第13話:小麦の豊作
マークバラードの秋は、黄金色の麦畑が風に揺れ、まるで大地が笑っているような美しさだ。
小屋の窓から見える丘陵には、カベルネ、シャルドネ、山葡萄の苗が緑の絨毯を広げ、収穫祭の成功で村人たちの笑顔も弾けている。
燻製魚やピザパンが村の特産品として定着しつつあるけど、今日の主役は麦だ。
ガルドが「今年は豊作だ!」と胸を張るほどの収穫量。
前世の記憶が囁く――ワインは土地の恵みと人の情熱から生まれるけど、村の未来には資金も必要。
この小麦を王都で売れば、ワイナリーの夢が一歩近づく!
「エレナ様、朝からまた妙に目を輝かせておりますな。王都へ売りに行くとは、貴女の無謀な計画も大胆になってきました。ワタクシ、道中の安全は保証しますが、魔力の使い過ぎにはご注意を」
エルルゥが朝食のスープを運びながら、いつもの鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は、村の埃っぽい風景に馴染みつつも、剣を携えた姿はまるで戦士の気迫そのもの。
シルビアはテーブルでパンをちぎり、栗色の髪を揺らしながら興味津々に私を見上げた。
「エレナ、王都で小麦売るんだ! アイテムボックスなら輸送費ゼロって、めっちゃ賢いね! クシナーダでも商人は荷車で大変だったよ。風魔法で何か手伝えるかな?」
「シルビア、ナイス! 風魔法で荷物の整理とか、道中の涼しい風とか、お願いしちゃおうかな! エルルゥも、剣で私たちを守ってよ。今日は小麦を王宮の倉庫に備蓄してもらって、マークバラードの名前をガツンと広めるんだから!」
私はスプーンを握り、胸を張って言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、ため息をついた。
「ふむ、ワタクシの剣は貴女を守るためにありますが、王都となるとクシナーダの噂も気になりますな。くれぐれも、軽率な行動は禁物ですよ」
「大丈夫だよ、エルルゥ! アイテムボックスがあれば、輸送は楽勝。売り時を逃さないよ! 王都でマークバラードの小麦を認めさせて、ワイナリーの資金をガッチリ稼ぐんだ!」
私はウィンクして、アイテムボックスから麻の袋や旅の準備道具を取り出した。
シルビアが「ほんと、なんでも出てくるね!」と感心する中、エルルゥは「貴女のアイテムボックス、まるで魔法の宝庫ですな」と半ば呆れたように呟いた。
私の胸は、王都での成功を想像して高鳴っていた。
小麦を王宮に認めさせれば、村の未来も、葡萄畑も、もっと輝くはず!
朝早く、私、シルビア、エルルゥは馬車に揺られて王都へ向かった。
アイテムボックスにぎっしり詰めた小麦は、輸送費ゼロで運べる私の切り札。
ガルドや村人たちに見送られ、子供たちが「エレナ様、がんばって!」と手を振る。
トムの笑顔が特に眩しくて、胸がじんわり温かくなった。
この小麦は、村のみんなの汗と笑顔の結晶だ。
王都で絶対に成功させて、みんなにいい報告をしたい!
馬車の中は、揺れるたびに木の軋む音が響く。
エルルゥは剣を膝に置き、窓の外を鋭く見つめる。
シルビアはローブの裾をいじりながら、どこか落ち着かない様子。
私はアイテムボックスから白葡萄ジュースを取り出し、二人に渡した。
「ねえ、シルビア、クシナーダの商人ってどんな感じだった? 王都での売り込み、ちょっとドキドキするね」
シルビアがジュースを一口飲み、目を細めた。
「クシナーダの商人は、したたかだよ。いい品物には飛びつくけど、値切りもすごい。エレナの小麦、質がいいから絶対売れると思うけど……最近、クシナーダの噂、ちょっと気になるんだよね」
彼女の声に、かすかな影が差す。
エルルゥが剣の柄に手を置き、静かに口を開いた。
「シルビア殿、クシナーダの噂とは? ワタクシ、道中の安全のため、詳しく聞かせていただきたいですな」
シルビアが少し身を縮め、馬車の窓に目をやった。
「う、うん……クシナーダ、前の王が倒れて、新しい王が即位したばかりなんだ。噂じゃ、新王は戦果を求めてて、隣国と戦争する気まんまんらしい。どの国を狙ってるかはわからないけど……マークバラード、隣国だよね」
その言葉に、私の心がざわついた。
マークバラードは、かつては貧しい何もない土地として知られていたけど、燻製魚やピザパン、葡萄畑の噂が広まり、最近は「活気のある村」として名が知れ始めている。
クシナーダがそんなマークバラードに目を付ける可能性は……? エルルゥの目が鋭さを増す。
