第21話 ―聖天来訪・その11(祭・2日目⑥)―
土曜投稿、2話目です。
レーゼル広場では、激闘が繰り広げられていた。
「主人公のライバル、“剛天”ドゥラガンの子供の数は――」
「――108人」
謎の着ぐるみと、
「三番目の妻、エステルの魔法の名前が初めて登場したのは――」
「――3巻、4章、177ページ、です!」
ファースティの一騎討ちである。
うまいこと声色を変えており、その声で彼女が聖女であると気付く者はいないようだった。
他の参加者は、すでに不正解による失格、あるいは降参によってステージを降りている。
「互角ぅー! まさかこれほどのデッドヒートになろうとは、誰が予想できたでしょうか!」
一進一退。
片方がリードすれば、もう片方が追いつき、あるいは追い抜く。そしてもう片方がまた――その繰り返しが、ずっと続いていた。
観客たちまで、どちらが勝利するか熱く見守る事態となっている。
同点のまま、残るはあと3問。
悠が雑木林をから広場に戻ってきたのは、そのタイミングであった。
こそこそと顔を隠しながら、知人のもとへと近寄っていく。
「ガウラスさん」
「……む、ユウか」
ガウラスは腕組みし、気難しい表情で大会を見守っていた。
さほど威圧感を振りまいている訳でもないが、身長2mを優に超える筋骨隆々の巨漢である。いるだけでもある種のプレッシャーが発生し、彼の周囲だけぽっかりと空いている。
「ガウラスさんも、出場していたんですか?」
「まあ、な……もっとも俺は件の書を読んだことがない。すぐに脱落した」
「読んだことがないのに、『吼天の戦姫』が欲しかったんですか?」
「欲しいのは俺では……いや、入手できればしたいとは思っていた。無理だろうとも思っていたがな」
そうやって話している間にも、大会は進んでいる。
謎の着ぐるみが正解し、一歩リードしたところだ。次の問題も着ぐるみが正解すれば、勝敗は決することになる。
「……よしっ」
ガウラスが、力強く頷いている。
「あの着ぐるみの人、応援しているんですか?」
「あ、ああ……そうだ。……知り合い、なのでな」
どこか言いづらそうにしているガウラス。
「へえー……僕は、あっちの娘を応援しているんですけどね」
「知人か?」
「はい、今日知り合った……友達です」
「そうか……あの声、最近どこかで聞いた気がするのだが」
「き、気のせいじゃないですかねえ!?」
ガウラスは、狼耳をピクピクさせながら訝しんでいた。
狼人の聴覚は、普通の人間よりも数段優れている。ファースティの声色についても何らかの違和感を得ているようだ。
「でも、あの着ぐるみの人がガウラスさんの知り合いだったら、また挨拶できますかね。さっき、親切にしてもらったから、ちゃんとお礼が言いたいんですけど」
ガウラスの尻尾が、くるくると丸まっている。
狼人が困っているときにする仕草だ。
いったい、どうしたのだろうか。
「ど、どうだろうな……顔見知り、する性格だから、な……」
「ルルさんとは、知り合いなんですか?」
「そ、そうだな……!? 知っている仲、ではあるな!」
ガウラスの声が、唸るような苦しげなものに変わっていく。
具合でも悪いのだろうか。
今日は割と気温が高い。全身毛皮のガウラスは、見るからに暑そうではあった。
悠は、ステージを見遣りながらぽつりと呟く。
「ルルさん、どこにいるのかな。『竜天戦記』が好きなら、出場しても良かったのに――」
――出場していた。
ルルは今、着ぐるみの中で荒く息を吐いている。
「あと……1問……!」
必死の形相。
いつもの飄々ゆるりとした雰囲気など、微塵もない。
命懸けの実戦もかくやという真剣な顔でオタクの集まりのクイズ大会に挑んでいる。
ある意味、命がかかっていた。
ルルの、社会的な生命が。
「絶対に、負ける訳には……!」
自分がまだ幼い頃、とある名作にのめり込み。
自分もこんな風に人を感動させる本を書いてみたいなと、淡いクリエイター願望を抱き。
忙しい修練や勉学、政務の日々の中、空いたわずかな時間を使い、習作として名作の二次創作をを書き上げ、それが思いのほか力作な気がして、名作を紹介してくれた作者の知人でもある馴染みの行商人にこっそり見せて。
商人から、作品のクオリティに太鼓判を押され、作者にも許可を得たから本にしてみないかと言われ。
一も二もなく頷いて。
数は少ないながらも、自分の本が市場に流通したことを、周囲には秘密にしながらも誇っていた自分。
「私の、封ずるべき過去を……!」
問題は、その内容が、後から狂おしいほどの黒歴史にしたくなった場合である。
しかも、読む者が読めば、容易にその作者を推察できるような記述があった場合。
