第4話:森での狩り
マークバラードの朝は、霧が丘陵を覆い、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
私は小屋の窓から外を眺めながら、アイテムボックスから取り出した葡萄の苗を手に持つ。
まだ小さな苗だけど、この小さな命が、私の夢の第一歩になる。
隣では、エルルゥが剣の手入れをしながら、いつものように少し心配そうな目で私を見ている。
「エレナ様、今日もまた無謀な計画をお考えですか? ワタクシ、貴女の体力が心配です」
「無謀じゃないよ、エルルゥ。今日は実践的な行動の日! シャンティーの森で狩りをして、村長を晩餐に招待するんだ。村人たちとの絆を深めるチャンスだよ!」
エルルゥは一瞬、眉を上げたが、すぐに小さく笑った。
「ふむ、ワタクシもそのくらいなら付き合えます。ですが、森は危険です。剣はワタクシに任せなさい」
「もちろんだよ! エルルゥの剣があれば、どんな魔獣だって怖くない!」
私はウィンクして、アイテムボックスから狩りに必要な道具を取り出した。
弓矢、ナイフ、麻の袋――そして、ちょっとしたお楽しみとして、王都から持ってきた白ワインと白葡萄ジュースも。
村人たちにワインの魅力を知ってもらうには、実際に味わってもらうのが一番だ。
シャンティーの森は、村から少し離れた場所に広がる深い緑の海だ。
木々の間を抜ける風はひんやりとしていて、葉擦れの音が心地よい。
私は弓を手に、エルルゥの後ろを歩く。
彼女は剣を構え、まるで森の精霊を警戒するように周囲を見回している。
「エレナ様、音を立てないでください。獲物が逃げます」
「う、うん、気をつけるよ……」
私はつま先でそっと歩きながら、森の奥に目を凝らした。
前世の知識では、狩りはワインと切り離せない。
葡萄畑の近くで育つ鹿や猪の肉は、ワインとの相性が抜群だ。
この村でワイナリーを成功させるなら、食文化も一緒に育てたい。
その時、木々の間を縫うように動く影が目に入った。
鹿だ! 角はなく、若い雌鹿のようだ。
私は弓を構え、息を整えた。
でも、手が少し震えてしまう。
狩りなんて、前世でもやったことないのに!
「エレナ様、落ち着いて。ワタクシが援護します」
エルルゥがそっと私の肩に手を置いた。
その瞬間、鹿がこちらを向いた。
目が合う。
心臓がドキドキして、矢を放つタイミングを逃しそうになる。
でも、エルルゥの声が背中を押してくれた。
「今です!」
私は矢を放ち、鋭い音と共に鹿の脇腹に命中した。
鹿はよろめき、森の奥へ逃げようとしたが、エルルゥが素早く剣を手に飛び出し、的確に仕留めた。
彼女の動きは、まるで舞踏のようだった。
「やった……! エルルゥ、すごいよ!」
「ふむ、ワタクシの剣は飾りではありません。エレナ様も、初の狩りでよくやりました」
エルルゥが珍しく笑顔を見せ、鹿を肩に担いだ。
私はアイテムボックスに鹿を収納し、さらに森の奥でキノコを見つけた。
ふっくらとした茶色のキノコは、スープにしたら絶品だろう。
アイテムボックスに放り込むと、なんだか宝物を集める冒険者の気分だ。
「これで今夜の晩餐はバッチリだね!」
「エレナ様、調子に乗ると怪我しますよ。さ、帰りましょう」
夕方、小屋に戻った私たちは、村長のガルドを晩餐に招待した。
小屋のテーブルには、鹿肉のローストとキノコスープが並ぶ。
塩と胡椒もちゃんと使った。
胡椒はまだまだ渡来品で、ちょっとした贅沢品だ。
エルルゥが手際よく調理してくれたおかげで、香ばしい匂いが小屋いっぱいに広がっている。
私はアイテムボックスから、白ワインと白葡萄ジュースを取り出した。
ワインは王都で選んだ、軽やかでフルーティーな味わいのもの。
村人たちには初めてのワインになるから、飲みやすいものを選んだつもりだ。
「エレナ様、ようこそお招きいただいて。こんなご馳走、わしらにはもったいない」
ガルドが少し緊張した様子で席に着いた。
彼のぼろぼろの服と、皺だらけの手が、この村の厳しい暮らしを物語っている。
私は笑顔で彼にグラスを渡した。
「ガルドさん、今日は特別な夜にしたいの。これ、飲んでみて!」
私はガルドに白ワインの入ったグラスを渡し、私とエルルゥは白葡萄ジュースで乾杯した。
ガルドはグラスを手に、怪訝そうにワインを見つめる。
「こりゃ何だ? 葡萄の汁か?」
「これはワイン、葡萄を発酵させて作った飲み物だよ。飲んでみて、きっと驚くから!」
ガルドは恐る恐るグラスを口に運んだ。
一口飲むと、彼の目が見開かれた。
「こ、これは……! 甘くて、でもなんかスッキリして……これがワインってやつか!」
彼の声には、純粋な驚きと感動が混じっていた。
私はくすっと笑い、ジュースを一口飲んだ。
白葡萄ジュースの爽やかな甘さが、喉を潤す。
エルルゥもジュースを飲みながら、ガルドの反応を興味深そうに見ていた。
「ガルドさん、気に入ってくれた? この村で、こんなワインをみんなで作れたらいいなって思ってるんだ」
「エレナ様、こんな美味いもん、わしらで作れるのか?」
「うん、絶対にできるよ! ガルドさんたちと一緒に、この村をワインの里にしてみせる!」
私の言葉に、ガルドは少し照れたように笑った。
鹿肉のローストを頬張りながら、彼はポツリと言った。
「エレナ様、わしら、この村に希望なんてねえと思ってた。でも、こうやって一緒に飯を食って、こんな美味い飲み物を飲むと……なんか、できそうな気がするな」
その言葉に、私の胸が熱くなった。
エルルゥがそっと私の手を握り、「エレナ様、ワタクシもその夢、応援しますよ」と囁いた。
ガルドにワインのボトルを一本プレゼントすると、彼は目を輝かせて受け取った。
「こりゃ大事に飲むよ。エレナ様、ありがとうな」
食事が終わり、ガルドが帰った後、私は小屋の窓から夜空を見上げた。
星がキラキラと輝き、まるで私の夢を祝福しているみたいだ。
エルルゥが片付けをしながら、珍しく優しい声で言った。
「エレナ様、今日の晩餐、村人との絆を確かに深めました。ワタクシ、貴女のやり方に感心しております」
「ふふ、ありがとう、エルルゥ。これからもっと村のみんなと一緒に、夢を大きくしていくよ!」
私は拳を握り、胸の奥で燃える情熱を感じた。
シャンティーの森の恵み、村人との絆、そして私の時空魔法――これがあれば、マークバラードはきっと変わる。
葡萄の香りに満ちた、希望の村になるんだ!




