第11話 ―人獣・その4―
帝国領内に潜伏している“人獣”が、次々と狩られている。
しかもそれは、帝国軍の騎士団ではなく、一人の女戦士によるものらしい。
その噂は、ほどなくして帝都にも流れてきた。
潜伏していた“人獣”の多くは筆舌に尽くしがたいような非道を密かに働いており、彼女に救われた人間も少なくはない。
本来であれば、英雄であると讃えられる存在だったのかもしれない。
だがその存在は、恐怖とともに語られていた。
その痕跡が、あまりにも凄惨であるためだ。
血と肉と骨と臓物で埋め尽くされた地獄を目撃したことで、精神が不安定になった者も少なからずいるという。
彼女は相手の苦しみが増すような残虐な殺害方向を好んで取っており、常軌を逸するような拷問を受けたと思しき死体も必ずといって言いほど見受けられる。
これを為した者は、英雄などではなく“人獣”とは別種の狂人なのだろう。
その噂話には幾つか種類があるが、ほぼこの結論をもって締められている。
「本当に、ルルさんがそんなことをしたのかな……」
「故郷を滅ぼされたなら、それぐらいしてもおかしくなかと? ……でも、ルルがそげなこつするのは、イメージに合わなかね」
悠たちは、第一宿舎のロビーの一画に陣取って、難しい表情を突き付けあわせていた。
件の噂の人物がルルであるということは想像に難くない。
だがその所業は、あまりにも彼女の気高く、それでいて柔和で軽妙な振る舞いからはかけ離れているものであった。
椅子に座って帝都の新聞を広げながら唸っていた悠と伊織の会話に、朱音とティオも入ってくる。
「あたしは、悠と粕谷が戦ってる時にルルが物凄く怖い顔をしてたの見たことがあるわ」
「そうですネ。魔界が落ちた時……ルルさんじゃないみたいでしタ」
「……そうなんだ」
ルルから聞かされた彼女の過去については、朱音たちには教えていない。
あの話は、きっと悠だから聞かせてくれたことのはずだ。
皆が把握しているのは、彼女がルヴィリスという亡国の生き残りであり、祖国を滅ぼした仇敵を探していたということだけである。
「ルルさんすっげえ強かったんだな。“人獣”って、第三位階の奴もいるんだろ? そんな連中相手に勝てるなんてさ」
そんな冬馬の言葉に、恋人の綾花が相槌を打つ。
同じくクラスメートの澪が、難しい顔をしながら言った。
「でもさー、今までヤバい時けっこうあったじゃん? 中位魔族がうじゃうじゃ出て来た時とか、夢幻城でキチガイハゲと戦った時とか。あの時、ルルさんが第三位階として戦ってくれたらもっと楽できたに、とか思わない?」
「……そうね。少なくとも怪我人はもっと減らせたかも」
腕組みする朱音の声は、すっかり不機嫌顔だ。ルルに対していまだに怒っているらしい。
戸惑いながらも、朱音や澪の意見に賛同する声も少なくはなかった。
それまで口を挟まずに頬杖を突いていた美虎が、頬の傷のあたりを掻きながら意見を出す。
「しなかったんじゃなく、できなかったんじゃねえのか? オレはルルとそんなに親しかった訳じゃねえけどさ、無意味に仲間を危険に晒すような女じゃねえだろ」
彼女はさすが年長者というべきか、冷静かつ客観的な立場を保っていた。
ティオがその意見にすぐに賛同する。
「わたしもっ、そう思うデス 魔法には、大きな制約が付いたものもありマス! ルルさんの魔法は、そういう性質なのかもしれないデス! ユウ様も、そう思いませんカ?」
「そうだね、十分にあり得る話だと思うよ」
そう答える悠の表情は、少し硬い。
悠は、かつてのルルの――ルヴィア・ルヴィリスの魔法<颶嵐煌弓>のことを聞かされている。
そしてそれが、朽ちて滅びたことも。
その後にマダラの弟子となった彼女は、第三位階の魔道師すら屠れる“何か”を会得したのだろう。
それが何かまでは、ルルの残した書置きには記されてはいなかった。
