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ミッション――こっそりと城を抜け出せ!



大変お待たせしました!


それではどうぞ!






 ふう、とローズマリーは腰に手を当て、部屋を見回す。


 (うん、掃除やり残した場所は無いはず。洗濯物も出したし、着付けに使った道具も片した。マリアンヌ様が帰ってきた時使うメイク落とし等は用意したし、下のやかんの中にも水入れた。夜着の用意も終わってるし、ティーセットの準備も万端――よし)


 ローズマリーは確認のように一つ頷くと、部屋を出て自室のある一階へ下りる。

 部屋のドアを閉めメイド服を脱ぎ、ローズマリーの外行きの服として用意した茶色のワンピースに袖を通した。飾りのほとんどないシンプルなデザインだが、上等な毛で作られている為とても温かくて、ローズマリーはこのワンピースをとても気に入っていた。


 マリアンヌを飾り立てることを至福としているローズマリーだが、自分に関してはあまり頓着しないほうであった。見た目よりも実用性を取るローズマリーの服は、セオの物を含めて全てシンプルだ。それを見て、マリアンヌは何か言いたそうにしているが、ローズマリーはわざと気付かないフリをしている。本当は、主人が動きやすい服を好むことは彼だって知っているのだ。


 それでも、ローズマリーはマリアンヌにコルセットを付け、ヒラヒラのドレスを着せ、宝飾品で飾り立てる。彼の趣味が入っていないとは言わない。しかしそれだけではない。





 マリアンヌが王女だから。


 彼は彼女を飾り立てる。


 美しいだろう、と、皆に見せる。


 そうして、周りに彼女が女性だと分からせた。



 ローズマリーはマリアンヌが思っているよりずっと、周りの反応に怒りを覚えていた。



 「王子であったら」

 「男児であったら」

 「レオナルドだったら」



 (――クソ喰らえ)


 思い出したら段々と苛々してきたローズマリーは、その苛立ちをロングブーツの紐へと向けた。細い紐はギリギリと悲痛な音を出してローズマリーを締め付ける。その痛みでもって、ローズマリーは湧き起こる怒りを鎮めた。







 コートを羽織り、ローズマリーは二階の通路から外へ出る。出ればすぐに衛兵に「ど、どちらへ?」と焦ったような声をかけられた。


 「少し出てきます。マリアンヌ様の許可は出ていますから、ご心配なく」


 「そ、そんな!こんな夜更けに一人歩きなんて、危険です!」


 「……まだ6時ですが?」


 この時間で夜更けだったら一日の大半が夜になってしまうだろ、と心の中で突っ込みつつローズマリーは答えた。


 「え、あ、でも、陽も沈んでますし……」


 「大丈夫です。それほど遅くはなりませんし。それよりも、塔の警備、宜しくお願いしますね。もし留守の間に誰か侵入でもしたら……」


 ここで不安そうな顔をして、少し俯くローズマリー。その様子は誰がどう見てもか弱き乙女で、衛兵の目がハートになった。


 「お、お任せくださいいぃぃ!蟻一匹だって通しはしません!!」


 見事な敬礼と共に宣言した衛兵に「はい。信じています」と微笑みを向けながら、ローズマリーは足早にその場を立ち去る。後ろで、衛兵が盛大に鼻血を噴出させていたのは感じたけれど、気付かなかった振りをした。







 ローズマリーが二階の通路から出たのは、二階には侍女や兵士達が使う裏道があったからだ。私服姿で公人の通るような廊下を通って誰かとはち合わせてしまったら、不審者として捕えられてしまうかもしれないし、そうなれば外出しようとしていたことがマリアンヌ様にバレてしまう。だから、裏道を通ることにしたのだ。


 (まぁ、こっちのほうが遠回りなんだけどね)


 ついでに掃除が行き届いていないのか汚いし、暗いし狭い。けれど、皆誕生パーティに駆り出されている為か、常なら人であふれているこの裏道も、今は無人だ。


 調子良く裏道を通り、本殿の一階に出る。


 (……さて、ここからが問題だな……)


 裏道を使えるのはここまでだった。ここから先、城壁の門まで裏道は存在しない。パーティー会場は本殿の奥の方なので、来賓はこの辺りを通ったりはしないだろうが、絶対に無いとは言い切れない。


 とにかく、息を殺し気配を消し足音を忍ばせて――とローズマリーが歩を進めた瞬間にきこえてくる足音。コツコツという床を叩く音は、女性のヒールのものだ。しかも、侍女たちの履くような物ではなく、もっと上物の……。


 (う、嘘だろ!?こんな初っ端から……って隠れる場所ないじゃん!)


