黒薔薇と醤油とソース
ちょっと早めに投稿!
でも見直し全然してないので、誤字脱字が半端ないかもです……
指摘していただけると、とっても助かります。
(さて、と)
3階の応接室にて本日最後の執務を終えたマリアンヌは、そっと席を立つ。
その傍にローズマリーの姿はみえない。彼は現在、マリアンヌの夕食の準備をしに本殿に行っていた。
ローズマリーのいぬ間に、マリアンヌにはしなければならないことがあった。
マリアンヌは部屋を出ると、本殿との通路に立つ衛兵に声をかける。
「少しいいかしら?」
「はっ!」
まだ20歳前半とみられる二人の衛兵は、マリアンヌが声をかけると緊張した面持ちで敬礼した。
「本日の午後2時から3時にかけて、1階の警護に当たっていた衛兵を大至急呼んでいだきたいのだけど」
「はっ!呼んで参ります」
右側の衛兵が勢いよく走り去っていった。
それを見届けると、マリアンヌは部屋に戻りソファーに腰掛ける。
(早くて15分……ローズマリーが戻る前に終わればいいけれど)
棟の中では東の棟が一番兵舎に近い。とはいえ、城自体が巨大なため全力疾走したとしても、往復すればそのくらいは掛かってしまう。
その上、マリアンヌの唯一の侍女は仕事が早いことで有名だ。
マリアンヌは、できることなら彼に悟られずに終わらせたかった。
ローズマリーが知ったら、邪魔してくるに決まっていたから。
(まぁ、犯人の目星はついているのだけれど)
マリアンヌが衛兵を呼んだのは、ローズマリーを引っ張叩いた(マリアンヌの中ではすでに確定事項)相手を特定するためだった。
いや、正確には、特定はしており、あとは確証を得るだけだった。
なぜ、マリアンヌは衛兵が確証になる情報を持っていると踏んだのか。それは、例の「マリーちゃん」だ。
あの時、マリアンヌの問いに答えたローズマリーの瞳に、嘘はなかった。
しかし人間、何の関係もないところから話を持ってこれるほど優秀にできていない。特に、ローズマリーのような忠誠心が強く、実直を絵に描いたような人間にはそんな器用なことが出来るわけがない。
つまり、「ビンタ」と「マリーちゃん」には何らかの繋がりがあるのだ。
そしてローズマリーは、仕事中に無駄口をたたくような侍女ではない。
そこでマリアンヌは、一つの仮説を立てた。
何かが起こり、犯人はローズマリーを引っ張叩く。その音に気がついた衛兵が室内に飛び込み、そしてそこで密かに恋心を抱いていた少女が、どうやら犯人に危害を加えられたらしい、と気づく。で、思わず「マリーちゃんに、よくも……」というような言葉を呟いたのでは、と。
ドンピシャ、である。
この推理に基づくと、飛び込んだのは現場に一番近い「1階の衛兵」。ローズマリーの頬の腫れが引いていなかったことから、時間はローズマリーが給事に現れる直近30分といったところ、となる。
これまたドンピシャ、である。
恐らく、ローズマリーはこの先もずっとマリアンヌに嘘をつくことはできないだろうということが予想され、少し不憫になってくる。
当のマリアンヌは、犯人にどのような罰を与えようか、と思案しほくそ笑んでいた。と、そこに。
トントン
待ち望んだノック音。
マリアンヌは微笑み「どうぞ」と声を発する。
扉が開かれ、二人の青年は入室すると、俊敏な動作で敬礼する。
一人は、中肉中背で目が細く唇の薄い、どことなく特徴のない顔をしていた。しかしパーツのバランスが取れているからか、整った印象を与えている。
もう一人は、背が高く、彫りが深い顔をしていた。凛々しい眉毛の下の目は涼しげで、瞳の色は深い緑。艶やかな黒髪が、その瞳によく合っていた。
どちらも一般女性から見れば“イケメン”と呼ばれる部類だろう。しかし二人を見てマリアンヌが思ったことといえば。
(醤油とソース)
であった。
「急に呼び出してしまって、ごめんなさいね。勤務時間外だったかしら?」
「いえ、訓練中でしたので」
そう言う二人の額には汗が滲み、若干呼吸も乱れている。よく見れば制服のジャケットの下に着用するワイシャツの襟がみえない。動きやすい服装で訓練を行っていたところに突然呼び出しを受け、とりあえず上だけ繕って来たのだろう。
人によっては無礼と感じる彼らの行為だが、早く終わらせたいマリアンヌにとってはむしろありがたかった。
「では疲れているでしょう。そちらにお掛けになって」
マリアンヌは自身の正面のソファーを示す。
王女様の正面に座るなど、と遠慮しようと口を開いた彼らを先制するように、マリアンヌは言葉を重ねる。
「わたくしが話しにくいの」
有無を言わせぬマリアンヌの口調に、彼らは大人しく従う。
緊張から体を強張らせた彼らを気にすることなく、マリアンヌは本題に入る。
