第8話:燻製の特産
マークバラードの朝は、川のせせらぎと鳥のさえずりが響き合い、どこか穏やかな空気に包まれている。
小屋の窓から丘の畑を眺めると、葡萄の苗が少しずつ力強く育っているのが見える。
カベルネ、シャルドネ、山葡萄――私の時空魔法とシルビアの風魔法のおかげで、順調に根を張っている。
でも、葡萄が実るのはまだ先。
ワイナリーの夢を叶えるには、村の暮らしを支える何かが必要だ。
そんなことを考えながら、私は朝食のテーブルで新しいアイデアを思いついた。
「ねえ、シルビア、エルルゥ! 昨日捕った魚、燻製にしたらどうかな? 村の特産品にできれば、みんなの収入にもなるし、ワイナリーの資金にもなるよ!」
シルビアがスープを飲む手を止めて、目をキラキラさせた。
彼女の栗色の髪は、朝の光に照らされて少し赤く輝いている。
「燻製? いいね! クシナーダでも魚の燻製はよく食べたよ。風魔法で煙を均一にできるから、私、役に立てるかも!」
エルルゥは、いつものように眉をひそめて私を見た。
彼女のメイド服は、村での生活に慣れてきたのか、少しだけ埃が馴染んでいる気がする。
「エレナ様、また新たな無謀な計画ですな。ワタクシ、貴女の情熱は認めますが、燻製とは手間のかかるもの。村人たちに教えられるのですか?」
「もちろん! みんなでやれば、きっと楽しくなるよ。エルルゥも手伝ってくれるよね?」
私はウィンクして、アイテムボックスから昨日捕った魚と、燻製に必要な塩やハーブ、木材を取り出した。
エルルゥは「ふむ、ワタクシの剣は魚を切るのには不要ですが」と呟きながらも、興味深そうに私の準備を見ていた。
村の広場に、簡単な燻製小屋を建てることにした。
私はアイテムボックスから木材と布を出し、村人たちに手伝ってもらって簡素な小屋を組み立てた。
ガルドや子供たちも集まってきて、「燻製って何だ?」と興味津々だ。
私は魚を塩とハーブで下処理しながら、みんなに説明した。
「燻製は、魚を煙でいぶして長持ちさせる方法だよ。美味しいし、売れば村の収入になるんだ!」
子供の一人が「美味いなら食べてみたい!」と叫び、村人たちが笑い合った。
私はアイテムボックスから燻製用のチップを取り出し、火を起こした。
シルビアが風魔法で煙をコントロールし、均一に魚に絡ませる。
彼女の手から放たれる柔らかい風が、煙をふんわりと小屋に導く様子は、まるで魔法のショーみたいだ。
「シルビア、ほんとすごいよ! この煙、めっちゃ均等!」
「ふふ、風魔法の得意分野だよ。エレナ、魚の準備はできてる?」
「バッチリ! じゃあ、みんな、燻製のコツを教えるね!」
私は村人たちに、魚の下処理や燻製の時間を説明した。
ガルドが「こんなん初めてだ」と感心しながら、子供たちは煙の匂いに「くさーい!」と笑いながらも興味津々。
エルルゥは小屋の外で、剣を手に周囲を警戒しつつ、時折私たちをチラ見して「無茶は禁物ですよ」と呟いている。
燻製小屋から漂う香ばしい匂いが、村全体に広がっていく。
数時間後、最初の燻製魚が完成した。
黄金色に輝く魚は、見た目だけで食欲をそそる。
私は一匹を切り分け、村人たちに配った。
「さ、食べてみて!」
ガルドが恐る恐る一口かじると、目を見開いた。
「こりゃ……! 魚なのに、こんな濃い味! スッキリしてるけど、なんか深い! エレナ様、こりゃ売れるぞ!」
子供たちも「美味しい!」と叫びながら、燻製魚を頬張る。
その笑顔を見ていると、私の胸が熱くなった。
シルビアが風魔法で煙を調整し続け、エルルゥが「ふむ、悪くない出来ですな」と珍しく褒めてくれた。
「シルビア、君の風魔法がなかったら、こんなに上手くできなかったよ。ありがとう!」
「へへ、エレナのアイデアが良かったんだよ。私、ただ風を吹かせただけ」
シルビアが照れると、エルルゥが静かに言った。
「エレナ様、シルビア殿、村人たちの笑顔を見れば、今回の計画は成功ですな。ですが、ワタクシ、クシナーダの商人たちがこの燻製に目をつける可能性を懸念します」
「エルルゥ、確かにクシナーダのことは気になるけど……でも、まずは村のみんなで楽しもうよ!」
私は笑顔で答えたけど、シルビアの表情が一瞬曇った気がした。
彼女のクシナーダの過去は、まだ謎が多い。
エルルゥの鋭い視線が、シルビアを捉えているのも気づいていた。
でも、今はそんなことを考えるより、村の新しい特産品の成功を祝いたい。
その夜、小屋での夕食は燻製魚尽くしだった。
アイテムボックスから取り出したパンとチーズ、燻製魚を並べ、三人でテーブルを囲む。
シルビアが「クシナーダ製はもっとスパイスが強いんだよね」と言いながら、楽しそうに魚を食べる。
エルルゥは「ワタクシ、魚の味は悪くありませんが、貴女たちの無謀さには慣れません」と言いながらも、しっかり二切れ目を手に取った。
「エレナ様、この燻製、村の特産品として王都に売るつもりですか?」
「うん、考えてはいるよ。アイテムボックスで運べば、鮮度も保てるし。でも、まずは村のみんなで楽しんで、作り方を完璧にしよう!」
「ふむ、了解しました。ワタクシも、村の安全と貴女の無茶を見張ります」
エルルゥの言葉に、シルビアがくすっと笑った。
「エルルゥ、ほんと真面目だね。でも、エレナの夢、なんか本気で叶いそうだから、私も頑張っちゃおうかな」
「シルビア、最高の仲間だよ! これからも、畑も燻製も、村のみんなで盛り上げていこう!」
私は二人にグラスを掲げ、白葡萄ジュースで乾杯した。
燻製の香りが小屋に漂い、窓の外では星がキラキラと輝いている。
マークバラードは、葡萄の緑と燻製の香りで、少しずつ希望の色に染まっていく。
この村が、笑顔と美味しいもので溢れる日が、きっと来る!




