ミッション――黒薔薇の暴走を止めろ!
ついに20話!
これも読んでくださる皆さんのお陰です!
ではでは、皆さんお待ちかねの黒薔薇と侍女の絡みてす!!
「マリアンヌ様ぁぁッ!!」
部屋に響く、少女の絶叫。
その声に、マリアンヌは弾かれたように顔を上げる。
その視線の先には――衛兵に挟まれるようにして佇む少女がいた。
栗色の髪に、琥珀の瞳を持つ少女。
彼女の天使のように愛くるしい顔はひきつり、大きな目は驚愕に限界まで見開かれていた。
まぁ、それも無理ないだろう。
部屋に入って、いきなり衛兵に向かって剣を振り下ろす主人の姿を見せつけられたのだ。声を出せただけでも称賛するべきかもしれない。
「……ローズ、マリー……?」
一方の黒薔薇は、腕をだらりと下げ呆けたように少女を見つめていた。彼女の飛び抜けたIQを誇る頭脳は、今混乱を極めていた
(……いったい、どうなっているの……?ローズマリーは、明日の昼帰ってくると……帰城予定の言葉を違えたことは、今までなかった……でも、あれは確かに、わたくしのローズマリー……)
ローズマリーが恋し過ぎて、ついに幻覚が見えるようになってしまったのだろうか、と不安が過ったが、足下に転がるデューイに視線を移せば、彼もまた入り口を呆けたように見ているので、どうやら幻覚ではないようだ、とマリアンヌは胸を撫で下ろす。
その瞬間、ローズマリーが動いた。
後ろに従えた衛兵を置いて、マリアンヌに向かって全力で駆け出す。
マリアンヌは咄嗟に腕を広げ、ローズマリーを受けとめる姿勢をとるが、ローズマリーはその腕の中ではなく――
ボスッ!!ドサッ!!
マリアンヌの腰に飛び付き、そのまま押し倒した。
もっと分かりやすく表現するなら、マリアンヌにタックルした。
王女に、黒薔薇に、タックルした。
突然の出来事に、マリアンヌは言葉を失う。それでも運動神経の良いマリアンヌは、無意識の内に受身をしっかりととっていたが、だからといって許される行為ではない。
この場合、衛兵たちはローズマリーを捕らえ、マリアンヌの無事を確認するのが正しい行動である。しかし、彼らは動かなかった。いや、正確には動けなかった。
名付きは貴族の娘が多いため、プライドが高い者が多い。ただの衛兵には挨拶もしない。それどころか、彼らを召し使いのように顎で使おうとするのだ。そのため、基本的に衛兵と名付きは仲が悪い。
その唯一の例外が、ローズマリーだった。
目が合えば、蕩けるような微笑みを向け「おはようございます」と言ってくれる。疲れた顔をしていれば、温めたおしぼりを渡し「お疲れ様です」と労ってくれる。余ったお菓子が出たら茶目っ気たっぷりに「内緒ですよ」と分けてくれる。
彼女は衛兵たちのオアシスであり、女神だった。
そんな女神が、今、目の前で、人をタックルして押し倒している……。
その衝撃に、衛兵たちの機能は完全停止してしまった。
彼女が誰を押し倒したまで、認識していなかった。
各々の混乱が錯綜し、部屋を静寂が支配する。
息をするのも憚られるような静寂を破ったのは、ローズマリー。
彼女は首だけ入り口に向けると、茫然と佇む衛兵たちに
「その方を連れて、早く逃げてください!」
デューイを視線で指し、ローズマリーは鋭い声を送る。
しかし衛兵たちは戸惑いの表情を浮かべ、あたふたするばかりであった。
その姿に舌打ちをしそうになったローズマリーであったが、(いや、ローズマリーの姿でそれはマズイ)と思い直し、代わりに声を荒げた。
「何をしているんです?!さあ、私が抑えている間に、早く逃げてください!!死にたいんですか?!」
マリアンヌに対して失礼極まりない物言いだ。しかしローズマリーの迫力と、先程目にした死神のようなマリアンヌを思い出し、衛兵たちは震えあがった。慌ててデューイの元に駆け寄ると彼を引き摺るようにして入り口に運ぶ。振り返りローズマリーを救出しようとした衛兵がいたが、ローズマリーは彼に向かって言った。
「私は大丈夫ですから、早く逃げてください!!」
「そんなっ!貴女を置いて行くなど、できません!(俺たちのオアシス!!)」
「そうです!貴女の身に何かあったら、どうすればいいんですっ!(他の奴らにボコられる!)」
「皆さん……ありがとうございます。でも、心配には及びません。私は、こんな所で死ねませんから」
「ローズマリーさん……」
「しかしぃっ!!」
ドスッ!!
