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第7話 ―来訪―

「悠君、おっはよー!」


 早朝、悠の部屋を一人の少女が訪れた。

 ルルが部屋を開けて顏を出したのは、日本人形のような艶やかな美貌の少女、悠達のグループのリーダーたる雨宮玲子だ。


 彼女は相変わらずのテンションの高さで悠の部屋を覗く。


「おはようございます、レイコ様」


「うん、おはよう。悠君、お邪魔してもいいかしら?」


「あ、どうぞ玲子先輩。おはようございます」


 着替えを終えていた悠は、自室へと玲子を通した。

 玲子は「お邪魔しまーす」と軽快な足取りで悠の部屋へと足を踏み入れる。

 悠の部屋を見渡しながら、


「掃除が行き届いてるわねぇ、さすがルル」


「これもお仕事ですので」


 悠がルルとの情事をネタに散々に弄り倒されたあの日以降、玲子とルルはどうも馬が合うらしく、随分と仲良くなっていた。

 年が近いということもあるのだろうか。

 そして同時に、その立場故の一線を引いた不思議な関係を二人は築いている。


 そして部屋を見渡す玲子の視線が、部屋の一角で止まる。

 そこには、5つの大きなケースが置かれていた。

 それを見た玲子は、小さく口笛を鳴らす。


「話は聞いたわよ、やるじゃん悠君。

 参考までに教えて欲しいんだけど、どうやって魔石を見つけたのかしら?」


 それは、先日のルルと同じ興味を含んだ問いであった。

 悠は、その時と同じくありのままを正直に話す。


 魔石に近付くと、妙な違和感を得たこと。

 その違和感のあった方向へ向かうと、それは地面から感じられたこと。

 そして地面を掘ってみると、魔石が埋まっていたこと。


 玲子は話を聞きながら、勧められた椅子に腰掛けて腕を組んで何やら難しい顏をしていた。


「……悠君は、魔石が生まれる仕組みって知ってる?」


「えぇと……魔界化の時に、内部の物質が変化して生まれることがあるっていうぐらいは」


 悠の言葉に頷き、玲子は人差し指を立てて悠の知識を補足する。


「そう、そして、その確率はかなり低いわ。

 そして魔界内部の魔石は、魔界化が解ける前に保護処理をしないと消滅しちゃうの。

 だからといって、魔族のいる魔界内部で呑気に魔石を探し続ける訳にもいかないし、第一界層の魔界を放置すると第二界層に堕ちる可能性が上がるから、魔族は出来るだけ早く全滅させないといけないのよ」


