第20話:葡萄の病気と山葡萄の奇跡
マークバラードの春は、まるで新しい命が息づくような活気に満ちている。
朝の丘陵では、カベルネ、シャルドネ、そして山葡萄の苗が、朝露をまといながら陽光に輝く。
小屋の窓からその光景を眺めると、私の胸は期待で膨らむ。
ワイナリーの基礎は着々と形になり、村人たちの笑顔が私の心を温める。
クシナーダの視察を乗り越えたことで、マークバラードの名は王国を越えて広がり始めた。
でも、前世の記憶が囁く――葡萄は気まぐれな子だ。
成功の裏には、試練が潜んでいる。
朝食のスープをすすりながら、私はアイテムボックスから葡萄の管理記録を取り出す。
初収穫の失敗はまだ胸に刺さるけど、あの教訓を生かして、今回は完璧にしたい。
エルルゥが剣を磨きながら、いつもの鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は春の陽気にも凛々しく、まるで戦場に立つ女騎士のようだ。
シルビアは暖炉のそばでローブを羽織り、栗色の髪をいじりながら、どこか落ち着かない様子。
「エレナ様、葡萄畑の調子が良いとはいえ、油断は禁物ですな。ワタクシ、貴女の無謀さがまた無茶な魔法を引き起こさないか、心配です」
エルルゥの声には、いつもの厳しさと信頼が混ざっている。
私はスプーンを置いて、目を輝かせる。
「エルルゥ、大丈夫だよ! 今回は慎重にいくよ。時空魔法も、ちゃんとコントロールする。でも、畑に何か変な兆候がある気がして……今日、しっかりチェックするつもり!」
シルビアがスープを一口飲んで、ぽつりと呟く。
「エレナ、クシナーダの視察の後、なんか嫌な予感がするんだ。葡萄、順調に見えるけど、ほんと大丈夫かな? 風魔法で通気良くしとくよ」
彼女の声には、故郷への複雑な思いが滲んでいる。
私は彼女の手を握って、笑顔で答える。
「シルビア、ありがとう! 風魔法で畑をフレッシュにしてね。エルルゥも、今日は剣より虫眼鏡持って、一緒に畑を見てよ。葡萄の病気、絶対見逃さない!」
エルルゥが眉をピクリと動かし、ため息をつく。
「ふむ、ワタクシの剣は貴女を守るためのものですが、虫眼鏡なら持てなくもありませんな。ですが、クシナーダの動向も気になる。警戒を怠りませんよ」
私はウィンクして、アイテムボックスから検査用の道具やハサミを取り出す。
シルビアが「エレナ、ほんと何でも出てくるね!」と笑い、エルルゥが「貴女のアイテムボックス、まるで魔法の薬局ですな」と半ば呆れたように呟く。
私の胸は、畑を守る決意で高鳴っていた。
でも、どこかで小さな不安がざわめく。
葡萄の葉、昨日より少し元気がない気がするんだよね……。
朝の畑は、春の陽光に浴して美しい。
カベルネの力強い緑、シャルドネの繊細な輝き、山葡萄の野性味溢れる蔓が、丘陵を彩る。
村人たちが集まり、ガルドが杖をついて「エレナ様、畑がこんなに立派になるとは!」と笑う。
トムが「葡萄、食べられる?」と目を輝かせ、子供たちが「ワイン、早く飲みたい!」と騒ぐ。
私は笑顔で手を振るけど、心の奥でざわつきが止まらない。
昨日の夜、畑を歩いたとき、葉に小さな斑点を見つけたんだ。
あれ、ただの汚れじゃないよね?
「みんな、今日は畑の健康チェックだよ! 葉っぱや実に変なところがあったら、すぐに教えてね!」
村人たちが頷き、畑に散らばる。
シルビアが風魔法でそよ風を起こし、葉を揺らして見やすくする。
エルルゥは虫眼鏡を手に、子供たちに「丁寧に見なさい」と指導しながら、畑の隅々をチェック。
私は一房のカベルネを手に取り、葉を裏返す。
やっぱり、あった。
灰色の粉みたいな斑点が、葉の裏に広がっている。
シャルドネも同じ。
山葡萄は……あれ、意外と平気? 前世の知識が警鐘を鳴らす。
これはうどんこ病だ! 葡萄の大敵、放っておくと実までダメになる!
「エレナ様、何か異変ですな? 貴女の顔、妙に深刻ですよ」
エルルゥが私のそばに寄り、虫眼鏡で葉を覗く。
私は深呼吸して、声を抑える。
「エルルゥ、まずいよ……これ、うどんこ病だ。カベルネとシャルドネがやられてる。放っておくと、全部枯れちゃう!」
シルビアが風魔法を止め、駆け寄ってくる。
「エレナ、病気!? クシナーダじゃ、葡萄の病気は魔法でどうにかしてたけど……風魔法じゃ無理だよね?」
彼女の声には焦りが滲む。
私は頭をフル回転させる。
前世の知識が蘇る――うどんこ病は通気を良くし、感染した葉を早めに取り除けば防げる。
でも、こんな広範囲だと、手作業じゃ間に合わない。
時空魔法で病気の進行を遅らせて、原因を突き止めるしかない!