 焦りのあまり、裏道に戻るという選択肢の出てこなかったローズマリーは、予想外に近い足音に観念して廊下の脇に寄り侍女の礼を取った。この廊下は暗かったし、侍女の礼を取っていれば分からないかもしれない、という一縷の望みに掛けた。


 足音は着実にローズマリーの方へ向かってきていた。近付く度にローズマリーの心臓の音が強くなる。手に嫌な汗をかきながら、ローズマリーはそのまま息を殺していた。


 足音は曲がり角からやって来た。ローズマリーのいる廊下に差し掛かると一瞬足を止めたが、声をかけることはなかった。ただローズマリーの前を通る時に強い眼差しを向けていることは、顔を下げていても伝わってきて、ローズマリーは身を硬くする。


 (な、なんでよりによってこの人と鉢合わせちゃうかなぁ……?)


 絶望感が忍び寄り、思わず目に涙が浮かぶ。


 足を見ただけで誰かが分かる――というスキルを持つ為に、その人物が誰か一瞬で分かってしまったローズマリー。この人の事だ、絶対にマリアンヌに何か言うに違いない。


 終わった、とローズマリーは思った。きっと疲れるだけのパーティーで気が立っているだろうマリアンヌは、ここぞとばかりに責め立ててくるだろう。「わたくしが大変な思いをしている時に~」というように。


 (あぁ……今度は一体何をさせられるんだろう……)


 数日前に経験した添い寝が頭を過る。いや、きっと添い寝などで済まされはすまい。もっと高度な難題をふっかけられるに決まっている。しかも、それはローズマリーの忍耐力を試すものである可能性が高い……と、なると……。


 今度は、まさか……湯あみを共にとか……


 (んぎゃあああぁぁぁ!無理!絶対無理!!)


 想像してしまって、声を出さぬまま、ローズマリーは絶叫した。顔は茹でダコ、体は生まれたての子鹿よろしく震えている。


 (ゆ、湯あみとか、絶対駄目だろ!男として、そんなのは許されないだろ!だ、大体、マリアンヌ様も、お戯れにしても、か、仮にも男に向かって、「一緒に」とか言っちゃ駄目だろ!俺じゃなかったら皆その場で鼻血を盛大に噴出していたぞ!)


 湯船に溜まったお湯の、しっとりとした空気の中言われた今朝の言葉。あの時、ローズマリーは一瞬の間も空けずに否の答えをしていたが、その実一人悶絶していたのだった。


 ローズマリーは、どんなに見た目が可愛い女の子のようでも、健全な男児である。それも十四歳という、思春期真っ盛り。異性を意識して仕方ない御年頃。そんな中、黒薔薇と謳われる姫君にそんなお誘いをされて、平常心でいられるわけがなかった。


 それでもローズマリーは、優秀な侍女だというプライドでどうにか己の中の欲望と妄想に蓋をし、マリアンヌの前でだけは体裁を整えた。


 しかしもし万が一、一緒に、などということになったら――いかにローズマリーといえど理性を保っていられる自信がなかった。「主人に対しそのような劣情を抱くなど……」と言われそうだが、男の子なのだから仕方ないだろう。雄としての本能だ。


 (ふ、ふせがなきゃ。何としても、あのお方からマリアンヌ様に話が行く前に……!!)


 そうしなければ、自分の首が飛ぶ、と意を決したローズマリーだったが、気が付けばあのお方の姿はとっくになく、ローズマリーは愕然とする。


 (は、早っ!!)