と腹に響く音が彼らの耳元で発生した。衛兵が恐る恐る横を見れば、キラリと光る、細身の剣。
みるみる内に衛兵の顔が青く染まる。
「さっさと出てお行きなさい」
上半身を起こし、冷え冷えする視線を衛兵に向けるマリアンヌ。まるでその言葉自体が剣であるかのような鋭い言葉に、衛兵たちは我先に逃げ出したのだった。
二人きりになった部屋。
実に不機嫌そうなマリアンヌの声が響いた。
「……さっきの茶番は、いったい何かしら?」
「その前に、人に向かって剣なんか投げちゃ駄目です」
「あら、侍女として、主人にタックルするほうがどうかしていると思うわ」
「人として、人を卒倒させた上、首をはねようとしてるほうがどうかしてます」
「では女性の腰に飛び付き、胸に頭を押し付けた上押し倒すのは、男児として真っ当と言えるのかしら?」
瞬間、ガバッとマリアンヌから離れるローズマリー。その顔は、見事なまでに朱に染まっていた。
「ま、紛らわしい言い方しないでください!押し倒したんじゃなくて、マリアンヌ様の暴挙を止めたんです!ついでに、胸に頭を押し付けたりしてません!」
「顔が赤いわよ、ローズマリー。……そんなに柔らかかったかしら?」
「違うって、言ってるじゃないですかあぁぁぁ!!」
お腹の底からの絶叫が、木霊する。
その様があまりに可笑しくて、あまりに可愛くて、マリアンヌは笑ってしまった。
先程までの怒りが信じられないほどあっさりと、どこかへ行ってしまう。
(変ね。わたくし、ローズマリーに対しても怒っていたはずなのに。絶対許さないって、決めていたはずなのに)
自分はどうやらローズマリーに対してだけ、超が百個つくぐらい甘いらしい、とマリアンヌは思い知る。
でも、何だか本当に、どーでも良くなってしまったのだ。
彼の顔を見ることができれば。
彼の声を聴くことができれば。
彼が傍にいれば。
どこだって、何だって、いいのだ。
(……とりあえず、機嫌は直ったみたいだ)
顔を真っ赤に染めながらも、ローズマリーはほっとしていた。
マリアンヌが自分に対し暴力を振るうということはないだろう、という変な自信はあったものの、他の人に向かうマリアンヌを長時間止めることにはさっぱり自信がなかったローズマリーだった。
だから、衛兵たちを逃がすことを優先した。途中、おかしなメロドラマのような展開にはなっていたが、とりあえずこれ以上被害者が増えることはないだろう。
ローズマリーは、床に座ったままのマリアンヌに手を差し出した。
マリアンヌは優雅な動作でその手に自身の手を重ね、立ち上がる。
その足下に、ローズマリーは膝間付くと頭を下げた。
「先程の無礼、どうかお許し下さい」
「嫌よ」
予想していた答えだったので、ローズマリーは別に驚かなかった。
(クビ、かなぁ)
一応、その覚悟はしていた。
(もっと、マリアンヌ様の傍で学びたかったな)
未練はあるけれど。
「タダでは、許せないわ」
思わずローズマリーが顔を上げれば、そこには少しだけ唇を尖らせた主人の顔があった。
「それは、どういう……」
「許してもいいけれど、条件があるわ」
「……条件、ですか?」
小さく、マリアンヌの唇が動く。
しかしその声は呟きというよりは囁きのレベルで。
「……すみません、もう一度お願いします」
「……だから………………に……と………………誓って」
「…………すみません、大事な部分が全然聞こえないのですが……」
マリアンヌは眉を吊り上げると、顔を微かに朱に染めて言った。
「貴女、わざとやっているわね?」
「違います!濡れ衣です!本当に聞こえないんですって!」
ジローとマリアンヌに睨まれること、およそ1分。
マリアンヌは大きく息を吸うと、よく噛まなかったと称賛したくなるほどの早口で一気に捲し立てた。
「だからわたくし以外の女に可愛いなどと口走らないと誓いなさいって言っているのよっ!!」
言い捨てると、拗ねたようにプイッとそっぽを向いてしまうマリアンヌ。
それは、あまりにマリアンヌらしからぬ姿だった。
まるで、普通の女の子のようだった。
恋する乙女のようだった。
突如、ローズマリーはギュッと、心臓を握りしめられるような痛みと、激しい動悸に襲われる。
(何、何、これ……)
体がジンジンと熱い。
初めて体験する痛みと熱に、ローズマリーは戸惑う。
そして同時に、頭の中で警鐘が鳴る。
知るなと、気付くなと、進むなと、触れるなと、警鐘が鳴る。
だからローズマリーは、その痛みと熱の意味を考えなかった。ただ、主人の為の言葉を紡いだ。
「俺がこの先、『可愛い』と告げるのも、思うのも、マリアンヌ様ただお一人です。――ローズマリーの名に、誓います」
名に誓う――それはこの世界で一番重い、誓いの口上。
誓いを違えることは、自らの存在そのものを否定することになる。
マリアンヌも、ここまでの誓いを立ててくれるとは思わなかったので、目を見張った。でも、それも一瞬のこと。
「……なら、いいわ」
小さく呟いて、ローズマリーに背を向ける。
その顔は、今にも蕩け落ちてしまうのではないかというほどの、笑みに満ちていた。
久々に二人の絡みで書いてて著者はすごく楽
しかったです!
皆さんにも楽しんで頂けたら幸いです!
次回はローズマリーが中心に進みます!




