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第15話 -急転-

更新遅くてすみません。とある用事さえ終われば……

 夢幻城へと拉致されて、すでに5日が経過していた。

 帝都に帰れる目途が立った訳でもなく、帝都からの救援が現れた訳でもない、何ら変わりない日々である。あの蒼穹の少女、アリエスも初日以来、姿を見せていない。

 皆のことは気がかりであるが、同時に夢幻城で過ごす時間にかなり馴染みつつあるのも確かであった。


 広大な施設にわずか5人しかいないという物寂しさはあるものの、気を落ち着けてみれば、夢幻城の居心地はかなり快適である。

 かつて過ごしていた住人達の意見を取り入れて少しずつ改装を重ねていった城内の雰囲気は、どこか優しく穏やかだ。それは、かつて“夢幻ファンタズム”の皆が共有していた空気の名残なのかもしれない。


 そして現在、悠達がいるのは城内の屋内庭園である。 

 時刻は昼過ぎ、異次元越しに届く日光が燦々と降り注ぎ、見たこともないような多様な植物が、学校の体育館ほどの広さの空間を彩っている。壁面に配された鏡が陽光を反射して、庭園に複雑にして美麗な光彩の芸術を生み出していた。

 加えて時刻によって光の反射する角度が異なり、庭園を徐々に異なった情景に演出している。この空間を生み出した人物は、後世に語り継がれてもおかしくないほどの偉大な芸術的センスを持っていたのではないだろうかと悠は思う。

 

 その中で昼食を終えた悠たちは、リラックスしながら休憩を取っている。


「すごい……器用ですねぇ……」


 悠は草むらに座りながら、感嘆の声を漏らしていた。

 食い入るように見つめるのは、隣に座る美虎の手元である。

 その指には針と糸、彼女は裁縫をしている最中であった。


「別にこれぐらい……練習してれば誰にでもできるって」


 苦笑する美虎の手は、まるで踊っているように見えた。

 細い針に繋がれた糸が、瞬く間に解れた衣服をちくちくと繕っていく。非常に手慣れた、熟練を感じさせる技だ。超動体視力で目を凝らしても、惚れ惚れするような針さばきだった。

 その繊細な指使いは、普段の美虎の美々しくも野性的ですらあるイメージからはギャップを感じるものであったが、今の彼女が浮かべている穏やかな表情には似合っているように思える。

 料理の時もそうだが、家事をしている時の美虎の雰囲気はとても柔らかで家庭的だ。母性すら感じさせるその姿は、常の強気な姉御肌よりも自然に見えるほどであった。


 先日の風呂場でも一見でも思ったが、こちらの方が鉄美虎という少女の素に近い姿なのかもしれない。

 彼女の家事万能っぷりは凄まじく、おおよそ家庭的な事柄を全て高水準にこなしていた。父が不在がちの朱音も相当に家事全般に堪能であるが、素人目に見ても美虎は別次元である。

 将来、きっといいお嫁さんになれるだろう。


 ……彼女が料理を極める道に進まないのは、人類の損失な気がするのだけど。

 今朝、ただ卵を焼いただけのオムレツは、悠にとっては魔道を使ったと言われても信じてしまいそうだった。


「くっ……何という嫁力よめりょく……!」


 伊織が悔しげに唸っている。

 同じ女の子として思うところがあるのだろうか、その大きな瞳には確かな畏敬の念が浮かんでいる。

 一方の彼女は……まあ色々と、家事方面においては未熟であった。


 昨日、美虎に対抗しようとしたのか料理をした時には――思い出しただけで体温が下がってきたので、それ以上の思考を打ち切った。

 料理を食べて超再生が働いたのは、初めての体験だ。 


 美虎が、少しくすぐったそうな微笑を浮かべた。照れているのかもしれない。


「ま、小学生の頃からやってたからな……家が貧乏でさ、両親はずっと共働きだったから……家事や弟達の世話は、出来るだけオレがやってたんだよ。そりゃ上手くなるっつーの……よしっ、出来た」 


