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第17話 ―聖天来訪・その7(祭・2日目②)―

 それは、悠が聖女と皇帝に出会う、数時間ほど前のこと――






 ――帝都が、祭りで湧いている。

 騎士や兵士たちは国内外から大量に流入した観光客へのトラブルへの対処や、これに便乗しようとする犯罪集団への対処ために気を尖らせているが、多くの民は快なる空気を存分に楽しんでいるのだろう。


 が、それは、この少女については無縁な話であると言えた。

 彼女にとって、そのような世界は身を置くものではなく、高みから見下ろすものであることを求められてきたからだ。


 アリスリーゼ・フォーゼルハウト――フォーゼルハウト帝国、第32代目皇帝。


 御年16歳。

 金髪碧眼、小柄な少女である。

 その顔立ちは上品に整っているが全体的に造作が幼く、凹凸に乏しい身体付きもあって、実年齢以上に幼く見られがちである。

 もっとも、今は皇族用のドレスを着ているためにその貧相な肢体を悟られる心配もないのだが。


 カツカツと、数人の渇いた足音。

 純白の廊下を歩みながら、アリスリーゼはぽつりと言った。


「相変らず、見事なものじゃの」


「いやぁ、まったくですなぁ陛下」


 独り言のつもりだったのだが、気障きざったらしい声がそれに応えた。

 緑髪をかき上げながら、騎士装束に身を包んだ優男が、ペラペラ饒舌に言う。


「さすがは帝都の誇る職人が技術と知恵を振り絞って建築した大教会。アーゼスフィールの教会は世界各地にありますが、これほどの荘厳なる威容に比肩する教会など、そうはありますまいよ。我がファーレンハイト家の多額の援助も報われるというものです」


「……そうじゃな、ラグナス」


 ラグナス・ファーレンハイト。

 帝国の大貴族、ファーレンハイト家に連なる一人であり、帝国騎士最高の栄誉である近衛騎士の座をベアトリス・アルドシュタインから奪った男だ。

 紛うことなき実力者である。無能というつもりはない――そもそも自分が誰かを無能よばわりできる身分でもない――が、アリスリーゼにとって、お世辞にも好ましいといえる男ではなかった。


「いつ来ても、この大教会は建てたばかりのように見えるの」


 ラグナスの言葉通り、ここは帝城ではなくアーゼスフィールの大教会の中である。

 すでに築50年を超えるが、汚れ一つない純白の材質には経年劣化など微塵も見られない。

 天井の窓から陽光が降り注ぎ、神やその御使いを模した壁画が延々と続く回廊は、まるでアーゼスフィール教における創世の神話を追体験しているような錯覚すら覚えた。


 この大教会も帝都の中であることは間違いないが、ある意味ではフォーゼルハウト帝国の勢力圏外ともいえる領域である。

 故に、たとえ皇帝であろうと教会関係者専用の区画を自由に動き回ることは憚られる。

 入ることができたのは来賓である皇帝アリスリーゼとその護衛である近衛騎士ラグナスだけ。他の同行した騎士たちは、待機中だ。

 そして二人に随伴する、幾人もの聖騎士の姿があった。


 聖騎士――アーゼスフィール聖教会の実行戦力を意味する言葉だ。

 

 アリスリーゼ達の周囲にいるのは、その中でも最精鋭と名高い“聖女騎士団”のメンバーである。

 男がいる、女がいる。年若い者もいればすでに老境に差し掛かった者もおり、フォーゼ人もいれば、辺境の部族の者も、亜人までいた。

 

 その全員が、第三位階ゼノスフィア

 “鋼翼ギルド”の序列者ランカー上位者に匹敵する実力を誇ると目されている実力者ばかりだ。

 彼らが本気でアリスリーゼを害しようと思えば、ラグナス一人では守りきれまい。


 そんな環境にたった一人の護衛で送り込まれる皇帝陛下。

 しょせん、皇帝アリスリーゼ・・フォーゼルハウトの価値など、そんなものなのだ。

 空虚な自嘲に浸りながら、アリスリーゼは唇を歪める。


 まだ年若い皇帝アリスリーゼの補佐――それが宰相リヒター・ファーレンハイトが主導する政権の対外的な正当性を裏付けるものであるが、すでにファーレンハイト家の力は、必ずしも正統な皇帝を必要としないほどに強固である。