「でも、そういう力があるならあるって、一言ぐらいあっても良かったんじゃないの?」
「それはそうかもだけど、ルルさんにも色々と事情があるだろうしさ」
朱音は憤懣やるせないといった様子であるが、悠の困ったような苦笑に嘆息して、不満げに黙り込んだ。
わずかな沈黙。
冬馬と肩を寄せ合って座っていた綾花が、ぽつりと言う。
「ルルさんは、どうして“人獣”の居場所が分かるのかな。帝国の方でも一生懸命に探しててもなかなか見つからないんだよね?」
その通りであった。次々に同意の声が上がる。
帝国領内に“人獣”が潜伏して何かを企んでいることはもはや確定的であり、帝国の治安関係者が血眼になってその行方を追っているところだ。
いくつか成果も上がっているが、特に重要視されている構成員については芳しい状況ではない。
しかし、ルルと思しきその女戦士は、帝国でも捕捉していなかった“人獣”の重要な構成員についても次々に捕捉し、餌食にしているのである。
「……匂いでも辿ってるかもしれんばい」
伊織の言葉に、幾つかの弱々しい笑いが応じる。
確かにルルの嗅覚は悠たちの理解が及ばないほどに凄いが、帝都内ならまだしも、日本列島がいくつ入るかも分からないような広大な帝国領土で力を発揮できるとも思えない。
「玲子さんなら、何か知ってるかもしれねえんだけどなー……」
「忙しそうッスもんね」
ここ数日は、玲子の姿をずっと見ていない。
ブリス商会などと結びつき独自の情報網を構築し、皇帝派の貴族と密な結びつきを持つ彼女もまた、“人獣”対策として協力を仰がれているのだ。
こうして彼女の力を頼れない状況になると、情報というものの有難味が身にしみて理解できた。
「玲子先輩のことだし、近いうちにこっちにも顔をみせ――……っ」
何とか前向きな方向に話題を持っていこうと、悠が口を開いた時のことだった。
途中まで言いかけた言葉は、階段から下りてくる人影を目にしたことで、尻すぼみに消えていく。
よく知っている顔が、そこにあった。
「……お、おはよう、粕谷君」
「けっ……」
粕谷京介が、こちらを見てあからさまに不快げな顔をしていた。
その腕には、兎耳のメイド服の美少女がしがみ付いている。
彼の現在の奴隷である兎人のエスタだ。ルルよりも濃いピンク色のふわりとした髪、あどけなさの残る顔立ちで小柄だがスタイルは良く、色気と愛嬌の入り混じったような甘ったるい雰囲気を漂わせている。
加えて、その衣装はかなり大胆に改造しており、胸元はかなり開いて谷間が露わとなり、短いスカートからは太ももがほとんど露出していた。娼婦を思わせる、刺激的な姿である。
「みなさまー、おはようございまーす」
主である粕谷とは裏腹に、エスタは人懐っこい笑顔でぱたぱたと手を振ってきた。
異性への媚び方を熟知した、あざといまでに魅力的な笑顔。
男子のかなりの割合がドキリとしたような表情を見せた。恋人関係にある女子たちは、その反応に面白くなさそうな顔をしている。
「愛想振り撒いてんじゃねえよ、行くぞ」
「はーい、キョウスケ様ぁ」
乱暴に歩き出す粕谷に引っ張られるようにして、エスタがにこりと返事をする。
その姿は、甲斐甲斐しく主に仕える奴隷そのものだ。
そのまま二人は、第一宿舎を後にしようとする。
悠は、冬馬に目くばせする。
冬馬は頷き、粕谷の背に声をかけた。
「なあ、粕谷!」
「……なんだよ、壬生」
睨みつけるような眼差しに、冬馬はわずかに表情をこわばらせながらも言葉を続ける。
「明日、魔界で戦闘だぞ。お前、ブランクあるけど大丈夫かよ」
数日前に、帝国領内で魔界化の兆候が観測され、明日がその予定日であった。
粕谷は悠に敗れてからずっと治療中で伏せっており、明日が久々の復帰戦だ。
