第28話 ―発覚―
エロ注意
朱音は、初恋の相手と親友が睦み合う姿を、目の前で見ていた。
ティオが、心地良さそうに悠の頭を胸に抱き、慈愛に満ちた顔をしていた。
その小さな唇から甘く蕩けた声が漏れ、自分が如何に幸せかを悠に語りかけている。
その表情は至福そのものであり、見てる方にすら幸福感が流れて来そうだった。
良かった、と思う。
ティオが幸せそうで、本当に良かった。
それは、今までの彼女の人生には無かった至上の幸福だろう。ティオの真っ当な少女のとしての人生は、きっとこれから始まるのだ。
ただ、同時にモヤモヤとしたものも朱音の胸の内には在る訳で。
(いわゆる寝取られってやつなのかしらこれ……)
こうなっているのも半ば自業自得な訳なのだから、文句は言えない。
だからこうやって黙って体育座りをして二人の行為を見ているのだ。
身体の疼きに、ひたすら耐えている。
ただ、次は自分の番である。
そう思うと胸が高鳴り、そのまま気絶してしまうのではないかと思えるほどに顔が熱くなった。
ティオみたいに、自分もなってしまうのだろうか。
悠に、されてしまうのだろうか。
初恋の、相手に――本当に気絶してしまうかと思ったので、それ以上は考えなかった。
ティオの小柄な肢体を抱き締める悠は、とても気持ちよさそうな顔をしている。
ティオの行為と身体を、心地よい表情で受け止めていた。
(何よ、あんなだらしない顔して……)
朱音の心にやきもち混じりの対抗心が沸々と湧いてくる。
全裸にシーツを纏っただけの、自分の肢体を見下ろす。
……身体なら自分の方が上ではないか?
より悠の劣情を誘うことが出来るのではないか、そう思う。
特に胸部を大きく持ち上げる、柔らかな双丘。
これは、ティオにはない武器である。
(あたしだって、出来るわよ……)
と、決意と覚悟を固めていたその時、
二人の行為が、とりあえずの終わりを告げた。
二人とも息は荒く、その肌には汗が浮いていた。
まるでずっと武術の鍛錬をしていたかのような疲れ具合である。あの行為は、そんなに大変な運動なのだろうか。
ティオは悠に微笑みかけ、何事か囁いて彼の身体の上から離れた。
そして朱音に顔を向け、微笑む。同性である朱音がドキリとするような艶のある笑みである。
“女”の笑みだ。
彼女は朱音に歩み寄り、耳に口を寄せて、
「頑張らないと、ユウ様取っちゃうかもしれないですヨ?」
「なっ……!?」
そう呟き、朱音からシーツを奪って床にちょこんと座る。
よほど疲れたのだろう、座るというよりは、へたり込む感じに近い。
それほどまでに、悠を愛し、愛されたのだ。
そう思うと対抗心が更に刺激される。
「や、やったろうじゃないのよぉ……!」
立ち上がる朱音に、ティオがにこりと笑いかけた。水を飲みながらぱたぱたと手を振っている。
それすらも余裕があるように見え、更に闘志が燃え上がる。
それに、もう身体の疼きが限界だ。我慢できそうにない。
悠が、こちらを見ている。その顔はとても赤く、視線は恥ずかしげに泳いでいた。
自分を意識してくれているのだろうかと、朱音の頬が少し緩む。
「じゃ、じゃあ、その……あたしの、番よね」
「そ、そうだね……」
朱音、悠の座っているベッドに上ると彼に向かい合う。
何故か悠は正座をしており、自分もつい正座をしていた。
正座をしたまま、全裸で向かい合う。
ティオに対抗するため、色々と考えていたことがあった。
しかし、悠の腹の下につい目を落とし、“それ”を見てしまった時点で全て吹き飛んだ。
少女のような顔をしていても、悠はやはり男なのだと改めて実感させられる。
「ティオの見てても良く分かんなかったから……悠に、まかせる」
「わ、分かったよ……頑張るね」
朱音は力を抜いて、無防備にその肢体を晒した。
悠の手が、おずおずと伸びて――
「ひ――ぁ――」
――朱音は、未知の感覚に乱れに乱れた。
疼く身体の快楽と、心に満ちる幸福が、朱音の理性を蜜にように蕩けさせる。
そして、意地も体面も羞恥も溶け去った朱音の心が、遂に一つの言葉を紡ぎだす。
「好きっ……」
部屋の中に、乙女の切なる声が響く。
「好きっ……悠っ……好きなのっ……大好きっ……!」
ティオは、「よしっ」とガッツポーズを作っていた。本当に嬉しそうな顔をしている。
親友が、ついに口にすることの出来た素直な言葉を、心から祝福していた。
悠は、腕の下で、息を荒げながら切なげに見上げてくる朱音の言葉に、少し目を丸くしていた。
朱音の言葉を吟味しているのだろうか、彼は黙って朱音を見下ろしている。
そして、
「……うん」
優しく、微笑んで頷いた。
想いが通じた……!
