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第12話 ―人獣・その5―

 すでに幾度目かも分からない、魔界での戦闘。

 魔界化したのは、まばらに集落が点在する農業地域で、領内でも田舎に分類される一帯であった。住民は、すでに避難が完了している。


 世界の異形化は、空のみならず大地にも及んでいた。

 その日は珍しく、第二界層“形成界イェツィラー”が直接に現れるという事態が起こっていた。

 よって、高濃度の魔素に耐えられない第一位階のメンバー達は、帝都で待機である。

 第二界層は、中位魔族が跋扈する危険領域であるが、すでに第三位階として相当に経験を積んだ悠たちにとっては、さほどの脅威でも無かった。


「はぁっ!」


 神護悠かみもり ゆうが駆けた後には、紫の塵が巻き起こる。

 陽光を受け、静謐に照り輝く十の白刃“斯戒の十刃テン・コマンドメンツ”。

 双刃を手に、八刃を自在に操りながら、悠は無数の魔族を撫で斬りに葬っていた。


 圧倒的である。

 魔道も、剣の技量もこの世界に来た当初とは比較にならないほどのレベルに至っていた。

 達人の域はまだ遠くとも、紛れもない実力者としての風格を、悠の実力は備えていた。

 同時に、神殻武装“煌星剣”は顕現しなくとも主である悠に補助を与え、戦闘力はさらに底上げされていた。


 そして、見違えたのは悠だけではない。


「逃がさない……わよぉっ!」


 虹色の糸<絢爛虹糸レイディアント・ブリス>によって魔族を絡め引き寄せて、藤堂朱音とうどう あかねが異形を蹴り砕く。


 糸使いとしての訓練を愚直なまでに積み、指先の動作のみでも<絢爛虹糸>のある程度の操作が可能となった朱音は、余った魔道のキャパシティを身体能力の強化や虹糸の延長や強度などに振り分けることができていた。

 カーレル・ロウに成す術なく追い詰められた時とは、もはや別人である。


 結んだ相手を引き寄せる虹色の糸は理不尽なまでの牽引力を発揮し、禍々しき怪物たちを、次々と得意とする至近距離へと引きずり込んでいた。


「ウンディーネ、シルフ……お願イ! ノームは待機デス! サラマンダーは――」


 朱音の親友であるティオもまた、<精霊庭園エレメント・クアドラリテラル>の具象体である四体の精霊を使いこなしつつある。

 以前は苦手としていた同時行動もかなり改善され、極めて高い柔軟性を誇るその能力で、同時に複数個所の戦局に対応して見せていた。


「おらっ、どんどん突っ込め島津しまづ!」


「分かっとるばい、くろがね


 島津伊織しまづ いおりの攻撃特化型魔法<玻璃殿はりでん剣神神楽けんじんかぐら>。

 鉄美虎くろがね みこの防御特化型魔法<拷問台の鋼乙女(アイアン・メイデン)>。


 その能力の相性の良さによる相乗効果により、それぞれの潜在能力を十二分に引き出した活躍を魅せている。


「大したもんだ、守ってやろうなんてもう余計なお世話だな」


 そんな仲間たちの成長を目の当たりにして、武田省吾たけだ しょうごが苦笑する。

 彼は徒手空拳で、相変らずの無双ぶりを見せていた。


「……こいつらも、ずいぶんと頼もしくなったもんだ」


 省吾が横目で見るのは、第二位階のメンバー達である。

 戦闘能力では第三位階に遠く及ばないが、命懸けの戦いを経験し頭角を現す者も存在していた。


「澪、栄太郎、右のカバーだ! 左は俺が受け持つ! 鳥野さんは悠たちの――」


 壬生冬馬みぶ とうまがその筆頭だろう。

 その砲撃魔術にも磨きをかけているが、何よりもその社交的で気の回る、嫌味のない性格により築いた人望に基づくリーダーシップは、このような状況下においてとても貴重なものだ。

