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第7話 -帝国-

 その姿は、あの黒い空間で現れれた時と全く同様であった。

 あえて異なる点を挙げるとすれば、あの時とは異なり、一目で立体映像の類だと分かる半透明であることぐらいか。


『ふむ……』


 ラウロ・レッジオは、部屋の中央に配置された装置の台座の上で、悠と朱音を観察するように眺めている。

 その薄く開いた目の奥の瞳は、爬虫類の舌のように冷たく陰湿な光を湛えていた。

 視線で舐められている――そんな不快感が、悠の背筋を冷たくする。 


 ルルは静粛に後ろに控えていた。


『まったく、心配したのだよ。二人だけが魔界に放り出されたと聞いて気が気ではなかったとも』


 芝居がかった大げさな動作で両手を広げる。

 それは、空々しい台詞に非常に似合っていた。


「どの口が言うのよ、このクズ野郎……!」


 朱音の睨み殺すような眼光がラウロを射抜く。

 目の前のそれが本物なら、迷わず殴りかかっていきそうな形相であった。


 ありったけの敵意を平然と受け止め、ラウロは悪びれた様子もなく肩を竦める。


『はて、君達が生き残ってくれて嬉しいのは本心なのだがね? 故にこうして手練れであるルルを至急の救援として送ったのだよ。

 ……まあ挨拶もこれぐらいしておこう。接続時間は限られているし、君たちも聞きたいことが山積みだろう』


 そこでラウロは言葉を切り、黙って次の言葉を待つ二人に満足したように頷き、


『では、約束通り説明をさせてもらうよ。気になることは多いだろうが、順を追って語らせて貰う。

 まずは前提として、この帝国の成り立ちから――』


 そして、ラウロの話が始まった。






『このフォーゼルハウト帝国は、かつては世界全土を支配していた。歴史上、世界征服に成功し、長期に渡りその体制を維持した唯一の国家なのだよ。

 ……まあ、もう50年以上も前の話だがね。遺憾ながら、現在の支配領域は世界の1割にも満たず、その多くは森林地帯だ。惰弱で愚かな過日の国政により、我が帝国は見る影もなく弱体化してしまった』


 こうして語ることに慣れているのだろう、ラウロの語る声は朗々として淀み無く、聞きやすいものだ。

 その声色に宿る不気味さを気にしなければ、だが。


『では、何故我が帝国が世界の覇権を握ることが出来たか……それこそが、君達の存在だ。

 正確には、その魔道の力だよ』


 魔道。

 悠の“壁”――自覚はないが“剣”や、朱音の大幅な身体能力の強化のことを言っている。

 しかし、分かっているのは、その程度の漠然としたことだけだ。


「その……魔道って何なんですか?」


 魔族に襲われた時は必死で、訳も分からず使っていた。

 あの力の正体は何なのか?

 どうして突然、あんな力が使えたのか?


 ラウロの口振りからすれば、悠達のような地球人には魔道についての特別な素養があるように思える。

 しかしルルも風らしき力を使っていたことを考えると、この世界の人間にも扱うことは出来るようだ。


『魔道とは、君達があの森で発現させたような、人間には本来持ち得ない能力を発現させる技法だよ。その資質には個人差があり、ユウ君は生成、アカネ君は強化に長けているようだね。二人とも、かなり優秀といって差し支えは無い』


 明瞭な口調で語るその内容は、悠にもおおよその予想が付いていたものだ。

 ラウロの説明は、更に続く。 


『当然、我々の中でも魔道を使える者は存在する。だが、最低限の素養を持つ者は1000人に1人、そして有用な力を発揮できる者は更にその1割と言われている。

 対して、異世界人である君達は原理は不明だが全員がその“最低限の素質”を有しており、更に2人に1人程度はその上の才能を発揮する。つまりは、1万人に1人の魔道の天才を高確率で複数人確保できる訳だ。

 この魔道の使い手――魔道師の数と質は、そのまま国力を左右する大きな一因にもなる』


 確かに常人からすれば圧倒的な力と言える。

 銃火器の発展していないように見えるこの世界なら尚更だろう。


『我が帝国には、異世界から人間を召喚する独自の技術があるのだ。古来より、その力でもって世界の各勢力を圧倒してきた。さて、ここで疑問を持つのではないかね?

