第19話:クシナーダの視察
マークバラードの春は、葡萄畑に新しい緑が溢れ、希望の息吹が村を包む。
小屋の窓から見ると、カベルネ、シャルドネ、山葡萄の苗が朝陽に輝き、力強く根を張り始めている。
ワイナリーの基礎が丘の麓にたたずんでいた。
初収穫の失敗は苦い記憶だけど、村人たちの笑顔とエルルゥ、シルビアの支えで、夢は着実に形になりつつある。
前世の記憶が囁く――ワインは土地の魂と人の絆から生まれる。
でも、今日、村に緊張が走った。
クシナーダの視察団が、兵を連れてやってくるというのだ。
カルリスト領主の視察を成功させたばかりなのに、今度は隣国の視線。
私の心は、期待と不安でざわめいていた。
クシナーダを驚かせ、マークバラードの力を示したいけど、戦争の噂が頭をよぎる。
「エレナ様、クシナーダの視察とは穏やかではありませんな。兵を連れているとなれば、ワタクシ、貴女と村の安全を最優先に守ります。無茶な魔法は禁物ですよ」
エルルゥが朝食のスープを運びながら、いつもより鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は春の陽気にも凛として、剣を携えた姿はまるで戦場を睨む女騎士。
シルビアは暖炉のそばでローブを握りしめ、栗色の髪を揺らしながら、明らかに動揺した声で言った。
「エレナ、クシナーダの兵が来るって……。私の故郷だけど、新王の動き、ほんと怖いよ。風魔法で何かできるけど、兵隊相手じゃ……。どうする?」
「シルビア、落ち着いて! 風魔法で畑を最高に見せてよ。エルルゥも、剣で村を守ってね。クシナーダの視察、絶対チャンスに変えるよ! 時空魔法で葡萄の力をアピールして、マークバラードの誇りを見せつけるんだ!」
私はスプーンを握り、目を輝かせて言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、ため息をついた。
「ふむ、ワタクシの剣は貴女を守るためのものですが、クシナーダの兵には一歩も退きません。ですが、貴女の無謀な魔法、制御してくださいね」
「大丈夫だよ、エルルゥ! アイテムボックスに資料も道具も詰めてあるし、葡萄畑でクシナーダをビックリさせるよ! シルビア、君の故郷だから、ちょっと緊張するよね。でも、一緒に乗り越えよう!」
私はウィンクして、アイテムボックスから葡萄のサンプルや燻製魚、ピザパンを取り出した。
シルビアが「エレナ、ほんと強気だね……」と苦笑いし、エルルゥが「貴女のアイテムボックス、まるで魔法の武器庫ですな」と呟いたけど、彼女の目には決意が宿っていた。
私の胸は、視察を成功させる覚悟で高鳴っていた。
でも、シルビアの故郷、クシナーダの影が、胸の奥でざわついていた。
朝、村の広場は異様な緊張感に包まれていた。
ガルドが杖をつき、村人たちに「落ち着け!」と声をかけ、子供たちは「兵隊、怖い……」と母親の後ろに隠れる。
トムだけが「エレナ様、負けないで!」と手を振ってくれる。
私はアイテムボックスから展示用の葡萄苗や特産品を出し、畑の入り口に準備。
シルビアが風魔法で埃を払い、畑を清潔に保つ。
エルルゥは剣を手に、広場の周囲を鋭く見回す。
「シルビア、畑の演出バッチリ! エルルゥ、村人たちの安全、頼んだよ!」
「うん、エレナ。風魔法で葉っぱをキラキラさせとくよ。でも、クシナーダの兵、なんか嫌な予感……」
「ワタクシ、兵の動きを一瞬も見逃しません。エレナ様、貴女は畑に集中なさい。クシナーダの意図、ワタクシが探ります」
その時、馬蹄の音が響き、クシナーダの視察団が現れた。
黒い甲冑をまとった兵士たちが馬車を囲み、旗にはクシナーダの紋章――鷹と炎が刻まれている。
馬車から降りてきたのは、鋭い目つきの男、使者ラザルス。
ローブに金の刺繍が施され、威圧感たっぷり。