 昨日、ベアトリス達があの巨大な魔石の前に集まって何やらやっていたことを思い出す。

 あれが保護処理というものなのだろうか。


 玲子の言葉を、ルルが引き継いだ。


「そして、魔界内部で効率的な魔石を探索する手段は未だ確立されておりません。もしそれを成し得れば、歴史的な快挙と言えるでしょう」


「うーん……」


 二人の言葉を聞いて、悠は唸る。

 悠に魔石の存在を感じ取る能力があるとすれば、大変な事だと言いたいのだろう。

 あの時は半ば確信を持っていた気がするが、そこまで言われるとあの時の出来事はただのマグレ、偶然な気がしてきた。


 悠のそんな様子に、玲子は微笑みながら、


「ま、もう1度出た時にはっきりするんじゃない? どの道、今回は凄いお手柄よ。やったじゃん」


「……はい」


 悠は、部屋に置かれた5つのケース――恐ろしいほどの大金を視界に入れながら、非常に後ろめたい気持ちに襲われた。

 取り決め上は、稼いだ金は、1度玲子達に預けた上で、効率的に再分配、あるいは留保することとなっている。悠もそれには異論は無い。

 だが、あの大金で試してみたいことがあるのだ。


 ティオを、粕谷から引き離せないか試してみたい。

 ルルの話では、帝国の亜人奴隷の相場の軽く数倍の金額がそこにあった。

 人を金銭で売買するという奴隷という概念を肯定する行為に強い抵抗感はあったが、そんな自分の価値観よりはティオの身を救うことが優先だ。


 しかしそれは、せっかく協力関係となった仲間達に対する裏切りではないだろうか。

 悠はティオを救えるかもしれない可能性に思い当った後に、その板挟みで悶々としていた。


 ルルはそんな悠の様子を見かねたのか、畏まった様子で玲子に申し出た。


「レイコ様、一つお願いが――」


「――ティオちゃんのこと?」


 あっさりと、玲子は悠達の内心を看破していた。

 悠とルルは驚きに目を見開く。


「ど、どうして分かったんですか!?」


 そんな悠の言葉に、玲子は歳経た猫のような強かな笑みを、にんまりと浮かべる。


「そりゃあ、この前の悠君の心配っぷりを見たら予想出来るわよ。どうせ私達に気を使った悩みながら悶々としていることもね。ついでに粕谷君との交渉、私にお願い出来ないかなって思ってたでしょ?」


 全部当たっていた。

 自分がここまで単純な人間だったかと、恥ずかしさすら覚えてくる。


 だが玲子の次の発言は、更に意表を突いたものだった。


「ただね、粕谷君は今は交渉どころじゃないわよ」


「……えっ?」


「この前の戦闘で大怪我を負ってね。ただいま絶賛治療中よ。命に別状は無いけど、まだ意識も戻らないみたい」


「そんなっ!?」


 悠は驚愕の顏を浮かべる。


 ……第三位階である粕谷が大怪我?

