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第19話 -帰還-

 死した魔竜は、瞬く間に紫塵と化して溶けていく。

 切り飛ばされた首も尻尾も、胴体もあっという間に跡形なく消え失せていた。

 まるで魔竜など最初から存在していなかったかのような空虚な余韻。


 だが見る影もないほどに変わり果てた森の有様を見れば、その暴虐の傷跡は一目瞭然だ。

 悠の周囲には木々も草木も殆ど残っておらず、まるで荒野のような不毛の相を見せている。

 そして、自分の足元に広がる赤黒い血の池も、その戦いの名残であった。


「ふぅ……」


 悠はため息を吐いて、右手を下ろし力を抜く。

 そのまま、ばたりと地面に仰向けに倒れた。限界である。もう立ち上がる力は残っていない。心臓が辛うじて機能を取り戻しつつあったのが救いである、そうでなければ、意識を失っていたところだ。

 再生の超痛は未だに脳を灼いているが、痛みに暴れる体力すら無かった。いっそこの方が楽ですらある。


「……ありがとう」


 悠は、周囲に浮かぶ十の剣――自身の魔法ゼノスフィアたる〈斯戒の十刃〉を見渡しながら、小さく微笑んだ。

 この十刃は、悠の魂の一部が具象化したものである。

 だが、まるで自分の意志を持つかのように、十の刃は薄く震えて応えていた。


 しかし疲れた、そして血を流し過ぎた。

 悠の身体は、その血液の大半を失っても活動できるが、やはり支障が無い訳ではない。

 いざ気が緩むと、途轍もなく深い脱力感が重く圧し掛かっていた。


「悠!」

「神護ぃ!」

「ユウ様!」


 朱音と壬生、そしてルル、退避して悠の戦いを見守っていた三人が駆け寄ってくる。

 皆、その表情に安堵と歓喜を宿していた。


「ユウ様、お体のお加減は……!?」


 ルルが、心配そうに覗き込んで来る。

 悠はしかと頷いて、柔和な笑みを浮かべて応えた。


「ありがとうルルさん。大丈夫みたいです……ルルさんも、無事で良かった」


 悠の様子を注意深く観察していたルルは、その傷が再生していくのを見て、小さく安堵の息を吐いた。


第三位階ゼノスフィアに、至られたのですね」


「はい……やっと分かりました。あと、僕が自分で思ってる以上に格好悪い奴だったってことも」


「……左様ですか」


 ルルが苦笑で応える中、彼女に肩を貸されていた朱音が、ぺたんと悠の傍らにへたり込んだ。


「悠ぅ……」


 子供みたいに、ぐずぐずと嗚咽を漏らしている。ずずっと鼻水を啜る様には、普段の凛とした雰囲気など微塵も無い。

 悠は朱音を見上げ、かろうじて動く右腕でその顔に手を伸ばして涙を拭った。


「ごめんね、心配かけて」


「ほんとよ、この馬鹿ぁ……」


「でも、朱音さんだって無茶したじゃない。僕もすごい心配したんだよ?」


「……うっさい」


 朱音は頬を染め、ぷいと顔を背けた。

 そして遅れて到着した壬生が興奮した様子で、


「凄ぇ、凄ぇな神護! 何だよあの剣、あんなことが出来たのか! あのバケモノが! マジでスカッとした! あいつ等だって、少しは浮かばれ……いや、それよりお前、大丈夫かよ? さっきも思ったけど、そんな怪我でも治るのかよ……魔道ってすげえんだな!」


「あ、ああ……うん、とりあえず大丈夫だよ。ありがとう壬生君」


 早口でまくし立ててくる壬生に、悠はやや圧倒されながら笑みを浮かべる。

 壬生は、へたり込むように腰を下ろす。よほど怖かったのだろう、膝はいまだにガクガクと震えていた。それに気づき、彼は罰が悪そうに苦笑する。


「ははっ……だせぇな、カッコ悪ぃ」


「ううん、そんことないよ、カッコ良かった」


 悠は本心から首を横に振った。

 壬生もまた、命の恩人だ。

 彼は悠と違い、はじめから己の命に誠実であった。人並みに怯え、震えていた彼があの死地へと向かうのに、いったいどれほどの勇気が必要だったろう。果たして、自分が壬生の立場なら同じことが出来ただろうか。

