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牙の憂鬱


大変お久しゅうございます。

あいも変わらぬ亀更新で、申し訳ないです。


では、お待たせいたしました!

どうぞ!!






 ゴウゴウと燃え盛る炎の上で幾つものフライパンが躍り、野菜や肉類が宙を舞う。そのフライパンを握る男たちの目は血走り、流れ落ちる汗を拭う間も惜しいという雰囲気で料理に徹していた。そんな、むさ苦しい大食堂の調理場の隅にこの場にそぐわぬ可憐な少女――に絶対間違われる少年、セオがちょこんと座り、山盛りのジャガイモの皮を馴れた手つきで剥いていた。


 (やばい、今日中に帰れないかもしれない……)


 ちらりと壁の時計を見れば、針は夜11時半を指している。にも関わらず、まだジャガイモの入った箱の底が見えてこない。


 こんなことになるなら来なければよかった、とセオは3時間前の自分の判断を悔やんだ。しかし、己の性格では例え3時間前に戻れたとしても同じ決断をしてしまうだろう予測ができて、セオは小さく溜め息をつく。


 (とにかく、早く終わらせよう。明日は早く起きて、マリアンヌ様の支度をしなきゃなんだし)


 明日はついに国王の誕生パーティだ。パーティ自体は夕刻から始まるのだが、女の身支度にはとにかく時間がかかる。特にマリアンヌの侍女はローズマリーだけなので、早朝から始めなければ間に合わないのである。


 気合いを入れて皮剥きに入ろうとした時、耳元で「腹へった」という甘さを含んだ囁きが。セオは情けない叫び声を上げながら飛び上がった。


 振り向けば、そこにはアメジストの瞳を持つ美男子が。


 「っ、師匠!!」


 「はは!女みたいな叫び声だな」


 「〜〜、っ気にしていることを……俺で遊ばないで下さい!」


 「無茶いうな」


 「どの辺が無茶なのか、ご説明いただきたいんですがね?!!」


 「プリプリすんなよ。ますます可愛くなるぞー」


 そう言うが否や、素早くカウンターを乗り越えセオを捕まえると、ぎゅっと自身の腕の中に閉じ込めてしまう。


 「ちょ、師匠!!」


 「あー、超癒される……」


 腕の中から逃れんと必死でもがくセオだったが、相手は近衛騎士団の団長様である。どうやったってアレクセイに敵うわけがなく。


 「っこの……む〜……無理!!大将助けて下さい!」


 結局殺気を放ちながら調理に励むヘイゼンに助けを求めたのだった。


 ヘイゼンはちらりと血走った目をセオに向けると、ノーモーションで近くに落ちていたナイフを投げつけてきた。


 「ひっ!?」と小さな悲鳴をあげ身を硬くしたセオとは対照的に、アレクセイは焦った様子もみせずナイフを人指し指と中指の間に挟んで止める。


 「ったく、危ないだろ、おっさん」


 「ちっとも危なくなかっただろ」


 「俺じゃなくて、セオが危ないって言ってんだよ。おっさんのコントロールが乱れたらどーすんだよ」


 「そん時はお前がどうにかするだろ。そもそも、セオは白刃止めもできないのか?」


 呆れたような大将の言葉に、セオは猛然と反抗する。


 「いやいやいや、白刃止めって、そんな出来て当たり前みたいなスキルではないですからね、大将!!」


 「ただ手で挟むだけだぞ」


 「えぇ、まぁ原理はそうですよ。でも、目にも止まらぬ速さの物を手で挟むのって、言うほど簡単じゃないんです!!」


 「そーそー。セオの動体視力と反射神経じゃぶった斬られるだけだって」


 「……それもそうだな」


 「変なところで納得しないで下さい!」


 ようやくアレクセイの腕から解放されたセオは噛みつくように二人を見上げるが、二人とも特に気にする様子はなく、「腹へった」と食べ物を要求するアレクセイにヘイゼンが「セオの剥いたジャガイモでも食ってろ」と返していた。


 「……大体、師匠はこんな時間に何してるんです?明日は近衛騎士団だって朝早くから忙しいでしょう?」


 自分を無視するアレクセイに喰ってかかれば、アレクセイは秀麗な眉の間に見事な溝を作った。


 「俺だって、好きでこんな時間まで仕事していたわけじゃないさ。悪いのは衛兵団のクソジジイだよ」


 あの老害がっ、と怒りを露にするアレクセイ。


 (師匠がこんなに苛立ちを表面に出すのも珍しいな)


 基本的に飄々とした態度を崩さないアレクセイだ。余程腹に据えかねる出来事があったに違いない。


 「何があったんですか?」


 「……会場の警備を衛兵団がやるって言い出したんだ」


 「えぇっ!?でも会場の警備は元々騎士団の仕事というか、領分じゃないですか」


 アルシュタイン王国の軍は、大きく2つに分けることができる。騎士団と国兵団だ。


 騎士団とは、主に王族などの要人警護や戦時中は指揮系統の中心に抜擢される、所謂エリート集団である。貴族や王族の側で活動することなどを理由に、貴族の子息であり、かつ腕がたつことが入団の条件だ。


