある右手の激痛に眉をしかめながらも、拘束されたレミルに視線を戻す。


 彼女を拘束している鎖は、どうやらこの空間の壁や床、天井から伸びているようだ。

 夢幻城そのものであるカミラには、こういった芸当も可能なのだろう。


「レミル……」


 がくん、と壊れた人形のような首の動きでレミルが悠を見つめてきた。

 無色透明の殺意が、魔物の舌のように悠を舐めつける。

 

 恐怖、困惑、驚き、悲しさ――複雑に絡まった感情に唇を噛みしめながら、悠はカミラに問うた。


「カミラさん、どういうことですか? どうしてレミルがこんな……」


「説明は後です。まずはレミル様を――」


 ――突如として、目の前で激しい爆発が起こる。

 カミラが、爆風に飲み込まれた。


 レミルが、爆発した。

 

 少なくとも、悠にはそうとしか思えなかった。

 悠は爆風に吹き飛ばされながら、その認識に血の気を引かせる。


「レミ――ッ!?」 


 その想像は、杞憂に終わる。

 吹き飛ぶ悠に追いすがるように、爆風の中からレミルが現れたからだ。


 その右腕は、少し枯れていた。

 まるで、その力の大部分を放出してしまったかのように。

 悠の思考に、閃きが走る。


(拘束された状態で、あの右腕を使った……!?) 


 レミルは零距離で放つその破壊力で、鎖の拘束を破ったのだ。

 無茶苦茶だ。正気の沙汰じゃない。


 事実、レミルの幼い身体は惨い状態だ。

 その衣服はほとんどが千切れ吹き飛んでおり、瑞々しい褐色の肌には無残な裂傷や火傷が刻まれている。放っておけば、命にも関わりそうなほどの怪我であった。

 だが、しかし――


「――え?」


 その傷が、塞がっていく。

 何事も無かったかのように、レミルの身体に刻まれた傷が次々と治癒していた。

 とてつもない速度である。


 そして、嫌というほど見慣れた光景でもあった。


(超再生……!?)


 それはまるで、自分の忌まわしいこの身体のようではないか。 

 そんなことを考えているうちに、レミルが距離を詰めてくる。

 早過ぎる。少なくとも身体能力において、今のレミルは悠を圧倒していた。


「……くっ!」


 とっくに<斯戒の十刃>の再生成は完了している。

 レミルに刃を向けたくない――そんなことを考えている場合ではなかった。

 彼女の時間を止めるべく、悠は咄嗟に全刃を放つ。


 悠の魔法は、自身が触れなければ物理的攻撃力は無い。命中しても彼女の命を奪ってしまうことは無いだろう。

 十刃は、直進してくるレミルを迎え撃つように飛来、そして、


 レミルが、飛んだ。

 ましらのように軽々とした跳躍。

 十の魔刃は、彼女の足元を呆気なく通過していく。


「しまっ……」


 焦っていた悠は、全ての刃を打ち出してしまっていた。

 射出した刃の再コントロールも不可能ではないが、いまだコツを模索している最中である。

 率直に言って、打つ手がない。 


 レミルは放物線を描く軌道で、悠に振り下ろしの斬撃を放とうとしていた。

 その右腕は枯れ木のように罅割れていたが、しかしその質量そのものが立派な兇器だ。今のレミルの膂力で放つそれは、十分に致命的な一撃になるに違いない。


 大剣の軌道は、いわゆる袈裟斬り。

 悠の胴体を、斜めに切り落とす動きだった。

 威力を乗せつつも回避も困難な、忌々しいほどに合理的な斬撃だ。


 大剣が悠の肩に触れ、胴体を切り裂いていく感触が――


「……?」


 ――来なかった。


 覚悟していた衝撃に比べれば、驚くほど軽い感触が肩を叩く。

 レミルの猛襲ぶりを思えば、有り得ないことだった。

 そして思い当たる節があった。


 ぱきん、と背後で何か硬いものが砕ける音が聞こえる。

 そして誰かが、膝をつく音が。


「あぐっ……悠、無事かよ!?」


 美虎の声が聞こえていた。

 そして、自分の身体が彼女の魔法<拷問台の鋼乙女(アイアン・メイデン)>の加護に抱きしめられていることに気付く。


 美虎は肩を押さえて苦しげに呻きながら、それでもこちらを案ずる声を飛ばしていた。

 

 そしてその時には、巫女装束の少女が躍り出ている。

 