どこぞの遠い国で読まれるならばまだいい。
だが、生活を共にする知己に見られてしまった、その時は――
「帝都にある分だけは、すべて回収しなければ……!」
汗だくになり、息を切らせながらもルルの琥珀の瞳は爛々とぎらついていた。
暑い。暑過ぎる。
もともと、狼人はその体温の高さや毛皮などから寒冷には強い一方、暑さが苦手である。
今現在、着ぐるみの中のルルは、下着同然の服装をしているが、それでも着ぐるみの中にこもった熱気は、ルルの体力と集中力を加速度的に奪っていく。
だが、斃れるわけにはいかないのだ。
目の前の敵手に、勝利するまでは。
「いったい、何者なのでしょう……匂いは、ユウ様に似ているようですが」
ファティ、といったか。
ほっそりとした色白の、眼鏡の少女。
いかにも田舎娘然としているが、あの髪の毛はおそらくカツラだろう。
とんでもない記憶力である。
そんなの覚えている訳がないだろうという悪質な問題にすら、すらすらと確実に答えていく。
その暴力的なまでの記憶能力は、主である悠を思わせるものだった。
早押しの差で何とか食らいついているだけであるが、すでにルルの体力と気力は限界だ。
司会が、次の問題を読み上げる。
「これは少々トリッキーな問題だー! 『竜天戦姫』には、たった一か所だけ誤字があります! それは、何巻、何ページの何行目でしょうか!」
馬鹿な、分かる訳がない。
だが、それは相手も同じだろうから、とりあえず1問正解というリードは守れるだろう。
……と、普通なら考えるのだが。
ピコン、とボタンに反応した魔道装置が、間の抜けた音を発する。
ファティが、高々と手を掲げていた。
「1巻、56ページ、3行目です!」
「せいかーい!」
観客から、半ばドン引きの歓声が上がる。
「くっ……」
この人間離れした記憶力。
あるいはイカサマでもしてるのではと思ったが、聴覚にも、嗅覚にも、そして魔道的な感覚においても、その可能性の欠片すら見つけることはできなかった。
「さぁーて、何という展開でしょう! まさか最終問題を目の前にして、同点! こんなに熱い展開になるとは、私も思っていませんでした!」
どの道、ルルにはあと1問ほどの体力しか残されていない。
不快な熱気。滂沱のように溢れた汗が、今も全身を伝い落ちている。
最後の集中力を振り絞り、挑む。
「では、最終問題――っと……これは」
問題を読み上げる司会の表情が、複雑にしかめられる。
『この問題って、どうなの?』といった様子が、あからさまに伝わってきた。
いいから、早く読み上げて欲しい。
商品を受け取ったら、急いで離脱しなければ。
その体力すら、残るかどうか怪しい状態なのだ。
「これは意地が悪いにもほどがあるぞー! 改めて、最終問題です!」
気を取り直した司会が、最終問を読み上げた。
「本大会の商品でもある『吼天の戦姫』、そのはじめの3行を朗読せよ!」
「……は?」
「え、えー……?」
朗読問題自体は、幾つかあった。
だが、『吼天の戦姫』が欲しいから出場しているのに、それを読んでいなければ答えられない問題が出てくるというのはいかがなものなのか。
司会が顔をしかめるのも、当然である。
「うー……」
ファティが、明らかに困っていた。
いくら超人的な記憶力があっても、知らないものは答えられないということだろう。
「さ、さあ、解答をどうぞ!」
悪問だ。
観客からも、萎えた気配が伝わってくる。
つまりは、こんなの無理に決まっているじゃないか、と。
だが、しかし――ピコン、と間の抜けた音。
「あぁーっと! “墓漁りの猟犬”選手が解答に挑むー! 賭けか!? それとも自信があるのか! 正解すれば優勝、間違えれば失格だー!」
自信は、あった。
自信どころか、確信が。
……何故なら、その文章を書いたのは、自分だから。
自分が、『吼天の戦姫』の作者だから。
全体としては多少うろ覚えの部分もあるが、最初の出だしはとても頭を悩ませたところだ。一生涯、忘れることはないだろう。
「……っ」
「あーと、どうしたー!? 早く答えないと、時間切れになってしまうぞー!」
しかし、本当にやるのか。
こんな大勢の観客の前で、自分の黒歴史を朗読するのか。
どうせ今の自分は、謎の着ぐるみ“墓漁りの猟犬”だからして、別に構わないのではないか。
そう考えてみても、胸を縛り付ける躊躇を振り払うことはなかなか出来なかった。
「くぅっ……!」
このままでは負ける。
主である悠の知己と思しき、この少女に。
そうなれば、悠の手にも渡るかもしれない。
悠に、知られる。
今も観客のなかから、ガウラスとともにこちらを見守っている彼に。
知られたら、どんな顔をすればいい?
