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第18話 ―聖天来訪・その8(祭・2日目③)―

書籍2巻の校正原稿が返ってきたので、そちらの作業で執筆遅れていました、申し訳ない。

話の切りどころに悩んだ結果、今回は短めです。

「じゃあ、これ。足りなかったら言ってね」


 まさか、大国の要人と聖女から金を無心される日が来ようとは。

 皇帝アリスリーゼと聖女ファースティは、悠から手渡された金銭を、大事に懐に仕舞い込んだ。

 アリスリーゼは罰が悪そうに、ファースティはにこやかに。


「……恩に着るのじゃ、ユウ」


「ありがとうございます、ありがとうございます……! 脱出することばかり考えてて、お金のことすっかり忘れてて……!」


 渡したのは、日本円にして5000円程度といったところだろうか。

 今の悠にとっては、そう大変な額でもない。


「別に、そのままあげてもいいよ?」


「いいえ! それはいけません!」


 ファースティは、ぴしゃりと断った。


「“聖天”の名と誇りにかけて、必ずお金はお返しします!」


わらわも、皇帝として必ず報いるのじゃ」


「すごいものかけてきたなあ……」


 すでに、先日の聖女との邂逅で刻まれた憧れや畏敬の念は砕け散っていた。

 胸中に、虚しく風が吹く。

 アイドルのスキャンダルを聞いたファンの気持ちというのは、こういうものなのかもしれない。


 だがおかげで、今はすっかり気安く、二人と会話を交わせているのも事実である。


「まあ、返せる時に返してくれればいいよ。無理しないでね」


「教会に戻り次第、絶対に……あっ」


 ふと、ファースティが何かを思い出したように言葉を続ける。


「しかしですね、ユウ。アーゼスのともがらとして、言っておかなければなりません」


 すっ――と、彼女の顔つきが変わる。

 静謐とした表情、聖女の威厳が垣間見え、悠は思わず身をこわばらせた。


「なっ、何でしょう……?」


 聖女は、きりっと真面目な顔で、


「いいですか……お金を貸すのは、返して貰えなくても後悔しないと思えた相手と時だけにしなければなりませんよ。返ってこないかもしれない。その覚悟がなければ貸すべきではないのです」


