第14話:エールの宴
マークバラードへの帰路は、馬車の揺れと共に私の心を軽やかにした。
王都での小麦の商談は大成功。
アイテムボックスには売上金と新しい農具、葡萄の苗がぎっしり詰まっていて、さらには王都の市場で見つけた特別な荷物――エールの樽がいくつか。
私の前世の記憶が囁く。
ワインは土地の魂を閉じ込める飲み物だけど、エールは人々の笑顔を繋ぐ魔法だ。
収穫祭の成功で村人たちの絆が深まった今、エールの宴でマークバラードをさらに盛り上げたい! 葡萄畑の夢は、こんな楽しい時間があるからこそ輝くんだ。
「エレナ様、王都での成功は認めますが、エールをそんなに積み込むとは……また無謀な計画ですな。ワタクシ、貴女の体力が心配です。宴の準備で魔力を浪費しないでくださいね」
エルルゥが馬車の隅で剣を磨きながら、いつもの鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は旅の埃で少し薄汚れているけど、凛とした姿は変わらない。
シルビアはアイテムボックスから取り出した白葡萄ジュースを飲みながら、栗色の髪を揺らして笑った。
「エレナ、エールってあの泡立つやつ? クシナーダじゃ、祭りでよく飲んだよ! 風魔法で何か面白いことできるかな? 即席ステージとか、作っちゃおうか?」
「シルビア、ナイスアイデア! 風魔法でステージ作って、宴をめっちゃ盛り上げよう! エルルゥも、今日は剣を置いて一緒に飲もうよ。エールで村のみんなと乾杯するんだから!」
私は目をキラキラさせて言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、ため息をついた。
「ふむ、ワタクシの剣は貴女を守るためのものですが……エールなら、少々付き合ってもいいかもしれませんな。ですが、クシナーダの噂が気になる以上、ワタクシの警戒は怠りませんよ」
「大丈夫だよ、エルルゥ! 今日はみんなで笑って、歌って、村の未来を祝う日! エールの香りと村人たちの笑顔で、マークバラードを最高の場所にするよ!」
私はウィンクして、アイテムボックスからエールの樽をチラ見した。
シルビアが「ほんと、なんでも出てくるね!」と感心する中、エルルゥは「貴女のアイテムボックス、まるで魔法の酒蔵ですな」と半ば呆れたように呟いた。
私の胸は、宴の成功を想像して高鳴っていた。
エールの泡立つ音と村人たちの笑い声が、葡萄畑の未来をさらに明るくしてくれるはず!
マークバラードに着いたのは、夕暮れの空がオレンジに染まる頃だった。
村の広場では、子供たちが走り回り、ガルドが「エレナ様、戻ったか!」と杖をついて駆け寄ってくる。
トムが「小麦、売れた!?」と目を輝かせ、村人たちがわらわら集まってきた。
私は馬車から降り、胸を張って宣言した。
「みんな、聞いて! 王都で小麦、大成功! 王宮の倉庫に備蓄してもらったよ! それに、今日は特別なお土産――エールの樽! 今夜は宴を開いて、みんなで乾杯しよう!」
村人たちが「おお!」とどよめき、子供たちが「エールってなに!?」と騒ぐ。
ガルドが皺だらけの笑顔で私の肩を叩いた。
「エレナ様、ほんとすげえや! 小麦が王宮に認められるなんて、この村の誇りだ。エールの宴、楽しみだな!」
「ガルドさん、絶対楽しい夜にするよ! シルビア、ステージの準備、お願い! エルルゥ、村人たちの警備、頼んだよ!」
シルビアが「任せて!」と手を振ると、風魔法で広場の地面から木の板や布がふわっと浮かび、即席のステージが組み上がっていく。
子供たちが「魔法、すごい!」と手を叩き、村人たちが感嘆の声を上げる。
エルルゥは剣を手に周囲を見回しながら、「ワタクシ、宴の安全を確保します。貴女の無謀な盛り上がり、しっかり見張りますよ」とクールに言ったけど、彼女の目が少し楽しそうに光ってる。
ふふ、エルルゥ、絶対ハマるよ!
私はアイテムボックスからエールの樽を出し、テーブルに並べた。
ピザパンや燻製魚、キノコスープも用意して、収穫祭の再現みたいに広場を飾る。
村の女性たちが手慣れた手つきで料理を並べ、子供たちが花の飾りを作って走り回る。
トムの母親が「エレナ様、いつも村を明るくしてくれてありがとう」と笑顔で言うと、胸がじんわり温かくなった。
この村は、私の夢のキャンバス。
エールの宴で、もっと鮮やかな色を加えたい!