「シルビア殿、クシナーダの動向は我々にとっても無視できませんな。エレナ様、王都での商談、軽率な取引は避けてください。ワタクシ、貴女の安全を第一に考えます」
「エルルゥ、ありがとう。シルビアも、話してくれてありがとう。クシナーダのことは気になるけど、まずは小麦を売って、村の未来を明るくするよ!」
私は二人に笑顔を見せ、ジュースで乾杯した。
シルビアがホッとしたように笑い、エルルゥも「ふむ、貴女の楽観さには敵いませんな」と小さく笑う。
馬車の揺れが、私の決意をさらに強くする。
この小麦は、ただの穀物じゃない。
マークバラードの希望なんだ。
数日後、私たちは王都に到着した。
石畳の通りは馬車の音と商人たちの呼び声で賑わい、貴族の屋敷が立ち並ぶ華やかな風景に、ちょっとだけ昔の自分が蘇る。
でも、今の私は貴族の令嬢じゃない。
マークバラードの未来を背負う、エレナ・フォン・リーデルだ。
アイテムボックスから小麦のサンプルを取り出し、市場の中心へ向かった。
王都の市場は、色とりどりの屋台と人で溢れている。
シルビアが風魔法で埃を払い、エルルゥが剣を構えて周囲を警戒する。
私は商人たちの集まる広場で、堂々と声を上げた。
「マークバラードの小麦、最高品質です! 王宮の倉庫に備蓄するなら、今が売り時!」
商人たちがざわつき、私のサンプルに目を向ける。
ある老いた商人が小麦を手に取り、感心したように頷いた。
「ほう、こりゃいい麦だ。マークバラードって、昔は何もない荒れ地だったのに、最近は燻製魚や妙なパンで名を上げてるな。嬢ちゃん、ここの領主か?」
「領主じゃないよ。私はエレナ、葡萄畑とワイナリーの夢を追いかけてるんだ。この小麦、村のみんなの力で作ったんだよ!」
私の言葉に、商人たちが笑い、興味津々に集まってくる。
シルビアが風魔法で小麦の香りを広げ、商人たちの鼻をくすぐる。
エルルゥは「ワタクシ、怪しい商人は許しませんよ」と睨みを利かせるけど、彼女の存在感が逆に商人たちを引き寄せてる気がする。
交渉は順調だった。
アイテムボックスのおかげで、大量の小麦をその場で出せるから、輸送費ゼロの強みをフル活用。
最終的に、王宮の倉庫管理を担当する貴族に話が通り、小麦の大半を高値で買い取ってもらえることに!
契約書にサインする瞬間、胸がドキドキした。
これで、ワイナリーの資金がぐっと増える!
「エレナ、すごいよ! 王宮に認められるなんて、マークバラード、めっちゃ有名になるね!」
シルビアが目を輝かせ、私の手を握る。
エルルゥは「ふむ、貴女の無謀さが実を結びましたな」と珍しく褒めてくれた。
でも、彼女の目が市場の隅にいる怪しげな男に注がれる。
ローブを深く被ったその男、クシナーダの商人らしい。
シルビアの表情が一瞬曇る。
「エレナ、クシナーダの商人がこんなとこまで……。マークバラードの噂、ほんとに広まってるんだね」
「うん、でもそれってチャンスだよ! クシナーダにも、私たちの小麦や燻製魚、ピザパンを知ってもらおう!」
私は笑顔で答えたけど、心のどこかでシルビアの言葉が引っかかる。
クシナーダの新王、戦争の噂、マークバラードへの視線……。
エルルゥが剣の柄に手を置き、静かに囁いた。
「エレナ様、クシナーダの動向はワタクシが注視します。貴女は夢に集中なさい。ワタクシが、必ず守ります」
「エルルゥ、ありがとう。シルビアも、君の風魔法が今日も大活躍だったよ!」
王都での商談を終え、馬車でマークバラードへ戻る。
アイテムボックスには、売上金と王都で仕入れた新しい農具や葡萄の苗。
私の心は、成功の喜びと、クシナーダの噂への小さな不安で揺れていた。
でも、シルビアの笑顔とエルルゥの頼もしい背中を見ると、なんだか大丈夫な気がする。
「シルビア、クシナーダのことは気になるけど、私たちの村は負けないよ。葡萄畑も、ワインも、みんなの笑顔で守るんだ!」
「うん、エレナ。君の夢、ほんとすごいよ。私、もっと力になるから!」
シルビアが力強く頷く。
エルルゥが剣を磨きながら、静かに言った。
「エレナ様、貴女の無謀さが、この村をここまで変えました。ワタクシ、どんな敵が来ようと、貴女と村を守ります」
夜空には、星がキラキラと輝いていた。
馬車の窓から見える王都の灯りが遠ざかり、マークバラードの未来が近づいてくる。
小麦の成功は、ただの始まり。
次は、ワインで王国中を驚かせるよ!