この世界に来てから、色々なことを悠に教え、仕込んできた。そう、色々と。
経験豊富なルルに尊敬の眼差しを向ける悠の姿は、微笑ましく、心地よく、そして最近は、愛おしさも抱いていた。
そんな自分が、実は有名作品の二次創作を書いて、出版して、悦に浸っていたような過去の持ち主であると知れたら。
あの、当時の自分の願望を胸やけがするぐらい盛りに盛った、オリジナルの主人公が原作キャラクター相手にドヤ顔して暴れる内容を書いたのは、自分であると知られたら。
きっと、悠はあまり気にしない。おおむね、いつも通りだろう。
だが自分の精神は、果たして耐えられるだろうか。
想像しただけで、気が遠くなるような――
「ああっと、ふらついているぞ! やっぱり暑いんじゃないのか! 大丈夫なのかー!? おっと、頭を打ったー!」
――ゴツン、と台に頭部をぶつけてしまった。
衝撃で、暑さで朦朧としいた意識がわずかに覚醒する。
……退路など、はじめから無いのだ。
自分は狼人の戦士。
貪欲に勝利を求めるべし。
ルルは意を決して、口を開く。
「――――――」
喋った内容を、脳が認識することを拒否していた。
だが、涼やかな声が会場に響き渡ったことは分かる。
聞きなれた、自分の声。
よく通って聞き心地も良いと評判の、自慢の声。
「……え?」
この着ぐるみには、粗末であるが魔道装置が取り付けられている。
装着した者の声を、違う声質に変換する機能。
だから、会場に響くのはその声のはずで――
「ルル、さん……?」
ぽつりと、戸惑うような小さな声が、ルルの超人的な聴覚に届く。
悠の声。
そちらを向けば、ぽかんとした自らの主が揺れる眼差しを向けてきている。
隣には、天を仰ぐガウラス。
……魔道装置が、故障している。
先ほどふらついて、頭部をぶつけた時か。
絶望的な理解が、ルルの意識を遠のかせ――
「せいかーい! 優勝は、“墓漁りの猟犬”選手だー!」
――司会の高らかな宣言を聞きながら、ルルは卒倒した。
夜。巨大な真円の月が、漆黒の空に浮かんでいた。
帝都を覆う黒い帳を、祭りの灯りが跳ね除けている。
帝城の敷地から見下ろすアディーラの街並みは、昼ごろとは異なる活気に包まれていた。
「ん、ぅっ……」
「……あ、起きた?」
ルルが、小さく呻きながら目を開ける。
悠は、安堵の吐息を漏らしながら、ベッドに横たわる彼女の顔を覗き込んだ。
ぼんやりした眼差しで、ルルは悠に問いかけてくる。
「ユウ、様……? ここは……」
「僕の部屋だよ。ルルさんが倒れた後、運んでもらったんだ」
「私が、倒れた……?」
気の抜けたような表情で、ルルは思い出そうとしているようだった。
そして、
「………~~~!?」
顔が真っ赤に染まり、跳ねるように身を起こし、悠から逃げるようにベッドの端に転がる。
まるでアルマジロのように丸まって、こちらにプルプルと震えるお尻を突き出していた。
ふさふさのしっぽが、見たことないほどに縮こまっている。
「ル、ルルさんっ……!?」
普段の彼女からすれば、信じられないような姿である。
当惑する悠に向け、ルルは恐る恐るといった感じで振り向いてきた。
まるでおねしょを目撃された子供のような、羞恥と焦りに染まった美貌。
「お恥ずかしい姿を、お見せしましたっ……」
「う、うん」
今も見せているような気がしたが、それは彼女の心の平穏のために言わないでおこう。
事情を知らないであろうルルのため、悠はあの後に何があったかを説明することにする。
「ルルさん、熱中症で倒れたんだって。駄目だよ、あんなに暑いのに無理しちゃ。死んじゃう人だっているんだからね。僕、すっごく心配したよ?」
「面目次第もございません……」
消え入りそうな声。しおしおとしっぽを垂れさせる。
いつも悠がお説教される側なので、とても新鮮である。
趣味が悪いかもしれないが、ちょっとだけ楽しい。
「ガウラスさんが、ルルさんを医務室に抱えて運んでいったんだよ。お城に戻らなきゃいけない時間が来るまで、じっと看病してたよ。すごく心配してた。今度、お礼と謝りに行こうね」
