表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/136

第20話 ―聖天来訪・その10(祭・2日目⑤)―

 燦々と降り注ぐ陽光の下、レーゼル広場の一角に一段高いステージが設置されている。

 その上に、6人の参加者と司会が立っていた。

 観客たちの注目を集めながら、司会は手慣れた様子で声を上げる。


「さーて、いよいよ本戦です!」


 クイズ大会である。

 形式は、日本のテレビ番組でもよくある、早押しクイズのようなものだ。


 横一列に並んで席ににつき、出題された問題にボタンを押していち早く答えていく。

 2問間違えると失格、最終的に総合得点の高い者が優勝となる。


 司会の女性の声が、魔道装置によって拡大されて会場に響き渡る。


「優勝者には、こちらのレア本、『竜天戦記』のファンが記した外伝作品『吼天の戦姫』を進呈! 『竜天戦記』のコアなファンはもちろん、古書マニアにとってもなかなか価値の高い一品となっております! 保存状態も、見ての通り良好ですよー!」


 彼女が示す先には、一冊の本がある。

 ご丁寧に『竜天戦記』のデザインに似せた、パッと見るだけで原作愛に溢れた代物だ。


(僕も、読んでみたいなぁ)


 『竜天戦記』を読み終えてからまだ間もなく、まだ熱の余韻は胸中に残っていた。

 そんなに出来の良い外伝作品であるというのなら、このテンションのまま読んでみたいのは正直なところである。


 当初はそれほどでも無かったが、ここまで残ってみると欲が湧いてきた。

 読み終わった後は、伊織に貸してあげたり、可能であればファースティに送ってあげたりしても良いだろう。


「…………」


 そんな感じでやる気を出している悠を、隣から見つめてくる――ような気がする者がいる。

 

 例の、犬の着ぐるみの人物だ。

 近くて見ると、よりいっそう暑苦しい。


 帝都は今、夏にさしかかろうという季節である。

 薄着の悠ですら、じんわりとした熱を肌に感じているのだ。

 あの中は、どれほどの温度になっているのか、あまり想像したくもなかった。


 確か、名前は“墓漁りの猟犬(グレイヴ・ハウンド)”。

 カッコいい名前だ。

 朱音あたりがいたら、思いっきりドン引きしてるのだろうけど。


 どうにも地球から来た異界兵の皆には、こういうカッコいいセンスを受け付けない層が多いように思う。

 みんな、もっと大人になればいいのに。


 そんな訳で、この着ぐるみの人物に対する悠の好感度は、はじめから高めであった。


「あの……何か?」


「……いえ」


 聞こえてくるのは、ボイスチェンジャーで変換されたようなノイズ混じりの声であった。

 魔道装置が組み込まれているのかもしれない。

 着ぐるみは素っ気なく言いながら、顔を逸らす。


(僕の、顔のせいかな)


 悠の美少女的な顔立ちは、道行く人から振り向かれやすい容姿ではある。

 よくよく考えればさほど珍しいことではないか、そう納得して、悠は目の前の大会に集中することにした。

 ちょうど、司会が第一問を読み上げるところだ。


「では第一問! いきなりなかなかの難問だ! 主人公の――」


 クイズ大会――つまりは、記憶力を競う大会。

 瞬間記憶を持つ悠にとっては、独壇場ともいえる分野である。

 優勝する自信が、悠にはあった。


 たった今読み上げられている問題の答えも、容易に導き出せる。

 悠は、堂々とボタンを押した。


「――は、何巻の何ページでしょうか! おぉっと、早い! では、ユウ・カミモリ選手、どうぞ!」


「はい、答えは――」


 悠は、顔を上げる。

 

 観客席が、視界に広がっていた。

 アリスリーゼがいる。ガウラスがいる。その他、色々な人々がいた。

 みんな、悠に注目していた。


「――――ひ」


 ここで、悠は自らの誤算に気付く。

 致命的なことを、失念していた。


 身も心も、石のように固くなっていくような感覚。


「こ、こきゃふぇは」


 噛み噛みであった。

 プルプルと震えながら、悠はなんとか言葉を紡ごうとする。

 