 安堵の吐息とともに脱力する壬生に、悠は目を伏せて沈んだ声を出す。


「ごめんね、壬生君……僕のために……」


「…………」


 悠を、壬生は複雑な表情で見ていた。

 幾つもの感情が渦巻き、何を言っていいのか分からないといった様子で、ようやく絞り出すように言葉を漏らす。


「謝るなよ、馬鹿野郎……」


 そして、頬を掻きながらそっぽを向き、


「まあ、なんだ……間に合って良かった。戻って来て、良かったよ」


「壬生君……」


冬馬とうまでいい」


 そう、照れ臭そうに呟いた。

 悠は、きょとんと目を瞬かせ、やがて相好を崩して笑みを作る。


「うん、僕も悠って呼んでくれると嬉しいな、冬馬」


「……分かったよ、悠」


 少しはにかみながら頷く悠に、壬生も口元を緩めて笑みを返していた。

 漂う生温い空気に、朱音がぽつりと割り込んだ。悠の衣服の袖をぎゅっと握りながら、


「……その、あたしも」


「えっ?」


 彼女は躊躇いがちに言葉を続ける。


「呼び捨てで、いいわよ」


 その眼差しは、拗ねているようにも見えた。

 悠はきょとんと目を瞬かせ、やがてふっと頬を緩める。


「うん、朱音」


「……ん」


 たったそれだけのことだが、距離が縮まったような気がした。

 壬生がおずおずと自分を指さして、


「おい藤堂、俺も呼び捨てにした方が――睨むんじゃねぇよ、怖ぇよ! 分かってるよ言ってみただけだよ!」


 そんな三人から一歩引いていたルルは、難しい顔をして周囲を、地面を、そして空を見上げている。

 朱音は、そんなルルの様子に気付いて同じように辺りを見回して、ある事実を認識した。


「魔界が……残ってる……」


「えっ、あ……本当だ……そんな……」


 陰鬱な声で呻く悠に、ルルが頷いた。


「はい。まだ魔族が残っているようです。私の斃した中型種が2体、ユウ様が討たれた中型特種が1体。中位魔族はこれで打ち止めだと良いのですが……」


「マジかよっ! 皆がやべぇ!」


 慌てて立ち上がる壬生。焦燥に顔を歪めながら、呻くように言う。


「あっちで戦えるの柚木ぐらいしかいないんだよ……あの玉のバケモノなら何とか出来るだろうけど……」


 そして、多くの動けぬクラスメートがいる。

 下位魔族でも、複数に襲われれば果たして凌げるかどうか。

 悠を助けた壬生の決断は、彼らの危険を増やす選択でもある。ならばその責任は自分にもあると悠は思っていた。

 無理にでも立ち上がろうとした時、朱音の怪訝な声が上がる。


「……何、この音」


 突如として響く音に、悠の思考は中断された。

 壬生も怪訝に眉を顰め、警戒感も露わに音のした方へと顔を向ける。


「魔族か……?」


「それだけでは無いようです」


 ルルが、張り詰めた声で言う。

 その狼の耳は、ピンと立っており、その形の良い鼻はくんくんと小さく動いている。

 狼人ワーウルフは、聴覚と嗅覚に優れていると彼女から聞いていた。その耳には、悠達には聞き取れない音が聞こえ、匂いが届いているのかもしれない。


「恐らく魔族――あの中位魔族と、何か金属音が……人の匂いも……」


 その正体が分かるのは、それから10秒ほど後のことだった。

 身構える悠たちの目の前に、あの魔竜が姿を現す。木々を薙ぎ倒しながらの猪突猛進、前方に何があるかなど気にも留めていないようだ。


「くそっ、出やがった!」


「何か、様子が……」


 魔竜は、こちらには気付いていないようだった。ある程度近付けば、見えずとも人間の存在を感知できるという魔族の性質を考えれば有り得ない反応に思える。

 その様子は、こちらに構っている場合では無いというのが正確なところだったのだろう。

