第10話:ピザパンの革命
マークバラードの朝は、畑の緑が朝日を浴びて輝き、村に少しずつ活気が戻ってきたことを感じさせる。
私は小屋の窓からその光景を眺めながら、新しいアイデアに心を躍らせていた。
葡萄畑は順調に育っているし、燻製魚も村の特産品として定着しつつある。
でも、村の食卓はまだ質素だ。
ガルドや村人たちが毎日食べるのは、硬くて味気ない黒パンばかり。
私の前世の記憶が囁く――ワインには、美味しい料理が欠かせない。
村のみんなにもっと楽しい食事を味わってほしい!
「エレナ様、また妙な笑みを浮かべておりますな。何を企んでいるのです?」
エルルゥが朝食のスープを運びながら、いつもの鋭い視線を向けてきた。
彼女の黒いメイド服は、村の埃っぽい風景にすっかり馴染んでいるけど、その凛とした姿は変わらない。
シルビアはテーブルでパンをちぎりながら、興味津々に私を見上げた。
「ねえ、エレナ、なんか楽しそうな顔してるよ。また新しいこと考えてる?」
「ふふ、大正解! 今日は村のパン屋さんに、ピザパンを教えてあげようと思うの! 黒パンばっかりじゃ飽きるでしょ? 美味しいピザパンなら、子供たちも喜ぶし、燻製魚とも合うよ!」
シルビアが目を輝かせ、エルルゥが眉をひそめた。
「ピザパン? クシナーダでも似たような平たいパンあったけど、美味しそう! 私、風魔法で何か手伝えるかな?」
「エレナ様、貴女の無謀さには慣れましたが、パン屋に新しいパンなど……村人たちが受け入れるでしょうか? ワタクシ、混乱が起きないか心配です」
「大丈夫だよ、エルルゥ! 美味しいものは、みんなを笑顔にするんだから。シルビア、風魔法で窯の火を調整してくれたら最高!」
私はアイテムボックスから、小麦粉、チーズ、トマトのペースト、燻製魚の切り身、ハーブを取り出した。
前世の知識を頼りに、ピザパンのレシピはバッチリだ。
エルルゥは「ふむ、ワタクシも貴女の無茶を見守ります」と言いながら、剣を手に準備を始めた。
村の小さなパン屋は、ガルドの姪っ子であるリナが切り盛りしている。
彼女は20歳くらいで、いつも黒パンを焼くのに忙しそうだけど、笑顔が優しい女の人だ。
パン屋の窯は古くて、火の調整が難しいと聞いていた。
私、シルビア、エルルゥの三人がパン屋に着くと、リナが少し驚いた顔で迎えてくれた。
「エレナ様、こんな朝からどうしたの? まさか、黒パン買い占める気?」
「ふふ、違うよ、リナ! 今日は新しいパン、ピザパンを一緒に作ってみない? 村のみんなが喜ぶ、美味しいパンだよ!」
私はアイテムボックスから材料を出し、テーブルに並べた。
リナが目を丸くして、チーズやトマトのペーストを興味深そうに見つめる。
村人たちが広場に集まってきて、「何だ、何だ?」と覗き込む。
子供たちは「美味いもの!?」と騒ぎ始めた。
「よし、じゃあ始めよう! リナ、まず生地をこねるよ。小麦粉に水と塩を混ぜて……」
私はリナに生地の作り方を教えながら、みんなで手を動かした。
シルビアが風魔法で窯の火を調整し、均等に熱が回るようにしてくれる。
エルルゥは子供たちが材料をつまみ食いしないよう、鋭い目で見張っているけど、時折「ワタクシも味見を」と言いながらチーズを摘まんでいた。
「シルビア、窯の火、めっちゃいい感じ! これなら完璧なピザパン焼けるよ!」
「へへ、風魔法で火を操るの、得意なんだ。エレナ、トッピングは何にする?」
「燻製魚とチーズ、トマトペーストにハーブ! シンプルだけど、絶対美味しいよ!」
生地を薄く伸ばし、トマトペーストを塗り、燻製魚とチーズをたっぷり乗せる。
ハーブの香りがパン屋に広がり、村人たちが「何だこの匂い!」とざわめく。
シルビアが風魔法で窯の熱を微調整し、最初のピザパンが焼き上がった。
黄金色に焼けた生地に、チーズがとろりと溶け、燻製魚の香ばしい香りが漂う。
「さ、みんな、食べてみて!」
私はピザパンを切り分け、村人たちに配った。
リナが最初に一口かじり、目を輝かせた。
「エレナ様、こりゃ……! 黒パンとは全然違う! こんな美味しいパン、初めてだ!」
子供たちが「美味い!」「もっと!」と叫び、大人たちも笑顔で頬張る。
ガルドが「こりゃ、燻製魚ともバッチリだな!」と感心し、村全体が一気に賑やかになった。
私はアイテムボックスからさらに材料を出し、リナに作り方を詳しく教えた。
「リナ、これなら村の特産品にできるよね? 王都でも売れると思うよ!」
「エレナ様、ほんとすごいよ! 私、ちゃんと覚えて、みんなに焼いてあげる!」
リナの笑顔に、私の胸が熱くなった。
シルビアが「エレナ、ほんと革命だね!」と笑い、エルルゥが「ふむ、貴女の無謀さが良い方向に働きましたな」と珍しく褒めてくれた。
その夜、小屋での夕食はピザパン尽くしだった。
燻製魚とチーズのピザパンに、アイテムボックスから出した白葡萄ジュースを合わせる。
シルビアが「クシナーダのパンより全然美味しい!」と頬張り、エルルゥも「ワタクシ、認めざるを得ません。悪くない味です」と満足そうに食べた。
「エレナ様、このピザパン、王都で売れば村の名が広まりますな。ですが、クシナーダの商人たちが興味を示す可能性も……」
エルルゥの言葉に、シルビアが少しだけ表情を曇らせた。
私は彼女の手を握り、笑顔で言った。
「シルビア、クシナーダのことは気になるけど、今は村の笑顔が一番! これからも、みんなで美味しいもの作っていこう!」
「うん、エレナ。ありがとう。私、もっと頑張るよ」
シルビアが笑顔を取り戻し、エルルゥが「ワタクシも負けませんよ」と剣を磨きながら呟いた。
窓の外では、星がキラキラと輝き、村の広場から子供たちの笑い声が聞こえてくる。
ピザパンの香りと村人たちの笑顔が、マークバラードをまた一歩、希望の村に近づけた気がした。




