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第1話 -蒼の少女-

大変長らくお待たせしました。積み重なっていた私用も大分片付いたので、ぼちぼち更新していこうと思います。

ただお詫びしたいのが、3章は人獣との戦いを描く予定でしたが、もう1章だけ挟ませてください。3章の予告の内容は、4章にでやらせていただく予定です。

「おはよっ」


 目の前に、全裸の少女がいる。

 見知らぬ少女である。


「…………」


 意識を取り戻し、目を開けたばかりの悠の理性がその事実を受け入れるのに、幾ばくかの時間を要した。

 場所は黄昏に染まる平原だ。「おはよう」にはあまりに遅い。


 悠は、縛られた状態で座らされていた。

 身体を拘束しているのは魔道によって生み出された縄なのか、不思議な光彩を放ちビクともしない。


「……はい?」


 それは、蒼の少女だ。

 黄昏の空の下、人の形をした蒼穹そらが在る。


 青空のように澄み切った長い青髪が、新雪のような白い肌を流れ、黄昏に煌めいた。

 その容貌は、現実味を欠くほどに精緻であり、しかしどこか稚児のような幼く無垢な印象を受ける。

 一糸纏わぬその白い肢体は、確かな女性としての艶を備えながらも芸術品めいた美しさを誇っていた。


 その浮世離れした雰囲気は、まるで女神や天使といった風情だ。

 人間離れした美しさとは、まさしくこういうものを言うのだろう。


「……ん、どうしたの? 口開いてるよ?」


 蒼の少女は、見惚れる悠の顔を見て不思議そうに小首を傾げている。


 彼女は、曇りなき蒼穹の瞳を爛々と輝かせながら、悠をじっと見つめていた。

 お預けを食らった犬のように落ち着きの無いそわそわとした様子であり、もしルルのように尻尾でも生えていたなら、元気良く左右に振られていたことだろう。


「だ、誰……?」


 問いを受け、蒼の少女は表情をパッと輝かせた。

 それだけで、まるで光の粒子でも舞い散ったかのような錯覚を覚えるほどの眩しさを覚える。


「知りたい? ボクの名前知りたいの!?」


 悠に話しかけられたのがそんなに嬉しかったのだろうか、蒼の少女はずいと身を乗り出し、顔を近付ける。

 悠の胸板に少女の胸先が僅かに触れ、悠は身を強張らせた。

 鼻先が触れそうな位置にある彼女の顔が、満面の笑みを浮かべる。


「アリエスっていうんだ。よろしく!」


 薄桃色の唇が、嬉しそうに弾んだ声を紡ぐ。

 そよ風のように心地良く、日向のように暖かな声色である。


「アリ、エス……」


 覚えのある名だった。しかし一体どこで知った名だったか。

 悠は、僅かに苦しげな呻きを漏らす。


 未だ意識はぼんやりとして纏まらず、思考の歯車は錆びついて動かない。

 分かっているのは、自分が黄昏時に平原で拘束されて座らされ、つい先程目を覚ましたこと、そして知らない美少女が、何故か全裸で自分を見つめていたという異常極まる事実のみである。


 蒼の少女――アリエスがあまりに印象的に過ぎて、それ以外の認識が上手く働いていないようだ。周囲の音が、全て遠い。

 朦朧とした認識の中、悠は何となしに自分の身体を見下ろし、


「は?」


 自分も全裸であることに気付き、


 同じく全裸で微笑んでいるアリエスを見遣り、


「……はぁ?」


 ぼやけた意識が衝撃を受け、瞬時に輪郭を成していく。

 感じたのは驚愕と混乱、そして羞恥である。


「はあああああああああ!?」


 叫び、跳ねるようにアリエスから距離を―――取ろうとした。

 しかし、取れなかった。

 足も拘束されていたし、それに、


「ひゃぁ! お尻、お尻触っとる!」

「お、おい押すなよ転ぶだろ! それにこっち見んな! 絶対見るなよ!」


「えっ?」


 背と手に、温かく柔らかな感触がある。

 後ろから聞こえるのは、二人の少女の焦った声である。聞き覚えのある、知己の声だ。


 悠は、思わず後ろに顔を向け、


「わー、わー、わー! 変態! 痴漢!」

「見るなっつってんだろうがエロ野郎! あと尻触んな!」


「ご、ごめんなさい伊織いおり先輩、美虎みこ先輩!」


 島津伊織しまづ いおり鉄美虎くろがね みこの羞恥の叫びに慌てて前を向く。

 二人とも、一糸纏わぬ全裸に見える。顔を真っ赤にして悠を睨んでいた。

 背や手に当たる柔肌の感触からも、間違いは無いだろう。


 三人は、身ぐるみ剥がされて拘束され、裸身をぴったりと重ねていた。

 両手は後ろ手に縛られており、少し動かしただけで手に触れる丸く柔らかな感触は、どちらかの尻なのだろう。

 異性と肌を合わせている事実に、悠の心臓が跳ね上がる。


「な、何でこんなことになってるんですか……?」


「オレ達が聞きてぇよ……!