 弾んだ声と共に、美虎が糸をぷつんと切る。

 彼女が両手に掲げて見せるのは、黒を基調とした武骨なデザインのジャケット状の衣服、帝国の戦闘服の上着部分であった。


 当の美虎が着るには少々サイズが心許ない。

 ……まあ、そもそも美虎の胸のサイズに合った上着というものが無く、彼女はいつも上着の前を開けて着ているのだが。


「ほらよ、島津。これでいいだろ?」


「……かたじけない、くろがね


 美虎は、訓練で解れてしまった伊織の上着を繕っていたのだ。

 伊織は気まずげな表情をしながらも、ぺこりと頭を下げて素直に礼を口にする。  

 敵に塩を送られる――という表現は大袈裟かもしれないが、二人の関係からすると似たような心境なのかもしれない。


「んみゅ……みゃあ」


 などと仲間の気持ちを考察していると、膝の上からふにゃふにゃに緩んだ声が聞こえてくる。

 太ももの上にあった丸い感触が、こてんと動いた。

 悠は、苦笑しながら視線を下ろす。


「……レミル、起きた?」


「ゆー……?」


 悠の膝枕で寝ていたレミルが、のろのろと起き上る。


 褐色の愛らしい相貌は、だらしなく涎を垂らしている。煌々と眩い金色の瞳は、今は眠気の残滓で潤んでいた。

 夢人サキュバスの少女は、涎と涙をごしごし拭い、子猫のように伸びをしながら身を震わせる。

 眠気を振り落すように小さな顔を振ると、その小さな身体に次第に活力が漲っていくのが見て取れた。


 彼女はきょろきょろと辺りを見回し、あどけない美貌に渋面を浮かべる。


「むう……また寝てしまっていたのか……」


「ねえ、本当に大丈夫? 昨日もだよね……一昨日も」


 悠は表情を曇らせる。

 美虎と伊織も心配そうな表情を見せていた。


 ここ数日、レミルはふっと意識を失うように、突然眠ってしまうことがあった。

 別に発作か何かで苦しむような様子は無いのだが、さすがに病気を疑ってしまうというものだ。


 そしてカミラもまた少し様子がおかしい。悠たちにレミルを任せてどこかに行っていることが増えていた。

 今もまた、悠たちの訓練を終えると足早に何処かへと消えている。

 レミルの保護者である彼女が特に慌てていないのだから、やはりそこまで気にすることではないのだろうとは思うのだが、少し釈然としない気持ちがあるのも確かであった。


 そんな三つの眼差しを受けてレミルはぴょこんと元気良く立ち上がり、両手を腰を当てて胸を反らす。

 大きく口を開け、良く通る声を庭園に響かせた。


「問題ない! ほら見るがいい、我はこんなに元気一杯なのだ!」


 えへんと悠たちを見下ろすレミルの小さな身体には、屈託のない覇気が満ち満ちている。病魔の影など、微塵も見えなかった。


「うん……それなら、いいんだけど」


 もしかしたら、夢人サキュバスという亜人種の特性なのかもしれない。

 狼人ワーウルフであるルルや、森人エルフであるティオにも、見た目以外にも悠たちとは異なる特徴がある。レミルの睡眠も、夢の領域を歩む夢人故のことなのではないか、と悠は一応の納得を得た。


「きっと、この庭園がぽかぽか気持ち良くて眠ってしまったのだ。なっ、いい場所であろう、ここは?」


 自慢げに両手を広げるレミルの背には、光に彩られた庭園が広がっている。

 周囲にも同様の光景が広がっており、緑に抱かれる暖かな心地良さが悠たちを包み込んでいた。

 柔らかな草むらに横になって寝転がれば、すぐに眠ってしまいそうだ。


「うん、僕は好きだよ」


「まあ、な。あいつ等にも見せてやりてーよ」


「観光地にでもなれば、間違いなく名所になるだろうな」


 美虎と伊織の声にも、感嘆の響きが滲んでいる。

 パシャ、と美虎の携帯がシャッターを切る音が聞こえた。取り巻きである女子達に見せてあげるつもりなのだろう。 

 3人の惜しみない賞賛を、レミルは我がことのように喜んだ。


「うん、うん! そうであろう、そうであろう! ここはな、緑人ドライアドのリージュが頑張って作った庭園なのだ! すごく綺麗で頭の良くてえろい女でな――」


 ここ数日、レミルは夢幻城のかつての仲間達――今はもういない、“夢幻ファンタズム”のメンバーのことを、悠たちに良く語っていた。

 