 アリスリーゼの犠牲に見合うだけの国益が得られるならば、リヒターは何ら躊躇もなく決断するだろう。

 誉れ高き“聖女騎士団” に皇帝アリスリーゼが害される、あるいはその一因となるというシナリオは、彼女の犠牲に見合う結果に繋がり得ると、そういうことだ。


 ベアトリスは強く反発したが、彼女は今、祭りを監視する兵士や騎士の統括として業務に忙殺されながらも胃を痛めていることだろう。


「……いらん心配じゃと思うがのう。別に本当に彼奴等きゃつらが期待している訳でもなかろうが」


「何か仰いましたかな、陛下?」


「何でもないのじゃ。ほれ、着いたぞ聖騎士たちよ。通して貰えるかの」

 

 アリスリーゼ達の前には、やはり白を基調とした美麗な意匠の扉があった。

 聖騎士たちが恭しく一礼して、粛々と音を立てずに扉を開ける。

 その向こうには、白と青の景色が広がっている。


 白い部屋。バルコニーからは晴れ晴れとした蒼穹が広がり、疎らな雲がゆるりと泳いでいた。

 帝都の民の楽しげな喧騒が、遠く聞こえてくる。


 バルコニーに置かれた白いテーブル。1対の椅子が置かれ、その片方には一人の少女が座っている。

 こちらに振り向き、清らかな笑顔を向けてきた。


「聖女様。アリスリーゼ皇帝陛下をお連れしました」


「ありがとう、ご苦労様でしたね」


 天使のごとき美しい声。

 それを発したのは、汚れなき白髪を伸ばした、人間離れした美貌の少女だ。

 風にそよぐ真白の糸は、陽光を受けて煌めいているようにも見える。

 少女は椅子から降りて立ち上がり、ふわりと羽でも舞い散りそうな所作で頭を下げてくる。


「アリスリーゼ様。御足労、ありがとうございました」


「構わぬ。邪魔するのじゃ。ファースティ」


 “聖天”ファースティ・アーゼスフィールが、皇帝アリスリーゼを迎え入れる。

 これは、栄えあるフォーゼルハウト帝国の皇帝陛下が聖女ファースティと対等な席で語らいながら民草の祭りの様子を愛でるという、双方の友好的関係をアピールするための政務であった。


 近衛であるラグナスが、後に続く。

 聖女は、彼に向けても慈愛の声をかけた。


「ラグナス様も、ご壮健そうで何よりです」


「これは光栄。聖女様から直のお声をいただける機会など、そうそうありませんからなぁ。このラグナス、一人の信徒として、騎士として、男として、この日を一生の思い出といたしましょう!」


