表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/136

第8話 ―双躯式―

「大事にするねユウ! 宝物にするよっ!」


「いや、そんな大袈裟な……喜んでくれるのは嬉しいけどさ」


 ぴょんぴょんと跳ねるようにはしゃぐアリエスに、悠は苦笑を浮かべる。

 彼女が両手で宝石のように大切に持っているのは、先程まで悠の服に付いていた量産品のボタンである。


 悠が負けを認めた直後、アリエスは「やたー!」と鼻息も荒く、悠の服からボタンをもぎ取り、妙に高いテンションで動き回っていた。

 クリスマスプレゼントに念願の品物が入っていた子供のように、上機嫌過ぎてじっとしていられない様子だ。


(ほんとに、良く分からない娘だなぁ……)


 見目は15、6歳ほどの可憐な少女。

 だが、その振る舞いは、10歳のレミルより幼く見える時がある。


 一方、時折見せる底知れない気配は、まるで何百年、何千年も時を経た神代の怪物のような深淵を覗かせていた。


「えっへへー」


 ……などという悠の当惑など露知らず、アリエスは踊るように全身で喜びを表現している。

 微笑ましい姿には違いない。悠は口元を綻ばせながら声をかける。


「本当にただのボタンだよ? 値打ちなんて全然無いけど、そんなに欲しかったの?」


 アリエスは、ボタンを胸にかき抱いて、この上ないほどの至福の笑みを見せ、


「ユウのだから欲しかったの!」


「は……うぇ……!?」


 それは、愛の告白とも受け止められる言葉。

 悠の脳裏にも、その想像がよぎった。


 心臓が跳ねるような錯覚。

 鼓動が激しくなっていく。


「そそそ、それって……」


 変わり者のアリエスのことだ、どうせ悠が想像した意味など含まれてはいないであろう。単純にからかわれているのかもしれない。

 そうは思っていても、激しい動揺は否めなかった。


 何と返したものか、悠がどぎまぎとしながら言葉を探していると、


「……でも、さっきはびっくりしたよ。ちょっと危なかったかも」


 アリエスは、あっさりと話題を変更した。

 取り立てて悠の反応を気にしている様子は無い。


「……え、あ、うん……」


 やはり、そこまで重要な意味は無かったのだ。人から貰ったものを集める趣味でもあるのかもしれない。

 悠は、妙な脱力感と共に思考を切り替えた。


 アリエスの言う“さっき”。

 それは、悠が使った超加速のことを言っているのだろう。


「君がやってた“それ”……似たようなことを、前にやったことがある気がして、さ」


 そもそもの切っ掛けは、粕谷京介との決闘の最中だ。


 異形に変化し巨大化した“機甲蟷螂ハウル・シザース”の大鎌を受け止めた時。

 それ以前は逃げ続けるしか無かったあの凶刃を難なく防いだあの感覚である。

 