 そんな強力な魔族が現れたということだろうか。しかし、あの魔界は第一界層であり、中位魔族が現れるようなことは基本的にあり得ないはずである。


 と、そこで悠はある可能性に思い至った。

 それは悠が憂いていた可能性、断じてあって欲しくは無い事態である。


「……まさか」


 玲子は苦笑を浮かべながら、


「気付いた? そう、彼は同じ人間との戦いでやられたのよ。朽木君にね」


 朽木十郎。

 それは、先日の玲子の話に出てきていた名前であった。

 省吾と並ぶ、異界兵最強と目される一人。誰かとつるむことも無く、単独行動している一匹狼であると聞いている。

 同じ宿舎に止まっている関係上、顔を合わせたこともあるが挨拶しても無視されてしまった。


「ボッコボコだったらしいわ。弱った状態で逃げ回りながら、何とか生き延びたみたいね」


「……斉藤君たちは!?」


 粕谷を頼りにしているはずの、彼の取り巻き達はどうなったのだろうか。

 玲子は、ため息を吐きながら肩を竦めた。


「高見って子が駄目だったみたいね」


「そう、ですか」


 呻くような声が漏れた。

 高見は悠の苛めに参加していた一人である。

 だが、ざあみろという気持ちは湧かない。ただ胸が痛む。


「どうして、そんなことに……」


「粕谷君が、朽木君の狩りの縄張りに踏み込んで喧嘩を売ったらしいわよ。正直、無様よね」


 ……朽木の成果を奪おうとしたのだろうか。粕谷の性格を思えば、有り得そうな話である。

 だが、まずは戦えない皆の安全を守るべきではないのだろうか。

 一体何をやっているのだ彼は。


 顔をしかめる悠を、しかし玲子はにまっとした笑みで見つめている。


「それでね、彼の取り巻きの斉藤君と鉢合わせしたんだけどさ。ちょっと頼まれちゃった。正確には、悠君への頼みごとなんだけどね」


「……?」 


 斉藤は、粕谷の右腕のような存在である。

 悠への苛めにも深く関与した一人だ。

 粕谷の意識が戻らない今は、彼があのグループのリーダーのようなものだろう。


 そんな彼が、いったい悠にどのような頼みごとをするというのか。

 悠は、固唾を飲んで玲子の言葉を待った。

 玲子は、意味ありげな笑みを浮かべて、何故か外に向けて言葉を投げる。


「いいわよー! 入ってきなさーい!」


「え?」


 玲子の言葉に応え、ドアが開いた。

 そこからちょこんと顔を出すのは、


「お、おはようございマス……ユウ様」


「ティオ!」


 あの森人エルフの少女であった。






「これで、とりあえずは大丈夫かね……」


 斉藤和樹は、装置の中で眠り続ける粕谷京介を見ながら、疲労のにじむため息を吐いた。

 粕谷の怪我は、本来ならば全治に何週間もかかるものであるが、それを3日ほどで完治させるための魔道装置が帝国にはある。

 ただし、強制的に治癒能力を上げるため、装置が稼働している間は眠り続けることになるのだ。

 つまり、あと2日ほどは粕谷は眠り続けることになる。


 そして、粕谷がいなければティオのやる事もあまり無い。


 ――ティオを預かる代わりに、金銭を融通してくれないだろうか。 


 それが、斉藤和樹が玲子、そして悠に頼んだ内容であった。

 悠が大功を上げかなりの大金を得たことは知っている。

 大量の下位魔族を倒した粕谷はそれなりの褒賞を得られるはずであったが、この魔道装置を稼働させる費用のペナルティとしてかなりの額をカットされていた。


 そして他のメンバーもまともな成果など上げられていない。

 生き延びるだけで精一杯だったのだ。それでも高見を死なせてしまった。


 つまり、粕谷のグループは窮していた。

 何としてもまとまった金銭が必要だったのだ。ティオと知己であるらしい悠ならば、それが期待できるのではないかと思った。


 それ故の、斉藤の提案であった。

 玲子と顔を合わせたのは偶然であるが、彼女と悠が懇意であることを知っていた斉藤は、玲子を通じて悠に案を提示することにした。

 今となっては自分より立場が上となった悠と顔を合わせる勇気が無かったこともあるが。


 ……もっとも、それは口実の一つである。


「……ちょっとは、楽しい思いしてくれるといいんだけどな」


 粕谷と共にいるティオの姿は、とても見ていられない痛ましいものだった。

 彼が彼女に実際にどんな仕打ちをしたのか、藤堂朱音あたりに知られれば流血沙汰になっていた可能性もある。


 ティオは、悠や朱音の姿を見たときに少し嬉しそうにしていたことに斉藤は気付いていた。

 粕谷や自分達に向ける怯えたものとは違う、好意の眼差しだ。


 彼等と一緒にいれば、今よりは良い思いを出来るだろう。

 ……粕谷が目覚めるまでの、短い期間ではあるけれど。


「さて……皆の取り分を考えねぇとな……」


 大半は粕谷のために残さなければ、目覚めた彼は激怒するだろう。彼のことだ、事前に貰った金もほとんど残っていないはずである。

 だが、分け前が少な過ぎれば粕谷から得られた甘い汁に慣れた取り巻き達から不満が噴出する。飴と鞭で成り立つ粕谷のグループにとって、致命的な亀裂を生むことになりかねない。