 際立った天才ではないからこそ、同じ目線からかけられる彼の言葉は多くの凡人たちの胸に響く。

 第二位階をまとめあげる中核の一人として、彼は第三位階のメンバー達からも頼りにされていた。


 危険地帯と言われる第二界層での戦いであるが、異界兵らの成長により戦局は危なげなく推移していた。


 だが、しかし――






「くそっ、くそっ、くそがぁぁぁぁぁっ!」


 粕谷京介かすや きょうすけの唸るような叫びが、魔界の空に飲み込まれる。

 ゴリラを思わせる異形の怪物を前にして、彼は苛立ちに表情を歪めていた。


「<機甲蟷螂ハウル・シザーズ>! 何もたついてやがる!」


 粕谷の魔法の具現体たる鋼の大蟷螂、<機甲蟷螂>。

 超震動の大鎌、分厚い装甲、二対の脚による見た目によらぬ機動力を誇る、極めて戦闘向けの優秀な魔法ゼノスフィアだ。

 一度は更なる進化を果たし、中位魔族など歯牙にもかけないほどの圧倒的な戦闘力を宿していたはずの魔性の鬼蟲は――


「があああああああ! 糞が、痛ぇぇぇ! 馬鹿野郎! このノロマがぁ!」


 見る影も無く、弱体化していた。

 パワーも、スピードも、そしてその装甲の強度すらも著しく低下している。

 かつては<斯戒の十刃>を易々と防いでいた魔鋼の外骨格は、中位魔族の一撃によって危い軋みを立て、ひび割れる。

 己が魂の具象体が受けたダメージが、主である粕谷へとフィードバックしていた。

 脳を直接に殴られたような精神的負荷が、粕谷を襲っている。


「ぐっ、が……」


 粕谷が、よろめいた。

 隙ありと言わんばかりに、中位魔族が襲いかかる。

 主を守ろうとする<機甲蟷螂>の動作は、あまりにも後手後手であった。

 異様に発達した、筋繊維の剥き出しになった巨腕が粕谷に迫る。

 粕谷には、それを回避する余裕は無かった。

 そして、そんな彼を守ろうとする者は――


「京介ぇっ!」


 ――ただ一人だけ。


 斉藤和樹さいとう かずきがその場に駆けつけ、高速移動の魔術によって粕谷に体当たり気味に飛びついた。

 すんでのところで、二人は吹き飛ぶようにして地面を転がり、魔族の巨腕から逃れる。


「かず、き……」


 斉藤は、切迫した声で呼びかける。

 

「京介っ! どうしたっていうんだよ! 調子悪ぃのか!?」


 心配そうな眼差しが、粕谷を見つめている。

 第二位階である斉藤は、中位魔族の攻撃など受ければひとたまりも無い。その顔は、死の恐怖に震えていた。

 それでもなお、その声色は友の身を案じる真摯な響きを宿していた。


「無理そうなら、とりあえず逃げようぜ! 死んだら元も子もねえだろ、なあ!」


「うるせえ! 偉そうな口利いてんじゃねえよ! この俺が、そんな情けねえ真似できるか!」


「き、京介……」


 だがその真心は、粕谷の心には届かない。

 斉藤を乱暴に押しのけようとして、しかし四肢に力が入らず屈辱に表情を歪ませる。

 いまだ響く頭痛に頭を押さえながら、自らの化身に向けて怒鳴り散らした。


「<機甲蟷螂>! さっさとそのバケモノを始末しやがれ! 隙だらけだろうがぁ!」


 反応までもが、あまりに鈍い。

 すでに魔族は体勢を立て直し、曲芸じみた動きで次なる攻撃動作に入ろうとしていた。


 この異形には、頭部が無い。

 代わりに、巨大な目玉がその筋骨隆々の胴体に、腹と背を貫通して存在していた。

 ぎょろりと、異形の巨眼が粕谷と斉藤を見据えている。

 次なる狙いは、明白であった。


「……っ」


 中位魔族が、こちらに前傾姿勢を取って、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 疾走する白い風に、切り刻まれていた。


 真白の髪、乙女のような柔らかな顔立ち。

 両手に白刃を、そして周囲に八刃を侍らせる、小柄で華奢な少年であった。

 斉藤が、呆然とその名を呟く。


「か、神護……」


「……大丈夫だった?」


「ああ、な、何とか。悪い」


 悠は、小さく頷く。

 その端正な容貌には、複雑な感情が滲んでいた。

 どう振る舞えばいいのか困っている、そんな様子だ。


「神護ぃ……てめぇぇぇ……!」


 粕谷は、そんな彼を見て唸るような声を漏らす。

 命を助けられた恩義など、微塵も無かった。

 何よりも屈辱が、その胸中に濁流のごとく渦巻いている。


「この辺りは一掃してくね……もうそろそろ終わると思うから、気を付けて」


 悠は悲しげに眉をひそめ、背を向けた。

 そして、ふたたび疾風のような迅速で、その場から消え去った。

 粕谷と斉藤の二人が、残される。


「くそが、くそが、くそがくそがくそがくそが、くそがぁぁぁぁ……!」


 怨念めいた呻きを溢れさせ、地面を虚しく殴り続ける粕谷。

 斉藤はそれを、力無い表情で見下ろすのだった。


 魔界の崩壊が始まったのは、それから10分ほど経過してのことだった。

 犠牲者はゼロ。重傷者もゼロ。第二界層という環境下で発生した高純度の魔石も発見することができた。

 表面上は極めて順調に、その日の戦いは終了したのだった。





 翌日。

 粕谷は、魔道省に呼び出しを受けていた。 


魔法ゼノスフィアの劣化現象は、ままあることだよ。その根底となっている想いが破壊されれば、魔法が一切使えなくなることもあり得る。君の場合は、大勢の見ている前にでユウ君に完膚なきまでに大敗したことが影響しているかもしれないね?」


