ティータイム
ヴィルによるトマスについての話が一段落した頃……
「はいはい。ビスケットが焼けましたよ〜」
シスター・ステラが香ばしい匂いのバスケットを手に食堂に帰ってきていた。
「シスター・ステラのビスケットは絶品だぞ。お前達も食べるよな?」
クレアがヴィルに話し掛けるが当のヴィルは
(ステラおばさんならクッキーにしとけよ! なんでソコ外すんだよ!)
現世の知識に纏わるツッコミを入れていた。
「おい、聞いてるのか! 朴念仁!」
ーバシッ! ピシャアッ!ー
「いでっ!」
クレアはボケッとしているヴィルに往復ビンタをかましてきた。この修道女、手が早すぎる。
「なんすか。全く……暴力反対っすよ?」
叩かれた頬を擦りながらヴィルは苦情を口にするが
「かわいがりだ。感謝しろ」
クレアはさっぱり取り合わない。同じ教会の神官であるだろうにクレアとアリーナは性格がまるっきり違う。
(かわいがりって……どこの相撲部屋だよ。ったく……)
ーサクッサクッー
心の中でボヤきながらヴィルがビスケットを口に運ぶと、香ばしく仄かな甘さが口の中に広がった。
「どうおにいちゃん? おいしい?」
隣に座る少女が満面の笑顔で声を掛けてきた。
「あ、ああ。ステラおば……シスター・ステラさん、ビスケット作るの上手だな」
多分この世界では通じないステラの呼び名を慌てて訂正するヴィルは
「クレアおば……クレア姐さんのポトフも美味しかったっすよ? いやホントに」
立て続けのクレアのヨイショも忘れない。そんな彼にややジト目気味なクレアは
「少し前まではホワイトシチューにしてたんだかな。子供達の希望でポトフの献立が増えた」
紅茶を飲みながら答えるクレアにアリーナから
「確か……前はお肉入っていませんでしたよね……?」
「ああ、少し前に女神様からの神託があってな。必要に応じて肉食しろと……私の好物はフライドチキンですって言ってたな」
以前とは変わった料理についてクレアが説明する。
以前、ヴィルが女神に肉食について尋ねた話について、女神レアも現状を鑑みて世界の教会に教義のアップデートをしたのだろう。
(…………)
少なくとも人間は雑食なのだから肉を食べる事でしか補えない栄養素もあるだろう。
根拠の無い迷信に従って辛い思いをするのは間違っていると感じるのはヴィルが現代人だからだろうか?
(まぁ、うまいもん食べられるならそっちの方が良いよな)
自分のした事が世界に影響を与えてしまった事に、ヴィルは若干の戸惑いは覚えたが特に悪い事をした訳でもない。
最終的な判斷は女神が行ったのだからヴィルは気にしない事にするのだった。
「どこぞの勇者様が教会に寄付して下さったらなぁ〜! ホワイトシチューにして鶏肉バンバン入れてやれるんだがなぁ〜」
クレアはこれ見よがしの大声でヴィルに大金をせびり始めた。
「か、勘弁して下さいっすよ〜。俺今マジ金無いんすから〜!」
先輩に飲みに誘われる後輩なノリでヴィルはクレアに返事をするが
「おやおや〜、勇者様は一宿一飯の恩義も果たさないらしいぞ〜! 皆はこんな薄情な大人になるんじゃないぞ〜?」
食後のビスケットを楽しむ子供達にクレアが大声で呼び掛ける。
子供達からの冷ややかな視線に耐えきれなくなったヴィルは少ない手持ちから金貨を一枚差し出す羽目になったのであった。
帝国への旅の途中、街道沿いの宿屋に立ち寄ったユーマ達新生勇者一行の姿があった。
食事を終えたユーマはかねてよりの目的だった欲望を果たすべく宿屋の自室にエルフィルを連れ込んでいた。
これから翌朝まで時間は長い。楽しみを邪魔する者など現れるはずも無いが、ユーマには若干焦りがあった。
何しろユーマは経験ゼロである。おまけに転生者として記憶を取り戻したとは言え、未経験を重ねた人生しか歩んできていない。
人より長い人生を歩んできたとは言え、ゼロにゼロを掛けてもゼロにしかなっていないのだ。
しかも、目の前に居るのはスキルによって従順にさせたハイエルフ。
普段は気にしなかったが透き通る様な白い肌にサラサラの金髪、無駄の無い華奢な身体つきは強気なユーマを若干怖じけさせていた。
要はヘタレなのだが、そんな彼が意を決しエルフィルをベッドに押し倒し
ードサッ!ー
彼女のレザーアーマーを脱がせに掛かる。だが、その間もエルフィルは一言も発する事無くユーマをただ見据えている。
そんな見下されているかの様なエルフィルからの視線に耐えきれなくなったユーマは
「あっち向いてろよ!」
彼女に指示を出すがどうにもしっくり来ない。まるで人形を相手にしている様な不気味な感じでしか無かった。
「止めだ! どうして自然な仕草が出来ないんだよ! お前は!」
絶対隷属のスキルで束縛している以上、意のままに動かせないのはユーマ本人の練度不足である。
だが、それを指摘する者は無く彼自身の気分もいつしか醒めてしまっていたのだった。
こうして街道沿いの宿屋での夜は何事も無く更けていくのであった。