第三位階である彼ならばブランクがあったとてそうそう中位以下の魔族に遅れは取らないだろうが、それでももしもということがある。
そんな心配を悠はしていたのだが、彼をそのようにした自分が言ってもきっと逆効果だろう。
冬馬は、それなら自分が粕谷に言ってみると請け負ってくれたのだ。
「はっ……舐めてんじゃねえ、雑魚。あんなバケモノごときに俺の<機甲蟷螂>がどうにかできるかよ。上から目線で余計なお節介してんじゃねえぞ」
が、冬馬であっても結果はあまり変わりなかったようだ。
悪態をつき、粕谷は玄関から外へと出て行った。
後には、憮然とした雰囲気が残される。
「あの野郎、何も変わってないのね……!」
それまで口をきつく閉ざしていた朱音――開ければ必ず悪態を吐いて事態を悪化させる自覚があったのだろう――は、柳眉を吊り上げながら舌打ちした。
ティオは苦笑し、伊織や美虎らは複雑な表情を浮かべている。
「……ごめんね、冬馬」
「いいって」
悠が目を伏せて謝ると、冬馬は苦笑して肩を竦めるのだった。
粕谷が復活してから、彼と顔を合わせることは度々あることだった。
同じ第一宿舎で暮らしているのだから当然だし、粕谷も無駄にペナルティを負うつもりはなく、暴力沙汰になるようなこともない。
気まずい空気が流れつつも、すれ違う。
いつもはそれだけで終わる悠と粕谷の縁は、間接的ながら今日はもう少し続くようであった。
昼過ぎ、悠と朱音は、一緒に訓練場に向かうところであった。
伊織とティオは、世話係としての業務で必要な集まりがあるとかで、まだ第一宿舎の中にいる。
途中、目立たない場所にあるベンチに座って黄昏ていた人影に、悠は気付いた。
「……あ」
「どうしたのよ、悠?」
「斉藤君だ」
「ああ、あいつ……」
朱音が、その名に露骨に顔をしかめた。
クラスメートの一人である斉藤和樹。
粕谷グループにおいて彼の右腕的な立場にいた彼は、当然ながら悠への苛めにも何度も参加していた一人である。
そのため、周囲からの風当たりはお世辞にも優しいとは言えなかった。
悠はまるで気にしていないのだが、彼を取り巻く他の皆はそうはいかない。
それに、彼はいまだ玲子グループには入っていないのだ。
かつての仲間たちのように、白い目を向けられながらも玲子グループに参加するという道もあるにはあったが、斉藤はそれをしようとはしなかった。
その一方で、粕谷との仲も良好とはいえないようだ。
結果として、彼は非常に孤独な状態にある。
気にはなっていたのだが、彼の方から悠を避けているのか、その姿を見かけることは無かった。
そんな彼が、力無くベンチに腰掛けて陰鬱としたオーラを漂わせている。
放っておけない気持ちのまま、悠は斉藤の方へと駆け出していた。
「朱音は、先に訓練場行っててよ!」
「あー、もうっ……馬鹿っ、一人にできないって皆と話したばっかりじゃないの!」
朱音が嘆息しながらも後を追ってくる。
俯いて地面を視線を落としていた彼に、悠は意識して明るい声色と表情で声をかける。
「斉藤君!」
「……!」
びくりと肩を震わせる斉藤。
のろのろした動きで、顔を上げてくる。
悠はにっこりと笑顔を浮かべて、挨拶をした。
「こんにちは!」
「か、神護……ああ、こ、こんにちは」
斉藤は、ひどく気まずげに返事をする。
居たたまれなさそうに、落ち着きなく視線を泳がせていた。
「その……ごめんな」
学校では彼に蹴られたりしたことも一度や二度ではない。そのことを気にしているのだろうか。
今となっては立場は完全に逆転しており、報復を恐れているのかもしれない。
悠は穏やかな表情のまま、本心を告げる。
「あの……学校でのことだったら、僕は別に仕返しとか考えてないし、君を責めたりするつもりもないよ?」
背後で、朱音がやれやれとため息をつく気配があった。
