御茶会
大変お待たせ致しました!!
ぐだぐだ~な感じになってますが、どうぞ!
アンナを見送り、ローズマリーは2階のマリアンヌの元へと向かう。そろそろ面会時間も終わるころであった。
ノックをして、部屋へ入る。そしてそこで――
「嗚呼、殿下……殿下のためならば、この首を差し出すこともいといません。どうか、どうかお導きを……」
床に額を擦り付け、マリアンヌに縋るようにしている侯爵様がいた。
マリアンヌはというと、まるでゴミを見るような目で侯爵を見下ろしていた。
……もう驚かない。
ローズマリーはどっかで見たような景色だ、と思いながらもそれを顔には出さず、面会時間終了の旨を告げる。侯爵に射殺さんばかりに睨まれるが、気後れするわけにはいかない。
営業スマイルで受け流し、無言のプレッシャーで追いたてる。これができずにマリアンヌの侍女は務まらない。
マリアンヌにスケジュール通り仕事をこなしてもらうのも、ローズマリーの仕事の一つだ。
侯爵を追い出し部屋に戻ると、全身から負のオーラを撒き散らすマリアンヌがソファに丸まっていた。
(あの侯爵様は、レオナルド様の信者だもんな……)
きっと、途中からずっとあの調子だったのだろう。ローズマリーは思わずマリアンヌに同情してしまう。
「……お疲れ様です」
「……ねぇ、午後の予定、全部キャン」
「無理です」
ジト目でマリアンヌから非難されるが、どうすることも出来ない。
「そんな目で見ても、無理なものは無理です。これでも、かなり減らしてるんですよ?さっきの侯爵様なんて、たしか半年ぐらい待たせたと思います」
マリアンヌが嫌がるはず、とアレコレ言い訳をして回避してきたのだ。しかし、流石に限界があった。
マリアンヌは溜め息を一つ付くと、気だるそうに聞く。
「この後の予定は?」
「メイシャ様主催のお茶会に招かれています」
「あぁ、嘘でしょ……?」
天を仰ぐマリアンヌの顔は、絶望に染まる。マリアンヌは、第5王女メイシャのことが苦手だった。
マシュマロのように白く柔かな頬、翡翠色の大きな瞳、緩く波打つ赤みがかった茶色の髪、ぷっくりとした小さな唇はさくらんぼのように艶やかで――
5人いる王女の中でも、最も可愛らしいと評されているのが、メイシャだった。
マリアンヌは、幼い頃は男として過ごしていた。男のような言葉で、男のような仕草で、周囲を欺き魅了していた。しかし、だからといって心まで男であったわけではない。歳相応にきらびやかなドレスを着てみたいと思っていたし、ぬいぐるみを抱きながら寝たいとも思っていた。けれど、それをマリアンヌの母は許さなかったし、マリアンヌ自身も「凛々しい」と「美しい」と周囲に言われる度、諦めていった。その資格がないと。
そんなマリアンヌであるから、正直“可愛い”の代表のようなメイシャに対し、幼い頃よりコンプレックスを抱いていた。そして、マリアンヌはメイシャと関わらないよう努めてきた。
が、しかし。
毎日のようにラブレターを送り、マリアンヌの予定を知るためローズマリーを買収しようとしたり(マリアンヌのスケジュール管理はローズマリーがしている)、偶然を装い一緒に風呂に入ろうとしたり、夜会では貴族の子息をほっとらかしマリアンヌにまとわりついたり……とにかく熱烈なアタックをかましていた。
「……表現が正しいかどうかわかりませんが……御愁傷様です」
「まるで慰めになっていなくてよ、ローズマリー」
何が悲しゅうて、苦手な相手に好かれなければならないのか。いや、原因は分かっている。
メイシャは、『男装の麗人』というのに憧れているのだ。それはもう、恋する乙女さながらに。それがまさか自分の兄弟にいるとは思ってもみなかったのだろう。レオナルドが女だと知ると、物凄い勢いでなついてきた。そして、どうにかしてマリアンヌを男装させようとするのである。話を振るくらいならまだいいが、一度、ドレスを汚して無理矢理着替えさせようという暴挙に出たことがある。その時のローズマリーの反応の素早さと、ドレスを汚そうと動いた侍女に向けた嫌悪の視線を見て、マリアンヌはドレス汚さないようにしようと心に誓ったのだった。
「……ローズマリー、ここに座りなさい」
ぽんぽん、と隣を示すマリアンヌ。首を傾げつつもローズマリーは主人の言葉に従い、ソファに腰を降ろす。そして膝にやってきた軽い重みに、素っ頓狂な声をあげる。
「マ、マリアンヌ様っ!何をしていらっしゃるんですかっ?!」
ローズマリーの小さな膝の上には、流れる漆黒の髪。そこから覗くのは、透き通るような白い肌――ようするに、膝枕の体勢である。
あわあわと口を動かすローズマリーに、マリアンヌは当然とばかりに言い返す。
「言葉で慰めてもらえないのなら、体で慰めてもらうしかないでしょう?」
(語弊が、語弊があります、マリアンヌ様っ!!)