 一方の国兵団とは、国境警備や検問など、国の防衛全般を受け持つ。国兵団には誰もが入団でき、故に団員数は騎士団の8倍に上る。ちなみに衛兵団は国兵団に属している。


 力関係は対等という扱いだが、やはり騎士団は国兵団を見下し、国兵団は騎士団を目の仇にする。――長い年月をかけて培われた軋轢は、歴代最年少近衛騎士団団長のアレクセイにとっても大きな障害になっているようだった。


 「そ。会場の警備は俺たち近衛騎士団の仕事だ。なのに、俺が若いからってしゃしゃり出てきやがって……あの浮き輪腹でどこまで出来るのか、とくと見せてもらうさ」


 「えっ?!衛兵団が警備するんですか?!」


 驚いて声を大きくするセオに、アレクセイは苦虫を噛み潰したような顔をして答える。


 「いっそのこと、そうしちまいたかったよ……結局、向こうが引く姿勢をまったくみせなくて、見るに見かねた騎士団副団長が、んじゃ一緒にやれってさ……連携なんざとれるわけないのにな」


 「……それ、いつ決まったんですか?」


 「今日」


 「今日っ?!」


 あまりの事に、セオから出たのは絶叫というよりは悲鳴だった。


 「え、えっ?それ、どうするんですか?え?だって、え?」


 パニックである。

 マリアンヌの侍女をやっているため、あるていど突飛な出来事には耐性がついているセオだったが、まさか国を上げての行事に、しかも国内外から要人が集まる大イベントに、こんな落とし穴があるだなんて思ってもみなかったのだ。しかも、アレクセイの投げやりな態度である。セオは目の前が暗くなっていくのを感じた。

 そんな、顔面蒼白になったセオを見て、ずっと苦い顔をしていたアレクセイが吹き出す。


 「なんでお前がそんなに慌てるんだよ。安心しろ。どんなに嫌でも仕事たからな、ちゃんとやるさ」


 「まったく信じられません!!」


 「……あのな〜これでも近衛騎士団の団長なんだぜ、俺……弟子にさえこの信頼のなさって、どーなんだ……しまいにゃ拗ねるぞ」


 「で、警備はどうなる」


 アレクセイの愚痴を丸っと無視して、ヘイゼンが聞く。


 「まあ、貴族の扱いに慣れてない衛兵団を中に入れるのは、流石にね……トラブルになるのは目にみえてるし、他国に見下されたくもないし、ってことで、中は近衛騎士団、周りは衛兵団ってことになった」


 「衛兵団はどうやって人員確保するんです?今日決まったんなら、関所から呼び寄せることも出来ないだろうし……」


 「会場外の衛兵を減らすんだと」


 その言葉に、セオは「え」と漏らして固まり、ヘイゼンは「阿呆だな」と吐き捨てる。


 「だよな〜阿呆だよな〜クソだよな〜死ねばいいのに、ホント」


 アレクセイが投げやりになるのも納得の、暴挙である。

 手を加える必要のない場所にちょっかいを出して、他を疎かにするなどあり得ない行為だ。それを押しきってしまう衛兵団の団長は、その任にたる人物なのか、セオは不安になる。


 「そんな事、どうして許すんです?おかしいでしょう?!」


 「……人数はあっちのほうが上で、それを振りかざされると、近衛騎士団じゃ対抗できないんだよ。人数が違いすぎる」


 「じゃあ、騎士団に仲裁をお願いして」

 「やったさ。で、副団長の一緒にやれ発言だよ」


 (その副団長も問題ある人なんじゃ……)


 セオの思考を読み取ったのか、アレクセイが複雑そうな顔をする。


 「指揮官としては、超優秀だよ。剣の腕なら俺が上だが、戦争になったら、俺はあの人の足元にも及ばない」


 「今の話を聞く限り、とてもそんな人には思えないのですが……」


 「お前みたいに、清らかじゃやっていけないんだよ。大人はな」


 子供扱いされたとセオが頬を膨らませれば、アレクセイは「褒めてんだよ」と優しくセオの頭を撫でる。


 「お前は、そのまんまでいろ。そんで、俺を癒せ」


 「なんでそうなるんですかっ!!」


 撫で付ける手の温もりにぼんやりとしていたセオは、アレクセイの後半の言葉に意識を覚醒させ憤慨する。


 そんなセオの様子に、アレクセイは声をあげて笑う。


 「もうっ!俺は明日早いんです!これ以上師匠の遊びには付き合えません!失礼します!!」


 スルリと厨房のドアに向かったセオだったが


 ガシッと太い腕に捕まれる。


 「まだジャガイモ残ってるぞ」


 鋭くヘイゼンに射竦められ、セオは心の中で涙を流す。


 (あああぁぁぁ!逃げられると思ったのに!!)


 結局、深夜1時を回るまで、セオはジャガイモを剥き続けたのだった。







次回は、いよいよドレス着用!マリアンヌ様完全武装でいざ戦場へ!!の巻き笑


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