斉藤が怯えているように見えるのは、いまだ粕谷グループのメンバーにも辛辣な態度を崩さない彼女の存在もありそうだ。
「朱音も、今さらどうこうとかは無いよね?」
「……別に、あえて何かしようとかは思ってないけど」
しかし、斉藤の表情は一向に晴れない。
苦しげな表情で、絞り出すように言う。
「そういう問題じゃ、ないだろ……無理だよ。あいつらみたいには、俺はできないよ」
あいつら、とは他の粕谷グループの元メンバーのことだろう。
彼らは悠に対して卑屈な表情で接しながら、玲子グループに参加させて欲しいと頼み込んできたのだ。
今は確か、何か雑用をやらされているはずだった。
「……それに俺は、京介の友達だから」
疲労感の滲んだ寂しげな笑みを浮かべながら、斉藤は言う。
崩壊した粕谷グループの中で、彼だけは粕谷を見限っていないらしい。
朱音は理解できないといった様子で、鼻を鳴らしていた。
「今朝もさ、粕谷君に会ったよ。エスタさんと一緒だった」
「ああ、あの女か……京介はご執心みたいだからな。そりゃそうだよな、あんな自分のこと全肯定してくれる可愛い女にベッタリされりゃあな」
そう言う斉藤の口元は、苦々しげに歪んでいる。
「あの子が、どうかしたの……?」
「いや、ただこのままだったら何も変わらねえな、ってさ」
「斉藤君……」
どうやら斉藤は、悠が思っていたよりもずっと粕谷のことを考えているようだった。
彼が、本心では悠を苛めることに気乗りしていなかったのは、知っていた。
自発的に何かをされたことは無い。いつも、粕谷の指示があってのことだ。
悠が、斉藤のことを気にかけていた理由の一つでもある。
いったい、斉藤と粕谷はどのような関係なのだろうか。
粕谷は酷い男だ。だがそんな彼に対して、斉藤のような良識を持った人物がいまだ友情を失っていない。
もう少し斉藤のことを知りたいと、悠は思った。
「隣、いいかな」
「えっ、あ、ああ……いいけど」
斉藤は戸惑いながらも、ベンチの端に移動する。
その隣に悠は腰掛け、さらに悠の隣に朱音がどっかりと腰を下ろした。
腕組みして、面白くなさそうに事態を見守っている。
おろおろしている斉藤の顔を下から覗き込むように見つめて、悠は問いかけた。
「粕谷君とは、小さい頃からの付き合いなんだよね?」
斉藤は目を瞬かせ、そして懐かしむような笑みを浮かべる。
「ああ……父さんが、京介の父親の部下でさ。最初に会ったのは小学校の頃だった」
そのまま、しみじみとした声で語りはじめた。
その多くはすでに知っていた内容であったが、当事者である斉藤の口からは、意外な内容も含まれていた。
幼い頃の粕谷京介は、やや粗暴なところはあったがリーダーシップに溢れ、気前と面倒見のよい頼れる性格の少年であった。
弱者が理不尽な扱いを受けていれば年上の上級生に対しても突っかかり、不利な状況を己の身一つと機転でもって覆して勝利を収めていたと。斉藤も何度も助けられたらしい。
成績もよく運動神経も抜群であり、神童と呼ばれていたそうだ。
「カッコ良かったよ。あの時のあいつはさ。俺はマジで憧れてた」
当時の粕谷は、斉藤にとって紛れも無くヒーローであった。
そう、斉藤はキラキラとした眼差しで口にする。
だが年月を経るにしたがって、粕谷は次第に変わっていったのだという。
実家の権力、財力、コネを利用し、かつては守ろうとしていた弱者を嬲って楽しむ暴君へと変わり果ててしまった。
でも、それでも粕谷はかつては確かに正しい心を持っていたのだと、斉藤は主張する。
「だからさ、もしかしたら何か切っ掛けがあれば、昔のあいつに戻ってくれるんじゃねえかって……」
「あのクズ野郎にそんな余地があるなんて思えないけど」
「あ、朱音ぇ……」
朱音の刺々しい物言いに、斉藤は弱りきった苦笑を浮かべた。
「分かってるよ藤堂。夢見過ぎってのはさ。……そろそろ行くわ。ありがとうな、昔の話してたら、少しだけ元気が出た気がする」