初恋が叶った――その喜びが、朱音の胸を満たしていく。
もうどうなってもいい、どうされてしまってもいいと思えた。何でもしてあげようと、乙女の心が熱く疼いている。
「ふへへ……」
朱音の口元から、だらしの無い笑みが漏れる。目尻から涙が零れた。
そんな朱音を見下ろし頬を伝う涙を指で拭いながら、悠は言葉を続ける。
安堵に表情を緩めながら、柔らかな声色で、
「その……良かったよ。
朱音は初めてみたいだから、どういう反応されるか怖かったんだ。
こういうの“好き”みたいで安心した」
「…………」
ティオは真顔だった。
「…………」
朱音も真顔だった。
「え……どうしたの?」
悠は、そんな二人の様子に疑問符を浮かべている。
そんな悠の姿に最初に反応したのはティオだ、彼女は大きく息を吸い込み、
「ユウ様のバカーーーーーーー! ユウ様もバカでした! バーカ!」
叫ぶ。
悠はびくりと肩を震わせ、ティオを見遣った。
訳が分からないといった表情で、戸惑っている。
「て、ティオ……!?
だって朱音は僕みたいなのはタイプじゃないんだし、そんな相手に触られても嬉しくないんじゃないかって僕、心配だったんだよ……?」
「もー! んもーー!」
ティオが、地団駄を踏んでいる。
悔しそうに、本当に悔しそうに。
「そんな訳ないじゃですカぁ! 普通に考えたら分かりマス! 絶対分かりマス! ねえアカネ、そうですよネ! この人意外とダメっぽいからはっきり言ってあげるんデス!」
涙目のティオの言葉に、悠が朱音の顔に視線を戻す。
その眼差しを動揺に揺らしながら、朱音に問いかけてくる。
「そ、そうなの……?
じゃあ、どういう……」
悠の澄んだ瞳が、朱音を見つめる。
愛しい少年が、自分の言葉を待っていた。
心臓が高鳴る。頬が熱を帯びていく。
疼きが酷くなる。身体が、悠を欲している。
そして、心はもっと。
「そ、その……」
勇気を出せ、藤堂朱音。親友も、応援してくれている。
普段の空気で悠に想いを告げるなど、絶対に無理だ。今の空気は、この乙女心をさらけ出す絶好の場ではないか。
この恥ずかし過ぎて色々どうでも良くなってきたテンションのまま、口にしてしまうのだ。
朱音は、その決意を胸に、
「……好きよ、こういうの……き、気持ちいいし……?