「……ふっ!」


 伊織が、刀を担ぐように構えながら疾走する。

 <玻璃殿はりでん剣神神楽けんじんかぐら>の能力を発揮する暇は無いと判断したのか、舞うことなく猪突ちょとつの勢いでこちらに駆けていた。


 そして、再び鎖がレミルを囲むように伸びる。

 視界の隅に、片腕を喪失しながらも起き上るカミラの姿が見えた。

 レミルはこれを回避するために飛びずさりつつ、伊織を迎え撃とうとしていた。

 両者が、肉薄する。


 伊織は、自分よりも迷いが無いようだった。

 わずかに顔を顰めつつも、レミルに向けて刀を振り下ろす。

 狙いは右腕。あの異形の兵器を切り落とそうとしている。

 レミルもまた、切り上げで迎撃した。


 刀と大剣が、交差し――


「――くうっ!」


 伊織の刀が、跳ね上げられた。 

 術理も何もあったものじゃないレミルの一撃は、しかし圧倒的な膂力の差で伊織の剣技をねじ伏せる。 

 だが伊織の磨き上げた技も、そこで屈するほど底の浅いものではない。

 如何なる体勢、如何なる状態からでも術理を生み出すのが島津の剣舞だと、伊織は誇らしげに言っていた。


「せぃっ!」


 刀を跳ね上げられたまま、伊織の身体がくるりと回る。 

 次の瞬間には、伊織は刀を横溜めに構えた体勢に転じ、レミルに襲いかかっていた。

 重心移動と足捌きにより、レミルから受けた衝撃すらも技の威力に転換した強烈な薙ぎ払いである。


 白刃が、風切る唸りを上げながらレミルの右腕に襲いかかる。


「――――」


 レミルの表情は一切揺るがない。

 だが、現状を窮地であると認識したのか、伊織の斬撃から逃れるように後ずさった。

 

 レミルが逃げた……と、悠のその認識は間違っていたと、次の瞬間には悟ることとなる。


 レミルが、ゆらりと異形の右腕をこちらに向ける。

 いつの間にか、その武器には禍々しい力が蘇っていた。

 あの凶悪無比な砲撃が、放たれようとしている。


 悠だけではない。伊織も、美虎も巻き込まれる射線であった。

 伊織は体勢を崩したままだ。美虎は膝をついて動けない。


「そんなっ……!」


 絶望的な声を上げる悠。無駄と思いつつも先頭の伊織を庇うように十刃を配して、障壁を展開する。

 続いてカミラの、空間中に響き渡るほどの声が上がった。

   

「アリエス!」


 レミルの右腕から光が放たれ、


「はーいっ」


 場違いなほどに気楽な、澄み切った少女の声。

 光に染まる視界の中に、はっきりと映る蒼があった。


 次の瞬間、破壊の砲撃が悠たちを包み――


「あれ……?」


 ――込まなかった。


 悠も、伊織も、美虎も、何も変わらずに五体満足でそこにいる。

 変化は、悠の目の前にあった。


「なっ……」


「お前は!?」


 美虎と伊織が、揃って驚愕の声を上げる。

 悠も似たようなものだ。間の抜けた表情で、口を開けていた。


「君は……」


 目の前に、蒼穹があった。

 この紫光の空間においても色褪せない、雲一つない青空を思わせる澄み渡った蒼の髪。

 振り向く顔は、人間離れした美貌。


 その精緻な相貌が、得意げに子供っぽい無邪気な笑みを浮かべた。


「やっ、久しぶり」


「アリエス……!」


 “蒼穹の翼”。

 人類を滅ぼすと公言する少女。

 レミル達“夢幻ファンタズム”の友人。


 彼女が、悠たちを守ったのだ。

 レミルの放った砲撃は、アリエスによってかき消されていた。初めからそんなものは放たれていなかったというように、何の破壊の痕跡も残ってはいない。

 あの恐るべき攻撃をどうやって防いだのか、悠にはまるで理解できなかった。


 当のアリエスは、暢気にもひらひらとこちらに手を振ってくる。


「会いたかったよ、ユウ。でもちょっと待っててね。友達レミルを――」


 レミルが迫る。

 一瞬で間合いを詰め、こちらに振り向くアリエスの背に大剣を振りかぶって襲いかかっていた。


「あ――」


 危ない、と悠は言おうとした。

 アリエスは、いまだにこちを向いている。 


 悠や伊織の位置からでは、割り込もうにも不可能な位置関係にあった。美虎の魔法の加護がアリエスにも及んでいるかどうかは分からない。唖然としていた美虎の様子から、そんな余裕は無かったのではないだろうか。

 彼女は、最後まで振り向くことなく、


「助けてあげないと――ねっ!」


 その大剣を、あっさりと受け止めていた。

 まるで木の枝でも掴むように、その大質量の刀身を、素手で。

 