「正論も言える立場ってものがあると思うよ!?」


 胸中に吹き荒ぶ荒涼とした風。

 残っていた畏敬の残骸が、吹き飛ばされていく。

 悠は、脱力感を吐き出すように嘆息した。

 ファースティは、そんな悠をにこにこと上機嫌に見つめている。 


 アリスリーゼが、そんな二人の様子に肩を竦めながらため息まじりに言った。


公園ここが退屈という訳ではないがの。祭りを見て回るんじゃろう? それに用事があったのではなかったか、ファティよ?」


 皇帝陛下も、うずうずとしている様子だ。

 帝国の最上流階級で育ってきた彼女にとっても、市井の祭りは興味深いものなのかもしれない。

 悠は、ほっこりとした表情で頷いた。


「そうだね、そろそろ行こうか、ファー……ティ」


「……はいっ」


 嬉しそうに微笑むファースティ。

 聖女と皇帝と連れ立って、悠は祭りの雑踏へとふたたび入っていくのだった。






「あっ、あれっ。あの串焼きは何でしょうか! 丸いのいっぱい刺さってるやつです!」


「卵……に見えるのう」


「あれは、巨大魚の魚卵なんだって。表面を噛み千切って、中身を飲むんだけどさ、僕は好きだったよ」


「食べましょう!」


「……まず、その両手の氷菓子と揚げ物を何とかしたらどうじゃ……おい、一気に食すでない! そんなに急に食べると――」


「~~~……!」


「――ほれ、言わんこっちゃない。頭にキーンと来るじゃろうが」


 どうやら聖女も皇帝も、市井しせいの風俗には疎いようだ。

 異世界人である自分だって偉そうに言えたほどではないが、それでもそれなりの期間を帝都で過ごしていたし、昨日一日でルルやティオから色々と教わっていた。


 今日は、自分が教えてあげる番のようだ。

 たまにはこういうのも悪くないなと思いながら、悠は二人の美少女をエスコートしていた。

 傍目には、仲良し娘3人組にしか見えなかったろうが。


「むむっ……食べづらいのじゃっ……! 汁がつく……!」


 アリスリーゼの食べ方はとても上品である。さすがは帝国貴族の頂点である皇族だ。

 だがそれ故に、表面がぶよぶよと噛み千切りづらく、中からどろりとした汁が溢れる魚卵串に苦戦しているようだった。手や衣服が汚れないように腐心しているらしい。

 口が大きい人物なら丸ごといけるのだろうが、三人とも口がちっちゃいのである。


 そんなアリスリーゼを横目に、ファースティがふふんと得意げに鼻を鳴らす。


「いいですかリズ。上流階級の作法が、いかなる場でも正しいとは限りません。場にはそれぞれ相応しい作法というものがあるのです」


「……と、言うと?」


 首を傾げる悠とアリスリーゼ。

 ファースティは、二人のきょとんとした眼差しを受けながらドヤ顔で、


「こうすればいいではないですか」


 串から卵を素手で掴み、

 引き抜いて、

 手に取って、

 