 起きたら、いつの間にか裸だったんだよ! くそっ、外れやしねぇ……!」


「うぇぇ……見られたぁ……もうお嫁いけん……」


 美虎の唸るような声と共に、その視線の剣呑な圧を確かに感じる。

 それは悠を素通りし、目の前の蒼の少女へと向けられていた。


「んふふー」


 アリエスは、地面にぺたんと尻を付けて座りながら、悠達を上機嫌そうに眺めていた。

 その眼差しはただひたすらに無邪気であり、何の悪気も見受けられない。

 異性である悠に裸身を晒している状況に、何の疑問や羞恥を抱いていない様子である。


 悠は、両脚を閉じて股間を隠しながら、アリエスに当惑の声を投げかけた。


「ね、ねえアリエス……僕達の服を脱がせて、縛ったのは君なの?」


「うん、ボク。あの服、ぴっちりしてて脱がせるの大変だったよ」


「…………」


 即答。

 悪びれる様子など皆無であり、悪戯の成功した子供を思わせる誇らしげな気配すら漂わせている。

 心から楽しそうに悠達を見つめるその表情は、幼さすら感じさせる、天真爛漫の笑顔であった。


 悠は面食らい、二の句を継げない。


「えーと……」


 何故そんなことをしたのか。

 悠達を逃がさないため、という意味であれば確かに合理的だ。

 仮にこの拘束を逃れたとしても、今の状態では色々な意味で逃げ辛い。


 だがしかし、どうしてアリエスまで全裸なのだろう。

 悠は更に深まる困惑の中、それを問おうと口を開こうとして、しかしアリエスの動きについつい注目してしまい、口が止まる。


「よっと」


 アリエスは元気の良い仕草で跳ねるように立ち上がると、足や尻の土をほろいながら、


「そろそろ、時間かな?」


 呟きと同時、その身体が光の粒子に包まれた。

 次の瞬間には、白を基調とした衣服に身を包んでいる。

 その肢体にフィットしたその衣装は、悠達の着ていた帝国の戦闘服にどこか似ていた。


「あ、ずりぃ……! おい、さっさとオレ達の服返せよ!」

「ふくー、服どこばいぃ……お尻チクチクするぅ……」


 美虎の恨めしそうな声と、伊織の泣きそうな声。

 アリエスは気楽な調子でぱたぱたを手を振りながら、


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと返すから。

 それより、ねえ――」


 アリエスは見せびらかすように、可愛らしい仕草でくるりと回って見せた。

 蒼穹の髪が踊り、黄昏に煌めく。


 その美しさに、悠は言葉を失った。


「どう、似合う?」


「う、うん……」


「えへへー、ありがとっ」


 アリエスは、白い歯を見せ快活な笑いを見せる。

 悠は、頬を染める熱を誤魔化すように、周囲の景色に目を移した。


 しかし、一体ここはどこなのだろうか。

 先ほどから魔道を使おうと試みているが、帝都にいる時と同様に使えなかった。

 ならば、ここはまだ帝国の領内なのかもしれない。そもそも、悠達は帝国の領土の外には出られなかったはずである。


 どうしてこんな場所で、意識を失っていたのか――ようやく冷静さを取り戻した思考が、目覚める前の最新の記憶を検索する。

 あれは確か、魔界で皆と一緒に戦っていた時で――


「……おっ、来たね」


 アリエスが、そんなことを呟きながら、あらぬ方向へと顔を向ける。

 それは悠の背後であり、死角だった。


「おいおいおい……!」

「な、何やこれ!?」


 美虎と伊織の驚愕の声が耳朶を震わせる。


「ど、どうしたんです――」


 只事ではないその様子に悠が振り返ると、


「――う、うそ……」


 城。


 城があった。

 つい先程まで、影も形も無かったはずの城である。

 夢か幻の如く、しかし重厚な存在感を放ち、突如として背後に現れていた。


 悠、伊織、美虎は、口をあんぐりを開けてその威容を見上げている。 


「うんうん、出迎えご苦労」


 アリエスが城を見上げつつ、腰に両手を当てて、蒼髪を風に靡かせながら満足そうに頷いている。


 蒼穹そらを纏うようなその立ち姿は、神々しさすら感じさせるものだ。

 悠は、またもや無意識にその姿に心を奪われながら、


「……あれ?」


 アリエス。

 蒼穹。

 脳裏のパズルが、綺麗に組み立てられていく。


「ああー!」


「何だよ急に!?」

「ど、どうしたと?」


 悠は、そこでようやく思い出した。

 アリエスという名が、この世界で持つ意味を。


 知ったのは帝城の図書館の、一般公開はされていない名立たる魔道使いの情報を記載した帝都最新の書物の中だ。

 悠は、慄く声で呟く。


「アリエス……“蒼穹の翼”……!」


 “蒼穹の翼”アリエス。

 神出鬼没で知られる、素性不明の魔道使い。

 分かっているのはその名と、人間離れした美しい容貌と青い髪を持つ少女の姿をしていること。

 “天”には数えられてはいないものの、それに次ぐ――あるいは、比肩し得る実力を有していること。


 そして――アリエスが、人懐っこい笑顔を浮かべて頷く。


「うん、ボクが“蒼穹の翼”だよ。

 ……こんな場所じゃなんだし、お城の中でお話ししない?」


 “蒼穹の翼”アリエスの名は、特級の危険人物として知られていた。その首には、超高額の賞金がかけられているという。


 彼女は、自身をこう称している。




 世界を滅ぼす存在である、と――


批判でも結構ですので感想いただけると嬉しいです。

今週中には次話を投稿したいですね。活動報告で告知する予定です。

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