シルビアが小さく息を呑み、エルルゥの剣の手がピクリと動く。
私は深呼吸して、一歩前に出た。
「クシナーダの使者ラザルス様、ようこそマークバラードへ! 私はエレナ・フォン・リーデル、葡萄畑とワイナリーの夢を育てています。どうぞ、畑をご覧ください!」
ラザルスが目を細め、私をじろりと見た。
「ふむ、マークバラードの噂、クシナーダにも届いている。葡萄畑だと? こんな辺境で何ができるか、確かめさせてもらう」
彼の声には、試すような冷たさがあった。
兵士たちが畑の周囲を取り囲み、村人たちがざわつく。
エルルゥが剣の柄を握り、シルビアが風魔法でそっと空気を動かす。
私は胸を張り、畑へ案内した。
丘の畑に着くと、カベルネ、シャルドネ、山葡萄が春の陽光に輝く。
シルビアの風魔法で葉が揺れ、まるで緑の波が踊っているよう。
ラザルスが畑を見回し、鼻を鳴らした。
「確かに苗は育っているが、こんな貧弱な土地でワインが作れるとは思えん。噂は誇張ではないのか?」
その言葉に、村人たちがムッとし、ガルドが杖を握りしめる。
私は心の中で反発を感じたけど、笑顔で答えた。
「ラザルス様、見た目だけで判断しないでください。この畑は、私の時空魔法と村人たちの努力で生まれ変わったんです。その力を、今見せます!」
私は手を広げ、時空魔法を発動。
青白い光が畑を包み、葡萄の苗がグンと伸び、新芽が鮮やかに広がる。
冬の失敗を教訓に、今回は慎重に時間を調整。
村人たちが「おお!」とどよめき、ラザルスの目が見開いた。
「こ、これは……! 時空魔法だと? こんな辺境で、こんな力……!」
「そうです、ラザルス様! マークバラードの葡萄は、村の魂そのもの。来年には最高のワインになります。クシナーダにも、この味を届けてみせますよ!」
私の言葉に、ラザルスが一瞬黙り、畑をじっと見つめた。
兵士たちがざわつき、シルビアが風魔法で葉を揺らし、畑の美しさを強調。
エルルゥが剣を手に、兵士たちに鋭い視線を投げる。
彼女の存在感が、兵士たちを一歩後退させた。
「エレナ様、兵の動き、怪しいですな。ワタクシ、貴女の背後を守ります」
「エルルゥ、ありがとう。シルビア、畑の演出、最高だよ!」
私はアイテムボックスから燻製魚とピザパンを取り出し、ラザルスに差し出した。
「マークバラードの特産品です。葡萄畑の夢と一緒に、味わってください!」
ラザルスがピザパンを一口かじり、わずかに頷いた。
「ふむ、悪くない……。エレナ嬢、マークバラード、確かに侮れん。報告はクシナーダに持ち帰る」
その言葉に、村人たちがホッと息をつく。
エルルゥとシルビアが兵士たちに威嚇の視線を向け、ラザルス一行は馬車に戻り、村を後にした。
視察が終わり、広場は安堵の空気に包まれた。
ガルドが「エレナ様、クシナーダを黙らせるとは!」と笑い、トムが「エレナ様、すごい!」と叫ぶ。
私はアイテムボックスから白葡萄ジュースを出し、みんなで乾杯。
村人たちが「マークバラード、最高!」と声を揃えた。
夜、小屋に戻ると、暖炉の火がパチパチと音を立てる。
シルビアが風魔法で火を調整し、エルルゥが剣を磨きながら言った。
「エレナ様、今日の視察、貴女の魔法が村を守りました。ワタクシ、貴女の無謀さを誇りに思います」
「エルルゥ、ありがとう。シルビアの風魔法も、めっちゃ助かったよ! クシナーダ、ちょっと怖かったけど、乗り越えられた!」
シルビアが膝を抱え、ぽつりと呟いた。
「エレナ、クシナーダの使者、私の過去を知ってるかもしれない。ラザルスの目、なんか嫌だった……」
私は彼女の手を握り、力強く言った。
「シルビア、過去は関係ないよ。君はマークバラードの一員。どんな視察が来ても、みんなで守るよ!」
星空の下、葡萄畑が静かに揺れていた。
クシナーダの視察は乗り越えたけど、戦争の噂はまだ消えない。
どんな試練も、村人たちと一緒に、夢を輝かせるよ!