 何故なら、


「ははははははははぁー! おら、逃げろ、逃げろぉ! 雑魚がぁ!」


 魔竜を後ろから、別種の異形が現れたからだ。

 それは、鋼鉄で出来た蟷螂カマキリであった。

 魔竜にも引けを取らない巨躯に、鈍色の装甲を備えた蟲である。その両腕部の大鎌は、絶叫じみた音を立てながら赤い光を纏っていた。

 その赤い複眼に無機質な兇気を宿し、魔竜を追いたてている。

 それを見た瞬間、悠には一つの理解が走る。


魔法ゼノスフィア……」


 あの蟷螂は、悠の魔法である〈斯戒の十刃〉と同じ存在なのだ。

 魔道師の魂の一部を根源とし、魔素が形を成した魔道武装。

 鋼の異形からは、悠の周囲に浮かぶ十刃と同じ気配がした。

 そして、その背には、


「……粕谷君?」


 間違い無い。粕谷京介が、鋼の蟷螂を従えて高笑いをしている。

 心から愉しげに、どこか酔うような恍惚した昂りを感じさせる笑いを上げて魔竜を追っていた。

 鋼の蟷螂が、魔竜の巨躯を捉える。

 絶叫の大鎌が振るわれ、異形の竜は、容易く両断された。

 既にそこで魔竜は息絶え、塵化が始まっていた。

 しかし粕谷は、


「はっはぁー! ぶった斬れ、〈機甲蟷螂(ハウル・シザース)〉!」


 魔竜の死骸に、更に大鎌を振る。

 紫の血が撒き散らされ、不毛の森に魔竜の死骸が散らばった。

 そして程なく、その無残な死骸は跡形も無く消えていく。


 そこでようやく、粕谷は悠達の存在に気付いたのか、こちらに顔を向けて来る。

 悠を見て、その傍らの朱音に気付き、その表情が明らかに不快げに歪む。距離はかなり離れているが、舌打ちの音が聞こえてくるようだ。


「……何だ神護。てめぇ生きてやがったのかよ。とっととくたばってると思ったのにな。藤堂も……何だその恰好?」


 こちらに近付いた粕谷は、鋼の蟷螂の上から悠たちを見下ろし、吐き捨てるように言う。

 その眼は、悠の周りの剣を忌々しげに睨んでいた。それは、悠の剣が自分の蟷螂と同種の存在であると気付いた故の反応だったのだろう。

 明らかに興を削がれたといった様子である。

 壬生は、粕谷の言葉に明らかな軽蔑の表情を浮かべた。


「おい、粕谷。そんな言い方はねぇだろ……どれだけ死んだと思ってるんだ。それに斉藤たちはどうしたんだよ、一緒じゃ――」


「……くくっ」


 普段の粕谷であれば、激昂していたであろう壬生の反論に、彼は冷笑でもって応える。壬生を心底馬鹿にした目つきで鼻で笑っていた。


「なんだよ壬生。神護の肩を持つ気かよ? ……お前、俺の“これ”を見てもそんな口を聞けるのか?」


 そう言い、己の駆る蟷螂の鎌を、険呑な様子で壬生へと向けた。

 壬生は、唾を飲み込んで己に向けられた分厚い凶刃を見つめる。


「粕谷、あんたこんな時まで……!」


 朱音は鋭い抗議の声を上げるが、地面にへたり込んだままである。

 もう一方の大鎌が、ゆらりと朱音にも向けられた。

 彼女は悔しげに呻き、粕谷を睨みあげた。


「……へへっ」


 そんな壬生や朱音を、粕谷は愉快げに見下ろしていた。

 あの蟷螂の大鎌は、魔族を容易く両断する剣呑極まりない武器である。それを人間に向けるなど、とんでもないことだ。

 悠が止めようとするが、それより早くルルが動いていた。

 冬馬達と粕谷の間に割り込み、大鎌を怖れる様子も無く粕谷を真っ直ぐに見上げる。


「てめぇは……」


 粕谷は、先ほどからルルの姿を気にしていたようであった。

 今の彼女の服装は、悠と同じ帝国の戦闘服であるが、至る箇所が敗れ、破損しており素肌も少なからず晒されている。悠から見ればそこから覗く傷が痛々しいが、見る者によっては艶めかしい扇情的な姿かもしれない。