 ……何故、一方的に召喚された君達の同胞が、我々の力として戦ったのか?』


 その通りだ。

 1万人に1人という稀有な力を有しているなら、抵抗することも可能であるし、逃げ出すことも可能だったはずだ。

 例えば、朱音が魔道による身体強化を発揮して暴れ回れば、まともな戦力で太刀打ちすることは困難だろう。


 そう、魔道を使えれば、の話である。

 魔道の使えない今現在では仮定の話に過ぎない。


「……ふんっ」


 朱音が、忌々しげに鼻を鳴らした。

 ラウロは、誇るように頷きながら、


『我々の召喚技術は、ただ呼び出すという訳ではない。召喚と同時に、幾つかの因子を君達に刻み込んでいるのだよ。

 そのうちの一つが、我が帝国の公用語――フォーゼ言語の認識変換だ。私は今、普通にフォーゼ言語で話しているが、君達にも問題なく理解できているだろう?

 同時に、君達は祖国の言葉を話しているつもりだろうが、それは私達にはフォーゼ言語に聞こえている』


 悠は、ずっと感じていた違和感に得心を得た。

 異世界人のラウロやルルと言葉が通じているのは妙な話であった。

 どうやら文字にまでは機能しないようで、装置に書かれている文字と思しき羅列は読めなかったが。


『そして、我々は君達の魔道の行使を制限することが出来る。今のようにね。

 また、君達は我々が設定した範囲から外に出ることは出来ない……つまり、逃げられないのだ。

 従って、君達は我々帝国から離れることは出来ず、我々の許可が無ければ力も使うことが出来ない訳だよ』


 逃げられない。

 逆らえない。

 当然のように語られるあまりに理不尽な内容に、悠は気が遠くなるような心地を味わう。

 朱音の歯ぎしりの音が聞こえ、怒声が上がったのはその直後だ。


「ふざけないでよっ! 勝手な都合で呼び出して、あんた達のために働けですって!? 知らないわよあんた達の事情なんて! さっさと家に帰しなさいよ!」


 一気にまくし立てた朱音は、肩で大きく息をして呼吸を整える。

 切れる息の中、俯いた顔から、絞り出すような……泣きそうな声が漏れた。


「お父さんが、待ってるのよ……」


「朱音さん……」


 正人は、朱音にとってただ一人の血の分けた肉親である。正人もまた同様だろう。悠から見て、二人は互いをとても大切に想い合っていた。正人も今頃、半狂乱になって朱音を探しているかもしれない。

 こんな訳の分からない出来事で家族と突然引き離された心の痛みはいったいどれほどだろうか、家族のいない悠には想像することしか出来なかった。


『……ふむ』


 ラウロは、顔を強張らせる悠と朱音を交互に見ながら、その仮面じみた笑みを亀裂のように深めた。

 どこか愉しんでいるような様子ですらある。


『安心したまえ。我々とて血も涙も無い訳ではない。

 我々“帝国”に貢献してくれるなら君達の身分は保障される。そこらの平民よりよほど良い生活ができるだろうさ。ゆくゆくは、君達を元の世界に返すことも考慮しよう』


「……貢献ってどういうことよ。まさか、人間と戦争しろって言うんじゃないでしょうね」


 朱音が、多分な警戒を込めた言葉を吐く。

 ラウロは肩を竦めて、


『平和な世界で暮らしていた君達に、そこまで期待はしないさ。いくら力があっても、覚悟が無い者は戦場では役に立たないものだ、人材の浪費にしかならんだろう』


 悠と朱音は、わずかな安堵を得る。

 帝国の利益のために人間と殺し合いをするなど、冗談じゃない。 


『君達には、魔界での活動に従事して貰いたいのだよ。魔界内には希少な資源があるのだが、あの領域では素質の無い人間はまともに動くことすら出来ないのでね。

 そして魔界では、あの魔族という怪物が湧き人間を優先的に狙う。あれも魔道の使えない者には対処が極めて困難だ。そして魔族を滅ぼさなければ魔界は消えず、魔界が残り続けると少々面倒なことになる。

