第11話:村の運動会
マークバラードの朝は、いつもより少しだけ賑やかだ。
丘の畑では、カベルネ、シャルドネ、山葡萄の苗が朝日を浴びて鮮やかに輝き、まるで私の夢が緑の葉に宿っているよう。
燻製魚やピザパンの成功で、村人たちの笑顔も増えてきた。
毎朝、小屋の窓からその光景を眺めるたびに、胸の奥で熱いものがこみ上げる。
この村が、私の手で、みんなの手で、どんどん希望の色に染まっていくのがたまらなく嬉しい。
でも、今日はいつもとちょっと違う。
村の広場では、子供たちが走り回り、大人たちが木のベンチやロープを運んでいる。
ガルドから提案された「村の運動会」の準備だ。
葡萄畑の世話や特産品作りで忙しい毎日だけど、こうやって村のみんなで楽しむ時間も大事。
私の前世の記憶が囁く――ワインは、笑顔と一緒に味わうからこそ輝くんだ。
「エレナ様、朝から妙にウキウキしておりますな。運動会とはいえ、貴女が無茶をしないか、ワタクシ、少々心配です」
エルルゥが朝食のスープを運びながら、いつもの鋭い視線を向けてくる。
彼女の黒いメイド服は、村の埃っぽい風景にすっかり馴染んでいるけど、剣を携えた姿はまるで戦場に立つ女騎士のよう。
シルビアはテーブルでパンをちぎりながら、眠そうな目をこすって笑った。
「エレナ、運動会って楽しそう! クシナーダじゃ、魔法使いの競技会とかあったけど、普通の運動会って初めて! 風魔法で何か面白いことできるかな?」
「シルビア、ナイス! 風魔法で競技を盛り上げてよ! エルルゥも、剣術で何かカッコいいところ見せてよね。今日はみんなで思いっきり楽しむんだから!」
私はスプーンを握り、目をキラキラさせて言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、ため息をついた。
「ふむ、ワタクシの剣は遊びのために振るものではありませんが……エレナ様の無謀な盛り上がりには、付き合わざるを得ませんな。くれぐれも、魔力の使い過ぎにはご注意を」
「大丈夫だよ、エルルゥ! 今日は時空魔法も控えめに、みんなと一緒に汗を流すんだから!」
私はウィンクして、アイテムボックスから水筒や布の包みを取り出した。
中には、子供たちに配るための白葡萄ジュースや、ピザパンの軽食。
運動会は体を動かすだけじゃなく、村人みんなの心を一つにするチャンスだ。
私の夢は、ワインだけじゃなく、この村を笑顔でいっぱいにするものだから。
広場に着くと、村人たちが準備で大忙しだった。
ガルドが木の棒で地面に線を引き、子供たちがロープを引っ張って競技場を整えている。
トム――あの時、時空魔法で怪我を治した男の子――が元気に走り回り、母親が笑顔で見守っている。
その光景に、胸がじんわり温かくなった。
あの日のことが、村人たちとの絆を確かに深めてくれたんだ。
「エレナ様、よう! 今日の運動会、村のみんなが楽しみにしとるよ。こんな賑やかなこと、初めてだ!」
ガルドが杖をつきながら、皺だらけの笑顔で話しかけてきた。
私は拳を握り、胸を張った。
「ガルドさん、絶対に楽しい一日になるよ! みんなで走って、笑って、美味しいもの食べて、最高の思い出を作ろう!」
私の言葉に、ガルドが「ほんと、エレナ様が来てからこの村は変わった」としみじみ言った。
子供たちが「エレナ様、早く始めよう!」と叫び、広場が一気に活気づく。
私はアイテムボックスからジュースの入った瓶を出し、村人たちに配り始めた。
シルビアが風魔法で瓶をふわっと運び、子供たちが「わあ、魔法!」と目を輝かせる。
「シルビア、ほんと便利な魔法! これでジュース配りも楽ちんだね!」
「へへ、こんなの朝メシ前だよ。エレナ、競技は何から始める?」
シルビアの栗色の髪が、風魔法で揺れるたびにキラキラ光る。
エルルゥは子供たちにロープの結び方を教えながら、チラチラと私を見ている。
彼女の「無茶は禁物ですよ」という視線が、背中に刺さるけど、今日はそんな心配いらないよ、エルルゥ!
運動会は、ガルドの大きな声でスタートした。
最初の競技は、子供たちと大人が混ざったリレーだ。
広場の端に引かれたラインに、村人たちがぞろぞろ並ぶ。
私ももちろん参加! ドレスの裾を軽く結んで、走る準備を整えた。
シルビアが「エレナ、負けるなよ!」と笑い、エルルゥが「ワタクシも走りますが、エレナ様を追い抜くつもりはありません」とクールに言う。
「エルルゥ、負け惜しみはナシだよ! さ、行くよ!」
号令と共に、子供たちが一斉に走り出す。
トムがバトンを握り、必死に走る姿に、みんなが「トム、がんばれ!」と応援する。
私はバトンを受け取ると、全力で走った。
風が頬を切り、足元の土が弾ける感触が気持ちいい。
以前の私は、こんな風に体を動かすことなんてなかった。
貴族の令嬢として、ドレスで微笑むだけの日々。
でも、今は違う。
この村で、みんなと一緒に汗をかくのが、こんなに楽しいなんて!
