北の街での休日
翌朝、ヴィルはアリーナを連れて冒険者ギルドにやってきていた。
それもこれもヴィルの手持ちが心もとなくなりそれをクレアに話していたところ、
「私にも貯金ありますから! 任せて下さい!」
と、アリーナに力強く押されてしまい冒険者ギルドに顔を出す羽目になっていたのだ。
一応フル装備なヴィルと違いアリーナは今日も短めメイド服だ。そんな彼女の姿は北の街の冒険者ギルドでは周囲からの注目をこれでもかと集めてしまっていた。
「次にお待ちの方〜? こちらにどうぞ〜!」
応援の受付嬢に呼ばれたところで丁度ヴィル達の順番となった。
「あら、昨日の……今日も冒険者証の確認ですが?」
流石に昨日の今日だと話が早い。ヴィルが頷き自身のブレスレットを石板に差し出すと
「……やっばり抹消ですね。こちらには記録が残っておりません」
やはり冒険者ギルドにヴィルの記録は残されていない様だ。だが
「それならこれ見てくれよ」
ーブォンー
ヴィルが自身のブレスレットから浮かび出させたホログラムには
【ヴィルヴェルヴィント】
レベル 55
職業 勇者
技能 剣聖
経験値 13256
今現在のヴィルのステータスがバッチリ表示されていた。冒険者としての身分証も兼ねているブレスレットが正常なのだから疑いは晴れても良いようなものだが……
「すみません。やはり記録が残っていないとこちらではどうにも……」
マイナンバーカードが無いと確認できませんみたいな事を言われてしまった。
「それじゃ俺の貯金はどうなるんだよ……」
「ギルドの金庫の預かり金になってしまいますね。ご本人確認出来る権力のある方をお連れ頂かないと……」
最終的にはそれなりの権力の後ろ盾が必要となってくるらしい。権力と言われても王室と近かったミリジアとは既に逸れてしまっている。
勇者とは言え一介の冒険者であるしか無いヴィルはスゴスゴと身を引く以外に選択肢は無かった。
「ヴィルさん、心配しないで下さい。私の貯金で旅費には出来ますから……」
今度はアリーナが受付の石板にブレスレットを翳す。すると……
【アリーナ・ルミナスフォール】
レベル 54
職業 神官
技能 聖女
経験値 8592
預け金 金貨118
ギルド側の記録は問題無かった様だ。
「それじゃ金貨十八枚、お引き出しでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
受付嬢はそう言うと、奥にあるであろう金庫に現金を取りに向かう。
そんなちょっとした待ち時間の最中
「なぁ、金貨十八枚は多過ぎるんじゃないか……」
ヴィルが必要以上の現金を引き出す事に不安を覗かせるが
「十枚は教会の皆さんの分です。お世話になりましたから」
アリーナは笑顔で教会に寄付する事を告げる。普通なら大量の現金は盗賊の格好の獲物になってしまうが……
「あの人が居るなら大丈夫か」
ヴィルが言うあの人とは当然シスター・クレアの事だ。経歴は知らないが、彼女が居れば並の盗賊なら寄せ付けさえしないだろうに思える。
こうして、冒険者ギルドで旅費を工面したヴィルとアリーナの二人は冒険者ギルドを後にするのだった。
冒険者ギルドを出たヴィルは辺りを見回すと目当てのそれらしい店を見つけ
「アリーナ、ちょっと付き合ってくれ」
アリーナに視線を向けながら誘う。
「は、はい……」
一方のアリーナは少し緊張した面持ちでクロ達三匹を連れヴィルの後を追う。すると
ーガチャー
「ごめんくださ〜い!」
ヴィルがアリーナを連れて訪れたのは、焼けた鉄の匂いがする室内に武具が所狭しと並ぶ鍛冶屋の様な店だった。
店内に入ったヴィルとアリーナ二人の目の前に店の奥から身体が真ん丸とした髭面の小男が現れた。
「おお〜! 昨日の風呂屋の若いのかぁ! よう来た! ハッハッハッ! おぅ、昨日の猿公共も一緒かぁ〜!」
革製のエプロンを付けた作業着姿のドワーフは頭に頭巾を巻いていて、みるからに鍛冶職人といった出で立ちをしている。
「キィ……」
「ク〜ン……」
「クェ……」
ちなみに彼を見たモン吉は震えながらアリーナにしがみついておりクロとペン太に至っては床に伏せね姿勢でブルブル震えている。
「ああ、どうも。昨日の話なんだが……修理頼めるかな?」
ヴィルはドワーフに話し掛けながらアリーナに手招きする。そしてジェスチャーでペンダントを出す様に彼女に伝えると
「こちら……ですか?」
何の事か分かっていないアリーナがチェーンの千切られたペンダントをヴィルに差し出す。
「ほぉ〜! コイツかぁ! こりゃ強力な神様の力を感じるわい! じゃが、壊れておるのは本体とは関係なさそうじゃな……ふむふむ、貸してみぃ!」
アリーナが差し出したペンダントをマジマジと観察したドワーフは見立てが済んだらしく、早速修理に移ってくれる様だ。
「そんな心配しなさんな! こう見えても金細工は得意じゃからのう! このグローブスに任せておけ! ワッハッハッハッ!」
半ば強引で若干酒臭いドワーフはそう言うと、店の奥に見える作業台の方に行ってしまった。
ヴィルもアリーナも呆気にとられたまま、そんなドワーフをただ見守る事しか出来なかった。
グローブスがペンダントの修理をしている間、ヴィルとアリーナの二人が何の気無しに店内を散策していると、
「兄ちゃん、そこの鎧買っていかんか? 前線に立つ戦士こそ固さとパワーじゃ!」
グローブスが勧めてきたのはバケツヘルムの全身鎧で、手には戦鎚が持たされている一品だ。
銀色に煌めくその鎧は微に入り細に入りこだわり抜かれたらしい模様があしらわれている。
だが、見るからにドワーフサイズなそれはどう見てもヴィルの体格には合っていない。
「あ、いや……俺には着慣れたコレがあるんで……」
グローブスの勧めをヴィルは苦笑いしながらお断りするのだった。