 芝居がかった仕草で応えるラグナス。

 聖女はくすりと笑みをこぼしながら、傍らの黒髪の聖騎士へと目を向けた。

 聖女と聖騎士は頷きあい、そして聖女はふたたびラグナスへと視線を戻す。


「ラグナス様、お立場を考えれば心苦しいお願いなのですが……」


「私にできることであれば、喜んで」


「しばし、席を外していただけますか? アリスリーゼ様と二人だけでしたいお話があるのです」


「……ふむ、それは」


 そこで、ラグナスの眼差しに鋭さがまじる。

 気障ったらしい伊達男から、鉄火場を生きる騎士の顔へと。

 アリスリーゼは、考えこむ様子のラグナスを一瞥し、ため息まじりに告げた。


「構わぬ、ラグナス。わらわも、邪魔無しで話したいことがあるからのう。皇帝として命ずる、退け」


「……陛下がそう仰るのでしたら。人徳極まれりと名高き聖女様を信頼するといたしましょう。大きなお声をあげていただければこのラグナス、迅雷を超え駆けつけますので」


 ラグナスは肩を竦め、帝国貴族式の最上級の礼を皇帝と聖女に送る。

 そして、聖女の近衛である黒髪の聖騎士たちと共に退室していった。


 大教会の上層にて、皇帝と聖女は二人っきりで対面する。


 魔道の第四位階“アルス・マグナ”。

 世界最強と目される存在の一人であるが、アリスリーゼには特に畏怖や緊張は無かった。

 彼女とのこうして会うのも初めてではない。お互いに、人となりは知れた仲であった。


「どうぞ」


「うむ」


 ファースティに促されるままに、アリスリーゼはバルコニーに出て席に座った。

 眼下に広がる景色を眺めてみれば、沸き立つような活気に包まれた帝都が一望できる。

 各所の公園や広場では催しものが開催されており、豆粒よりも小さい人々が帝都の街並みを鮮やかに彩っていた。


 とんでもない数の人々だ。

 フォーゼルハウト帝国の総人口に比べればさすがに遠く及ばないであろうが、それでも自分ごときが背負える人数ではあるまい。


 自嘲気味な思考とともに見入っていたアリスリーゼに、ファースティが弾んだ声をかける。


「アリスリーゼ様」


「……なんじゃ、ファースティ」


 聖女は、少しもったいぶったように言葉を切り、そして、


「私と、楽しいことをなさいませんか?」


 そんなことを、言ってきた。






「……それで、教会を抜け出してお祭りに出て来たと」


 そして現在、悠、ファースティは、公園の片隅に置かれたベンチに並んで腰かけていた。

 あの暴漢二人は、すでに警備兵へと引き渡し済みだ。

 アリスリーゼは、近くの公衆用トイレで用を足している。


「じゃあ、あそこにいるのは……」


 悠は、そびえ立つ大教会を見上げながら呻く。

 遥か上層のバルコニーに、祭りを眺めている小さな人影が見える。

 本来は、あれが聖女ファースティなのだろうが――


「ええ、あそこにいるのは替え玉です。どうせ下からは分からないですよ」


 ――聖女は、えへんを胸を張りながら、そのように言った。


 どうも、昨日とは雰囲気が違う。

 清らかな美貌は変わらないが、あの天使めいた神々しい気配は鳴りを潜めていた。

 

 恰好のおかげでもあるのだろうか。

 聖女は、今は栗色の髪のウィッグと眼鏡で変装している。

 全体的に野暮ったい印象であり、遠目に見れば田舎から出て着た旅人の少女といった出で立ちである。 


 おかげで悠は、以前ほど畏まって恐縮せずに会話することができていた。 


「でも……いいんですか? 護衛の人とか、大騒ぎしてるんじゃ……」


「いいのです! だいたい、せっかくお祭りやってるのに、あんな場所から見下ろしてるだけなんて面白くも何ともありません! 建前でも私のために開催されたお祭りなんですから、私にも参加する権利があるんです! 替え玉をお願いした侍女にも、バレた時のために私の伝言を残していますから問題ありません!」


 ぷくーっと頬を膨らませ、足をばたばたさせるファースティ。

 まるで駄々をこねる子供である。


「帝都を幸いに満たしてくれることが私の喜び……とか言ってませんでした?」


「だって、あんな場所で私も入れてください、なんて言えないじゃないですか」


「そ、そりゃそうですけど……」


 恐縮はしないで済んでいるものの、別の意味で面食らっていた。


「何か、キャラ変わってません? この前会った時は、もっとこう……ほんとの聖女みたいな」


「今の私は、聖女には見えないと?」


「え、い、いや! それは……!」


 あたふたと弁解しようとする悠。

 だがファースティは、そんな悠を見て、ころころと楽しげに笑いはじめた。

 無垢な童女のような笑い声が、青い空と喧騒の中に溶けていく。


「いいのですよ。今の私は、聖女としてここにいる訳ではないのですから。それとですね、ユウ。いいですか?」


「は、はいっ」


 聖女は、こちらにずいと顔を近付けてくる。

 吐息のかかりそうなほどの至近距離。

 変装はしていても、その顔立ちがあの女神のような精緻な造形を誇ることには変わりない。

 ごくりと唾を飲み込む悠に、聖女は自分を指差しながら、


「つまり、今の私は聖女ではありません。辺境からやってきた、お上りさんの田舎娘――ファティなのです。ですから、そのような畏まった言葉遣いはやめてください」


「え……?」


「ティオにしていたように、親しみをこめた言葉遣いで話しましょう、さあどうぞ」


「え、えぇぇ……!?」


 呼び捨てにしろと。タメ口を利けと。そういうことか。

 “聖天”に、“アーゼスの聖女”に。

 いまだ先日の畏敬の残滓は色濃く残っており、それは非常に躊躇われた。


「さあ、ユウ……!」


 ファースティは、そわそわと悠の言葉を待っていた。

 期待を込めた眼差しには、有無を言わさぬ迫力がこもっている。

 応えない限りは、どう見ても納得しそうにに無い。


(教会の人にバレたら不敬罪で斬首とか無いよね……?) 