「はい……」
しっぽが、ふるっと切なげに揺れる。
「伊織先輩とか、ルルさんと勝負してたファティ……ルルさんは知らないだろうけど、もう一人の友達だって気にしてたんだよ」
「はい……」
しっぽが、何やら形容しがたい悩ましい形状を取る。
「……とりあえず、こっち向こう? 何か、ルルさんのお尻とお話してるみたいで落ち着かないよ」
今のルルは、薄手の下着を身に付けただけの限りなく裸に近い状態だ。
綺麗な形をしたお尻が目の前に突き出された光景は、眼福でもあるがいささか以上に目に毒であった。
「はい……」
ルルは悄然と応え、もぞもぞと仰向けの体勢に戻っていく。
まだ消耗しているのだろう、ぐったりとした様子だ。
ファースティとアリスリーゼは、ルルを看病している途中、そろそろ戻らないとまずいということで、名残惜しそうに戻っていった。
ファースティは悔しげではあったが、同時に満足そうでもあった。
アリスリーゼも、悠に会えて良かったと言ってくれた。
二人とも、祭りは十分に楽しんでくれたようである。
悠、伊織はその後、ルルを背負うガウラスとともに帝城前へ。
ガウラスは、ルル様を頼む、そしてこのことはどうか他言無用にと言い残して、ルルを悠たちに託して戻っていった。
そしてルルを自室に連れ戻った悠は、今まで彼女の看病をしていた次第である。
「本当に、ご迷惑をおかけしました……」
「それはいいんだけどさ、僕いっつもルルさんの世話になってるし」
でも、と悠は言葉を切り、
「……どうしてあんな無茶したの? そんなに、『これ』が欲しかったの? 変装することなんて、ないのに」
そう言いながら悠が取り出したのは、例のクイズ大会の景品『吼天の戦姫』である。
優勝したルルへ、悠が代理人として受け取ったのだ。
「……!」
それを見た瞬間、ルルは顔色が赤から青へと。
琥珀の瞳は、泳ぎに泳ぎまくっている。
震える唇が発せられるのは、引きつった言葉だ。
「そ、それ、それはっ――」
そんな彼女に、悠は無邪気に笑いかけながら、
「これ、ルルさんが書いたんだね!」
「――……」
真顔。
感情の消え失せた虚ろな表情で見つめてくる彼女の様子はただごとではなかったが、彼女に感想を言いたくてウズウズしていた悠は、その異変に気付くことはできなかった。
「ルルさんのものなのに、勝手に読んでごめんね、ルルさんを看病してる間、ちょっと暇でさ……少しだけと思って開いちゃったんだけど、読み進めたら止まらなくって……そしたらさ。あ、これ書いたのルルさんだなって」
なおも無言のルルに、悠は無邪気に言葉を続ける。
「これ、主人公は自分をモデルにしたんだよね?」
「……っ」
「作者の名前も、主人公と同じだし」
「ユウ様っ……!」
ルルが勢いよく身を乗り出してくる。
追い詰められた表情と、切羽詰まった声。
ただならぬ様子に、悠は言葉を飲み込んだ。
「ど、どうしたの……?」
「後生ですから、どうかそのことを深く追求するのは、お止めいただけないでしょうか! それと、私がその作品の作者であることも!」
必死の形相。
見たことも無い顔をさらして懇願してくるルルに、悠は頷くことしかできない。
「う、うん……どうせ、ガウラスさんからも秘密にしてくれって言われてたし」
「ガウラスも、私がこの本を執筆したことは知らないのです……」
「……そうなんだ。でも、どうして秘密にするの? すごいことじゃない。自分の書いた本が、誰かに評価されるなんてさ。僕、憧れちゃうよ」
「それは、過去の私の、未熟さの化身なのです……! せめて知人には絶対に隠しておきたい秘密なのですっ……! これを知られるぐらいなら、私は全裸で帝都を練り歩くことを選びますから!」
「そ、そんなに!?」
「そんなになのです!」
そこまで言われたら、さすがに何も言えない。
「面白かったんだけどなあ……」
色々とどんなところが良かったとか、ルルに語り聞かせたかったのだけど。
ふと気になったことがあり、これならいいかと尋ねてみた。
「……もしかして、最近になってルルさんが集めてたのって」