「シルビア、風魔法で通気を最大限に! エルルゥ、村人たちに感染した葉を切るように伝えて。アイテムボックスに薬草があるから、調合してみるよ!」
私はアイテムボックスからハサミと薬草を取り出し、村人たちに指示を出す。
ガルドが「エレナ様、こんな病気、初めてだ……」と心配そうに呟き、トムが「葡萄、死んじゃうの?」と涙目で聞く。
私は彼の頭を撫でて、笑顔を作る。
「トム、大丈夫! みんなで力を合わせれば、葡萄は救えるよ!」
でも、内心は焦っていた。
時空魔法で時間を操れば、病気の進行を遅らせられるけど、魔力の負担が怖い。
エルルゥが私の腕を掴み、鋭く言う。
「エレナ様、無茶な魔法は禁物です! ワタクシ、貴女が倒れるのを見たくありません!」
「エルルゥ、ありがとう。でも、葡萄を救うには、これしかないんだ。少しだけ、時間を遅らせるよ!」
私は手を広げ、時空魔法を発動。
青白い光が畑を包み、病気の進行をほんの少し遅らせる。
葉の斑点が広がる速度が目に見えて落ち、村人たちが「おお!」とどよめく。
でも、頭に鋭い痛みが走り、視界が揺れる。
やばい、またやりすぎた……!
「エレナ様!」
エルルゥが素早く私を支え、シルビアが「エレナ、無理しないで!」と叫ぶ。
私は息を整え、笑顔を絞り出す。
「大丈夫、ほら、病気の広がりが止まったよ! でも、根本的な解決が必要……」
その時、シルビアが山葡萄の蔓を手に持って叫んだ。
「エレナ、ちょっと見て! 山葡萄、病気にかかってない! 葉も実も、めっちゃ元気!」
私はよろめきながら山葡萄の畑に駆け寄る。
確かに、野性味溢れる蔓は、うどんこ病の兆候がほとんどない。
前世の知識が閃く――山葡萄は野生種だから、病気への耐性が強いんだ! これを使えば、カベルネとシャルドネを救えるかもしれない!
「シルビア、ナイス! 山葡萄の汁を調合して、薬にしてみるよ! エルルゥ、村人たちに山葡萄の葉と実を集めるように伝えて!」
エルルゥが頷き、村人たちに指示を出す。
シルビアが風魔法で山葡萄の収集を助け、子供たちが「これ、葡萄救うの?」と目を輝かせる。
私はアイテムボックスから調合道具を取り出し、山葡萄の汁を煮詰める。
前世の記憶を頼りに、薬草と混ぜてスプレー液を作る。
胸の奥で希望が膨らむ。
山葡萄、君が救世主だ!
夕方までに、村人たちと協力してスプレー液を畑に散布した。
シルビアの風魔法で薬液が均等に広がり、カベルネとシャルドネの葉が少し元気を取り戻した気がする。
ガルドが「エレナ様、山葡萄がこんな力持ってるなんて!」と感心し、トムが「葡萄、生き返った!」と跳ね回る。
私は汗を拭いながら、笑顔で答える。
「みんな、ありがとう! 山葡萄のおかげで、全滅は免れたよ。次はもっと早く気づけるようにする!」
でも、内心はまだざわついていた。
病気は防げたけど、収穫量は減るかもしれない。
クシナーダの視察やカルリストの噂が頭をよぎる。
この失敗が広まったら、村にどんな影響が……?
夜、小屋に戻ると、暖炉の火がパチパチと音を立てる。
シルビアが風魔法で火を調整し、エルルゥが剣を磨きながら言う。
「エレナ様、今日の危機、貴女の機転で乗り越えましたな。ワタクシ、貴女の無謀さが村を救ったと思います」
「エルルゥ、ありがとう。シルビアの風魔法と山葡萄の発見、めっちゃ助かったよ!」
シルビアが膝を抱え、ぽつりと呟く。
「エレナ、クシナーダじゃ、病気は魔法で強引に治してたけど、こうやってみんなで乗り越えるの、すごいよ。でも、この噂、カルリストやクシナーダに届くかも……」
私は彼女の手を握り、力強く言う。
「シルビア、どんな噂が広まっても、私たちの村は負けないよ。山葡萄はマークバラードの奇跡だ。みんなで、もっと強い畑を作る!」
星空の下、葡萄畑が静かに揺れていた。
病気という試練を乗り越えた今、ワイナリーの夢はもっと大きく輝く。
次の挑戦は、山葡萄を使った新しい畑作り。
どんな困難も、村人たちと一緒に乗り越えるよ!