 魂の強度が増し、魔法ゼノスフィアが進化した結果である、と言われた。

 それが主な理由だとは、悠も思う。


 だが同時に、それだけでは無かったようにも思えるのだ。

 あの結果を助けた、もう一つの理由があったのではないだろうか。

 そしてそれは、アリエスの傍若無人な機動力を見た時、その時に得た既知の感覚によって確信へと変わった。


「だから、僕にも君と同じことが出来るんじゃないかなって」


 悠がその感覚を防御に用いたように、アリエスは移動に用いたのではないだろうか。

 ならば、悠にもアリエスと同じことが出来るのかもしれない。


 そして結果は、一応の成功に終わった。


「すごいよユウ! それだけで“双躯式そうくしき”を使えるようになるなんて、天才だよ!」


 アリエスの素直で手放しの賞賛。

 それをあっさり破った彼女に褒められるのは酷く複雑な気分がある。


「“双躯式そうくしき”……?」


 悠は聞きなれない言葉に小首を傾げ


「あれ……知らなかったの?」


 アリエスもきょとんと小首を傾げた。

 二人、小首を傾げたまま見つめ合う。


 そのまましばしの時間が経過して、


 アリエスの表情が、ふにゃっと緩んだ。


「ふにゃぁぁぁ……」


 大きなあくび。

 大きく口を開けた、無防備な顔。歯並びの良い白い歯がよく見える。

 目端に浮かぶ涙をこすりながら、アリエスは少し重たげな声で、


「……ごめん、ボク眠たくなっちゃった。もう帰るね」


「えっ……帰る? てっきり泊まるものだとばかり……」


「ほんとはそうしたいけどねー……ボクすごく寝相悪くってさ、きっと夢幻城ここを壊しちゃうよ」


 そんな冗談めいた言葉と共に、アリエスは悠から距離を取る。

 蒼の瞳に映る悠の姿は、眠気に潤んでいた。


「ほんとは“双躯式”についても教えて上げたかったんだけどね。後は彼女に聞いてよ」


「……彼女?」


 そんな悠の疑問に答えるように、


「行くのですか、アリエス」


 突如として響く、抑揚の薄い声と、無機質な足音。


 カミラが、静かに歩いてくる。

 アリエスが去るという事実にも特に驚く様子は無い。

 夢幻城そのものと言える彼女のことだ、悠とアリエスの遣り取りも全て把握しているのではないだろうか。


「うん、どうもお邪魔しました」


 アリエスは、カミラにぺこりとお辞儀をすると、悠へと視線を戻した。

 太陽の如く眩しい天真爛漫の笑みを向けながら、アリエスは悠に手を掲げる。


「これ、ほんとに大事にするから!」


 その手には、悠から受け取ったボタン。

 それをアリエスは、宝物のように胸元に抱く。

 次の瞬間、視界に閃光が奔り、


「またね、ユウ――」


 ――蒼穹の少女の姿は、影も形も無くなっていた。






「行っちゃった……」


「相変わらず、自由奔放な娘ですね。次元潜行中の夢幻城わたしに気軽に出入りするとは……」


 カミラが無表情のまま、やれやれといった様子で肩を竦めていた。

 そのまま歩み、悠の傍らに立つ。

 改めて近くで見るその褐色の美貌は、少しレミルに似た面影があった。


「カミラさんは、アリエスとは親しいんですか?」


「ふむ……“親しい”という概念の解釈にもよると判断しますが……私にとっては、特に付き合いの長い相手の一人ではあります」


「それなら、あの娘の素性とかもご存じなんでしょうか?」


 勝負に負けた分際でそれを聞くのはずるい。男らしい態度とは言えないだろう。

 だが、溢れ出る好奇心が自制心の蓋を押しのけて言葉となる。

 悠は若干の自己嫌悪と共にカミラの答えを待った。


 しかしカミラ頭を横に振り、


「彼女は、あまり自分の過去について語りたがりません。彼女と特に親しかったブラド様は何かを知っておられる風でしたが」


「……そうですか」


 正直、あまり期待はしていなかった。

 何となく、アリエス本人の口からでないと真実は知ることが出来ない予感がある。


 だが、それとは別に確認したいことがもう一つ。


「あの……アリエスの……“蒼穹の翼”の……その、世界を……」


「世界を滅ぼすという話ですか?」


 口ごもりながらの悠の言葉に、聡いカミラはすぐに察してくれた。


「カミラさんは……彼女のことを、どう思ってますか?」


 カミラとアリエスは、気安い関係であるように見える。

 彼女は、あの“蒼穹の翼”アリエスをどう認識した上で付き合っているのだろうか。


 悠の問いを受け、カミラは周囲を――誰もいない大広間を見渡した。

 それはどこか、かつてそこにあったものを懐かしむようで、


「……“夢幻ファンタズム”の同士達の多くは、紆余曲折はありましたがアリエスを受け入れていました。ブラド様も、レミル様もです。

 そして今もその友誼が続いている以上、夢幻城わたしの取り得る立場は他にありません」


