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いざ出発



いつもより短いです。


でもここで切らないと、とんでもないことに……



ではどうぞ。







 ガゼルに連れられ、やってきたのは市場の端にある、年季を感じさせる食堂だった。

 特に席に案内されるようなことはなく、ガゼルはセオを連れ、勝手に二階建ての建物の二階の窓際の席に腰を下ろした。いったいどういう仕組みになっているのかは分からないが、程なく店の人がやってきて、注文を聞いてきた。


 (……え、メニューないの?!)


 と固まっているセオに、ガゼルは


 「お前、食えない物あるか?」


 と慣れた様子で聞いてきた。


 「いえ、特にないですけど……」


 それを聞くと、ガゼルはメニューも見ずにちゃっちゃと注文を済ませてしまった。


 (……ま、いいか)


 食に関して、セオはあまり頓着するほうでは無かったので、そのまま流した。それよりも、聞きたくて仕方ないことがあった。


 「それで、ガゼルさん……さっきの続きなんですけど……」


 「……船が一隻沈んだってやつか?


 セオが頷くと、ガゼルは渋い顔になる。


 「詳しいことは、まだ何も分かっちゃいない。事故だったのか、海賊に襲われたのか……まぁ、甚大な被害が出たことには変わりないけどな」


 「どこからの船だったんですか?」


 「ハザン帝国だ。荷は、かなり高額な物もあったらしい……ロベルト辺りは、かなりヤバイ被害が出てるかもな」


 (それで、あんなに険しい顔してたのか……)


 いつもはセオ相手でさえも笑顔を絶やさないロベルトが初めて見せた顔に、セオは事の重大さを感じていた。


 「……亡くなった方は?」


 「……乗ってた奴は、殆ど死んだだろうな……知り合いでもいたのか?」


 「いえ、そういう訳じゃないんですけど……家族の方は、さぞ辛いでしょうね」


 客であるセオに、船乗りの知り合いはいない。しかし、突然家族を失う悲しみは知っていた。そして、その後に待ち受ける困難も、体験していたから。


 残された家族のことを思うと、胸が痛んだ。


 沈んだ顔をするセオの頭を、ガゼルは慣れない手つきで撫でた。タコだらけの無骨な手の感触は、とても気持ち良いとは言えなかったが、それでもガゼルの優しさが伝わって、セオの胸に染みた。


 「……船乗りだからな…………皆、ある程度覚悟はしてただろうさ」


 ガゼルの静かな言葉を、セオは頭の中で反芻する。

 きっと、ガゼルも覚悟を持って仕事をしているのだと、セオは思った。

 門番である彼も、危険と隣り合わせだから。


 (……大人だな)