立ち上がり、そのまま去ろうとする斉藤の寂しげな背に向けて、悠は思わず声をかける。
「斉藤君! あの……話相手だったら、いつでも乗るからね? それにお金とかご飯無かったら、まだ余裕あるし。遠慮しないでいいから」
背を向けていた斉藤が、小さく吹き出す。
振り返った彼の表情は、とても穏やかな笑みであった。
「ほんといい奴だよな、お前。でも大丈夫だよ。自分一人の面倒ぐらいは見れてるから」
……本当に、ごめんな。
最後にそう言って、斉藤は歩き去っていった。
(斉藤君……)
こうして話してみれば、彼は真っ当な良識をもった、友情に厚い少年であった。
粕谷の件がなければ、彼とも冬馬たちのように仲良くやれたのかもしれない。
だが彼は、あくまで粕谷の側に立つことを選択している。
だから、悠と粕谷が今の関係であり続ける限り、彼とは仲間ではいられないのだろう。
やるせない感情を抱きながら、悠は高台の向こうに消えていく斉藤の背を見送っていた。
“爪牙”。
“人獣”には、そう呼ばれている者たちがいる。
シド・ウォールダーから直接にその在り方と能力を認められた“人獣”の最精鋭である彼らの中には、一騎当千の力を誇る第三位階の魔道師も多い。
ディオーネ・クラインもまた、“爪牙”と称される第三位階の一人であった。
妖艶な色香を放つ、妙齢の美女である。
毒々しいまでの紫の髪は、地面に垂れるほどの異様な長さに伸びている。
衛生観念のある女性であるならば地面に髪を垂らすなど耐えられない不潔な状態であろうが、ディオーネは意に介したふうもない。
何故ならば、彼女のいる空間には塵一つ落ちてはいなかったから。
決して汚れることなどない――汚れが入ってくることを許容しない、魔道の空間であった。
ここは、彼女の魔法でもって創造された異界である。
フォーゼルハウト帝国領内でありながら、しかし領内のどこでもない場所。卓越した魔術の使い手でもある彼女の隠蔽は一流であり、いまだ帝国側に察知されることも無かった。
ディオーネは、そこで一人の少女と相対している。
「いつまで遊んでいるつもりですか? あなたも“爪牙”の一人。あの御方のお声が発せられるまで、余計な行動は慎むべきでしょう」
「えー、いいじゃないですかぁ」
ケラケラと軽薄な笑いを上げながら少女は応える。
「“人獣”の在り方と外れたことはしないですよ? シド様のお許しだって得てるんですから」
「……見つかれば、魔道を封じられた状態で“帝都の剣聖”らを相手取ることになりますよ?」
「んー、それは困るけどぉ。ぶっちゃけ万全な状態でも御免だし、性格もきっと合わないし?」
そんなことを言いながらも、少女は自らの唇に当てた指をぺろりと舐める。
ディオーネの妖艶さすら霞むほどの淫靡な気配を漂わせながら、喜悦に満ちた声で話を続けた。
「でもでもぉ、上手くいったら、きっとシド様の御計画を彩ることに役立つと思うんですよぉ。だってあの白い髪のかわいーい男の子に関係することですし」
「……承知しました」
ディオーネは、嘆息して少女の意見を受け入れた。
といっても、ディオーネに少女の行動について指図する資格があった訳ではない。
“人獣”の構成員同士で上下の明確な指揮系統など存在しないのだから。
「ただし、援護は期待しないことです。帝国側に発覚した場合は、自力で対処なさい――」
そして、ディオーネはその少女の名を口にする。
「――エスタ」
「はぁーい」
粕谷京介の奴隷である兎人の少女は、にたりと悪辣極まりない笑みで応えるのだった。
本日で毎日更新はストップです。
次の更新はちょっと間が空いてしまうかもしれませんが、できればまたある程度溜めてから投稿したいなと思っています。
お待ちいただけると嬉しいです。