 魔族との戦闘及び魔界内での資源の探索。これが君達の仕事だ』


「そんな……」


 それでも、陰鬱な内容には違い無かった。

 再びあの異形の空間であの怪物と戦えと、この男は言う。その様子には、無関係の人間に命の危険を強いることへの罪悪感の欠片も見受けることが出来なかった。


 ラウロは、悠達は断れまいと高を括っており、その認識は概ね正しい。

 ここ見知らぬ異世界。魔道を封じられた状態では帝国の支援が無ければ、悠達は生きていくことは難しいだろう。

 朱音が唸るような声を上げる。


「……よくそんなことを臆面もなく言えるわね、この恥知らず! それに、何であんな危険な場所に放り込んだりなんかしたのよ、危うく死ぬところだったのよ!?」


 怒気も露わに吼えるその様は、その対象ではない悠がびくりと肩を竦めるほどである。

 ルルはどこか陰鬱に見える表情で俯いていた。少なくとも、何か思うところがあるように見える。

 だがラウロは、その蜥蜴じみた粘着質な視線を朱音に向けながら、悪びれる様子すら無く肩を竦めた。


『転移は、原則として魔界内部にしか行えないのでね。

 ……それに、魔道の進化は命の危機に晒された時に起こりやすいのだよ。個人的にはその場で才能の足りない者の振るい落としが出来て合理的だとも考えているがね。あの程度の場所で死ぬような者は、どの道使い物にはなるまい』


「最低……!」


 朱音が、吐き捨てるように言う。

 ありったけの怒りと憎悪を孕んだ目で睨むが、ラウロは凪のように受け流している。 

 その能面めいた薄い目から除く眼差しは、どこか愉しむような様子ですらあった。


 嫌な目だと、悠は思った。

 全身を冷たい舌で舐められるような不快感を覚える。

 悠は、緊張感に声を震わせながらも口を開く。


 自分たちの境遇については概ね理解した。だから次に聞かなければならないのは、


「……クラスの皆は、どこなんですか?」


 その問いに、ラウロの様子が少しだけ変わった。

 悠を見つめるその眼差しに、奇妙な色が混ざる。

 先程から感じていた不快感が、さらに濃度と粘度を増して悠の総毛を逆立たせる。


 ラウロは、大袈裟に嘆くように頭を振って、


『……極めて稀有けうなケースなのだが、君達と学友達の、転移の時間軸に差異が生じたようなのだよ』


「……?」


 つまり、どういうことだろうか。

 首を傾げる悠に、ラウロが説明を続ける。


『あの時間の流れが異なる“狭間”からこのセレスフィアへ転移を行うためには、座標と時間を――魔界化で起こる時間と場所を指定して行う必要があるのだ。君達には、あの“狭間”での出来事はつい先日の事だろう。しかし私にとっては3日前のことだよ』


 “狭間”。あの漆黒の空間を思い出す。

 確かに異常な空間であり、時間の流れすらも例外では無かったということか。


『そして、その転移の設定は全員に一括して行われる。

 本来であれば、全員が魔界化した森に転移されるはずなのだが――』


 ラウロはそこで一度言葉を切り、悠を見つめる。

 興味深い実験動物を観察するような眼差し。


『――君と、そして君に触れていた彼女だけが指定していた時間軸より大幅に早く、こちらへと転移されたのだ。先ほど、転移は魔界の中でないと行えないと言ったが例外もある。それが今回だ。君達の異常転移により、本来起こり得ない魔界化が発生してしまったのだよ。想定外の魔界化によって物資と奴隷を運搬中であった兵士が巻き込まれてしまった。いやまったく、悲しい事故だった。

 過去の事例から、その原因はユウ君、あるいはアカネ君にある可能性は極めて高いと推測され、君達が気絶している間に検査を行ったところ』


 ラウロが、悠を見ながら真っ直ぐに指差してきた。


『ユウ君。転移の異常は、君に原因がある可能性が濃厚だという結果が出た』


「え……?」


 悠と朱音が、何らかの事故で帝国側の予定より早くこの世界に転移して来た。

 それは理解できる。

 だがその原因が、悠にあると言う。


「つまり、それって……」


 どういうことなのか。

 粘着質で不気味な沈黙が部屋に落ちた。


 その沈黙を破ったのは、ラウロである。

 彼は肩を竦めながら、


『何せ事例が極めて少ないのでね。我々の方としても何も断言は出来ないのだよ。

 だが、傾向として、異常作動の原因となった者は、極めて優れた魔道の資質を備えている可能性が高い』


 ラウロの嗤うような目が、更に細まった。


『……故に、ユウ君には特に期待をしているよ?