でも、走りながら、ふと体が重く感じた。
時空魔法の負担が、じわじわ体に残ってるのかも。
息が少し切れる。
やばい、ちょっとキツいかも……。
その瞬間、頭がクラッとした。
「エレナ様!」
エルルゥの声が響き、彼女が剣の速さで私の横に並ぶ。
バトンを渡す瞬間、彼女の手が私の腕をそっと支えた。
「無理は禁物です! ワタクシに任せなさい!」
エルルゥがバトンを受け取り、まるで風のように走り去った。
彼女の黒いメイド服が翻り、村人たちが「おお、メイドさんがすげえ!」とどよめく。
私は息を整えながら、笑顔で彼女の背中を見送った。
エルルゥ、ほんとカッコいいよ!
リレーは大接戦で、子供たちのチームが僅差で勝利。
広場は拍手と笑い声で溢れた。
シルビアが風魔法で小さな竜巻を作り、子供たちを驚かせながら「次は私の番!」と笑う。
次の競技は、綱引きだ。
村人たちが二手に分かれ、太いロープを握る。
私はシルビアと一緒に、子供たちのチームに加わった。
「シルビア、風魔法でちょっとだけズルしちゃおうか?」
私はいたずらっぽく囁いた。
シルビアが「エレナ、ズルはダメでしょ!」と笑いながら、でもこっそり風を吹かせてロープを軽く揺らす。
子供たちが「うわ、引ける!」と大喜びで力を合わせ、大人チームをグイッと引き寄せた。
ガルドが「こりゃ、魔法の力か!?」と笑いながら倒れ、広場が爆笑に包まれる。
「シルビア、ナイスアシスト! 子供たち、めっちゃ喜んでるよ!」
「ふふ、ちょっとだけだからセーフだよね。エレナ、次は何?」
シルビアの笑顔に、私もつられて笑った。
エルルゥは綱引きの審判をしながら、「ワタクシ、ズルは見逃しませんよ」と鋭い目で私たちを睨むけど、口元が少し緩んでる。
エルルゥも、楽しんでるよね?
昼になると、みんなでピザパンと燻製魚のランチタイム。
アイテムボックスから取り出した白葡萄ジュースを配り、村人たちが広場の草の上に座ってワイワイ食べる。
トムの母親が「エレナ様、こんな楽しい日、初めてだよ」と涙ぐみ、子供たちが「ピザパン、最高!」と頬張る。
ガルドが私の肩を叩き、「エレナ様、村がこんなに笑うなんて、昔じゃ考えられん」としみじみ言う。
「ガルドさん、これからももっと楽しいこと増やしていくよ! 葡萄畑も、ワインも、みんなの笑顔と一緒に作るんだ!」
私の言葉に、村人たちが「エレナ様、がんばれ!」と声を揃えた。
その瞬間、胸が熱くなって、涙が滲みそうになった。
やばい、泣くなんて貴族の令嬢としてカッコ悪いよね。
でも、この村のみんなが、私の夢を一緒に追いかけてくれるのが、こんなに嬉しいなんて。
午後の競技は、エルルゥの剣術パフォーマンスだ。
彼女が広場の中心に立ち、剣を構える。
黒いメイド服が風に揺れ、鋭い刃が陽光を反射する。
村人たちが息を呑む中、彼女が剣を振るうと、まるで空気を切り裂くような音が響いた。
子供たちが「カッコいい!」と叫び、大人たちも拍手喝采。
シルビアが風魔法で小さな花びらを舞わせ、エルルゥのパフォーマンスを華やかに演出する。
「シルビア、ナイス演出! エルルゥ、ほんとカッコいいよ!」
「ふむ、ワタクシの剣はエレナ様を守るためのものですが、たまにはこういうのも悪くありませんな」
エルルゥが珍しく照れたように笑う。
シルビアが「エルルゥ、めっちゃ目立ってたよ!」と拍手すると、彼女は「ワタクシは目立つ必要などありません」とクールに返すけど、頬が少し赤い。
ふふ、エルルゥ、かわいいとこあるよね。
運動会の最後は、みんなで大きな輪になってのダンス。
シルビアが風魔法で軽やかな風を吹かせ、子供たちが歌いながら跳ねる。
私は村人たちと手をつなぎ、笑いながらぐるぐる回った。
エルルゥも渋々輪に加わり、子供たちに手を引かれて照れ笑い。
こんなエルルゥ、初めて見たかも!
日が暮れる頃、運動会は大成功で終わった。
村人たちの笑顔、子供たちの歓声、ピザパンの香り――全部が、私の夢の一部だ。
シルビアが私の手を握り、囁いた。
「エレナ、今日、ほんと楽しかった。クシナーダじゃ、こんな笑顔、見たことなかったよ」
「シルビア、君がいてくれたから、もっと楽しくなったよ。これからも、村のみんなで笑っていこう!」
エルルゥが剣を磨きながら、静かに言った。
「エレナ様、貴女の無謀さが、今日も村を一つにしましたな。ワタクシ、貴女の夢が少しだけ理解できた気がします」
「エルルゥ、ありがとう。君たちがいるから、私はこんな無謀な夢を追いかけられるんだよ」
夜空には、星がキラキラと輝いていた。
広場にはまだ笑い声が響き、葡萄畑の緑が月明かりに揺れている。
マークバラードは、私の夢の色で、もっともっと輝いていく。
運動会の思い出が、村人たちの心に新しい希望を植えた気がした。
次の挑戦は、収穫祭だ。
葡萄の香りと笑顔で、もっと大きな夢を描こう!