そんなローズマリーの心の声でも聞き取ったのか、マリアンヌはクスクスと笑う。
「少しだけよ、ローズマリー。もう少しだけ、このまま……」
体の力を抜き、気持ち良さそうにするマリアンヌに、ローズマリーは文句を言うこともできなくて……そっと、艶やかな黒髪をローズマリーは手櫛で鋤いた。少しでも、彼女の心が休まりますように、と願いを込めながら。
「……5分だけ、ですよ」
「10分」
「駄目です。6分」
「意地悪ね」
「……じゃあ、7分で」
「8分で手を打ちましょう」
いつの間にやら攻守が入れ替わっていたが
「……仕方がないですね」
そう苦笑して、マリアンヌの提案を受け入れてしまうローズマリーだった。
*****
王女は、嫁ぐまで母親と同じ塔に住まうことになっているため、メイシャは母親と同じ、北の塔で生活をしている。しかし、マリアンヌの住まう東の塔とは違い、北の塔にはレイニアとメイシャの他に、第3王女のアメリアもいる。人数が増えれば当然必要になる部屋の数も増えるが、今の建築技術ではこれ以上塔を高くすることはできない。しかし、ドレスや宝飾品を塔の外で管理することにも抵抗があり、応接室を増やすこともできない。となれば、一番下の立場の者が公務を本殿で行うしかないのである。
北の塔で一番立場の低いメイシャは、公務や勉強は塔を出て本殿の一室で行うことが常となっていた。
そして今回の御茶会も、本殿にある一室で行うことになっていた。
重い足取りで、マリアンヌは目的地に向かう。いくらローズマリーに癒してもらったとはいえ、ここ最近の精神的疲労は尋常ではなく、疲れると分かっている場所へ足を踏み入れるのは覚悟が必要だった。しかしその覚悟が決まる前に、仕事の早いローズマリーは衛兵に入室の許可を取ってもらってしまう。
「……ローズマリー、少しま」
「待っても覚悟なんか決まりませんよ。むしろ諦めて下さい」
バッサリとマリアンヌの言葉を捨て去ったローズマリーに小言を言おうとしたが、無慈悲にも扉が開かれてしまった。
『木漏れ日の間』と呼ばれるこの部屋は、広さこそないものの、南側の壁に多きな窓を設けてあるために、冬の今でも降り注ぐような陽の光に溢れてた美しい部屋であった。本来は先代の王の休憩室として作られた部屋であったが、現国王が皆のために開放したのだ。空いていれば、王族であれば誰でも使うことができる。
その部屋に一歩踏み入れた途端
「お姉様〜〜〜!!」
鈴を転がすような声で、マリアンヌに抱きつこうと迫りくる小さな少女。きっと、誰もが両腕を広げて受け入れるだろう彼女の突撃を、マリアンヌは情け容赦なく、余裕を持ってかわした。
結果、マリアンヌの後ろにあった扉に激突してしまったメイシャは、赤くなった額を押さえつつ頬を膨らませる。
「お姉様ったら、酷いわ。何も避けなくてもいいでしょう」
「はしたない行動は慎みなさい、メイシャ。皆様、驚いていらっしゃるわ」
マリアンヌの視線の先には、暖炉の前に複数の少女たちが佇む姿が。お茶会に招待されたのであろう彼女たちは、皆呆けたように二人をみつめている。
しかし、彼女たちなどメイシャはまったく気にしていないようで
「皆、お姉様の美しさに驚いているのですわ!!」
とても嬉しそうにはしゃいでいた。
(相変わらず、頭の中はお花畑なのね)
どう見たって皆、普段は大人しいメイシャの変貌ぶりに驚いているんだろう、とマリアンヌは溜め息をついてしまう。
というか、まずもって主催者が招待客を放置するなど非常識極まる。
普通は椅子を勧めるなり場を和ませるなり、何かしらするべきである。しかし少女たちが立っているところを見るに、この愚妹は何もしていなかったようである。
咎めるような視線をメイシャに送るが、彼女は愛らしく微笑み首を傾げるのみ。
喉元までせり上がってきた罵声をどうにか飲み込み、マリアンヌはローズマリーに視線を送る。
(出席者はこれで全員かしら?)
優秀な彼女の侍女は、その意味を正確に理解し小さく頷く。
「……皆様、大変お待たせ致しました。アルシュタイン王国第4王女、マリアンヌですわ。本日は妹、メイシャの御茶会にご参加いただき、感謝申し上げます」
お手本のような美しい礼をとったマリアンヌに、他の令嬢たちも礼をとる。にも関わらず、未だメイシャはマリアンヌに見惚れ、何の行動にも移ろうとはしない……
「……メイシャ」
「はい!お姉様!!」
「御茶会はいつになったら始まるのかしら?」
メイシャは、はっとすると慌てて皆を席に案内する。
皆が席に着くのと同時に扉が開き、ずっと待っていたのであろうメイシャの侍女がテキパキと御茶の準備を行っていく。……その中の一人はマリアンヌの後ろに控えるローズマリーを見て明らかに怯えた表情をみせたが、気づかなかったことにする。何だか背中に冷気を感じるのも気のせいだ、とマリアンヌは自身に言い聞かせた。
皆の前に温かな紅茶が用意され、メイシャが御茶会開始の挨拶をしようとした、その時。
「あらあらあら〜」
春の訪れを告げるような暖かな声が、部屋に響いた。
弾かれたように御茶会参加者が一斉に振り向いた先には――
「何だかとっても楽しそう。私も入れてちょうだい」
王族一の空気破壊者が妖艶な笑みを浮かべて佇んでいた。
読んでいただきありがとうございました!
次回は破壊者さん大暴れの予感 笑
もうちょっとはやく投稿できるよう頑張ります!