 斉藤は、頭の中でその妥協点を探りながら、施設を後にするのだった。






「おはよ、悠、ルル」


 玲子が部屋を出て間もなく、朱音が悠の部屋を訪れて来た。

 彼女はこの第一宿舎で暮らす省吾と朝の鍛錬の一環として組手をやっていたらしい。

 やはり相手がいる鍛錬は一味違うのか、その表情はどこか充実しているような気がする。

 彼女の顏や服には、かなりの汗が浮かび、その肌を光らせていた。


「おはよう、朱音。

 ……お風呂場で汗流したいんだよね、どうぞ?」


 朱音は朝の挨拶をするルルに通されながら「お邪魔します」と部屋に入り、設けられた浴室へと向かっていく。

 彼女は浴室のドアを開き、室内に入りがてら悠へと振り向き、


「覗いたらもぐから」


「だからやめてよそれ!」


 脂汗を浮かべて呻く悠を半眼で見ながら、朱音は浴室へと消えて行った。


 この建物の浴室は意外にもハイテクだ。

 シャワーに近い機能もあるし、温水も出る。きっと朱音は快適に汗を流せるだろう。

 悠も風呂好きであり、浴室機能の充実は嬉しい誤算であった。


 さて、そろそろ玲子が戻ってくるだろうか。

 ティオを、連れて。


 彼女を一時的に預かって欲しいという斉藤の提案に、悠は一に二も無く頷いた。

 粕谷の奴隷でいる間はずっと無理なのではないかと思っていたが、ティオとゆっくりとした時間を過ごすことができる。

 辛い目に遭っている彼女に、少しは楽しい思い出を上げられるのではないか。

 そんな想いが悠の胸中にある。


 期限は、明日の朝までである。

 それ以上遅くなると、粕谷が目覚める可能性があるから、という理由であった。


 ティオは一度、粕谷の部屋に戻って準備をしてから戻ってくることになっており、玲子も同行していた。

 時間的には、戻ってきても良い頃合いである。


 ルルは、自慢のお茶の準備をしていた。

 用意しているティーカップの数は、悠、朱音、玲子、省吾、ルル……そして、ティオの分だ。


 今日は、精一杯ティオを持て成そうと悠は張り切っていた。

 彼女にとって最高の1日にしてやるのだ。


「ルルさん、ティオの好きな食べ物って分かる?」


「……一般論を申し上げれば、森人エルフは我々狼人ワーウルフと同じ森林地帯の民族の一つです。ただし、我々と異なり狩猟を主とはしていないので、山や森で採れるような野菜類を好むかと」


「ルルさんは肉好きなんだ?」


「狩ったばかりの新鮮な獲物を生のまま頂くのが好みです」


「……そのまま?」


「はい、何も付けずに。滴る血が意外と良い調味料になるのですよ。ずっと生のお肉だけでもいいぐらいですね」


 ルルの声は、わずかに弾んでいる気がした。


「身体に悪そうだなあ」


「ユウ様……生肉は肉であり、野菜です。人は生肉だけで生きてゆけるのです」


「ライオンじゃないんだから……」


 ……彼女が、獣の死骸を貪っている光景を想像してしまう。

 狼人ワーウルフというだけあり、やはり獣のような特徴もあるのだろうか。

 胃腸も普通の人間とは違うのかもしれない。


 何気に衝撃的な嗜好であったが、悠は今度ルルに肉をご馳走してあげようと予定に付け加えた。

 そうしてティオをどうやって迎えようかとあれこれ話していると、


「おっまたせー!」


 玲子が戻って来た。

 そして、彼女が入って来た扉の向こうに、玲子の手を握る小さな手が見える。


「どーしたの、ほら、おいで?」


 微笑む玲子に手を引かれ、一人の少女の姿が悠の前に現れる。


 小柄な金髪の森人エルフの少女だ。

 ティオは、恐る恐るといった様子で悠の部屋へと足を踏み入れ、部屋にいる面々を上目遣いで見る。


「今日は1日頑張ってご奉仕しますのデ、よろしくお願いしますデス!」


 ぺこりと頭を下げた。その声には、幾分かの明るさが戻ってきている。

 悠はそんな彼女の傍に歩み寄り、ゆっくりと手を差し出す。


「今日はよろしくね、ティオ。でも今日は奴隷とか抜きにして一緒に遊ぼうよ。その……友達みたいにさ」


 悠の微笑みながらの言葉に、ティオは大きな目を瞬かせ、きょとんとした顔で悠を見上げる。

 おずおずと、どこか躊躇いがちな声で、


「でも……」


「ユウ様へのご奉仕は私の役目ですよ、ティオ。これは誰にも譲れません。いいですね?」


 ルルが悠の傍らに立ち、ティオと目線を合わせて語りかける。


 ティオは、悠、ルル、そして玲子の顔を見渡し、そして何かをこらえるように目元を力ませた。

 彼女はそんな表情を誤魔化すように、顏を俯かせる。

 床に雫のようなものが落ちるのを見て、悠は笑みを深めた。


「……皆様、よろしくお願いしマス」


 そして、ティオは悠の差し出された手を両手で握る。

 柔らかく暖かな手だ。少し、震えていた。

 悠、ルル、玲子は顔を見合わせ、笑みを交す。


 そして玲子は、ティオの頭を撫でて苦笑しながらその姿を見下ろした。

 ティオの髪はぼさぼさになっており、肌も汚れてしまっている。

 ……あまり言いたくはないが、少し臭いも気になった。

 恐らく、まともに身体を清める時間も無かったのだろう。


「とりあえず、お風呂かしらね」


「ですね」


 玲子は浴室の方を見て、その奥から漏れる水音に気付いたようだった。

 朱音が身を清めているの音だろう。


「あれ、誰か来てるの?」


「朱音が入ってますよ」


「そっか、じゃあ、おっぱい揉みに行ってくるわね。

 悠君、ちょっと待ってて」


「あ、はい――」


 玲子は真顔で言いながら、浴室へと大股で歩いていく。

 悠はごく自然な玲子の物言いについ返事をして、


「――いやいやいや! おかしいですよ玲子先輩!