「え、えっと……」


 悠は、あがり症である。

 大勢の眼差しに晒されると、緊張してガチガチになるのだ。

 少しは、慣れてきたはずであった。

 だが今、会場の視線は悠一人に集まっている。それを、自覚してしまった。


 多い。多過ぎる。

 会場中の注目が、悠の許容量をはるかにオーバーしてのしかかってくる。

 帰った参加者もいるはずなのに、当初より人数が増えているような気がした。


「……ユウ選手? 早くお答えいただかないと時間が」


「しょ、ひょうれしゅねっ!」


 人の視線には、物理的な作用があると悠は思っている。

 圧力を感じる。

 押し潰される。


 大勢の前で噛んだという恥ずかしい認識が、よりいっそうの緊張を煽ってくる。


 答えなきゃ、早く答えなきゃ。

 焦りが焦りを生み、悠の視界が真っ暗に――


 ――ぽん、と。


 背中を優しく叩く感触。

 悠は涙ぐみながら、そちらへと顔を向ける。


「えっ……?」


 隣に立っていた着ぐるみが、悠の背中を撫でていた。

 落ち着けと言わんばかりに、頷いてくる。

 外れかけた虚ろな目が、悠を静かに見下ろしていた。


「“墓から蘇る猟犬(グレイヴ・ハウンド)”さぁん……」


「“墓漁り”です。これはゾンビ犬じゃありません、古いだけです」


 何だ、優しい人じゃないか。

 ありがとう“墓から蘇る猟犬(グレイヴ・ハウンド)”さん、僕、頑張るよ。

 こんなことで心が折れたら、男らしくないもんね。

 悠は頷き返し、ヤケクソ気味に声を上げた。


「だいしゃんかんにょ、にゃにゃじゅーひゃちふぇーじ!」


「……え? 何だって?」 


 ポキリと、何かが折れる音を確かに聞いた。


「ふぇぇぇぇ……!」


 悠は、泣きながらダッシュしてステージを降りた。

 人ごみの中へと突っ込んでいく。 


「ゆ、悠っ!? ちょっと待つと!」


 伊織が、思わず後を追った。

 ファースティ、着ぐるみは引き留めようと手を伸ばすが、


「よか! ユウはおいに任せておくばい! あっ、司会さん! おいも失格でいいとよ!」


 伊織の言葉に、踏み止まった。

 大振りなポニーテールを揺らす背中が、雑踏の中に消えていく。


「え、えーと……」


 突然の事態に、会場は静まり返っていた。

 呆気に取られていた司会は、プロ根性ですぐに気を取り直し、声を張り上げる。


「ユ、ユウ選手、イオリ選手降参! だ、第二問を読み上げます!」

 

 二名脱落、残り四名。

 大会は、非情にも続いていく。






「……だ、大丈夫かの?」


 広場からやや離れた、雑木林。

 人ごみを離れて体育座りして凹んでいた悠に、アリスリーゼが恐る恐るといった様子で声をかける。

 悠は顔を上げ、いまだ羞恥の抜けきらない赤い顔を歪ませた。 


「リズぅ……」


「そうしていると、本当に女子おなごにしか見えんのじゃ」


 アリスリーゼは苦笑を浮かべながら隣にぺたんを腰を下ろす。


「僕、あがり症なんだよ……」


「そのようじゃな」


「何かさ、観客の人がやたらと多くなかった?」


「たいそう可愛らしい女子が出場していると、口コミが広がっていたようじゃからのう」


 そこでアリスリーゼは、少し意地の悪い笑みを浮かべ、

 