 カミラは言葉を切り、アリエスの消えた虚空を一瞥する。

 その静かな瞳には、確かな意思が宿っているように見えた。


「ですが、もし彼女が本当に世界を滅ぼし――レミル様に害を及ぼすというのなら、私は彼女を討つことに躊躇いはないでしょう」


 そして悠へと向き直り、


「しかし、それは“夢幻”の残滓たる私の立場故のことです。

ユウ殿は、ユウ殿が望まれるように――あなたがアリエスを見てどう思い、どう接したいのか、その意思に従って行動されれば宜しいかと」


「僕が……」


 悠が、アリエスをどう思っているか。

 自身の率直な感情に問う。


 好意はある。

 自由奔放な変わり者だが、明るく憎めない性格のとても魅力的な少女である。

 朱音や皆にも紹介したい。一緒に騒げればきっと楽しいはずだ。


 世界を滅ぼすという話――あの圧倒的な力が友人達に向けられる可能性のために、悠の頭の中がぐちゃぐちゃになっている訳だが……


「うーん……」


 自分は、直感的なタイプの人間だと悠は認識している。難しいことを考えるのは苦手だ。

 玲子やルルのような頭の良さや、冬馬のような柔軟な社交性があれば別なのかもしれないが、残念ながら悠にはどちらも乏しい。


「……よく、分からないです」


 カミラは、その答えを予想していたのか、当然のように頷いた。


「無理も無いかと。アリエスと直に出会った者は、大概そうなります。それに、答えを急ぐ必要も無いのではないでしょうか」


「そう、ですよね」


 またね、と彼女は言った。

 きっと遠くないうちに再び現れるはずだ。

 結論を出すのは、もう少し付き合ってみてからでもいいのではないか。


 悠の思考力でこれ以上考えても、脳が煮立つだけである。

 天井を仰いで深く息を吐き、頭を切り替える。

 だが、アリエスのことは置いておいても、気になっていることが残っていた。


「ええと……質問ばっかりで申し訳ないんですが……もう一つだけ、いいでしょうか?」


「ご遠慮なくどうぞ」


「ありがとうございます。

 あの、“双躯式”って何なのか教えて欲しいんですけど……」


 アリエスが口にしていた言葉。

 それは、先ほど悠が成功させたあの現象――限界を超えた超加速のことを意味している言葉のはずである。


「“双躯式”とは、魔道の第二位階・魔術ゼノグラシアの技術系統の一つです。

 魔道という概念下にある己と、この物質の世界にある己。この二つの自己の同期の度合いが魔道の出力に影響するという理論を骨子にしており、使い手自身が意識的に同期を行うことで、大きな力を得ることを目的としています」


 すらすらと、まるで説明書を読んでいるように淀み無い言葉。

 その内容は、すとんと腑に落ちるものであった。


「なるほど……」


 魔道にある己と、物質の世界にある己。


 それは、魔道の使い手となった悠には理解の及ぶ感覚であった。

 魔道を用いている際、悠はこの地に足のついた物質の世界とは別に、もう一つの高次の次元みちに立つ自分を認識している。


 そして、“機甲蟷螂”の攻撃を受けた際、アリエスとの立会いで超絶的な加速を得た際、悠が得ていたのは、まさしくその二つの己が合致している感覚であった。


 ふたつのからだを制御する――それが、“双躯式”の意味なのだ。


「でも……帝国では教えてくれなかったな……」


 異界兵の教練に精力的だったベアトリス、悠の身近にあり魔道に長じていたルル。この二人は知っていても――どころか、使えていてもおかしくないはずである。


 悠の呟きをとらえたカミラが、その疑問に答えを提示した。


「“双躯式”は高等技術とされており、習熟には危険を伴うものです。

 本来、二つの自己は同期していないのが通常であり、それが最も自然で負担が少ない状態です。未熟な状態でこれを意識すれば、魔道の暴走――運が悪ければ死にも繋がるでしょう。

 そのため、魔道の日の浅い者には“双躯式”の存在を伏せることが慣習化しています」


 カミラは、悠をじっと見つめている。彼女の方が若干背が高く、僅かに見下ろされる格好だった。

 相も変わらずの無表情。だが、悠はどこか叱るような眼差しを感じていた。


「差し出がましいようですが……あなたもまだ未熟です。先ほどの“双躯式”の成功は幸運の結果であり、最悪、死ぬ危険性があったと認識ください。

 故に、みだりに挑戦されないことを強く推奨します」


「は、はい……ごめんなさい」


 やはり、見ていたのだろう。

 悠はしゅんとしながら頭を垂れた。

 そんな悠を見下ろすカミラが、何かを思いついたように口を開いた。


「……よろしければ、私が手ほどきを致しましょうか?」


「えっ?」


 顔を上げる。

 カミラの姿は無かった。


「アリエスには及びませんが、私もある程度なら扱うことが出来ます」


 聞こえる声は、背後からだ。

 