「あむっ」


 勢いよくかぶり付いた。

 ぶしゅっ、と濃厚な中身が溢れる。

 どろどろと、卵を掴む聖女の手を汚していく。

 衣服にも、ちょっと跳ねたように見えた。

 ちゅぅぅぅっ、と中身を吸い取って、手に付いた汁をぺろぺろと舐めはじめる。


「んー……おいひいれふねぇ」


 ……その仕草は、彼女の容姿のおかげもあって愛らしくもあったが、


『行儀悪っ!』


 悠とアリスリーゼは、ハモりながら突っ込んだ。

 ファースティは、指を咥えながらこてんと小首を傾げてくる。


「……ほうでふか?」


「文明人の食べ方ではないのじゃ! 気品どころか知性すら無いわ!」


「手とかよだれでべたべたじゃない、汚いよ……」


 ファースティは自分のべとべとの手を見下ろして、しばし考え込むような素振りを見せ、


「……っ!」


 はっ、と何かに閃いたように目を見開いた。

 真面目な顔をしながら顔を上げ、


聖女わたしのよだれ……売れるんじゃないでしょうか? こう、聖水的な……」


「いいの!? 君は本当にそれでいいの!?」


「否定できなかった自分が悔しいのじゃ……!」


 フリーダム過ぎる。

 玲子やレミル以上に先の言動の読めないこの聖女に、悠は翻弄されっぱなしである。

 だがはしゃぎ回るファースティの姿は危なっかしくも微笑ましく、妹を見守っているような生温かい感情を得ているのも事実であった。

 先に彼女も言ったように容姿に似通っている部分があるからだろうか、どうも他人という気がしない。

 正直なところ、楽しい。


「ほれっ、ファティ。ハンカチじゃ」


「あっ、ありがとうございます、リズ」


 聖女に振り回されているのはアリスリーゼも同様で、彼女も集団においては自分のようなポジションに立ちやすい気性の持ち主のようだ。こちらはこちらで親近感が湧く。


「……だいたい、これを串焼きで出すのが間違っておるのではないのか? もっと相応しい調理法が絶対にある素材だと思うのじゃ」


「まあ、買い食い前提だからねえ……」


「ねっ、ねっ! あの店は何でしょう! 人間より大きな肉を、ぐるぐる回して焼いてます! いい匂いがしますよ!」


「……手を洗ってからね」


 昨日の自分もこんな感じだったのかもしれない。

 苦笑しながら、悠は聖女と皇帝のエスコートを続けるのだった。






 一方、その頃。

 祭りの喧騒も遠い裏路地にて、男女の語らう声が聞こえている。

 涼やかな声と、野太く重い声。


「ガウラス、首尾はどのように?」


「はっ」


 片方は、身長2mを優に超える筋骨隆々の狼人ワーウルフだ。

 青みがかった体毛、雄々しき狼の貌。

 “鋼翼ギルド”の序列第13位、ガウラス・ガレスは、目の前の女性に恭しく対応していた。


 今はルルと名乗る、すでに数も少なくなった同胞ワーウルフの女性。

 美しい娘だ。

 奴隷用の侍従服に身を包み、無骨な首輪を取り付けられようとも、彼女の気品ある麗しさを翳らすことなどできはしまい。


「残念ながら……お目当ての物品がありそうな出店を一通り周りましたが見つけることはできませんでした。面目次第もございません」


「……いえ、無いのならそれでいいのです。ご苦労様でした。そうなりますと、残るはくだんの催し物だけになりますね」


「そうですな――」


 ――しかし、いったい“あれ”にどんな意味が。

 ガウラスは不敬を承知しながらも、訝しみの眼差しを隠すことができなかった。

 

 しかし問うまい。

 ルルがそれについて触れて欲しくなさそうなのは、その振る舞いの節々から察することができた。

 何せ、ルルのことは彼女が産まれた時から知っているのだ。

 例え3年ばかりの空白期間があり、その間に彼女の精神性に決定的な変質があろうとも、変わらぬ部分はある。

 ……変わらずに、いてくれた部分が。


 正直なところ、安堵していた。

 せめて生きてさえいてくれればと覚悟していたものだが、彼女は想像よりもずっと人間らしい生活を送ることができている。

 そして、かつては見られなかったような類の、良い笑顔をすることも。


(あの少年のおかげもあるのだろうか)


 以前、奴隷としてのルルの主となっている少年、ユウと引き合わされた日。

 ガウラスは、彼女がユウに向ける暖かな笑顔に心底驚いたものだ。


(この御方は、恐らくはあの少年に……)


 ガウラス・ガレス、28歳。かつては妻も子供もいた身である。

 恋愛結婚だった。

 他者の色恋に、決して疎い訳ではない。


 僭越せんえつながら、彼女のことを歳の離れた妹のようにも思っている身としては、いささか複雑な心境でもあったが。

 苦笑を滲ませながら、ガウラスは立ち上がった。


「時間が近付いていますな。そろそろ向かうべきかと」


「……そうですね」


 ガウラスの言葉に、思い詰めたような表情で頷くルル。

 続けて、目的地の名前を呟いた。

 

「行きましょう……レーゼル広場へ」






 悠たちは、出店を楽しみながらもファースティが目指していた目的地へと近づいていた。

 そこは、帝都にいくつかある広場の一つであり、今は日替わりの催しものが開催されている。

 今日は何が開かれているかまでは知らなかったのだが。


「ふふふ、ちょうどいい時間に到着できましたね!」


 両手に肉の串焼きを握りしめながら、ファースティが振り返った。

 分厚い肉にかぶりつき、小さな口いっぱいに肉を頬張る聖女。リスみたいにほっぺがぷっくり膨らんでいる。肉汁が口の端からつうっと聖女の形の良い顎を伝い始めた。


「ファティ、垂れてる垂れてる。ほら、動かないで……」


「んむっ……はひがほうございまふ、ユウ」


 悠は、苦笑しながら彼女の口元をハンカチで拭ってあげた。

 ファースティは、黙って身を任せている。

 そのお腹はほっそりとしているが、すでに相当な量が胃袋に収まっているはずである。

 それを横目にアリスリーゼが、げんなりした表情で呻くように言った。


「ようそんなに食えるのじゃ。妾はもう入らん……うぷ」


 どうやら皇帝陛下はその見た目通りに小食らしい。

 悠とファースティの二人が、見た目以上に健啖家であるだけとも言えるが。

 悠は、前方に広がる広場とそこに集まる人だかりを見やりながら、何気なく問いかけた。


「これから向かう広場……なんて名前だっけ?」


 アリスリーゼは、ほんの少しの間、憮然とした様子で黙り込む。

 そして、苦渋の滲んだ声色で、その名前を口にした。


「……レーゼル広場じゃ」

感想いただけると嬉しいです。


校正原稿をレーベルさんの方に送り返せば、僕の方の書籍化作業はキャラデザの確認ぐらいになりますので、執筆時間も取りやすくなるかなと思います。

ウェブ版の更新が送れまくった主要因が2巻の内容を書籍専用にほぼ書きおろしたからなので、苦労が報われる結果になると良いのですが……w

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