 何ナチュラルにセクハラしようとしてるんですか!?」


 危ういところで正気に戻り、玲子の手を掴む。

 危ない、もう少しで彼女の手が浴室のドアノブに届くところだった。

 玲子は悠に引き留められる体勢のまま、頬をぷくっと膨らませた。


「何よぅ、人のことを変質者みたいに。私はただ、そこに生の巨乳があるから揉みに行くだけよ?」


「ただの変態じゃないですか……!」


「失礼ね!」


 玲子は心外だと言わんばかりに声を上げる。

 まるで物分かりの悪い子供を諭すかのような調子で、人差し指を振りながら言葉を続けた。


「変態っていうのは、まともじゃない性癖の持ち主のことじゃない。悠君、おっぱい興味無いの?」


「え……」


 何故か、悠の性癖の話に飛び火した。

 悠だって男だ。それに以前のルルとの彼是で色々と自覚したものが無いでも無い訳で。


「……いや、無いって言ったら嘘になりますけど……」


「でしょうっ! 悠君は巨乳を揉んでみたくないの? 揉みたいの? どっち!?」


「え、えーと……揉んでみたくは無いことも……無いです……」


 玲子の朗々たる声と物言いに、押しの弱い悠はどんどん気圧されていた。

 玲子の声と言葉には、説明し難い妙な力があるのだ。


 彼女は、ずいっと顏を悠の鼻先に近付ける。

 玲子の日本人形のように整った容貌が、目の前にあった。彼女の吐息が、悠の顔を撫でる。


「そう……つまり、私は正常、ノーマルよ。変態じゃないの? オーケー?」


「え、えぇぇぇ……?」


 凄く納得がいかない。

 しかし、若干にしろ自分の性癖を暴露させられた悠の思考は、羞恥で鈍っていた。

 玲子は愛嬌たっぷりの笑みを作り、首を傾げながら、


「だから私は正しいの。正義は私にあるの。だから悠君、離そ?」


 一体、何が正しいというのか。


「だ……駄目です! 駄目ですよ! 下手したら僕まで同罪じゃないですか! 朱音にもがれちゃいます!」


「大丈夫、悠君の性別はどうなっても悠君よ。ついてるとかついてないとか、そんな些事には左右されないわ」


「意味分からないですよ!」


「もー、ほら、私がティオちゃんをお風呂入れなきゃいけないでしょー?」


「それには及びませんよ」


 パタン、と扉の締まる音が聞こえる。

 悠と玲子が顔を向けると、ルルが浴室の扉の前に立っており、部屋にはティオの姿が無かった。

 馬鹿馬鹿しいにも程がある遣り取りをしている間に、ルルがティオを浴室まで連れて行ってくれたらしい。


 ルルはお澄まし顏で、お茶の準備へと戻っていく。

 彼女の有能っぷりに涙が出そうだ。


「後はアカネ様にお任せしましょう」


「そ……そういえば、朝お風呂に入ってないんだったー。いやーまいったわねー、ここのお風呂借りないと」


「私の鼻は、先程からレイコ様のお身体から香る石鹸の匂いを感じておりますが……随分と綺麗好きなようですね?」


 にっこりと微笑むルル。玲子が力無く椅子に倒れ込み、テーブルに突っ伏した。

 玲子は、そのまま「ふぇぇ」などと泣き声を上げ始める。


 嘘泣きだろう、たぶん。

 だって、「ティオちゃん……連れ……ご褒美……おっぱい……」などと呟きながら、こちらをチラッチラッと覗きつつ、少しずつ椅子を寄せて来てるのだから。

 悠は目を合わせないようにしながら、にじみ寄る玲子から少しずつ逃げていた。


「よう。 ……おい、玲子。お前また馬鹿な真似してんのかよ」


「……ちっ!」


 程なくして自室で汗を流した省吾が訪れ、玲子の企みは完全に封じられた。


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