夢幻城ここならあなた達の魔道の封印も届きません。帝都にいる間は不可能な濃密な魔道の訓練が可能かと思いますが」


 振り向く先には、悠を見つめる褐色の美貌。

 悠の返事を待っていた。


「訓練……」


 帝都にいる間は魔道の訓練が出来ないというのは、かねてよりの問題だった。

 魔界が現出した際、魔族との戦闘の中でしか魔道を磨く機会が無いのだ。

 勿論、帝都で受ける基礎的な戦闘訓練も大切なものであると認識はしているが、もどかしいという思いを常に抱いていたのは事実である。


 願っても無い。

 悠は、両拳を強く握り締め、深々と頭を下げた。


「お……お願いします!」


「畏まりました。では、明日から始まるといたしましょう。今日はもう、休まれるのが宜しいかと」


 時刻を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしている。

 少し眠気も出て来た頃だ。

 だが、問題が一つあった。


「あの、僕はどこで寝れば……」


 即座に答えるカミラ。

 それを聞き、悠は、


「冗談ですよね?」






「冗談ですよね?」


 念のため、もう1回聞いた。


 悠は今、さきほどまで騒いでいたレミルの部屋に戻って来ていた。

 視線を下ろせば、身を寄せて無垢な寝顔と寝息を立てる少女達。


 この部屋に唯一のベッドに、三人の少女が眠っていた。


「……冗談ですよね?」


 3回目。

 額にはうっすらと汗が浮かぶ。

 カミラは無表情のまま小首を傾げた。


「何かご不満でも?

 ……彼女達と一緒に寝ていただくだけですが」


「まずいですって絶対!」


 幼いレミルはまだいい。

 だが、年頃の少女である美虎や伊織は絶対にまずい。

 朝起きて、恋人でもない男が同じベッドに寝ていたら、一体どんな気持ちになることか。


「はて、ユウ殿は眠る時に抱き締められるととても安心すると聞いたのですが……」


「何で知ってるんですか!?」


「アリエスから」


「だから何で知ってるんですか!?」


「私に聞かれても困ります」


「あわわ……」


 事実であった。

 「明日が来なければ良いのに」などと願うほどの特殊な幼少時代を過ごしたからだろうか、普段の悠の眠りはかなり浅く、目覚めも悪い。だが、不思議なことに眠る時に人の肌の温もりがあると、とても心安らかに眠れるのだ。

 知っているのは、ルル、ティオ、朱音の三人だけである。

 ルルがよく、寝るときに抱き締めてくれていた。


 以前、朱音から「ど、どど……どうしてもって言うなら一緒に寝てあげないこともないけど!?」などと言ってくれたことがあるが、さすがに申し訳ないと遠慮したら何故か涙目で物凄い勢いで睨まられたことを思い出す。

 いつも優しいティオにもジト目を向けられ、ルルは困ったように苦笑していた。


「ぜったい、絶対に先輩達に言わないで下さいよ!?

