誕生パーティ 4
大変お待たせいたしました!
にもかかわらず物語が全然進まない・・・
とりあえず、どうぞ!
アルシュタイン王国の冬は、よく雪が降る。昨年の誕生パーティも降っていたが、今年は降らないようで、澄んだ空気の向こうに満天の星空が見えた。
美しいとマリアンヌは思った。こんなに美しい夜空に出会ったのは、戦時中に雪深い山で野宿を強いられた時以来だった。
あの時は、指先は凍傷寸前、吐く息は外気に触れた瞬間に氷つき、皆が歯をカタカタ鳴らす音が鳴り止まないような状況で、本気で死を覚悟したものだ。けれど、目を上空に向ければそこには零れ落ちそうな程の輝く星があって、その星たちはきっと明日も明後日もそこにあるのだと思うと、不思議と不安が過ぎ去っていった。だから、あの時は一晩中上を向いて、星を眺めていた。そのお蔭でマリアンヌは眠らず、凍死せずに今も生きているのだろう。
自然は偉大だ。人を窮地に追い込むこともあるが、人を救うことも出来る。例えば、今のように――
目の前には、女神と天界の絵が彫られた白い大理石の巨大な囲い。そしてその囲いの中では、たっぷりの水と、大小様々な魚が右回りに泳いでいる。
ルーファスの言っていた「とっておき」とは、巨大な生簀のことであった。
確かに、この時期のアルシュタイン王国では水を外に置いておくとすぐに凍ってしまう為、屋外の生簀となると非常に珍しい。また、珍しいことにこの国の王は無類の釣り好きで、生簀を見た瞬間少年のように目を輝かせていたから、ポイントを稼ぐ、というルーファスの思惑も成功したことにはなるのだろう。だが
(話が長いわ)
生簀のことを高らかに説明するルーファスは、招待客たちが手を擦り合わせていたり、体を抱きしめたりしていることに気が付いていないようだ。
外に出る際ルーファスは招待客全員に毛皮のコートを配っていたし、この庭にも松明が沢山焚かれていた為、耐えられぬ程の寒さではない。特にマリアンヌは寒さには強いので問題ないが、深窓の令嬢方には辛いだろう。
おまけに、話を簡潔に纏めようとは考えていないのか、良く分からない上に、自慢話が多いのでつまらない。
マリアンヌは早々に聞くことを放棄し、星を眺めていたのだった。
「――このような仕組みで、この生簀は凍ることがないのです」
ようやくルーファスの説明が終わり、取り合えずの拍手が起こる。
長ったらしい説明を要約すれば、この生簀の下で、つまり地下で火を焚き、その上を生簀の両端にある穴から抜いた水が通る管を設置している。火で温めた水が再び生簀に戻ることで、生簀の温度を一定に保っているということだった。
(この程度の説明で、なぜ30分も時間を使うのかしら?)
まったくもって無駄な時間だと呆れてしまうマリアンヌだった。
「――どうでしょう、陛下。折角ですから、釣り大会など催しては?」
ルーファスは朗らかに、王に提案をした。
「釣り大会?」
「はい。制限時間は1時間。その時間内に一番大きな魚を釣った者が優勝、というのはどうです?」
「……大会というからには、褒美がなくてはな」
そう、ニヤリと笑う王の言葉に、会場が湧く。
「よかろう。では、釣り大会を開催する。参加希望者はルーファスより竿を受けよ。褒美は……願いを一つだけ、聞いてやろう。――勿論、叶えるかどうかは内容によるがな」
王が茶目っけを交えて付け足した条件に、皆笑った。しかし我先に、とルーファスの下へ向かう人が続出する。王に願いを聞いてもらえる機会など、余程大きな功績を残さねば与えられない、貴重な事だった。
会場が湧く中、慌てたのは王の側近を務める者達だ。全く予定されない事態に眉を吊り上げるが、しかし軽々しく王の言葉を撤回することなど出来るはずもない。皆「変な奴に優勝されるわけにはいかぬ!」と血相を変えて竿を振っている。その様を、王は実に愉快そうに眺めていた。
「陛下、お戯れが過ぎます。一体何をお考えなのです?このような、予定されていない事を軽々しくするなど、陛下らしくありません」
そう声を上げたのは王の隣に立つフリージア。しかし、王はフリージアの咎めるような言葉にも、笑って答えたのだった。
「私の誕生日なのだから、この位の我儘は許されるだろう?我が一の妃よ」
その言葉に、珍しくフリージアが言葉を詰まらせた。悔しかったのか、手に持っていた扇を開き、口元を隠す。気の所為か、フリージアの目元が少し赤くなっているように見えた。まるで照れているかのような反応を示すフリージアを見て、満足そうに王は釣り大会に視線を戻したのだった。
一方、マリアンヌはと言えば、生簀に群がる群衆を遠目に眺めていた。その目は酷く冷めていて、「こんな所で1時間も待てというのか」という不満がありありと見てとれた。彼女には大会に参加する気が全くなく、しかも王とフリージアのイチャつき現場を見てしまったやるせなさをどうやって発散するべきかも分からず、ひたすらに苛立ちが募っていく。
(あぁ、本当に、わたくしは何をやっているのかしら?こんな意味のない時間を過ごす為に、この一週間程死ぬほど忙しかったと思うと、怒りを覚えるわ)