夜が訪れ、広場は松明の灯りと笑い声で溢れた。
シルビアの風魔法で作ったステージでは、村の若者が即興で歌い始め、子供たちが手拍子で盛り上げる。
私はエールの樽を開け、木の杯に注いで村人たちに配った。
泡立つ黄金色のエールは、ほのかに甘く、麦の香りが鼻をくすぐる。
前世の記憶が蘇る――こんなエールは、仲間と笑い合う夜にぴったりだ。
「みんな、乾杯! マークバラードの未来と、みんなの笑顔に!」
私が杯を掲げると、村人たちが「乾杯!」と声を揃えた。
ガルドがエールを一口飲み、目を丸くした。
「こりゃ、なんちゅう美味さだ! エレナ様、こんな飲み物、初めて飲んだよ!」
「ガルドさん、気に入ってくれて嬉しい! これからも、美味しいもので村を盛り上げていくよ!」
子供たちは白葡萄ジュースで乾杯し、トムが「エレナ様、僕も大きくなったらエール飲む!」と叫ぶ。
村人たちが笑い合い、ピザパンや燻製魚を頬張る。
シルビアが風魔法で松明の炎を揺らし、ステージを幻想的に演出する。
彼女がステージに上がり、クシナーダの民謡を歌い始めると、村人たちが「おお、すげえ!」と拍手喝采。
シルビアの声は、風のように軽やかで、でもどこか切ない響きがあった。
「シルビア、歌めっちゃ上手い! クシナーダの民謡、なんか心に響くね!」
「へへ、クシナーダじゃ、魔法使いは歌で仲間を励ましたりするんだ。エレナ、君の宴、ほんと最高だよ!」
シルビアが照れ笑いするけど、彼女の目に一瞬、クシナーダの影がちらつく。
エルルゥがステージの脇で剣を手に立ちながら、シルビアをチラリと見る。
彼女が静かに囁いた。
「シルビア殿の歌、悪くありませんな。ですが、クシナーダの噂は忘れません。エレナ様、宴の盛り上がりはいいですが、警戒は怠らないでください」
「エルルゥ、ありがとう。クシナーダのことは気になるけど、今日はみんなの笑顔が一番! ほら、エルルゥもエール飲んでみて!」
私は彼女に杯を差し出した。
エルルゥは「ふむ、ワタクシは酒より剣が好みですが」と言いながら、渋々エールを一口。
すると、彼女の目が少し見開き、「悪くない味ですな」と呟いた。
ふふ、エルルゥ、絶対ハマってる!
宴は夜遅くまで続いた。
村人たちが歌い、踊り、ピザパンを分け合う。
トムの母親が私の手を取り、「エレナ様、こんな楽しい夜、初めてだよ」と涙ぐむ。
私は彼女の手を握り返し、笑顔で答えた。
「これからも、こんな夜をいっぱい作るよ。マークバラードは、笑顔と美味しいもので溢れる村になるんだ!」
シルビアが風魔法で花びらを舞わせ、ステージを華やかに飾る。
エルルゥが子供たちに剣の構えを教え始め、子供たちが「カッコいい!」と大騒ぎ。
ガルドが「エレナ様、この村、昔じゃ考えられんくらい活気づいたよ」としみじみ言う。
私の胸が熱くなり、涙が滲みそうになった。
やばい、貴族の令嬢が泣くなんてカッコ悪いよね。
でも、この村のみんなが、私の夢を一緒に追いかけてくれるのが、こんなに嬉しいなんて。
宴の終わり頃、シルビアが私のそばに座り、星空を見上げながらぽつりと呟いた。
「エレナ、クシナーダの新王、戦争の噂、ほんとに気になるんだ。マークバラードがこんなに活気づいてるって、向こうにも伝わってるかもしれない。もし、クシナーダが……」
彼女の声が震える。
私は彼女の手を握り、力強く言った。
「シルビア、クシナーダのことは心配だけど、私たちの村は負けないよ。葡萄畑も、エールも、みんなの笑顔も、全部がマークバラードの力だ。君がいて、エルルゥがいて、村人たちがいるから、どんなことがあっても乗り越えられる!」
シルビアが目を潤ませ、笑顔で頷いた。
「うん、エレナ。ありがとう。私、ちゃんと力になるよ」
エルルゥが剣を磨きながら、静かに言った。
「エレナ様、貴女の無謀さが、この村をここまで変えました。ワタクシ、クシナーダの動向を注視しつつ、貴女の夢を守ります」
月明かりの下、広場は笑い声とエールの香りで満たされていた。
葡萄畑の緑が静かに揺れ、マークバラードの未来が輝いている。
次の挑戦は、冬の準備だ。
どんな困難が来ても、この村は笑顔で乗り越えるよ!