 お願いですから、何でもしますからぁ……」


 悠は涙目でカミラに縋りついた。

 情けないとは思ってるのだ。15歳になる男が、抱き締められないと安心して眠れないなどと。

 美虎と伊織に知られれば、どんな顔をされるものか分かったものじゃない。


「私より、アリエスの口の方を心配した方がよいかと思いますが」


「うわあぁぁぁぁ……」


 悠はそのままくずおれた。


 アリエスの、以前から悠を知っていたような素振り。

 しかし、まさかごくごく近しい人物しか知らないような、悠にとっては絶対に隠しておきたい秘密まで把握しているのは完全なる想定外である。


 そして、失礼かもしれないが、彼女は口が軽そうだ。

 いつぽろっと悠の秘密を――あるいは秘密と認識せずに口に出してもおかしくない雰囲気がある。

 念には念を三つほど入れて口止めを願わなければならないだろう。


 そんな狼狽する悠の様子など素知らぬ様子のカミラの声。


「ともかくにも、いい加減に寝て頂けないと困ります。

 他の部屋も稼働させるようなエネルギーの余裕は、今の夢幻城わたしにはありません」


「いや、だったら床でも――わわっ!?」


 悠はあっさりとカミラに担ぎ上げられた。

 細腕にも関わらず剛力と言ってもよいほどの腕力。悠は抵抗すら出来ずににお姫様抱っこの体勢を取らされた。

 そのまま、ベッドまで運ばれる。


「ま、待って――」


 力強く、そして迅速にして精密な動き。

 瞬く間に悠は三人の少女が眠るベッドに寝かされ、シーツを被せられていた。


 右にはレミル、左には美虎。レミルの向こうには、伊織。


 レミルの見せる無垢そのもののあどけない寝顔は抱きしめたくなるような魅力。

 鋭い美貌を無防備に緩める美虎は、普段のギャップと相まってドキリとするような色香を感じた。

 伊織の隙だらけの寝相は、見ていて微笑ましくなるようなものだ。


 悠が慌てて起き上がろうとすると、


「んみゅう……」


 レミルに抱き着かれた。

 緩んだ声を漏らしながら、抱き枕のように悠の身体に手と足を回している。

 胴体にぴったりと褐色の少女が引っ付いていた。


 まるで猫のように、悠の身体に頬を擦り付けている。


 カミラが「あら」と無表情の口元に手を当てていた。


「おやおやまあまあ、ユウ殿はこんなレミル様を引き剥がしてベッドから出ると仰いますか」


「ぬぐぅ……」


 呻く。

 それは、観念の呻きであった。

 レミルは、まるで家族に甘えるように安らかな顔をしている。


「……おやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


 カミラは一礼し、部屋から立ち去った。同時、部屋の照明がひとりでに落ち、部屋は暗闇に包まれる。

 彼女には睡眠も必要無いのかもしれない。


 闇と静寂の中、三人の少女の寝息が漏れていた。


「ふ……う……」


 不意に、美虎の手が無造作な動きで悠の首にかかった。

 背に押し付けられる、二つの豊かな弾力。


「……!」


 そして逆側、レミルが抱き着いたことでよく見える向こうの伊織は。


「んん……あん……」


 やたらと悩ましげな声と姿を見せていた。

 どれだけ寝相が悪いのか、着たまま寝たはずのボディスーツ状の戦闘服が半分ほど脱げ、素肌がかなり晒されている。

 胸の膨らみは極めて乏しいが、その身体付きと汗ばむ肌は申し分ないまでの女の色香を備えている。


 悠は慌てて目を逸らそうとしたが、背の美虎の顔が、吐息が首筋にかかるほど近く、身動きが出来ない。


(こ、これはきつい……!)


 ルルのように肌を重ねたことのある相手ならともかく、そのような関係に無い彼女達が見せる姿は余計な想像力を掻き立てられ、十分過ぎるほどに刺激の強いものだった。

 ある意味、一人で眠る以上に安眠にはほど遠い状態である。


「ううう……」


 同時、明日の朝、彼女達が目覚めた時のことを思い背筋が凍るような心地があった。

 悠が悶々としながら呻いていると。


父様とうさまぁ……」


 胸に顔を埋めるレミルの、濡れた声。

 夢を見ているのだろうか、レミルは眠りながら嗚咽を漏らしていた。


「……死んじゃ、やだぁ」


「レミル……」


 明るく元気だったレミル。

 楽しそうにしていたレミル。

 その彼女が、今は震えて涙を流していた。

 どこにも行かないで――そう言いたげに悠の身体を一生懸命、ぎゅっと抱き締めている。


「……大丈夫だよ、ここにいるから」


 レミルの背を優しく抱き返す。

 その背を撫でながら、「大丈夫だよ」と繰り返し続ける。

 次第に安らかになっていく彼女の寝息を聞きながら、悠も眠りに落ちて行った――


感想いただけるととても嬉しいです。

批判も参考になりますので、是非お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