 広い肩幅でもなく、大きい手でもなく、筋骨隆々の躰でもなく――ガゼルのこういう言葉の端々に、大人の男らしさを感じた。



 二人の間に流れるしんみりとした雰囲気。それをぶち壊したのは



 「おやおや〜、ガゼぴょん、彼女かい?」


 という、何ともこの場にそぐわない、若々しく弾けるような声だった。


 ガゼルは弾かれたようにセオの頭から手を離すと、ジロリと声の主を睨む。


 「おい、ナナ!てめぇ、その変なあだ名で呼ぶなっつってんだろッ!!」


 料理の乗ったお盆を手にした娘は、ガゼルの殺気立った視線にも臆することなく、「え〜可愛いじゃん」と唇を尖らせる。


 赤髪を左右で三つ編みにし、髪と同じく赤い色の瞳をはめ込んだ猫目は、好奇心から輝きを放っていた。一般基準でもかなり可愛い部類に入る少女だ。


 しかし、セオの注意は彼女には向かなかった。



 「いや、ここはまず彼女って所に突っ込むべきですよ、ガゼルさん!!」



 こっちの方が彼にとっては重要な事だったのだ。



 「それもそうだ!おい、ナナ!いいか、こいつは彼女じゃねえ!俺にロリコンの気はねえ!!」


 「違いますよ!!俺が男だってことを突っ込んで下さいッ!!」


 二人の夫婦漫才に、ナナと呼ばれた少女は声をあげて笑う。


 「にゃははは!!いいコンビだねぇ。にしても、君、男の子なの?そんなに可愛い顔なのに?」


 ずいっと、ナナが顔を近づけてきて、セオは少しだけ頬を赤くした。


 「性別に顔は関係ありません」


 「いやいや、関係あるっしょ!大事だよ〜、顔は。例えば、ガゼぴょん」

 「セオ」


 間髪入れずに答えたガゼルに、ナナは頬を膨らませる。


 「まだ何も言ってないよぉ!」


 「大体想像できる。付き合うにしろ、抱くにしろ、結婚するにしろ、セオだ。絶対セオ!お前なんか御免だ!つーか、いつまでも油売ってると怒られるぞ。さっさと仕事に戻れ」


 シッシとやられ、ナナは乱暴に料理を置くと、「ベー!」とあっかんべーをして階段を降りていった。




 「……騒がしい、人でしたね」


 嵐が去った後のような静かさの中、セオはポツリと呟く。


 「あぁ。あいつは、いつでも誰に対しても、あんな感じでな……その内、騒音で苦情が来るんじゃないか?」


 「…………ガゼルさん」


 「ん、何だ?」


 「念のために言っておきますね。……俺に男色の気はありません」


 「俺にもねぇよ!とっとと食わないと俺が全部食っちまうぞ!」


 ガゼルが怒鳴ると、安心したのかセオはほっと胸を撫で下ろす。


 その仕草でガゼルは気付いた。


 (……こいつ、そういうトラブルに良く巻き込まれてんのか……)


 それがすんなりと納得できてしまうほどの、少年の美貌であった。


 美味しそうに料理を食べている目の前の少年が、なんだか不憫に思えて、ガゼルは自分用に頼んだ骨付き肉を少年に無言で分け与えたのであった。







 食事が終わり、ガゼルと別れたセオは、そのまま『馬車屋』に向かった。


 『馬車屋』とは、馬車を貸し出している店のことで、セオは仕立屋に行く時は必ずここで馬車を借りていた。

 なぜなら、マリアンヌの贔にしている仕立屋は、ここから馬車で10時間かかる辺鄙な森の中にあるのだ。

 乗り合い馬車で行くと時間がかかるし、乗り替えがあるし、何より大荷物を持って帰るのがしんどい。


 セオが馬車屋に入ると、馬車屋の主人は素っ気なく「いらっしゃい」と声をかける。

 ここの主人にあまり好かれていないことはセオも理解しているので、特に気にせずに「いつもので、利用期間2日でお願いします」と告げた。


 主人はセオに外で待ってるように言い、奥へと入っていった。




 しばらく外で待っていると、ガタガタと騒々しい音がこちらに近づいてきた。


 現れたのは、オンボロ馬車。


 古いだけでなく、長年雨風に晒されたのだろう。塗装は見る影もなく祖下落ち、所々腐って変色してしまっている。窓ガラスは割れ、カーテンはただの布切れと化していた。手綱を握るのも、くたびれた印象の老人であった。


 セオは老人に近寄ると、ニッコリと笑う。


 「今日も宜しくお願いします、ゼペットさん」


 老人は、小さく頷く動作を返しただけだった。


 彼にはそれしか方法がないことをセオも分かっていたから、特に気を悪くすることもなく、馬車に乗り込んだ。



 セオは仕立屋に行く時、必ずゼペットを指名していた。


 理由は二つ。


 一つ目は、このみすぼらし過ぎる馬車。

 これだけボロければ、盗賊に襲われる心配もない。こんなボロ馬車に高価なドレスが乗せられているなど、考える人間はいないだろう。


 二つ目は、ゼペット。

 彼には舌がなかった。おまけに、字が書けない。どれだけ高価な物を運んでいようと、どれだけ腕の良い仕立屋を知っていようと、彼には他の者にそれを伝える術がないのだ。

 全てを人に知られることなく行いたいセオにとって、これほど都合の良い人物はいない。


 (まぁ、馬車屋の親父さんは、ケチってる、って思ってるんだろうけど)


 これだけボロい馬車だと、賃金もかなり安い。


 ケチだと思われるのは不本意だったが、だからと言って、わざわざこのボロ馬車に高い金を払うのは馬鹿げている。


 馬車屋の主人にどう思われようと、どうでもいいこと、とセオは割りきることにしたのだった。


 車輪から悲鳴を上げながら、馬車が動き出す。


 (10時間か……)


 セオは予め用意していた毛布にくるまると、体を横たえた。


 常人ならとても寝ていられない揺れだったが、並外れた順応力を持つセオはすっかり慣れてしまい、今では城のベッドより熟睡できるようになっていた。


 冬だというのに、屋根に空いた大きな穴から射し込む日射しが温かくて、セオは早々に夢の世界へと誘われていった。











読んでいただき、ありがとうございました!


次回もまだセオ君です。

マリアンヌまだか!?と思われてる皆様、もう少しお待ち下さい。




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