 レミルは咄嗟に大剣を引こうとするが――ぴくりとも、動かなかった。

 それが彼我の圧倒的な力の差なのか、それでも何らかの魔道的な作用なのか、悠には分からない。


「そげな馬鹿な……」


 伊織が呆然と呟く。

 それは信じられない光景であったが、悠はもう一つの事実に気付く。


 アリエスに掴まれた、レミルの右腕。

 そこから、急速に“何か”が抜け落ちていくのが分かった。

 小さな身体に満ちていた、魔族を思わせる途轍もなくおぞましく不吉な兇の気配。それが見る見ると弱まっていき、そして、


「……んっ」


 アリエスの中に、取り込まれていた。

 その禍々しい魔の瘴気は、天使のような美貌を持つ少女に――とても、馴染んでいる。

 澄み切った蒼髪をなびかせながら、彼女は水でも飲むような気軽さでそれを受け入れていた。


「お、おいレミルが……」


 歩み寄ってきた美虎が、レミルの変化に気付く。

 その褐色の肢体から金色の双眸を支配していた虚ろな殺意が、薄れてく。

 やがてレミルの身体から力が抜け、ふらりとよろめき、


「……世話をかけました。アリエス」


 駆け付けたカミラによって、抱きとめられていた。


 レミルはぐったりとカミラに身を預け、あどけない表情で目を閉じている。浅く呼吸しており、命に別状は無いようだった。

 その様子は、悠の良く知る夢人の少女のものだ。


「終わったの……?」


「うんっ、頑張ったね」


「……ははっ」


 悠は、掠れた笑いを漏らした。

 安堵で腰が抜け、その場にへたり込む。


「し、死ぬかと思ったばい……」


「くそっ、痛ぇ……どんだけ馬鹿力だよ……」


 伊織と美虎も、似たような様子である。

 よほど気を張っていたのだろう、緊張の糸の切れた彼女達は揃って脱力し、その場に座り込んだ。

 悠は、助けてくれた二人に礼を言う。


「ありがとうございます……先輩」


「あー……いいって、別に」


「何やら震動と物音がするので駆け付けてみれば……正解だったようだな」


 深い疲労の滲んだ顔で微笑む二人。

 まだ肩が痛むのか、美虎がわずかに呻きながらも目を細めた。

 その鋭い眼差しは、アリエスとカミラに向けられている。警戒心の混じった険のある声が紫光の空間に響く。


「……で、どういうことか説明ぐらいはしてくれるんだろうな?」


「うん……そうだね」 


 アリエスが、罰が悪そうに苦笑して頷いた。


 その蒼い瞳は、身も服もボロボロのカミラに胸に抱かれたレミルに向けられている。

 褐色の少女には、あのわざわいの気配など微塵も残ってはいなかった。ぐったりとカミラに身を預けながら浅く吐息を漏らしている。


 アリエスは、あいかわずの笑みだ。

 しかし、笑顔という表情に伴うはずの喜楽の情は微塵も感じ取れない。

 まるで“笑う”以外の感情表現を知らないかのような、見ていて物悲しくなる笑顔であった。


「一から説明すると長くなるんだけどさ。レミルの身体の中には、ブラドから……この娘のお父さんから受け継いだ武器があって……さっきのは、その暴走。彼女の身体も心も、もう耐えることが出来ないの」


 少なくともその声色には、先ほどまでのあっけらかんとした様子は鳴りを潜めている。レミルの身に起こった変化が、この“蒼穹の翼”にとっても只ならぬ事態であることが察せられた。

 ぽつりと、寂しげな声が紫光の空間に溶ける。


「だからね、レミルは……もうすぐ、死んじゃうんだ。この娘自身も、ずっと知ってたことだよ。思ってたよりはかなり早かったけどね」


 レミルが、死ぬ。

 そしてそれを、彼女が知っていた?

 数時間前までは、悠たちに屈託無い笑みを見せていた彼女が?


『なっ……!?』


 悠、美琴、伊織の驚愕の声はほぼ同時である。


 特に、美虎の反応は激しかった。呆然と立ち尽くす悠や伊織と異なり、彼女は怒気も露わにアリエスに詰め寄って、その胸ぐらを掴みあげる。

 その著しい動揺ぶりは、我を失っていると言っても過言ではない。


「おいっ、どういうことだよ!? 冗談で言っていいことじゃねぇぞ!」


 アリエスは抵抗する素振りすらなく、歯を剥く美虎になすがままにされている。

 美虎の美しくも鋭い容貌に凄まれるとかなり怖いものがあるのだが、アリエスは臆した風もない。

 その青瞳は、悠へと向けられていた。


 縋るような眼差し。

 急展開に次ぐ急展開で事態に頭がついていけていない悠は、眉根を寄せた困惑の表情を返すことしかできなかった。


「ユウ……君にお願いがあるんだ」


「……僕に?」


 アリエスは頷き、


「レミルを助けて欲しい」


 その声はきっぱりと、確かな力を宿していた。

 何も諦めていない、運命に立ち向かう強さを帯びた声色。


「君が……君のその身体が、レミルを助けられるかもしれない唯一の可能性なんだ」


「僕の、身体が……?」


 それは、超再生を持つこの身体が、ということだろうか。

 ……長くは生きられない可能性が高いこの身体。

 アリエスより、彼女にあっさりと無力化された暴走したレミルより遥かに弱い自分に、何ができるというのだろう?


 世界を滅ぼすと宣言する少女の双眸――無限に広がる未来を思わせる、青空のように澄み切った蒼の瞳が、困惑する悠を映している。


「レミルの身体に同化してる武器……“神殻武装テスタメント”を、君に受け継いで欲しい」

次話からは、朱音たち帝都勢も本格的に絡んで終盤に入っていきます。

3章終わったらちょっと鬱要素無しのほのぼの展開も書きたいなあ。


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