「特に、白い髪をした女子が評判じゃったようじゃぞ?」


「へ、へえ…………」


 頬がひくついた。

 そういえば、観客は妙に男に偏っていたような気がする。

 あまり愉快な話題ではないので、違う話題を振ることにした。


「君は、あれぐらいの人数だったら何ともないんだ?」


「そうじゃな、数千人、数万人を相手に喋ることもあるからの」


「……すごいね、さすが」


 皇帝という肩書きは伊達ではないということか。


 だがアリスリーゼは、物憂げな苦笑を浮かべていた。

 膝を抱えるようにして、口元を埋めながら、


「こんなもの、やり方を教えてもらえば誰でもできることじゃ。口上を垂れてみせるぐらい、大したことではない。わらわごときにも、できる」


「……リズ?」


 何やら、妙なスイッチが入ったしまったらしい。


「なあ、ユウよ。あの広場には、ざっと1000人ぐらいが集まっていたかのう」


「そうだね……たぶん、それぐらいはいたかな」


 『吼天の戦姫』を巡るイベントは、あの会場の中の催しでは決して規模の大きいものではない。

 それでさえ100人を軽く超える人数が集まっていたのだから、広場全体では1000人ぐらいはいたように思う。


「例えば、妾があの人数の組織の長であったとしてな。それを、妾が率いていくことはできると思うか?」


「え……」


 約1000人。

 フォーゼルハウト帝国の総人口からすれば、微々たるといってもよい人数。

 目の前のフォーゼルハウト帝国皇帝に、その規模の組織のリーダーが務まるかと言われれば、


「その、えっと……」


 言葉に詰まる悠を見て、アリスリーゼは自嘲の滲んだ笑みを漏らす。


「無理だと思うじゃろ? 妾もそう思っておる。そんな小娘が、傀儡とはいえ世界列強に名を連ねる大帝国の皇帝の座に収まっておるのじゃから、とんだ笑い話じゃろ。国祖アディーラは、妾の年頃にはすでに子を連れ、数千人もの傭兵団を率いていたというのにのう」


「いや、それは比較対象が……」


「身近でも……例えばお前も知っておるレミルの方がよっぽど皇帝らしく振る舞えるのじゃ」


「……そういえば、レミルが仲が良いんだったね」


 あの夢人サキュバスの少女には、自らを中心に他者を振り回せるような、理屈ではないパワーがある。

 武力でも、魔道の力でもない。それはもっと、人間という存在の根源に根差す力。

 アリスリーゼからは、あまり感じられない類の力だ。


「大したものじゃぞ、あいつは。たわけたところもあるが、あの出鱈目でたらめにぎらついた真っ直ぐな覇気は、まさしく王に相応しいものじゃろう。眩しすぎて、わらわなど消え失せてしまいそうじゃ。自分がいかに矮小か、思い知らされる」


 傀儡の皇帝アリスリーゼは、空虚な笑顔を向けながら言葉を続ける。


「お前たちが、皇帝派を盛りたてようと頑張っておるのは知っているが……よいのか? その首魁たるは、こんなに小さく頼りない小娘じゃぞ?」


「リズ……」


 何と言っていいのか、悠には分からなかった。

 人の上に立つことを定められた者が負う重圧、劣等感、そして無力感。

 理屈の上では分かるが、感情的な部分までは理解が及ばない。


 悠はしょせん一人の兵士に過ぎないのだ。

 他者の命を一時的に背負うことはあっても、数えきれないほどの人生を恒常的に背負う生き様など、想像できる訳が無かった。


 困り果てた悠を見て、アリスリーゼが申し訳なさそうな顔をしてくる。


「すまなかったの。ちょっと、愚痴りたくなっただけなのじゃ。こんな妾に今も忠節を尽くしてくれているベアトリス達に報いなければならぬし、巻き込んでしまったお前たちを何とか元の世界に帰してやらねばならぬしな……このことは、他言無用に頼むぞ?」


「う、うん……それは、もちろん。でも、僕なんかにそんなこと言って良かったの?」


「何となく、な。お前なら、話しても大丈夫そうな気がしたのじゃ」


 そしてアリスリーゼは、上目遣い気味におずおずと、


「その……じゃな。これからも、機会があったらこうして話し相手になってくれるか? お前たちを大変なことに巻き込んで、頼めた立場ではないが……妾の……友達に、なって欲しいのじゃ。駄目、かのう?」


 年相応の、怯えた表情。

 いじらしくも微笑ましい姿に、悠は頬を綻ばせた。

 周囲に誰もいないことを確認して、彼女の本当の名を呼ぶ。


「いいよ。僕も、もっと君とお話ししたいし。よろしくね、アリスリーゼ」


「……ん、よろしくなのじゃ、ユウ」


 差し出された悠の手を、アリスリーゼは嬉しそうに握り返した。

 小さな手を、きゅっと握り返す。


 しばし、照れ臭さで続く言葉に困り、何となしに見つめ合っていると、


「いた、悠! やっと見つけたばい!」


 伊織が、息を切らせながら駆け寄ってくる。


「探したとよ! あげなこつしたら、びっくりするけん!」


「ご、ごめんなさい伊織先輩……」


 あの醜態を思い出し、またもや頬が赤くなる。

 

「……そういえば、イオリはすぐにユウを追って駆け出していたのう。クイズを放って」


「えっ……」


 あんなに欲しがっていた『吼天の戦姫』を諦めて、自分を心配して?