あんなに沢山の面会がなければ、もっとローズマリーとの甘い甘い時間を過ごすことが出来たのに、と後悔が止まらない。
思わず小さくため息をついたマリアンヌ。その背後でカサリ、と物音がする。その音が思いのほか近くから上がったことに驚いたマリアンヌは、反射的に振りかえった。
振りかえった視線の先――
浅黒い肌に黄金の髪の青年が、中途半端に手をマリアンヌに向かって伸ばした姿勢で止まっている。大海原を思わせる濃い蒼の瞳が、少しだけ驚きに見開かれていた。
「…………何か御用かしら?」
青年が何も言わないので、仕方なくマリアンヌから声をかける。そうすれば、青年は楽しそうに笑った。
「これは失礼。もしや有名な『アルシュタインの黒薔薇』様ではないかと思い、お声をかけようとしていた所だったのです」
「驚かせてしまったようで、申し訳ない」と青年は詫びた。けれど、それは決して彼の本心ではないだろう、とマリアンヌは思った。なぜならこの眩しい笑顔の青年は、気配を消しつつマリアンヌの背後に迫っていたのだから。
「…………マリアンヌと申します。気配を消すのがお上手ですのね」
とびっきりの笑顔でマリアンヌが応酬すれば、青年は一瞬表情を消して、笑みの質を変える。政治家の、表面上の笑顔に。
「いえいえ。私など、まだまだです。マリアンヌ様こそ、素晴らしい反応でした。今も鍛錬を怠っていないという証拠ですね」
その分厚い皮を見て、マリアンヌは気を引き締める。
(わたくしに気付かれることなく接近した技能といい、面の皮の厚さといい、纏う空気といい……この男、危険だわ)
恐らく本人は気付かれることなどあり得ないとでも思っていたのだろうが、直前でマリアンヌに気付かれ動揺したのだろう。その辺にまだ甘さはあるが、大器を持った青年だ。恐らくは、マリアンヌの3つか4つ歳上だろうその人は、ルーファスとはまた違った種類の美しい顔をしている。……最も、顔の美醜はマリアンヌにとってたいした問題ではない。彼女にとって大事なのは「ローズマリーか否か」という一点に限られるのだから。
「わたくしの行なっているものなど、鍛錬と呼べるようなものではありませんわ。幼き頃からの習慣――その程度のものです。気付けたのも、まぐれに過ぎません。ですから、次はもっと手加減下さいまし、……」
少し困った顔をすれば、相手が察して告げてくれる。
「ディハード・コモド・ハザン、と申します」
名を聞いた瞬間、舌打ちをしなかった自分をマリアンヌは褒めてやりたかった。
ハザン――その名を冠するのは、大陸の王者ハザン帝国の王族のみ。
面倒なのと関わってしまった、と内心毒づきつつも、マリアンヌは首を捻る。
ハザン帝国では皇帝は神格化されており、国から出ることはない。その為、外国へは皇帝の息子が赴くことになっているのだが、確か毎年来ていたのは第一皇子のムハンド皇子だったはずだ。
「では、ディハード様。次はもっと手加減下さいませ。……そういえば、今年はムハンド皇子は、どうなさったのです?」
「兄上は、体調を崩しておられまして」
「まぁ」と口に手をやり、心配そうな表情を取り繕う。そうしつつも、マリアンヌの頭はフル回転で稼働していた。
(兄上、ということは、やはり皇子なのね……歳の頃は20代に差し掛かったばかり……第三皇子・第四皇子辺りが、たしかそのぐらいだったはず……)
「ご自愛下さい、とお伝えいただけますか?」
「分かりました。……ところで、マリアンヌ様は、釣りはおやりにならないのですか?」
全く質問の意図は分からなかったが、マリアンヌは素直に答える。
「ええ。わたくしはこの国の王女ですし、ご遠慮いたしますわ」
「参加なさればいいのに。ほら、貴女の妹姫も」
「アレの存在は無視して下さって結構ですわ」
「……でも、王妃様も参加していらしゃいますが」
その言葉に思わず生簀を凝視。そして――娘と仲良く釣りに興じるレイニアを見つけてしまった。
(……あの母にして、あの子あり……)
ところが。見れば、当然!とばかりに王も参加しているし、ルーファスやエドワードはともかく、何とエリオットまで参加しているではないか!そんな馬鹿な、と眩暈を覚えたマリアンヌは、我が国の規律を無意識に探してしまう。しかし、あの氷の女王の姿は会場にはなく、一体誰がこの無法地帯を収拾するのだ、と途方に暮れる。
「……とにかく、わたくしは参加致しません。ディハード様は、どうぞ楽しんで来てください。……わたくし、少し疲れましたから、室内で休んで参りますわ」
「失礼致します」と礼をとって、マリアンヌは足早にその場を立ち去る。
あんな人達と、私は無関係です。――マリアンヌの背はそう強く語っていた。
読んでいただきありがとうございました!
間が空いてしまって、マリアンヌの話し方とかを忘れてしまい、一回読み直してみました・・・そして意外と長い、ということに気が付きました。
次回は、いよいよローズマリーのターン!
皆さん、お忘れだとは思いますが、ローズマリーにはマリアンヌがパーティに参加している間に果たさなければならない任務がございます!
えぇ、あれです!さてさて、ローズマリーはきちんと任務を果たせるでしょうか?