は……はは……ははは……あはははははは」
ヘタレた。
乾いた笑いが、口を突いて出る。
笑わずにはいられなかった。あまりに自分が惨めで滑稽過ぎて。
「……っ」
ティオが崩れ落ちるように膝を折った。
そのまま体育座りをし、もう知らないとばかりに頬を膨らませて半眼で睨んでいる。
朱音はごめん、本当にごめんねと心で詫びた。
「あ、朱音……?」
悠は釈然としない様子で、朱音を見下ろしている。
自分は何か間違ってしまったのだろうか、と悩んでいる表情だった。
その通りだよ馬鹿と言いたかったが、朱音はもうどうでもいいやと諦観のため息を吐く。
別に、焦らなくてもいいだろう。
朱音は悠への恋を自覚し、そしてこれからの時間はたっぷりあるのだから。
これから仲を深め、互いに成長していけばいい話なのだ。
他にも悠に好意を寄せる女性はいるかもしれないが、自分と悠の関係は何歩もリードしているはずだ。
そして悠は、異性をみだりに抱いたりするような節操のない男ではないだろう。
これは、大きなアドバンテージになるのではないだろうか。
そう、これから朱音は悠に処女を捧げるのだと、改めて実感する。
痛いと聞くが、どれほどだろう。悠は上手くしてくれるだろうか、自分は見苦しく泣いたり暴れたりしないだろうか。
怖かった。不安である。
でも、幸せだった。
自分の身体が、悠を受け止められることが。悠の身体が、自分の身体の女に反応してくれていることが、心から嬉しかった。
だから……
「……んっ」
朱音は悠の首に手を伸ばし、その頭を抱き寄せながら顔を上げる。
気を使っていたのだろう、悠が決して触れまいとしていた自分の唇を、悠の唇に軽く合わせる。
ファーストキスだった。
「あ、朱音……」
この意味を、悠は理解してくれるだろうか。
きっと無理だろうなと朱音は内心で苦笑する。
悠は自分に男性的な魅力が無いと思っているのだ。自分みたいな男が、異性に好かれる訳がない。彼はそう思っている。
悠を恩人として慕うティオからの告白ですら、悠は信じられないといった顔をしていた。
自分のためにあれだけ頑張られたら惚れてもおかしくないだろうに、馬鹿じゃないのと朱音は思うが、悠は特殊な環境で育った人間だからして、やはり“普通”で判断するべきではないのだ。
そんなことは無い、悠は素敵だと言ってあげたかったが、やはり口に出す勇気は無かった。
この期に及んでも素直な言葉を口にできない自分に、心の底から呆れ果てる。
しかし、朱音の魂は、素直になれない故に触れ合いを求める心の現れである。
ならば、それを実行しよう。
彼との触れ合いで、自分の想いが伝わるように。今でなくとも、いつか理解してくれるように。
それに、ここまで来て自分から告白するのも何か癪だった。
彼の方から好きだ、付き合って欲しいと言うまで自分の好意を隠しておくのも面白いのではないか。
いつか彼を虜にして、告白の答えを期待と不安の眼差しで待つ彼をやきもきさせるのは、きっと痛快だろう。
そう思うと、覚悟が決まった。
「悠……お願い」
悠は、それに応えてくれた。
そして朱音は、幸福を受け入れた――
そして朱音と、またティオと、あるいは一緒に肌を合わせ――何時間もの行為の果て、ようやく二人の身体は治まったようであった。
今はシーツにくるまって身を寄せ合い、三人でこれまでの思い出を語り合っている。
「色々あったわね……」
「そうですネー……」
「まだ大して時間経ってないんだけど、濃かったねえ……」
初めて出会った時のこと。
再開した時のこと。
一緒に帝都に遊びに行った時のこと。
……そして、その後のこと。
あの時計台での、あわやという局面に話題は移っていた。
ティオが足を踏み外し、悠が受け止め何とか助かった時のことだ。
あの時は本当に危なかった。マダラの忠告が無ければ絶対に間に合ってなかったはずである。
彼は色々と問題のある人物であるが、その恩義もあってか悠はやはり、マダラという男を嫌いになれなかった。
「…………あれ?」
朱音が、不意に首を傾げる。
何かに気付いた、思い出したといった様子で、難しい顔をしている。
「どうしたんでスカ?」
ティオの言葉に、朱音は口元に手を当てながら、
「あたし達って魔道が使えないのよね……?」
「うん、そうだね」
反逆を防ぐため、異界兵や奴隷の魔道は封印されている。
あのマダラの設計した“魔封結界”なる装置によって。
朱音はそんなことを今更確認して、どうするのだろうか。
次に朱音が口にした言葉は、
「……じゃあ、何で悠の魔道はあの時発動したの?
あの傷が治る魔術よ。ほら、ティオを庇って塔から落ちた時の」
悠の身と心を凍らせた。




