北の街
「おやまぁ、アリーナったら身体を冷やしちゃってるじゃないかい。それにその服、魔物にでもやられたのかい?」
ステラは今更ながら、トマスらに破かれたアリーナの服装について尋ねてきた。
「あ、はい……シスター・ステラ。これは……」
アリーナがステラにどう伝えようか言葉を選んでいると
「ちょっと奥に来なさい。代わりの洋服、用意したげるから」
「あ、あの……シスター?」
ーバタン!ー
ステラはヴィルや他の三匹など目もくれず、アリーナを引っ張って教会の中へと戻ってしまった。
一方の締め出された格好のヴィルはクロ達と顔を見合わせるが、何か事態が好転する事も無くしばしの時が流れるのだった。そして
「お、お待たせしました……」
ーガチャー
「……んなっ!」
ヴィルは着替えて戻ってきたアリーナの格好を見て驚きの声を上げた。
着替えて戻ってきた彼女は長袖の黒いメイド服と首には黒のケープ、黒いブーツという格好で戻ってきたのだった。
それも世界観に合わせたビクトリア調のメイド服とかでは無く、明らかに世界観にそぐわないフレンチメイド服のそれだった。
「ヴィルさん、シスターがご飯作ってくれるそうなんですが、時間掛かるみたいで……その間にお風呂入ってきなさいって」
アリーナが丈の短いフリフリのメイド服でモジモジしながらヴィル達にも街のお風呂を勧めてきた。
確かに教会に来るまでに湯気の立ち上る建物をいくつか見た気がするか……異世界でのお風呂とは中々に風情がありそうだ。
「じゃあ、行くか。すまないが案内してくれ」
お風呂に乗り気になったヴィルは案内をアリーナに任せクロ達と共に街の公衆浴場へと向かうのだった。
街を公共浴場に向かって歩いていたヴィルとアリーナ達だったが
「あ、悪い。俺、ちょっと冒険者ギルド行ってくるわ」
自身の手持ちに不安を感じたヴィルは冒険者ギルドに預けている貯金を下ろしに行こうアリーナに声を掛ける。すると
「それなら私も……」
「大丈夫だ。すぐそこだからな。なんなら先に行っててくれ」
ヴィルはアリーナに気を使わせまいと一人で通りにある冒険者ギルドへと向かうのだった。
冒険者ギルドに着いたヴィルは早速受付待ちの列に並ぶ。冒険者ギルドの造りはどこもそう変わらない。
地域に合わせた建築様式に倣って初見でもひと目で解る様な配置になっている。
入り口の近くに依頼書が乱雑に貼られたボードがあって奥に受付があり、一階のホールでは飲食を楽しむ冒険者達で賑わっている。
冒険者達の顔ぶれも特に物珍しいものは無く、プレートメイルを着た戦士風の男、レザーアーマーを着たスカウト風の男。魔術師のローブを着た魔法使いの女性等々……。
さすがに寒冷地だけあって、ビキニアーマーな女戦士等は見当たらない。大体は皆が茶色で撥水加工されている旅人のマントを着用している。
「は〜い、お待ちの方こちらどうぞ〜!」
人列を解消するべく受付に応援がやってきた。まるでコンビニみたいな受付の対応に
(まぁ、どこも変わらないモンだよな……)
異世界でも現世を思い出す対応がなされた事にヴィルがある種の懐かしさを覚えていると
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご要件でしょうか?」
いつの間にかヴィルに順番が回ってきていた。
「あ、ああ。預けてある金を下ろしたいんだが……」
「それでしたら、冒険者証をこちらに翳して下さい」
ヴィルは受付嬢に言われるがまま、自身の冒険者証を受付の石板に翳す。すると
【ヴィルヴェルヴィント】
魔王戦において討死
登録抹消
預り金 エラー
冒険者ギルドの現在の記録が出てきた。
「ちょっと待ってくれ。これ、どうなってんだ?」
「どうと言われましても……本部のエラーとしか。貴方、死人とかじゃありませんよね?」
石板に表示される内容に受付嬢は頭を捻っている。冒険者ギルドにおける死亡確認はある程度精度にブレはあったりする。
仲間が生きて帰って証言したり、何か月も行方不明になっていたら死亡判定となる事など珍しくは無い。
「悪いが、確認しておいてくれないか? また後で来るからさ」
「は、はい……。おかしいですね」
このまま冒険者ギルドで粘っても事態は好転しないだろうと判断したヴィルは、首を傾げる受付嬢に声を掛けると日を改める事にするのだった。
冒険者ギルドを後にしたヴィルがアリーナと別れた通りに戻ってくると
「あ、ヴィルさん!」
クロ達と戯れる様にして遊んでいたアリーナが駆け寄ってきた。そんな彼女に対しヴィルは
「すまなかった。先に行ってても良かったんだが……」
頭を掻きながら寒空の下に待たせてしまった事を謝る。
「お気になさらないで下さい。もう用事は終わったんですか?」
「あ、ああ……」
ヴィルはアリーナの質問にどう答えるべきか分からず口籠る。冒険者ギルドでの登録抹消などそこまで頻繁にあるものでも無い。
ましてや、ヴィルは国王から魔王討伐を託された勇者である。その死亡確認はそんなに雑に行われるはずも無い。
(まぁ、なんとかなるだろ……)
今も全く手持ちが無い訳でもないし、いざとなれば何かしら仕事をすれば良いだろうと、ヴィルは深く考えずにアリーナと公衆浴場へと向かうのだった。