「実は、貴殿方に聞きたいことがあるのだけれど」
マリアンヌの真剣な様子に、二人は姿勢を正すと真っ直ぐにマリアンヌの瞳を見つめる。ゴクリと喉が動いたのがマリアンヌにも見えた。
「本日午後2時から3時にかけて、何か変わったことはなかったかしら?例えば、人が言い争うような声を聞いたり、ローズマリーの悲鳴が聞こえた り、そういったけとはなかったかしら?」
二人はきょとん、という表現を体現するかのような顔をする。
二人にしてみれば、ただのしたっぱ衛兵の自分達が、突然王女であり、この国の英雄である黒薔薇から呼び出される、という緊急事態が発生したのだ。「一体自分達はどんなヘマをやらかしたんだ?!」と肝を冷やし、馬のごとくここまで駆けて来たというのに、聞かれたのはそんな事。
肩透かしもいいところだ。
しかし、価値観は人それぞれである。
二人にとっては“そんなこと”だが、マリアンヌにとっては第一優先事項だった。
いつまでも呆けている二人に苛立ち、怪訝な顔をして首をかしげれば、やっと二人の思考が戻り、
「いえ、言い争うような声や、悲鳴は聞いておりません」
「ローズマリーさんは、いつも静かに迅速にお仕事をされています」
同時に答えが返ってきた。
「……二人同時に話されると、多少聞き取りにくいのだけれど」
マリアンヌの苦言に、二人は「「申し訳ありません!」」と声を揃えて謝罪すると、お互いの顔を見合せ「何で合わせるんだよ!」と視線だけで言い争う。その様子を見て、マリアンヌは思わず溜め息をついた。
「……言い争うような声や悲鳴は、あくまで例え。何でもいいの。何か聞かなかったかしら?」
しっかりと醤油を見据えてマリアンヌが問うと、醤油は少し考えるように視線を宙に向けた。
醤油を選んだのは、ソースよりはマシな答えを返してきたからである。
しばらく考えていた醤油は「あ」と短い声をあげるとマリアンヌに視線を戻す。
「そういえば、給事室から何かが破裂するような音がしました」
(ビンゴ)
マリアンヌは口角が上るのを必死に抑え、平静を装って続きを促す。
「破裂音?何かは確認したのかしら?」
「その時すぐには確認しなかったのですが……」
言いにくそうにする醤油の後を、ソースが引き継ぐ形で話しを続けた。
「暫くして、獣の雄叫びのようなものが聞こえて……」
「獣の雄叫び……?」
「はい。不審に思い、私が確認をしに給事室に入りました」
ソースはそこで、茫然とした様子のローズマリーともう一人侍女の姿を確認したという。
「その侍女の名前は?」
マリアンヌかそう聞くと、ソースは困ったように眉尻を下げる。
「申し訳ありません。名前までは……」
「どんな容姿をしていたかは覚えていて?」
これには自信満々に頷く。
「小柄で、短いオレンジ色の髪をした侍女です」
(やっぱり、盗人だったわね)
マリアンヌは自身の推理が当たっていたことを確信した。
そして確定したことが二つ。
一つは、ローズマリーのいない間の代替侍女。
もう一つは――
「……マリーちゃん?」
その言葉に、ソースは顔をはっとしたように顔を上げると真っ赤にして俯き、醤油は「うわ〜」という非難がましい視線をソースに向ける。
クスクスとマリアンヌは笑い、ソースに向けて言う。
「駄目よ。ローズマリーはああ見えて照れ屋なのだから、あまり、刺激してないであげて」
「ご安心下さい。私がしっかり見張っています」
尚もソースを睨んでいる醤油が、マリアンヌにそう宣言する。
宜しくね、と言い、マリアンヌが席を立つと、二人も吊られて席を立った。
「ご協力に感謝します――あぁ、最後に、名前を聞いてもいいかしら?」
「はっ!自分は第一衛兵団所属、ティム・バートンであります!」
とソースが名乗り
「同じく第一衛兵団所属、デューイ・マグワイヤーであります」
と醤油が名乗った。
「わたくしは第4王女マリアンヌですわ――お二人共、ありがとうございました。気をつけてお帰り下さい」
それが退室の合図になり、二人は敬礼すると帰って行った。
(ティム・バートンと、デューイ・マグワイヤー……そうね、とりあえず、ティムのほうは異動の指示を出しておかないと)
ローズマリーを狙う輩は、男女関係無く一切排除主義のマリアンヌであった。
こうして若き衛兵ティム・バートンは、3日後に突如配置換えを言い渡されるのだった。
読んでいただきありがとうございました。
なんかどーでもいい人にまで名前を付けているようですが、そうでもないんです!後で出てくるんです!
でも登場人物多すぎて、著者もちょっと混乱気味(本気で王様の名前間違えてた)なので、いつか人物紹介なるものをつくりたいと思います!