 豚人オークのラグル。

 魚人マーメイドのミルフィ。

 血人ヴァンパイアのベイル。

 爬人リザードマンのグラジオ。

 鳥人ハーピーのエスト。

 汚染者スティグマのリザレッタ。

 半魔族のセリオン。

 他にも、他にも、他にも――


 メンバーの全員を語ろうとしている勢いである。

 あの愛らしい相貌をいっぱいに輝かせて熱っぽく語られれば、記憶力に自信のある悠でなくとも覚えてしまうというものだ。


「リージュは母様の親友でな。ここも元々は母様のために作られた庭園なのだ……母様の最期には間に合わなかったみたいだがな」


 レミルの母、夢人サキュバスのセリル・ルシオル。

 レミルを生み落して間もなく亡くなってしまったらしいが、これは彼女の身に特別に不幸があったという訳ではない。


 それは、夢人が希少亜人種とされる大きな理由の一つに由来していた。

 夢人は、一生涯に一人の娘しか産むことが出来ないのだ。そして娘を産んでしまえば、母体は力を使い果たし、長くはもたないのだという。

 世間一般では淫らなイメージが付き纏っているし、夢の中のエネルギーを効率的に得るため、そして少しでも良い思いをして貰うためにそういった夢を見せることも多いのは確かだが、子を成すのは、そのための行為を許すのは、あくまでこれと決めたたった一人の男性とだけ。真実の愛情を抱けば、己の身命を捧げてその愛に殉じる一途な人種なのだと聞いていた。


 そのために、夢人は年々数を減らし続け、将来的には絶滅するだろうと言われている。

 種族として、数を増やす手段が無いのだからどうしようもない。

 研究次第では他の道もあったのかもしれないが、美しい娘ばかりの夢人については古来より様々な需要が存在しており、非人道的な行為の対象となることも少なくなかった歴史もある。善意で手を差し伸べる者を見極めることは困難な状態であった。

 恐らくは、フォーゼルハウト帝国の魔道省も悪意的な研究機関の一つであろう。


「皆、本当にいい奴らばっかりで……素敵で、優しい場所だったのだ。お前たちにも会わせたかったのだ」


「……そうだね、会ってみたかったよ」


「ん。きっと仲良くなれたと思うぞ」


 語るレミルの眼差しは、どこか遠い場所に向けられていた。

 その金色の瞳には、かつてこの場所で憩っていた“夢幻”の仲間達の姿が映っているのかもしれない。


「でも、馬鹿ばっかりだったのだ」


「……レミル?」


 レミルの口調が変わった。その表情は、何かを責める険しさを帯びている。

 訝しむ悠たちの前で、彼女は言葉を続けた。


「皆、外の世界に居場所が無くて……夢幻城ここでしか、安心して生きていけなかったのだ。とても辛い目にあって、大変な思いをしてここに来たのに、もっと自分の幸せを大事にして逃げれば良かったのに……我を逃がすために……馬鹿者め……」


 レミルの顔が、悔しげに歪められる。

 その小さな手が、血が滲みそうになるほどに握りしめられていた。

 どうやら話しているうちに、とても辛い記憶に触れてしまったらしい。


「あの……さ」


 悠が、おずおずと口を開く。

 レミルの体験した出来事はとても辛くて重いもので、軽々しく迂闊な言葉を挟めるべきではないようにも思える。そして自分の頭の出来では、迂闊な言葉を吐かない自信が無かった。

 しかし、黙って彼女の痛々しい姿を見ていることもできなかったのだ。

 表情を翳らせて口を噤んでいた美虎や伊織の方が、きっと賢明で思慮のある態度だったのだろう。


「きっと、助けれくれた皆は君にそんな顔をして欲しいとは思ってないんじゃないかな。レミルはまだ小さいんだし……まだまだ未来さきがあるんだしさ。大きくなって、今度は君が誰かを助けてあげられるようになれば、きっと皆も喜んでくれると……思うよ」