「……っ」


 ラウロ・レッジオの朗々とした言葉を、粕谷は歯ぎしりしながら聞いていた。

 眼は充血し、握りしめた拳からは血が滲みそうになっている。

 己は第三位階――この世界における強者であるという拠り所が揺らぎ、彼の精神は著しく不安定となっていた。


 そんな粕谷を気遣う様子すらなく、ラウロは嬲るような声色すら滲ませて言葉を続ける。


「第三位階の異界兵の中には、戦闘向けではない能力の者もいるが……今の君は、そのレベルにすら達していないと私は判断している。現状では、君をこのまま第三位階として遇することは公平の観点から望ましくはないとね」


「……どういうことだよ」


「分からないかね? 第一宿舎で奴隷付きの生活を続けさせる訳にはいかないと、そういうことだ」


「ふざけるんじゃねえ! 俺が、この俺が、そんなこと……!」


 第二位階の連中と同じような生活を送れというのか。

 この粕谷京介に。名門粕谷家に連なる、選ばれし血筋の者に。

 思わず掴みかかりそうになった粕谷に対して、ラウロは小さく手を上げて制した。

 それだけで動きを止めてしまうほどの不可思議な威圧感が、この男から感じられた。


 陰湿な眼差しが、粕谷を見下ろしている。

 それは実験動物に対する研究者のそれであったが、粕谷にはそこまでの認識に至ることはできなかった。


「力が、欲しいかね?」


「……何だと?」


「我が帝国では、魔道師の力を増幅させるための研究も行われている。最終目標は、位階を強制的に引き上げることだが……その過程で、いくつか効果が実証された成果が上がっているのだよ。もっとも、相応にリスクはある手段だし、君にも相当な我慢と忍耐を強いることになるので、本人の同意と強い意志無しに行うことはできないのだがね」


 期待よりも胡散臭さが先立った。

 粕谷は短絡的な思考の持ち主ではあるが、こんな話に考えなしに飛びつくほど愚かではない。


「どうせ糞みたいに成功する見込みが低いとかじゃねえのかよ」


「まさか、そんなことで“成果”などとうそぶく無能は魔道省にはいないよ。成功率は、現状で7割といったところか。成功すれば、かつての君とは比較にならないほどの力を得られる可能性が高いだろうね」


 疑わしい話だ。

 だがそれでも、ふたたび強者の座に返り咲けるかもしれない。

 ……あの神護悠に、思い知らせることができるかもしれない。

 そんな想いが、粕谷の胸中で沸き立つように熱を帯びていた。


「……詳しい話ぐらいは、聞いてやるよ」


 危うい笑みを浮かべながら、粕谷は続きを促すのだった。






「……すごい! そうすれば、キョウスケ様は、ずっとずっとお強くなられるのですね!」


「まだやるか決めてねえぞ」


 粕谷は、自室へと戻っていた。

 ラウロから資料や実例も交えて説明を受けたが、答えは保留だ。


 嬉しそうな顔で主を迎えた兎人ワーラビットのエスタは、媚びた仕草ですり寄りながら話に耳を傾けてくる。

 兎耳がぴょこぴょこと愛想よく動き、つぶらなピンク色の瞳が、粕谷を熱っぽく見つめていた。


「でもでも、ラウロ様がそのお話を持ちかけたのも、キョウスケ様の才能を見込まれてのことではないでしょうか?」


「人体実験のデータが欲しいだけかもしれねえ」


「そうだとしても、それだけの価値があるお人であると評価されているって、エスタは愚行する次第なのです。キョウスケ様ほどのお人なら、必ずや成功すると信じております」


「……ふんっ、相変らず口のよく回る」


「これとカラダで世渡りしてきましたからねー……やぁん」


 悪びれもせずに言うエスタを、ベッドの上に組み敷いた。

 感情が高ぶっている。心がざわついている。

 まずは一つの感覚に溺れることで、落ち着くとしよう。

 結論を出すのは、それからだ。


 無言で、エスタの露出の大きいメイド衣装を剥いていく。

 可愛らしい声を上げながら、エスタは嬉しげにその行為を受け入れていた。

 次々に艶やかな肌が晒される。小柄な割に豊かな双丘が、たゆんと目の前に――


「――あん?」


 その柔らかな谷間に、何かが挟まっている。

 細長い、瓶のようだった。

 何か、液体が入っている。


 無造作に手を突っ込んで、それを取り上げた。


「……何だこりゃ?」


「えへへ……キョウスケ様へのプレゼントと思って、用意していたんですけど。お話を聞いて、出すタイミング逃しちゃいました」


 胸元をまさぐられ、とろんとした笑みを浮かべながら、エスタが気恥ずかしげに言う。

 

「アンダーグラウンドなところで伝わってるお薬です。飲んだら、魔道の力が活性化されるって言われてて……もしかしたら、キョウスケ様のお役に立つかなって。誰かに言っちゃヤですよ? 一応、違法なお薬ですから」


「……ふぅん、こんなのがね」


 粕谷は、胡乱げに瓶を振る。

 中では赤い液体が、怪しく波打っていた。


 それはまるで、鮮血のような――

あけましておめでとうございます。

書き溜めは忙しすぎて思っていたより進んでいませんが、さすがに間が空き過ぎるのも何なので、とりあえず1話だけ。

更新はまだすぐには無理ですが、お待ちいただけると嬉しいです。

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