第16話:カルリスト領主の視察
マークバラードの冬は、冷たい風が丘陵を駆け抜け、葡萄の苗が静かに眠る季節だ。
小屋の窓から見える畑は、裸の枝が朝霧に濡れ、まるで来春の希望を秘めているよう。
燻製魚、ピザパン、エールの宴、そして薪運びで村は活気づき、村人たちの笑顔が私の心を温める。
でも、今日は少し緊張する日だ。
東隣のカルリスト領主が、噂に名高いマークバラードの葡萄畑を視察しに来るという。
私の前世の記憶が囁く――ワインは土地の魂を映す鏡だけど、権力者の視線は時に嵐を呼ぶ。
この視察をチャンスに変えて、マークバラードの名をさらに広めたい!
「エレナ様、カルリスト領主の視察とは、少々厄介な事態ですな。貴女の無謀な計画は認めますが、ワタクシ、貴女の安全と村の名誉を守るため、警戒を怠りませんよ」
エルルゥが朝食のスープを運びながら、いつもの鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は冬の寒さに負けず、剣を携えた姿はまるで村を守る女騎士のよう。
シルビアは暖炉のそばでローブを羽織り、栗色の髪を指でいじりながら少し不安そうに言った。
「エレナ、カルリストの領主って、なんか厳しそう……。クシナーダの噂も気になるし、風魔法で何かサポートできるかな? 葡萄畑、めっちゃ自慢できるけどさ」
「シルビア、ナイス! 風魔法で畑をピカピカに演出してよ! エルルゥも、剣でカッコよく護衛してね。今日の視察は、マークバラードの可能性を見せつけるチャンスだよ! 時空魔法で葡萄の成長をアピールして、領主をビックリさせちゃおう!」
私はスプーンを握り、目を輝かせて言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、ため息をついた。
「ふむ、ワタクシの剣は貴女を守るためのものですが、領主相手に無茶な魔法は危険です。クシナーダの動向も気になる以上、慎重になさい」
「大丈夫だよ、エルルゥ! アイテムボックスに資料も道具もバッチリ詰めてあるし、カルリスト領主を黙らせるくらいの畑を見せるよ!」
私はウィンクして、アイテムボックスから葡萄畑の管理記録やサンプルの葡萄苗を取り出した。
シルビアが「エレナ、ほんと準備万端だね!」と笑い、エルルゥが「貴女の無謀さ、どこまで行くのですか」と呟いたけど、彼女の目も少し期待に光ってる。
私の胸は、視察の成功を想像して高鳴っていた。
カルリスト領主に、マークバラードの夢を認めさせるんだ!
朝、村の広場はいつもより緊張感に包まれていた。
ガルドが杖をつき、村人たちに指示を出し、広場の周りを花や麦の束で飾り付けている。
子供たちは「領主ってどんな人?」と囁き合い、トムが「エレナ様、負けないで!」と手を振る。
私はアイテムボックスから葡萄の苗や燻製魚、ピザパンを取り出し、視察用の展示台を準備。
シルビアが風魔法で埃を払い、畑の周りを清潔に保つ。
「シルビア、風魔法で畑がキラキラしてる! これなら領主もビックリするよ!」
「へへ、風で葉っぱを揺らして、めっちゃ綺麗に見えるようにしたよ! エレナ、時空魔法で何するの?」
「ちょっとだけ成長を早めて、葡萄の可能性を見せるんだ。エルルゥ、村人たちの安全、頼んだよ!」
エルルゥが剣を手に、広場の周囲を歩きながら頷いた。
「ワタクシ、領主の随行者に目を光らせます。エレナ様、貴女の魔法、派手にやりすぎないでくださいね」
村人たちが集まり、畑の入り口に整列する。
ガルドが「エレナ様、こんな大物が来るなんて、昔じゃ考えられん」としみじみ言う。
私は笑顔で答えた。
「ガルドさん、昔のマークバラードじゃないよ。今日、領主に私たちの力を見せつけるんだ!」
その時、馬車の音が響き、カルリスト領主の一行が到着した。
豪華な馬車から降りてきたのは、灰色の髪を厳格に結い上げた中年の男、領主バルドウィン。
鋭い目と重厚なローブが、彼の権威を物語る。
随行の兵士たちが周囲を固め、村人たちが少し緊張した面持ちで彼を見つめる。