 ヒールなんて物を履いて、なぜそんなに早く移動出来るんだ!と驚くローズマリーだったが、そういえばマリアンヌもヒールを履きながら剣を扱うなと思い至った。女性はヒールで何でも出来なければいけないのか、と妙なことに関心していたローズマリーだったが。


 「ちょっと!」


 という鋭い声が空気を裂いたことで、意識を現状へと引き戻した。


 声の方へと視線を向けたローズマリーだったが、こちらへ向かってくる小さな少女を見つけて思わずその名を口にしていた。


 「アンナ?どうして」


 「どうして?どうして私がここまで来たかも分からないの、この人ったらし!」


 キンキン声で叫ばれて、ローズマリーは顔を引き攣らせつつアンナの口を手でふさいだ。


 「ちょ、声が大きいって!もっと静かに――っい!!」


 手に鋭い痛みを感じて、ローズマリーはアンナの口から勢いよく手を引く。自由になった口を歪めて、アンナはのたまう。


 「あ・ん・たねぇ~、良い子ぶるのもいい加減にしなさいよ!仕事出来るとか言われてるくせに時間も守れないわけ?!ティムが「ローズマリーさんはちゃんと来るのか」って怪しんでて、私の株が急降下中なのよ!そんなに私とティムの仲を邪魔したいのか、この羊の面をした淫魔めっ?!」


 「淫魔って……」


 それを言うなら「羊の皮を被った狼」だろうとか、そもそも絶対女の子の口から出ていい単語じゃない、と思いつつ慌てて銀時計を確認すると、確かに約束の時間は過ぎていた。五分弱。


 (……普段アンナなんか二十分遅刻当たり前なのに……)


 しかし、そんな事を今のアンナに言ったら確実に絞殺される。それに、遅刻していることは事実だった。


 「ごめんね。すぐ行く」


 「当たり前よ!ふん!どうせその辺の男でも垂らしこんでいたんでしょうけど、そんなことは後でしなさい!いい?今日は私とティムの運命の出会いの日なんだから、しっかり働きなさいよ!」


 鼻息も荒くアンナはそう命じて走り出した。


 運命って……思いっきり画策してたよね?とは、口にしない懸命なローズマリーだった。


 (それにしても、本当にティムさん来たんだ)


 意外とあなどれない、とアンナを見直しつつも、ローズマリーは後ろ髪を引かれる思いで小さな背の後を追って走り出す。


 もう姿の見えないあのお方を追うことは難しいし、仮に追いついたとしても、一介の侍女に過ぎない自分があのお方に話しかけることは許されることではない。そう、頭では理解していた。それに


 (……大丈夫。顔を見られたわけじゃないし、髪型で判別できる程、俺のことを知っているとは思えない)


 アンナの罵声を浴びたせいか、幾分冷静になった頭でそう考え直す。


 そう考えてしまえば、ローズマリーの思考は別の所へ向かった。


 (それにしても、赤、かぁ)


 早足で去っていく足元で揺れていた、赤いドレスの裾。全体の形までは分からないが、多分、薔薇の花のように幾重にも布が重ねられた贅沢なドレスだったのだろう。しかし、とローズマリーは思う。


 (俺だったら、あのお方に赤は使わないなぁ)


 あのお方の見事な金髪には、赤は幾分色合いが強すぎる。もっと淡い色の方が彼女の美しさを引き立たせるはずだ。例えば、白いシルクの上に光沢を押さえたゴールドを重ねるとか……


 と、思考が向こうの世界に飛んでしまい足の鈍ったローズマリーに、容赦なく声の鞭が振るわれる。


 「こら、そこの淫魔!ピンクな世界に行ってないで、足を動かしなさい!」


 「~~~分かったから!そのあだ名で呼ぶの止めて!」


 これ以上その不名誉なあだ名を大声で呼ばれては堪らない!と、ローズマリーは自慢の健脚で小さな友人の背中を追った。

 


 





読んでいただきありがとうございました!


やっぱりローズマリーだとコメディ色が強いんですよね。

なんでだろう、やっぱりアンナさんのせいかしら?笑

そして彼女の暴走は次回も止まりません。こうご期待 笑



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