 覚悟を決めた。

 悠は固唾を飲み込み、おずおずと口を開く。


「じゃ、じゃあ……これでいいかな? ファティ」


「……はいっ!」


 上機嫌にこくこく頷くファースティ。

 それはとても魅力的で、その笑顔が自分に向けられているという事実に、確かな喜びを感じるのも確かであった。


 ファースティは、じっとこちらを見つめている。

 悠の言葉を待っているのだろうか。

 次の話題に悩んでいると、


「驚いたじゃろ? こいつ、実はこういう奴じゃからな。企てを聞いた時は、わらわも開いた口が塞がらなかったわ」


 呆れ混じりの少女の声が、背中にかかる。

 振り返れば、黒髪眼鏡の小柄な少女が立っていた。


 これも変装だ。

 本来の彼女は、ふわりとした金髪と碧眼の、幼さを多分に残した容姿の少女である。


 アリスリーゼ・フォーゼルハウト。

 フォーゼルハウト帝国皇帝、この帝都の頂点に立つ存在が、公園に備え付けられたトイレから出てきていた。


「アリスリーゼ様――」


「――リズで良い。へりくだる必要もないぞ。そこのお転婆と同じで、今の妾も皇帝ではないからのう」


「……はい――いや、うん。分かったよ、リズ」


 アリスリーゼは、満更でもなさそうに頷いた。

 彼女はファースティの方に顔を向けて、尋ねる。


「うむ……で、お前は良いのか?」


「大丈夫です。聖女はおしっことかうんちとかしないのです」


「…………」


 おしっこ、うんち。

 聖女の唇から紡がれたその単語に、悠は何かに殴られたような錯覚と眩暈を覚えた。

 悠の胸中の聖女像が、軋んだ音を立てながらひび割れていく。

  

 密かにショックを受けていると、アリスリーゼは呆れたようにため息を吐きながら悠の隣に腰掛けた。


 両隣を、聖女と皇帝に挟まれる形である。

 両手に花、どころの話ではない。

 だがその字面ほどの緊張は感じなかった。


(何ていうか……)


 その理由の一つは、この小さな皇帝陛下にある。


(可愛いけど、普通の人みたいだなー……)


 失礼な言い方かもしれないが、あまり覇気というものを感じないのだ。

 かつて魔道省施設の廊下でぶつかった時もそうだし、先ほど出会った時も、そして今も。

 ファースティ、ルル、ベアトリス、レミル、ブラドといったひとかどの立場にある者、あった者からは感じていた、思わずその言葉に従ってしまいたくなるような人の上に立つ者の気配や気風。