 我ながら、ありきたりで安っぽい慰めの言葉だ。

 この程度のことは、幼いながらも聡いレミルなら百も承知だったろう。

 そんな悠の言葉を受けたレミルは、きょとんと眼を瞬かせ、


「……ん、そだな。おっきくなって、父様の後を継いで居場所がない者を助けてあげて、また“夢幻”を……うん、そうなったらいいなあ、素敵なのだ」


 頬を緩め、微笑む。

 何故か悠には、その笑みがとても寂しげで、今にも消え去りそうな儚いものに見えた。

 悠が想像している未来とは、違うものを見ているような――


「レミ――」


「あのな、あのな!」


 しかしそれも束の間、瞬きした次の瞬間には天真爛漫な活き活きとした笑顔が浮かんでいる。

 先ほどの表情に疑問を挟む間もなく、彼女の弾んだ声が庭園に響いた。


「昔、こんなことがあったのだ! リージュが父様の寝床に――」

 

 今日もまた、レミルは“夢幻”のメンバーの昔話を聞かせるようだ。

 その姿は楽しげで、誇らしげで、しかしどこか必死なようにも見えた。

 まるで、“夢幻”の存在を、悠達の中に少しでも残そうとしているように思えたのは、気のせいなのだろうか――




 ――そして、夜。

 この日もレミルは、寝室に現れなかった。






(うーん……中途半端に目ぇ覚めちゃったなあ……)


 時刻は深夜の2時頃を回っていた。

 妙な時間に目覚め、変に目が冴えてしまって寝付けない悠は、気分転換がてらに夢幻城内を散歩していた。

 この数日の間に城内の構造はほぼ把握しており、特に迷うこともなく城内の景観を楽しむことが出来ているが、数か所は立ち入りが禁止されている区画がある。恐らくは、夢幻城の機能中枢に関わる部分なのだろう。


 悠は通りがかったのは、開かずの扉的な入口が存在する、そんな区画の近くであった。

 いつもは 入口を塞ぐ耐熱隔壁を思わせる重厚な鋼鉄の壁が鎮座しているのだが……


「……あれ?」


 無い。

 恐らくは悠たちが魔法ゼノスフィアを用いても破壊することが敵わないであろうその壁が、影も形も無くなっていた。

 そんな壁など初めから存在していなかったかのように、ぽっかりと壁に入口が開いている。


 つい、好奇心で覗き込む。

 見えるのは下りの階段だ。

 どこまで続いているのか全く分からない長い階段が、闇の向こうまで続いていた。


「……レミル? カミラさん?」


 声を投げてみるが、返事は無い。

 代わりに返って来たのは、


「――ッ!?」


 甲高い悲鳴――そう錯覚するほどの、何かを引き裂くような剣呑な音。

 そして、足元に伝わる重い震動。


(……!? 地下で……)


 地下で、この階段の先で、何かが起こっている。

 悠は衝動的に駆け出し、階段を下りていた。


 嫌な予感がする。

 カミラやレミルに怒られるかもしれないが、その彼女達の身に何かが起こっているのかもしれない。

 もし自分の勘違いだった場合は、素直に謝って罰を受けよう。


「<斯戒の十刃(テン・コマンドメンツ)>!」


 詠唱し、魔法ゼノスフィアを具象する。

 十の魔刃を従えながら、悠は大幅に引き上げられた身体能力で階段を疾駆する。

 階段は曲がりくねっているが、悠は跳ねるような動きで段差を、時には壁を蹴り、夢幻城の地下へと、この移動要塞の未知の領域へと近づいていた。


 この間にも、耳障りな破壊音と振動は続き、大きくなっている。

 悠が向かおうとしている場所がその根源なのは間違いないようだ。

 下りるにつれて空気が重く、澱んでいる気がした。


 やがて階段は終わり、暗い視界には長々と続く廊下が見えている。

 そして遥か先、突き当りの右方向に、ほのかな明かりが漏れているのが分かった。


「……っ!」


 一際大きい音と振動に、悠は身を竦ませる。

 それだけで、とてつもない兇の気配が伝わってきた。

 背筋が凍るような悪寒に全身から冷や汗が吹き出てくる。これ以上近付いてはいけないと、生存本能が懸命に訴えていた。今すぐ回れ右をして逃げ出せと、全身の細胞が悲鳴を上げている。

 悠は、ごくりと唾を飲み込んで、


(レミル……カミラさん……!)