 加えて、あの瑞々しさと色香の同居した美貌である。

 粕谷の口の端が吊り上った。眼には爛々とした眼光が宿り、その表情には紛れも無く下卑た欲望の色が混じっていた。

 女性であれば嫌悪感を抱かずにはいられない表情である。だが、ルルは動じた様子も無く、その卑しい眼差しを真っ向から受け止めている。

 粕谷は舌なめずりをしながら、嘲るような口調で言葉を投げた。


「何だその耳と尻尾、てめぇもあの怪物共の仲間か?」


「なっ……!」


 そのあんまりな物言いに、悠が抗議の声を上げようとした時だった、


「――失礼、お静かに願います」


 粕谷の侮蔑的な言葉にも何ら動じず、ルルはその唇に人差し指を当て沈黙を求める。

 ただ一言、ただそれだけの動作。

 彼女の求めに、悠だけでなく、朱音も壬生も、粕谷ですらも思わず従っていた。

 他者をそうさせる不思議な力が、彼女の声や仕草に宿っている。

 そしてそれは、魔道によるものではなく、ルルという一人女性が有している力だ。


「また何か近付いて来ます。1体ではありません、恐らく3体――全て、中位魔族です」


 ――まだいるのか。

 粕谷とその魔法の登場に驚くあまり、魔界が未だに残っていることを失念していた。

 今も命に危険に晒されている皆のためにも、一刻も早くこの魔界を消し去らなければならないのだ。

 話は後でも間に合う。今は戦闘に集中し、魔族の殲滅に注力するべきだろう。


「ちっ……」


 粕谷はルルの言葉の意味を察したのか、彼女が顔を向ける方へと、鋼の蟷螂を振り向かせていた。


 悠も何とか立ち上がれる程度に再生が終わっており、鉛のように気怠い身体と意識をおして白刃を配して迎え撃つ。

 壬生もせめて足手纏いにはなるまいと、朱音に肩を貸して立ち上がらせた。


 悠と、恐らくは粕谷の戦闘力は魔竜を凌駕している。

 しかし3体同時となれば、容易くはいかないだろう。1体に注力している間に不意打ちを食らう可能性もあるのだ。

 悠と粕谷が1体ずつ相手をするとしても、その間に1体が余る。その動向如何では、取り返しの付かないことになるかもしれなかった。


「……? これは……」


 緊迫した空気の中、ルルの怪訝な声が――


「来たぞっ!」


 壬生の悲鳴じみた声。

 ルルの言葉の通り、3体の魔竜が姿を現した。

 こちらに向けて、狂える雄叫びを上げて迫り来る。

 悠は、失血で萎えつつある意識を懸命に繋ぎ止めるが、


「――やれやれ、随分と遅れましたね」


 ルルの、気の抜けたような呆れ混じりの声。

 その意味は、次の瞬間には明らかになっていた。

 突如として飛び出す黒い人影。

 徒手空拳で、悠たちに襲いかかる魔竜の一体へと躍りかかり、


「喰らい尽くせ――〈獅子吼(レオンハルト)〉」


 鉄拳が、魔竜の横っ腹にめり込んでいく。

 同時、巨獣の咆哮めいた轟音が、森を震わせた。


 魔竜の巨躯は、くの字に折れながら口という口から血反吐を撒き散らしていた。

 横殴りに吹き飛んだ魔竜は、紫の血飛沫を上げて地面をバウンドして転がり、紫の塵を撒きながら消滅する。


「何だと……!?」


 粕谷の驚愕の声も、もっともであった。

 不意打ちとは言え、魔竜は突然の乱入者の拳の一撃で絶命している。一体、如何ほどの腕力があればそれを成せるのだろうか。


 突然の奇襲に、残り2体の魔竜は完全に対応が遅れていた。

