湯上がり
温泉にてしっかり温まったヴィル達が公衆浴場から出てくると
「ヴィルさん! どうかされましたか? 皆さんも……」
公衆浴場の入り口で寒空の下、ずっと待っていたアリーナが姿を見るなり心配そうに駆け寄ってきた。
「ク〜ン……」
「キィ……」
「クェ……」
ドワーフに捕まっていたクロとモン吉は完全にのぼせており、フラフラしながらアリーナに駆け寄っていく。ペン太は一番被害を受けなかったのだが、彼もちゃっかりアリーナの癒しを求めに行っている。
「あ、あの〜……何かあったんですか?」
尻尾を振るクロと抱き着くモン吉を撫でながらアリーナはヴィルに事情を尋ねてきた。
「ああ、浴場でドワーフの爺様達に会ってな。結構可愛がられちまっててな」
暑苦しいドワーフ達の温もりを払拭すべく、クロ達三匹はアリーナにべったりと癒しを満喫している。
「アリーナ、今日はもう帰ろう。日が落ちたら冷え込んじまうからな」
浴場でしっかり温まっていたせいか、太陽はもう西の山脈の向こうに消えかけている。ヴィル達は湯冷めしないよう、早々に教会へと引き上げる事にするのだった。
「シスター・ステラ、只今戻りました」
教会の裏口に戻ったヴィル達は戸をノックし中のシスターに声を掛ける。
ーガチャー
「は〜い。あら、アリーナ。お帰りなさい」
戸を開けて出迎えたのは年配のステラでは無く、二十代半ば位のピンク髪のシスターだった。彼女も普通の黒い修道服を着ており、見た目普通の聖職者だ。
「クレアさん、お久しぶりです」
アリーナがピンク髪の修道女に頭を深く下げている。それを見たヴィルも釣られて頭を下げると
「あららぁ〜、いつぞやの勇者くんじゃない。なんだかすっかり大人になっちゃってぇ〜!」
ほぼほぼ初対面なヴィルは苦笑いで誤魔化す事しか出来ない。今のヴィルには以前にここに来た時の記憶などほとんど無いのだから。
ヴィルヴェルヴィントの頃は夢の中を見ている感覚でしかなかった為か自他境界線すら曖昧だった。
「それにしても他のパーティーの人達はどうしたの? ほら、エルフの五月蝿い人とか……」
クレアがヴィル達の人数が少ないのを疑問に思った様だ。少なくとも以前来た時にエルフィルは既にパーティーに居たらしい。
「ま、いいわ。入って入って! ご飯出来てるから!」
そんなクレアに強引に中へと引っ張り込まれたヴィルとアリーナとクロ達三匹は食堂へと通されていった。
教会の食堂は広くそこには二人のシスター以外にも、沢山の幼い子供達の姿があった。
「皆さ〜ん。本日は教会にアリーナお姉ちゃんが帰ってきました〜! それと大きいお友達も一緒ですから仲良くしてあげてくださいね〜!」
シスター・ステラが食堂の皆に二人を紹介する。それぞれに席があてがわれ、二人が席に着くと
「それでは皆さん、今日と明日を生きる糧を授けて下さった女神様に感謝の祈りを捧げましょう」
シスター・ステラの言葉に合わせて子供達もアリーナも淀みなく女神への祈りの言葉を続けている。
「あ、え〜と……」
生まれてこの方、頂きますとしか言ってこなかったヴィルが困った様に辺りを見回していると
「おにいちゃん。おいのり、しらないの?」
隣に座っていたおさげの幼女が上目遣いで声をかけてきた。幼女とは言っても十歳前後……ここの子供達の中では年長な方だろう。さしずめ、皆のお姉さんと言った辺りか。
「あ、ああ。ちょっと忘れちまってな……」
ヴィルか頭を搔きながら答えると女の子は
「こうするの! やって!」
そう言いながらヴィルに目の前で両手を組む様に急かしてきた。
「あ、ああ……こうか?」
ーギュッー
「そうそう。それでね、こうとなえるの。うつくしくしなやかでばんのーのめがみさま……」
少女は手を組ませたヴィルに女神への祈りの文言をレクチャーし始めた。
その、自らをこれでもかと称えさせようとする邪な文言はヴィルに少なくないスリップダメージを与えていた。
(小さい子になんて事言わせてんだよ。あの女神……)
現代人でもあり転生者としての自覚もあるヴィルにとって、その文言は脚色が過ぎる悪意に満ちた洗脳でしか無かった。
「ほーじょーのめがみレアさま、ありがとうございます! いっただっきま〜す!」
「豊穣のレア様……真にありがとうございま〜す。いただきます……」
既にやる気が見る見る減っていたヴィルは祈りの言葉を適当に済ませるのだった。
食卓に並べられていたのは野菜とソーセージ入りのポトフと固パンの欠片だった。
それでも数日ぶりとなる温かい食事にヴィルがスプーンを持つ手は早い。
「え〜と………あちち! フ〜フ〜……」
勢い余ってスプーンを口に運んだヴィルはポトフの洗礼を浴びる羽目になったが、落ち着いて冷ましてから口に運ぶと
(ああ……生きてて良かった。神様ありがとう! あ、女神様か)
今度は心からの感謝の祈りを天の女神に授けるのだった。
一応、面識はあるので現実的な姿が見えてしまうのが興ざめではあるのだが。
野菜の旨味とソーセージの肉汁が溶けたポトフは胡椒の香ばしさも手伝って絶品と言えた。
「どう? おいしい?」
夢中で食べ進めるヴィルを見た女の子が尋ねてきた。
「ああ、これは女神様に感謝だな」
口に運んでいたスプーンを止め、木のカップに入れられていた水を口に付けながらヴィルが答える。そんなやり取りをしている二人の後ろから
「私が作ったんだからまずは私に感謝し給えよ?」
ポトフを全員に配膳していたシスターのクレアが話し掛けてきた。
やや仁王立ち気味なクレアは、一般的な修道女としてテンプレな清楚で落ち着きのある控え目なイメージ等はまるで感じられない。