 迷わず前へ、先へ、全力で駆ける。

 何が起こっているのか分からないが、もしあの先にレミルやカミラがいるのだとしたら、取り返しのつかない事態になっているかもしれない。

 怖い、嫌だ、死にたくないと思いながらも、悠の足は前へと向かっていた。

 もし彼女達がいたら、連れて逃げ出そう。

 もし誰もいなかったら、一目散に逃げ出そう。

 そんな情けない決意を固めながら疾走し、突き当りを右に曲がり、光の漏れる先へと飛び出して、


 広々とした空間が広がっていた。

 大広間にも劣らない、淡くわずかに紫がかった光に満ちた空間。その紫光は、魔石の輝きを思い出すものだ。同時に漂う空気は、あの魔界の瘴気めいた感覚が想起される。

 高濃度の魔素が、空気中に満ちていた。

 そして、


「カミラさん!?」

 

 その空間に足を踏み入れた悠のすぐ傍に、見慣れたメイド姿の女性が転がるように飛んできた。

 褐色の美貌を持つ、妙齢の女性。

 この夢幻城そのものといえる人造知性体、カミラである。


(ひどいっ……)


 無残な有様であった。

 衣服はボロボロ、満身創痍を通り越し、常人ならば間違いなく死んでいるであろう致命傷である。

 右腕は千切れかけており、その断面や傷口からは血の一滴も流れることなく、不可思議な光彩が見えていた。彼女の身体が人間のそれではないと容易に窺わせる。


 カミラは見た目に反してダメージを感じさせない軽やかな受け身を取ると、何ら痛みを感じている様子もなく突然の乱入者に目をやった。


「ユウ殿」


 あいかわらずの抑揚のない声と無表情。

 だが悠には、彼女が驚いて目を見開いているように見えた。

 何故この少年がここに、と。


 訳が分からないが、嫌な予感は当たったようだ。

 とにかく彼女を助けようと、悠はカミラに手を伸ばして――


「――がっ!?」


 カミラに、突き飛ばされた。

 何かに殴られたような衝撃を感じながら、悠は吹き飛ぶ。

 助けようとした彼女に攻撃されたという混乱は一瞬のことで、悠はすぐに理由を知る。


 一瞬、視界が閃光に飲み込まれた。 

 空間を引き裂くような絶叫じみた音が、聴覚を塗り潰す。


 そして次の瞬間、

 カミラに伸ばした自分の右手。

 その手首から先が、消滅していた。

 超動体視力の視界には、さっきまで悠がいた場所に、かつて悠の右手だった肉と骨の欠片が、血の飛沫と共に散っている。


 恐らく、カミラに突き飛ばされなければ、全身がこうなっていたのではないだろうか。 

 悠とは逆方向に飛びずさるカミラの眼差しは、「気を抜くな」と言っているように思えた。

 彼女の目が、ある一点に向けられる。


 その先には、恐らくはこの破壊をもたらした張本人。

 悠もまた、その正体を確認するべく顔を向け、


「……っ!?」


 驚愕に、思考が凍りついた。


 幼い少女が、そこに立っている。

 あどけない褐色の相貌が、虚ろにこちらを見ていた。

 感情を失したその容貌は、とても精緻に整った目鼻立ちをしている。

 きっと朗らかに笑えば、たいそう可愛らしいことだろう。


 ……そう、とても可愛いのだ。

 悠は彼女のそんな愛らしい姿を、つい数時間前まで見ていたのだから。膝の上で気持ちよさそうに眠り、仲良く語り合い、笑っていた。

 そんな君が、どうしてこんな場所で、こんな顔で、こんなことをしている……!?


(レミル……!?)


 レミル・ルシオルがそこにいる。

 その小さな身体に異形の器官を生やして。  


 剣に、見えた。

 右腕から伸びた、不釣合いに巨大な禍々しい大剣……あるいは、砲だろうか?  

 生気の感じられない質感に、紫の血管が走り、脈動している。


 ――魔族。


 それはまるで、あの異形の怪物のようで。


「どうしてっ――」


 虚ろな殺意が悠を再び襲ったのは、次の瞬間であった。

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