「はい、帝都にある私の作品を、買い集めておりました……予想外に高値が付いていたのは痛手でしたが」
「そうなんだ……あのさ、僕の友達で、この本欲しがってる子がいるんだけど」
「あの、ファティという少女でしょうか? ユウ様に似た、不思議な匂いをしていましたね」
「そう、あの子」
まさか彼女が、“聖天”ファースティ・アーゼスフィールということには、さすがのルルも気付いていないようだ。
「あの子、もしかしたらこの本にかなりお金を出してくれるかもしれないよ。ルルさんのことも知らないし、もし機会があったら、1冊譲ってあげられるけどどうって、聞いてみてもいいかな?」
ルルは、わずかに逡巡の気配を見せた。
眉をしかめ、わずかに唸るような吐息を漏らし、
「……お願いしても、良いでしょうか」
「ん、了解」
あそこまで『竜天戦記』に詳しいのだ、きっと大ファンなのだろう。
喜んでくれるかもしれない。
悠の中では、ファースティはすっかり気安い友人の一人となっていた。
「それにしてもさ、どうして急にこの本を集め出したの? 前に、ルルさんに趣味はどうかって聞いたことあって、それからのような気がするんだけど」
ルルは罰が悪そうに頬を染めながら、シーツをきゅっと掴んだ。
「きっかけは、そうだったように思います……ユウ様にそう言われた時、無性に気になって、落ち着かなくなりまして」
「今までは、そんなことなかったんだ?」
「はい、まったく気にしておりませんでした」
「ふうん……でも今回に限らずさ、ルルさんってけっこう雰囲気変わったよね」
「……そうでしょうか?」
「変わったよ。何かね、前はもっとピーンって張りつめた感じだったよ。でも今のルルさんは、ちょっとゆるくなってるっていうか……柔らかくなってるっていうか、隙が出来たというか」
「私が、変わった……」
ルルが少し考え込むような様子を見せる。
やがて、美貌をふっと緩めながら、優しい声でこのように言った。
「今が、楽しくて仕方がないからでしょうか……ユウ様方と過ごす、この日々が」
「……僕たちと、いることが?」
「はい。もともと私は奴隷として、もっと人間扱いされない生活を覚悟していました。ですが、ユウ様や皆様が、あまりにも優しくしてくれますから……一緒にいられる今の時間があまりにも幸せで、昔の私に近付いてしまっているのかもしれません」
そうストレートに言われると、とても照れ臭い。
悠はもじもじと頬を掻きながら、誤魔化した。
「そうなんだ。ずっと、続けばいいね」
それには、幾つも障害があるけれど。
悠の余命。
ルルの復讐。
生きる世界の違い。
この先もあるであろう戦いを、生き延びていけるのか――等々。
それでも、今存在している幸せが末永くことを祈るぐらいは、いいだろう。
「そうですね……ずっと、続くとよいですね」
応えるルルの表情は、どこか寂しげに見えた。
今にも、消え去ってしまいそうな。
「ルルさん……?」
悠は言いようのない不安を覚えるが、瞬きした次の瞬間には、その気配は消え失せていた。
気のせいだったのだろうか。
眉根を寄せる悠の視線に、ルルは何事もないような笑顔をにこりと返してくる。
「ユウ様、明日は例のコンテストの衣装合わせがあります。デザインを見させてもらいましたが、けっこうお洒落な衣装なんですよ。当日は見に来てくださいね」
先の楽しみを語る、前向きな明るい表情。
やはり、気にし過ぎか。
悠は気持ちを切り替えて、力強く頷いた。
「そうだね。そのためにも、今日はもう仕事なんてしないで休まなきゃ駄目だよ。今日は、僕がルルさんの奴隷やるからね! 勝手に読んじゃったお詫びもかねて!」
薄い胸をぽふんと叩く悠を、ルルは微笑ましげに見つめている。
大切な友を見守るような。
弟を見守る姉のような。
あるいは、愛しい男を見つめる女のような。
「じゃあ、今日は甘えてしまいますね」
心から幸せそうな笑顔が、そこにあった。
これにて2日目は終了。
次は一気に最終日のコンテストまで飛びます。




