公衆浴場
「それじゃ、ヴィルさん。また後で」
「あ、ああ。アリーナもゆっくりな」
公衆浴場の入り口で別れる事になったアリーナとヴィル達はそれぞれの浴場へ向かう事となったのだが……
(ペット同伴は……出来るモンなのか?)
この街の浴場について詳しい事がさっぱりなヴィルは浴場入り口の番頭さんに尋ねてみる事にした。
「すいませ〜ん、お風呂ってコイツら入れても大丈夫っすか?」
「ん〜……露天の温泉の方なら良いぞ。たが、入れるならしっかり洗ってくれよ?」
番頭はヴィル達を見るなり察したらしく必要な事を教えてくれた。彼の話からすると公衆浴場の屋内には湯船、屋外に温泉がある様だった。
「じゃ俺とこいつらで勘定頼む」
ヴィルが金貨一枚を差し出すと番頭はそれを受け取り銀貨六枚を返却してきた。
「後はこいつだ。綺麗に使ってくれよ」
番頭が渡してきたのはタオルの様な布一式だった。高いだけあってその辺りのサービスに抜かりは無い様だ。
「分かってるよ。邪魔するぜ」
そう声を掛けてヴィル達は公衆浴場の奥へと入っていくのだった。
脱衣場にて装備品一式と服をロッカーに押し込んだヴィルは腰にタオルを巻いて、異世界で初めてとなるお風呂に臨むのだった。
「へぇ〜……」
脱衣所の先は洗い場になっており、嫌が応にも身体を綺麗にしてから先に進む事を強制されている。
「よし、お前ら。大人しくしてるんだぞ?」
こうしてヴィルはクロ達三匹を含めた男性陣の身体洗いから始めるのだった。
「ほ〜れ、終わったぞ〜」
クロ達三匹の身体洗いを終わらせたヴィルは彼等を連れて屋外の露天温泉へと行く事にした。
転生する前、現世で見た猿が温泉入っている様なのどかな光景を想像していたのだが……
「なんだこれ……」
露天風呂の光景を見たヴィルは言葉を失い立ち尽くすしかなかった。そこにはのどかな温泉の姿は無く
「うわっはっはっは〜! 今日もいい汗かいたのぉ〜!」
「いや〜、風呂に浸かりながら飲む酒は格別だわい!」
「お前、ワシの酒を飲むんじゃないわい! いつもお前ときたら……」
ドワーフ達が温泉に集まっており、傍目には髭達磨の芋洗い場と化していた。
初見さんお断りな雰囲気にヴィルが若干気後れしていると
「ク〜ン……」
「キキィ……」
「クェェ……」
クロ達三匹も引いていた。さっきまでのルンルン気分が潮を引いた様に静かになっている。
「おい、お客さんだぞ」
「なんじゃ若いの! ほれ、こっち来い! 空いとるぞ!」
「お前が怖い顔しとるからじゃろ! 若いもんを脅かすんじゃないわい」
ヴィルを見つけたドワーフ達は笑顔で手招きしているが
「ク〜ン……」
「キィ……」
「クェ……」
クロ達は完全に怯えきっている。だが
「お前ら、温泉入れるの外だけなんだから腹括れ。行くぞ」
ヴィルは腰が引けてる三匹を引き摺るように温泉に連れて行くと
「よ〜く、温めさせてもらえよ〜」
モン吉、クロ、ペン太の順でドワーフひしめく温泉の中に投入していく。
「なんじゃ、猿か。ほれほれ遠慮するな」
ヴィルがモン吉を温泉に投下すると、ドワーフの一人が善意で彼を抱っこする様にして温泉に浸からせた。
「キ……キキィ……」
恐らく初めてとなるドワーフの抱擁にモン吉は失神してしまった。
「次はお前だぞ〜」
ヴィルは嫌がるクロを抱っこすると彼を温泉に投下する。
「ほぉ〜、精悍な犬じゃのう! ほれこっちによこしてみい!」
こちらも善意のドワーフがクロに手を伸ばしてきた。
「キャインキャイン!」
明らかに拒否の構えでドワーフに前足で踏ん張り抱擁を拒絶していたクロだったが、ドワーフの筋力には敵わずあっさりと分からせられてしまっていた。
残るはペン太とヴィルだが、ペン太はヴィルにがっしりとしがみついており、離れようとしない。
「仕方ない。一緒に入るか……お邪魔します」
ヴィルは仕方なくペン太を抱えたまま温泉に入る事にするのだった。
「ふぃ〜、こういうのを極楽って言うんだな」
絶えず新しい熱水が供給されている完全掛け流しな温泉で、ドワーフ達がみっちり入っている温泉ながらヴィルもクロ達三匹も温まる事が出来ていた。
「なんじゃ、若いの。年寄りみたいな事を言いおって」
「見たところ冒険者みたいじゃのう。なんならうちで武具の調整していかんか?」
「そんならうちでも魔法効果付与だろうが呪い除去だろうが何でもやってやるわい! のう若いの」
ドワーフ達は酒のせいか気が大きくなっているらしい。どれも普通は金貨を払わなければ請け負ってもらえない高い仕事ばかりである。
「そんならさ、知り合いのアクセサリーが壊れちまったから直して欲しいんだが……細工屋は居るか?」
「何を言うとる! そんなん何処の店だろうと見てくれるわい! ドワーフの器用さ見せたるわ!」
モン吉を温泉に沈める勢いで湯に浸けているドワーフが前のめりにヴィルに迫ってきた。異世界に馴染みが薄いヴィルでも判る位には案の定酒臭い。
「わかった。どこの店か分からんが、後で立ち寄らせて貰うよ。そん時はよろしくな」
ヴィルはこうして街のドワーフ達との暑苦しい親交を深めながら温泉にて羽根を伸ばしたのだった。