 いわゆるカリスマとでも言うべきオーラを、この少女は纏っていない。


 今のファースティを見る限り、それは出したり引っ込めたりできるものらしいが、アリスリーゼは、それとは違うように思えた。


 彼女が、小学生かと見紛うような幼い容貌をしているから――ではない。

 “夢幻の王”の遺児であるレミルは、10歳にして屈託の無い覇気を確かに纏っている。

 それは、アリスリーゼが傀儡の皇帝であるからなのだろうか。


 ……侮辱的な考え方だ。失礼過ぎて、とても聞けることでは無い。


 そんなことを考えていると、アリスリーゼがおずおずと話しかけてきた。


「……のう、ユウよ」


「へっ……ああ、うん、何?」


 彼女は、俯きながら躊躇いがちに言葉を続ける。


「レミルから聞いてはおるが……本当に、わらわを恨んではいないのか? 妾は、お前たちを平和な世界から拉致した帝国の皇帝なのじゃぞ」


 その怯えるような表情は、かつて彼女と出会った時にも見た表情であった。

 やはり、異界兵の件をかなり気にしているらしい。

 悠は、表情を緩めてかぶりを振る。


「君やベアトリスさんは、反対してくれたんでしょ? 悪いのは、今の帝国を牛耳ってる人たちじゃない。僕は――僕たちは、君のことを敵だなんて思ってないよ」


「……そうか」


 それでも、アリスリーゼの表情は浮かない。責任を感じているのかもしれない。

 このままこの話題を続けても詮無いことであるような気がしたので、違う話題を振ることにする。


「それよりさ、さっき凄かったよね。自分よりずっと大きな男の人を、あんなに簡単に投げ飛ばして」


「ん、ああ……」


 アリスリーゼはきょとんと目を瞬かせ、照れ照れした様子で頬を掻く。


「……わらわが人並み以上にやれる、唯一の取り柄じゃからな」


 そこで、ファースティが会話に加わってくる。


「リズは、かつての“帝都の剣聖”の薫陶を受けた、たった四人の直弟子の一人ですからね」


 それは、ベアトリスの今の異名である。

 しかしその物言いには違うニュアンスが含まれているようだ。


「“帝都の剣聖”……かつての?」


「アレクシス・アルドシュタイン――今は亡き、アルドシュタイン家の先代当主ですよ。今は“帝都の剣聖”の名は、娘であり弟子でもあるベアトリス様のものですが」


 ベアトリスは、それをとても不本意に思っている。

 以前、自分の実力で勝ち取った異名ではないと自嘲していたことを思い出した。


「凡人には理解の及ばぬ天才であった彼の厳しい修行に付いていけた者は、たったの四人でした。教育者として彼の資質を疑問視する声もありましたが、その四人は例外なく一流の武人としての実力を身に付けています」


「その一人が、アリ――リズなんだ」


「その中でも最年少。童女といって良かった年齢から頭角を表していたそうです。才能においては随一との声もあったと聞いていますよ」


「へえ、すごいねえ……!」


 皇族でありながら、卓越した武人の才覚を有している。

 歴史上の偉人のようなスペックではないか。

 悠の感嘆の声に、しかしアリスリーゼは拗ねたように唇を尖らせる。


「お前にはもう言ったじゃろうファティ、それはただの噂話じゃ。あのままアレクシスが生きていたとしても、他の三人に並ぶことじゃ無かったじゃろうの。身長も早々に止まったし、ベアトリスのように膂力を必要とする技は使えん。魔道師としてもわらわ第二位階ゼノグラシア。たかが知れとるわ」


「そ、そう……」


 その物言いは、謙虚とも違う。

 後ろ向きと言うべきその態度も、彼女がいまいち皇帝っぽくない一因になっている気がした。


 何とか明るい方向に向かえないだろうか、悠は続く話題を考えていると、ファースティがぴょこんとでも擬音が聞こえそうな仕草で立ち上がった。


「そろそろ行きましょうか、二人とも。時間は限られていますよ。それに、私がこうして教会を抜け出して来たのも、今日でなくてはいけない用事があってのことなのです!」


「……そうなんだ? じゃあ、行こっか」


 本来であれば、二人を教会にまで連れて行くべきなのかもしれない。

 だがファースティは世界最強の一角と謳われる魔道師の一人であるし、彼女が嫌だと拒めばそれまでの話だろう。

 それに、個人的にももうちょっと二人と話をしてみたい。

 雲の上の存在のように思っていた聖女も、存外に親しみやすい性格のようだ。


 乗りかかった船である。とことんまで付き合おう。

 そう思って悠も立ち上がろうとした時だった。

 

 すでに立ち上がったアリスリーゼが、気まずそうに声を発する。


「ファティ、その前にユウに頼まねばならぬことがあるじゃろう」


「あっ……そうでしたそうでした!」


「……頼みごと?」


「はい、とても大切なことです」


「うむ、大切なことなのじゃ」


 聖女と皇帝が、真剣な眼差しで悠を見下ろしていた。

 真面目な話なのだろうか、悠は身構えて固唾を飲む。


「今はユウにしか」

「頼めぬことなのじゃ」


 二人は、顔を見合わせた。

 頷きあい、神妙な様子で口を開く。


「私たちに……」

「妾たちに……」


 聖女と皇帝は、揃って掌を差し出して、


『……お金を貸してください』


「…………」


 ガチャン、と。

 自分の中の聖女像が完全に砕け散る音を、悠は確かに聞いた。

何とか週2ペースぐらいに上げたいんですが、申し訳ない。


賛否どちらでも感想いただけると、とても嬉しいです。

疑問点などもありましたら、ネタバレにならない範囲でお答えします。

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