 更に1体が、鉄槌のように叩き付けられた拳の一撃で地面に血の花を咲かせる。

 ようやく最後の1体が反撃に出るが、振り下ろした大爪を片手で受け止められ、反撃の一撃で肉塊と化す。


 瞬く間に、3体の魔竜は斃されていた。


「……す、すげぇ」


 壬生が、呆然と呟く。

 粕谷もほぼ同様で目を見開いて絶句していた。

 ルルは彼等の乱入を予期していたのか、特に慌てた様子は無い。


「……大したもんだ。俺達が来る必要も無かったかもな」


 魔竜を殴り殺した人物が、悠達を見ながら呟いた。

 男性である。


 年齢は少なくとも悠よりは年上だろう。大柄で鍛えられた体躯に、帝国の黒い戦闘服を着込んでいる。

 魔竜を殴殺した右腕には、顎を開いた獅子を思わせる、入れ墨のような紋様が浮かんでいた。


(あれも……魔法ゼノスフィアだ)


 発現型はまるで異なるが、その紋様もまた悠の剣や粕谷の蟷螂と同様の魔法ゼノスフィアであることが、気配から察せられた。

 つまり、彼もまた悠と同じく第三位階の魔道師ということだ。

 彼の髪は黒く、その精悍な顔立ちは慣れ親しんだ日本人の風貌であった。


「省吾……ぃ?」


 彼が現れてからずっと固まっていた朱音が、呆然と呟いた。

 まるで彼が知己であるかのような物言いに、男性も驚きに目を見開いた。


「お前……朱音か……?」


 それはつまり、この男性が紛れもなく地球人だということの証明で、


(僕達より前に召喚された、地球人……)


 悠達が初めてではないということはルルから聞かされていた。

 帝都には、同様に召喚された少年少女が大勢いるのだと。

 省吾と呼ばれた男性の後を追い、一人の少女が姿を現す。


「省吾君、はやーい! 置いてかないでよ、私、弱いんだからさぁ!」


「俺は第三位階じゃ遅い方だけどな……だったら待ってりゃ良かっただろうがよ、玲子」


「つれないなぁ、もうっ。強面で口下手なんだから、相棒の私がいないと駄目でしょー?」


 大和撫子然とした艶やかな黒髪の少女が、ぜえはあと息を切らせながらでらふらふらと歩み寄る。

 悠たちに気付くと、人懐っこい仕草でウィンクして見せる。


「はじめまして。君たちの生き残ったお友達は全員保護したわ。安心しなさい」


 彼女の言葉とほぼ同時、魔界が罅割れていく。

 それは魔界の消滅に伴う現象で、魔族が全滅して皆の安全が保障されたことを示していた。


 戦いは、終わったのだ。


「良かったぁ……」


 安堵と共に、身体から力が抜けていく。

 今度こそ本当に限界である。

 腹が減った、疲れた、動きたくない、眠い、今すぐに。


「お、おい! 悠!?」


 その欲求のままに、悠は前のめりに倒れ――


「んっ……」


 朱音に、抱き止められていた。

 しかし満身創痍の彼女では支えきれず、一緒に地面に倒れ込む。それでも朱音は悠を離さず、動く片腕で、悠の背中を労うようにぽんぽんと叩いた。

 女性の柔らかな感触が、悠を更なる安息へと誘っていく。

 薄れゆく意識の中、朱音の吐息が耳に触れた。


「……カッコ良かったわよ、悠」


 囁くような、優しい声。

 悠は安らかな心地良さに包まれながら、ゆっくりと瞼を閉じていった。

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