私は深呼吸して、一歩前に出た。
「カルリスト領主バルドウィン様、ようこそマークバラードへ! 私はエレナ・フォン・リーデル、葡萄畑とワイナリーの夢をこの村で育てています。どうぞ、畑をご覧ください!」
バルドウィンが目を細め、私をじろりと見た。
「ほう、リーデル家の娘がこんな辺境で葡萄畑とはな。噂は本当か、確かめさせてもらうぞ」
彼の声には、どこか試すような響きがあった。
エルルゥが剣の柄に手を置き、シルビアが風魔法でそっと空気を動かす。
私は胸を張り、畑へ案内した。
丘の畑に着くと、カベルネ、シャルドネ、山葡萄の苗が冬の寒さの中でも力強く根を張っている。
シルビアの風魔法で葉が軽やかに揺れ、朝日を反射してキラキラ輝く。
バルドウィンが畑を見回し、鼻を鳴らした。
「ふむ、確かに苗は育っているが、こんな貧弱な土地でワインが作れるとは思えん。エレナ嬢、貴女の噂は大げさではないのか?」
その言葉に、村人たちがざわつき、ガルドが杖を握りしめる。
私は心の中でムッとしたけど、笑顔を崩さず答えた。
「バルドウィン様、見た目だけで判断しないでください。この畑は、私の時空魔法と村人たちの努力で生まれ変わったんです。少しだけ、その可能性を見せますね!」
私は手を広げ、時空魔法の力を呼び起こした。
青白い光が手のひらに集まり、畑全体を包み込む。
ほんの数秒、時間を加速させると、葡萄の苗がグンと伸び、枝に小さな芽が顔を覗かせた。
冬なのに、まるで春のような生命力が畑に溢れる。
村人たちが「おお!」とどよめき、バルドウィンの目が見開いた。
「こ、これは……! 時空魔法だと? こんな力で、葡萄をここまで……!」
「そうです、バルドウィン様! この畑は、マークバラードの魂そのもの。来年には実を結び、最高のワインになります。どうでしょう、王都でこの噂を広めてくれませんか?」
私の言葉に、バルドウィンが一瞬黙り、畑をじっと見つめた。
彼の随行者が「領主様、これは本物ですぞ」と囁き、村人たちが誇らしげに頷く。
私はアイテムボックスから燻製魚とピザパンを取り出し、バルドウィンに差し出した。
「これ、マークバラードの特産品です。葡萄畑の夢と一緒に、村の力を味わってください!」
バルドウィンがピザパンを一口かじり、驚いたように頷いた。
「ふむ、悪くない……。エレナ嬢、貴女の情熱、確かに見た。マークバラード、侮れん村だな」
その言葉に、村人たちが歓声を上げ、トムが「エレナ様、すごい!」と叫ぶ。
私は胸が熱くなり、シルビアとエルルゥに目をやった。
シルビアが「エレナ、めっちゃカッコよかった!」と笑い、エルルゥが「ワタクシ、貴女の無謀さが実を結びましたな」と珍しく柔らかい笑みを浮かべる。
視察が終わり、バルドウィンが馬車で去った後、村人たちは広場で喜びを分かち合った。
ガルドが「エレナ様、領主を黙らせるとは!」と笑い、子供たちが「葡萄、すごい!」と騒ぐ。
私はシルビアとエルルゥを連れて小屋に戻り、暖炉の前で一息ついた。
「シルビア、風魔法の演出、最高だったよ! エルルゥの護衛も、めっちゃ心強かった!」
「へへ、クシナーダじゃ魔法は怖がられるだけだったけど、こうやって役立つのは嬉しいよ。エレナ、ほんとすごい!」
シルビアの笑顔に、クシナーダの影が少し薄れた気がした。
でも、彼女がぽつりと呟いた。
「カルリストの領主、クシナーダと繋がってる噂があるんだよね……。マークバラードの噂、向こうにも届いてるかも」
エルルゥが剣を磨きながら、鋭く言った。
「シルビア殿、その噂、詳しく話していただけますか? ワタクシ、クシナーダの動向を注視します。エレナ様、貴女の夢は守りますよ」
私は二人を見回し、力強く言った。
「シルビア、エルルゥ、ありがとう。クシナーダのことは気になるけど、私たちの村は負けない。葡萄畑も、みんなの笑顔も、全部で未来を切り開くよ!」
暖炉の火がパチパチと音を立て、星空が窓の外で輝いていた。
カルリスト領主の視察は成功したけど、次の挑戦は葡萄の収穫。
どんな試練が来ても、マークバラードは輝き続ける!