 彼女の足を、引っ張ってしまったのか。

 胸にいっぱいに湧き上がる申し訳なさに、悠は顔を歪めた。


「すみません! 本当にすみません、伊織先輩……!」


「ああ、よかよか。しょせんニワカたい、どうせ半分マグレで残れたようなものとよ。でも、疲れたとー……」


 へなへなと、悠の隣に腰を下ろし、ぴとっと肩を寄せてきた。

 じっとりと汗ばんだ肌が、密着する。

 幸せそうに表情を緩める伊織に、悠は遠慮がちに問いかけた。


「伊織先輩……そんなにくっ付いたら暑苦しくないですか?」


「んー? 悠の肌、すべすべして触り心地いいから、むしろ気持ちいいいとよ。ほんと羨ましか、何のお手入れもしないでこれとか、信じられないばい」


「……む、そうなのか? おお……なんじゃ、これ。綺麗な肌をしているとは思っておったが……癖になるのう」


「あ、あはは……」


 こっちの頬っぺたや二の腕をむにむにと触れてくる伊織とアリスリーゼ。

 美少女たちに触れられているという心地良さもあるが、恥ずかしいし、くすぐったい。


 だが、興味津々といった様子のアリスリーゼと、とても幸せそうに触れてくる伊織の顔を見ると、「止めて」というのも躊躇われた。

 心底羨ましそうに、伊織が悠のお腹を撫でてくる。


「しかも食べても食べても太らないたい。ステーキ三人前ぐらい食べても体型変わらないとよ」


「反則じゃな……」


「反則ばい、チートばい」


 やがて、伊織が神妙な表情でぽつりと言う。


「おいなんて……食べても食べても胸じゃなくてお腹かお尻に周ると」


「妾もじゃ……」 


 空気が、重く沈んでいく。

 伊織とアリスリーゼの表情も、鬱々としたもの変わっていた。


「え、ちょ、二人とも……?」


「仲間にくろがねという女がいるけん、あの女が言うとよ。『お前、羨ましそうにオレの胸見てるけど、巨乳には巨乳の苦労があるんだぞ、オレは貧乳でも良かったな』って……ははっ、その場でメロンみたいに収穫してやろうかと思ったとよ」


「ベアトリスもな、『剣士としては、ひどく邪魔です。何とか胸が育つのを止められないかと思ったのですが……姫様が、羨ましいです』などとのたまったのじゃ」


「どこの世界でも、巨乳族は貧乳族の気持ちが理解できないとね……」


「持てる者が持たざる者を真に理解するのは容易ではない……古来より続く、根深い問題なのじゃ」


 愚痴愚痴と、二人の世界に入りはじめた。


 伊織とファースティは、気が合うようだ。

 同い年で、顔立ちも年齢の割には幼げで、体型も――特に身体のある一部分が、よく似ている。

 本能的に通じ合えるものがあるのかもしれない。


「えっ、えぇと……」


 だが、男である自分にとっては、ここは地雷原である。

 真っ平らな大平原のどこに地雷が埋まっているのか、コンプレックスを共有できない悠には窺い知ることはできない。


 ここは、男がいていい空間ではなくなった。

 そんな危機感とともに、悠は慌てて立ち上がる。

 

「クイズ大会の方、見てくるね! ファティが一人ぼっちだし、応援してあげないと!」


 そう言い残して、悠は逃げるようにレーゼル広場へと駆けていくのだった。

次話で2日目終了と書きましたが、思ったより長くなったのと、ここで一度切った方がいいかと思い分割しました。

残りも、土曜中に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