 現に、魔界での戦闘ではたいそう活躍したそうではないかね』


 冷たく粘つくような視線が悠を撫でる。

 その好意的にも聞こえる言葉とは裏腹に、臓腑をざらついた舌で舐められるような、身の毛のよだつ不快感が悠を襲った。


 この類の目を、悠は知っている。

 あの研究所で飽きるほど存在していた目だ。

 他者の命を石くれのように扱うことの出来る酷薄極まりない眼差しである。


 原石いのちを平気で高みから落とし、割れるかどうか、中身はどうかと平然に観察する異形の目。

 過去の日々を思い出し、悠はその身を震わせた。心臓の鼓動が、極めて不快な高鳴りを胸に響かせている。思わず胸に手を当てていた。


「悠……?」


 朱音が心配そうに顔を覗き込んでくるが、悠は曖昧な笑顔を浮かべ、誤魔化した。

 そんな悠の様子を気にした風も無く、ラウロが口を開く。


『残りの全員は、本来予定されていた2日後にあの森に転移するはずだ。

 これからの君達の正式な生活については、その戦いに生き残った学友達と合流した時に説明させてもらうとしよう。それまでは暫定的に――』


「待って――待ってください」


 ――生き残った学友達。


 その言葉に、悠は即座に反応した。

 身を震わせる悪寒を振り払い、悠はラウロをきっと見据える。


『何かね? そろそろ時間が少ない。手短に頼むよ』


 ラウロが、興味深げに片眉を上げた。


 悠は、あの森での悪夢のような体験に思いを馳せる。

 あの異形の怪物――魔族との戦い。あの人間を容易に貫き屠る膂力と攻撃性、見る者の平常心を揺らがせる不気味な威容。

 悠と朱音は幸運にも生き延びることが出来たが、他のクラスの皆はどうだろうか。

 ラウロは、何らの能力が発現する確率は2分の1と言っていた。つまり、約半数は無力ということだ。

 少なからず犠牲者が出ることは間違いないだろう。魔族の数によっては全滅だって有り得るかもしれない。


 助けなければならない。

 今の自分には力がある。

 地球にいた頃のような、無力な自分ではないのだから。

 “みんな”のためにも――



 悠は、ラウロのこちらを観察するような不愉快な目を真っ直ぐに見つめ返し、


「僕も……助けに行きます」


『ほう?』


「ちょっと……っ!?」


 ラウロの感心したような声と、朱音の驚愕の声。

 朱音が何か言いたげに悠を睨み――何故が、絶句していた。悠の顔を見て、言葉を失っていたのだ。


「……?」


 そんなに変な顔はしていないはずだが……と、顔に手を触れてみれば、むしろ悠の表情はリラックスすらしていた。驚かれるような表情は浮かべていない。


 一方のラウロは愉快げに喉を鳴らす。


『素晴らしい。ユウ君の魔道の資質については、我々としても非常に関心が深い。自らの望んで戦闘に出てくれるというのなら、願ったりかなったりというものだよ。ルル、支局に連絡して準備を進めておきたまえ』


「了解しました」


 ルルの返事ははっきりとしたものであったが、朱音の狼狽した様子を気遣わしげに見つめていた。

 朱音は、ラウロを射抜くような鋭い眼差しで睨んでいる。

 平然とその視線を受けながら、ラウロは朱音へと問いかけた。

 

『アカネ君はどうするかね?』


「……知らないわよ!」


『ふむ、残念だ』


 もとより期待していなかったか、あるいはどうでも良かったのか。ラウロの態度は素っ気ないものだ。

 ラウロは小さく肩を竦め、相変わらずの芝居がかった仕草で話を戻した。


『君達の学友と合流するまでは、このメドレアで過ごしてもらう。そして合流次第、帝都に来てもらうとしよう。後の細かいことはルルから聞きたまえ。彼女は奴隷だが、特例で本局からの派遣省員としてある程度の権限を持たせている』


「改めて、よろしくお願いいたします」


 悠と朱音に、ルルが恭しく頭を下げた。


『では、そろそろ時間だ。私は失礼するよ。帝都で会う日を楽しみにしている』


 そして、ラウロの姿は、電源を消したテレビのようにあっさりと消える。

 僅かな静寂の後、「お疲れ様でした」とルルと頭を下げ、装置の片付けを始める。

 沈黙の中、カチャカチャとした細々(こまごま)しい音が、妙に大きく聞こえていた。


「…………」


 朱音は、ずっと悠を睨んでいた。

 クラスの皆を助けに行くという悠の言葉が、たいそう不満なようだ。

 先ほどから視線を感じて言葉を飲み込んでいた悠は、おずおずと声をかける。


「あ、朱音さん……? どうかしたの?」


 悠が顔を向けると、朱音は「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向き、


「……別に」


 不機嫌そうに言い捨てた。

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